69 貸しと借り


 シンは馬小屋で、怪我をしている以外の馬に頭絡とうらくを付けている。


「よーしよしよし。ランドも元気だな」


 シンがランドを撫でていると、怪我をしている馬がやきもちを焼いたかの様に鳴く。


「ブルルルー」


「ああっと、ごめんな。お前はまだ散歩できないんだ。もう少し良くなったら、いっぱい散歩しような」


「ブルル」


「ほんとごめんな」 


 怪我をしている馬に謝った後、2頭の馬を外に連れ出すと、門に向かって歩き始める。


「あっ、シンさん。どうもです」


 門番がシンに気付いて挨拶をしてくるが、先ほどの門番とは別の人物だ。


「ご苦労さま。シンで良いからね、さんはいらない、皆に言っておいて。誰も出て行ってないよな?」 


「はい。シャリィ様だけです」


「そっか。引き続き頼むよ。俺は馬の散歩してくるから何かあったら探してくれ」


「はい」 「わかりやした」


 シンが門から離れようとしたその時、ちょうどシャリィが戻って来たが、足を止めずに村の中に入って行く。

 シンはそのシャリィに釣られる様に、馬を連れ後を追いかける。

 

「おっとと、早かったな。どうだった?」


「人が襲われていたのは本当だ」


 シャリィは歩みを止めることなく、シンの問いかけに応える。


「そうか…… まさか自作自演じゃないよな? そんな奴には見えなかったけど」


「……今の時点ではなんともいいがたい」


「可能性はゼロではないか……」


「襲われていたのは、この村の副村長だ。護衛も含め生存者はいないそうだ」


「ここの副村長!? それは偶然とは思えないな……」


「そう判断するのは早い。前にも言ったが、新街道とて魔獣は出没する。それによって死者が出るのは、珍しい話ではない」


「そうだな。何にせよ、決めつけは良くない」

 

「私はレティシアに会ってくる。村の中で好きに過ごしていろ。外には出るな」


「分かったよ。外に出たい村人はどうする?」


「好きにさせてやれ」


 シンはその場で足を止め、役場に向かうシャリィを見ている。


 俺達がこの村に関わったタイミングで、副村長が魔獣に襲われて死ぬなんてな……

 決めつけは良くないと自分で言ったが、他殺の可能性は捨てきれない。そんな風には感じなかったけど、さっき村に来たカンスとかいう奴が、俺達に近づく為に…… 


 この時シンは、カンスの事を思い出していた。


 いや、その線は薄い……

 カンスでないのなら、いったい、誰が、何の為に…… 

 



 


 村の復興に必要な人々の説得に失敗したレティシアは、村長室で項垂れていた。


 今回の事で子供が命を落したらどうする。


 一人の老人が発したその言葉が、レティシアの頭から離れずにいた。

 そんなおりに、シャリィが訪ねてくる。


「コンコン」


「村長、シャリィ様がお見えです」


 その言葉で、レティシアは気持ちを切り替えようとするが、簡単では無い。


「はい…… お通し下さい」


 レティシアは、座っていた椅子から立ち上がりドアを開けようとするが、先にシャリィがドアを開け部屋に入ってきた。


「突然すまない」


「いいえ…… とんでもございません。どうぞ、お座り下さい」


「立ったままで良い」


「はい。どの様なご用件でしょうか?」


「今朝、訪ねて来ていた男が……」


「男…… 副村長ですか?」


「あぁ…… 死んだ」


「えっ!?」


 突然の事で、レティシアは言葉を失ってしまう。

 

「新街道で魔獣に襲われた」


「副村長が……」


「聞いた話だが、護衛も含め、生存者はいないそうだ」


「……そう……ですか」


 最後はあの様な形ではあったが、自分をイドエの村長にまでしてくれ、ほんの数時間前まで、会って話をしていた男はもうこの世にはいない。

 地区長達の説得に失敗し、気弱になっていたレティシアだが、副村長の死による影響を思索し始める。


 これで副村長の妨害は無くなったが、いざとなれば使えたかもしれない副村長絡みの人脈は途絶え、そして保険まで・・・・を失ってしまった。

 

 レティシアは、副村長との長い付き合いから、自分の意見に賛成しない事は、最初から理解していた。

 イドエで、自分の次に権力のある副村長と協力関係を結べないのであれば、村から排除するしかない。

 シャリィを呼び、副村長が感情的になるように仕向けたが、その死によって、駒を・・失い、後悔の念を感じていた。


「わざわざお知らせくださり、ありがとうございます」


「……どうする?」 


「……折を見て、村人に報告を致します」


「その事ではない。奴が持っていた金をどうする?」


「……」


「回収するのなら、信用できる者を向かわせたらどうだ」 

 

「そうですね……」


「奴はコネを築き、捕まらない自信があるような口ぶりだった。それなら、単純に住まいの何処かに隠しているかも知れない」


「……はい、あの人の性格上、その可能性は高いです」


「何なら、私が行ってこようか……」


 レティシアは何かを考えており、間を置いて返事をした。


「……お気遣いありがとうございます。ですが、職員に行かせます」


「そうか」


「……シャリィ様」


「なんだ?」


 レティシアは床に膝を付き、頭を下げる。


「シャリィ様には、私と別の場所へご同道賜りますようお願いいたします」


 シャリィは膝を付き、懇願するレティシアを見つめている。

 少し間をあけ、行先も聞かず返事をした。


「……いいだろう」


「ありがとうございます。それでは、明日の朝5時に宿へお迎えにまいります。行先は……


 レティシアは目を伏せた後、頭を上げ、シャリィの目を見て口を開いた。


 その行先と目的は、シャリィにとって意外ではなかった。


「信頼できる職員・・も何人か……」


 シャリィは、レティシアの言葉を遮る。


「私一人が良かろう」


「……はい。宜しくお願い致します」


「迎えの必要はない。門で落ち合おう」


「はい」


 シャリィは、村長室から出て行った。


 あの人が死んだ…… 

 それならもう…… 余計に引き返せない。


 副村長の死は、レティシアの使命感に再び火をつける。



 


 その頃シンは、村の中で馬の散歩をしていた。

 見なれない者が、この村から姿を消したバンディートの乗っていた馬を連れて歩いている。

 村人からすれば、それだけで十分異様な光景であった。

 シンは、無法者達がたむろしていた盛り場に足を踏み入れる。


「見ない顔だな、誰だあれ?」 


「おい、見ろよ。バンディートの馬を連れているぞ……」


「もしかしてあいつが冒険者か?」


「チッ、あの野郎のせいで……」


 嘗て無法者達を相手に商売をしていた者達は、シンに対して決して好意的ではなかった。


「シーン」


 何処からともなく、シンを呼ぶ声が聞こえてきた。


 声のする方を見ると、メンディシュが脇をしめて、女の子の様な走り方で迫って来る。


 メンディッシュかって、その走り方よ!? 全然いいけどさ……


 シンは少し驚いたが、さらに驚いている者達がいた。それは、たまたま見ていた、メンディッシュの仲間達だ。

 

 今までそんな走り方してなかったのに、本当にもう隠す気ゼロなんだな……


「何してんのーシン?」


「見ての通り馬の散歩さ」


「ふ~ん」


 メンディッシュは、何かを含んだような表情をシンに向ける。


「何だよ?」


「馬の散歩は外壁沿いにするのが普通だよ~。ランドを連れて盛り場に来るなんてって思っちゃたりして~」


「変な勘繰りするなよ。まぁ、散歩ついでに村の中を良く見たかったのは間違いないよ」


「そうでしょう~」


 正直に答えたシンを見て、メンディッシュは満足そうな笑みを浮かべた。


「そうそう、ちょうど良かった。お前達の賃金だけどさ」


「あたい達の賃金?」


 シンに会えて嬉しかったメンディッシュだったが、その言葉で困惑した表情へと変化する。


「あぁ、10日に一度の割合で、役場に取りに行ってくれ」


「……あたい達は、バンディートやガルカスの仲間だよ。それなのに賃金くれるのかい? シャリィ様はそんな風には……」


「勿論シャリィも村長さんも承知の話だ。悪いけど、皆に伝えといてくれるか?」


「そりゃかまわないけど……」


「頼むぞ」


 シンは、さわやかな笑みをメンディッシュに向ける。


 ……最初からこの筋書きだったんでしょうが、分かってても嬉しいもんだね~。

 

「皆シャリィ様が怖くて口には出さないけど、ただ働きを不満に思ってた奴もいるだろうし、喜ぶよ~」


「そんなに多くは渡せないと思うから、無駄使いは駄目だぜ」


「……あたい~、初賃金でシンに何かプレゼントしようかな?」


「はは、気持ちだけで良いよ。ありがとう」


 それって、あたいからの物は貰いたくないって事かしら……

 ううん、あたいの稼ぎを心配して言ってくれてるのねー!

 あ~、やっぱ良い男~。あたいの目に狂いはないわ~。

 

「何ニヤニヤしてんだよ? 早く皆に言ってきてやれよ」


「ふふ、もっとシンと歩きたいけど、確かに早く伝えた方が良いね、この話は」


「あぁ、頼むよ」


「シーン……」

 

 シンの名を呼ぶと、メンディッシュはキスを強請るかのように顔を向け唇を尖らす。


 シンはそれに気づいていたが、気付かないふりをしてスタスタと歩いて行ってしまった。


「んっもぅ~。照れちゃって、かわいいわ~」

 

 ふふふ、女には慣れてそうだけど、私には・・・慣れてないようね。グイグイ押せばいけるかも…… イヒヒヒ。


 メンディッシュは、シンの姿が見えなくなるまでその場に立っていた。



 うっ!? 背後から何かを感じる……

 もしかして、これがイフトとかいうやつか!?



 その頃ユウは、初日独特の疲れもあり、ぐっすりと眠っていた。


 

 シンが盛り場を歩いていると、ランドが急に尻尾を上にあげる。

 その理由は……

 

「ん? おぉ~、ランドでけーうんこしたなぁ」


「ブルブルブルル」


 しまった!? これどうやって片付けたらいいんだ? 馬小屋に角スコあったかな? いや、そもそもこの世界に角スコが……


 ランドの糞の始末で悩んでいるシンに、派手なドレスを着た、肥えて体格の良い中年女性が声をかけてきた。


「ちょいとあんた」


「ん? 俺?」


「そうさ。あんただろ、バンディート達を追い出したと噂になっている冒険者のシューラって?」

 

 追い出したっていうか、勝手に出て行ったんだけど……って、めっちゃ派手だねこの人~。


 あまりにも派手な服を着た女性を見て、シンは軽く動揺していた。


「まぁそうかな」


 なんだいその返事は…… 

 ふん! これ見よがしにバンディートの馬なんか連れちゃって、顔見世にきたんだね~。

 それなら、あたしの顔も覚えといて貰おうかね……


「あたしゃ、この村で売春宿をやってるヨコキってもんだ」


「ヨコキさん…… 初めまして、俺はシン・ウース」

 

「ふ~ん、良い名前だねぇ。まだ若いねあんた、いくつだい?」


「22歳……です」


 その派手な服装、そして圧のある話し方に、シンは少し萎縮していた。


 ……この子、見た目も良いし、何か怪しい雰囲気を持ってるね~。


「ねぇ」


「はい?」


「あんた達、この村で何をするつもりなんだい?」


「それは村長さんから聞いてくれないかな」


「あの女かい。あたしゃあんたの口から聞きたいんだけどね~」


 誰よりも早く聞いておけば、それ相応に他人ひとより速く対応できるからね~。


「どうせあの女から後で聞くなら、今教えてくれてもいいだろう?」


 う~ん、どうしよう……

 この村を変える為には、村人の協力は必須だ。ここでもの別れになるよりは、俺の口から説明して、良好な関係を築いても良いのかもしれない。

 けどな…… モリスさんならまだしも、村人とはいえ、初めて会う人には話せないな。

 誰誰には先に教えただの、俺には教えてくれなかっただの、後から不満が出る方が不味い。

 しかしそれにしてもこの人、ほんと変な服着てるなぁ……


「すまないけど、俺からは言えないんだ。申し訳ない」


「……」

 

 断られたヨコキは、明らかに不満そうな表情を浮かべた。


「あんた、頭が固いねー」


「いや、普段はそうでもないんだけど、ごめんね」


「それに……」

 

 ヨコキはシンの股間に目を向けた。


「あそこも硬そうだね」


「……はぁ~?」


 ヨコキの言葉で、シンは口も目も大きく見開いている。


「ふっ! おーい、誰かいるかーい!?」

 

 ヨコキは、軽く笑った後、建物に向かって声を出した。


「なに―、ママ~?」


 ヨコキに呼ばれ、宿の様な建物から、若い女性が一人出てくる。

 その女性は、肌も露わな部屋着をつけており、シンに気付き目を合わせると、恥ずかしそうに服を整え、目を逸らす。


「ど、どうしたのママ?」


「この馬の糞を直ぐに片付けな」


 その言葉で、シンは焦ってしまう。


「いやいや、俺が片付けるよ」


「シシシシッ、もう遅いよ~」


 ヨコキに言われた若い女性は、何の躊躇もせず、素手で馬の糞を片付け始めていた。


 それを見たシンは、直ぐに手伝おうとするが、ヨコキはその肥えた大きな体で間に入り、シンを止める。


「ん~、あんたが連れていた馬の糞を、この子が片付けてるよ~」


「すまない、俺が代わるよ」


「もういいさ! これは貸しておくよ、一つ貸しだよ。ちゃんと返しておくれよ~。お互いが、生きてるうちにね! シシシシッ」


「……」


「さぁ、教えてくれないのならもう帰ってくれないか? バンディートの馬と、そんな大きな馬も連れて宿の前に突っ立っていられると商売の邪魔だよ。それとも、あんた今からこの子を抱いていくかい? 1万シロンにまけといてやるよ」


 ヨコキは、馬の糞を片付けている子を見た。


「……」


 糞を片付けている女性は、ヨコキの言葉を聞き、上目遣いで恥ずかしそうにシンをチラ見する。


「金持ってないし、それに俺は……」


「ツケでもいいよ。なんせあんたは有名な冒険者のシューラだからね」


「いや、やめておくよ。また貸しが増えてしまう」


「シシシシッシシ。遊ばないのなら、とっとと帰んな」


 ヨコキは手を大きく振って、シンにどこか行けとジェスチャーしている。


「……ごめんね。今度、必ず償うから」


 糞を片付けている女性に、申し訳なさそうに声をかけたシンは、馬を連れ、その場を後にした。


 ふ~ん、償うね~。売春婦にまで気を使うなんて、随分やわな男だね~。本当に有名な冒険者のシューラなのかね? まさか偽物じゃないよね……


「ママ……」


「なんだい?」


「い、今の誰?」


 女性は、照れくさそうに聞く。


「あれが村長をたぶらかしている冒険者のシューラさ」


「……ふ~ん」


 糞を片付けている女性は、去ってゆくシンを見ていた。

 そして、その女性の表情を、ヨコキは見ている。


「……キャミー、いい仕事したね。おかげで奴に貸しを一つ作れたよ。さっさと片付けてバニでもしておいで。あたしの部屋に果物あっただろ、あれ食べて良いよ」


「本当!? うん、直ぐに片づけるね」


 キャミーと話を終えたヨコキは、去ってゆくシンに目を向けた。 


 ……何か他の奴には感じない良いものを持ってそうだけど、女に弱い男は長生きできないよ~。


 シン・ウース……ちゃん。 


 

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