68 エゴイスティック


 レティシアは、無法者相手に商売をしていた者達と、改めて話し合いの場を持つと約束した。

 それに納得した者、しなかった者も、とりあえず役場を後にした。

 それを見届けた職員達は、レティシアに言われ、役場に来ていた普通の村人達に声を掛け始める。


「皆様、私共から今の村の現状の説明を致しますので、こちらへどうぞ」


 村人達は、職員の言葉に素直に従う者、レティシアへの怒りから聞く耳を持たず立ち去る者に分かれた。


「地区長の方々は、こちらへどうぞ」


 離れた場所から、レティシアを睨みつけるように見ていた老人達は、特別な部屋に通された。




 


「はぁ~食ったペぇ~」


「フォワ~、フォワ~」


「クルクル、お姉ちゃん、美味しかったねー」


「ねークル~、美味しかったね~」 


「腹いっぱいっペぇ~よ~」


 少年少女達から、満足した言葉が飛び交っている。


「そら俺の芋スープまで食ったんだから、いっぱいにもなるだろう」


 一方シンは、不満そうである。


「まーだ怒ってるっぺぇか~」


「むむむ…… それぐらい楽しみにしてたんだよ~」


「ぎゃはははは」 「うひゃはははは」


「フォワフォワフォワ~」


 悔しがった後に、しょんぼりとするシンを見て、皆が笑っている。


「よーし、明日の予定を聞いてくれ。明日も朝の9時だ。場所は今日と違って、プロダハウンに来てくれ」


「フォワ?」


「どこだっぺぇ、そのプロン何とかって?」


「プロダハウンな。何処って…… おかしな屋根の大きな建物だよ」


 シンに説明を受けても、皆はピンときておらず、悩むような表情を受かべる者も居る。


「草木が生い茂った、でっかい建物」


「あ~、あの魔獣の住処みたいな建物っペぇ。あれプロ何とかって言うっペかぁ?」


「皆知らないのか、あの建物の名前?」


「おらは知ってたっペぇ」


「おらも」


 知っていたのは数名だけか……

 そういえば、この村が今のようになった切っ掛けは、20年前ぐらいだと聞いた。

 こいつらは、まだ生まれてもいない。と、言っても名前も知らないなんて、そこからも色々なものが見えてくるな……


「あの建物に、朝の9時な。全員で来てくれよ。勿論、明日もメシ付きだ」


「くるっぺぇ、くるっぺぇ」


「クルクル~、呼んだ~?」


「呼んでねぇっぺぇ。明日も行くって言ったペぇ」


「クルクル、クルも行くよ~。お姉ちゃんも行くよね?」


「うん、クルが行くならお姉ちゃんも行くよ~」


 仲の良い姉妹だな……


「では、今日はここで解散だ。皆お疲れ様~」


「ばあちゃんが、心配してるっペぇ、帰るっペぇ~」


「そうだっぺぇ、うちのばあちゃんも気にしてたっペぇ。心配ねぇって早く伝えるっぺぇーよー」


 少年達は、笑顔でモリスの店から外に出て行く。

 だが、ピカワンは振り返り、シンを見ていた。


「ん? どうしたピカワン?」


「これ、返すっペぇ」


 そう言って、ピカワンが差し出したのは、野外劇場で渡したバニ石だった。


「あー、それもあげるよ。使ってくれ」


「……いいっぺぇか?」


「あぁ、いいよ。今日は良く晴れてたから掃除してたら直ぐに乾いたけど、これも必要だよな」


 シンは鞄から、ビンツ石を取り出した。


「えーと、これだけあれば足りるかな…… わりぃけど、皆に渡してくれるか」


 シンは人数分以上のビンツ石をピカワンに渡した。


 ピカワンはシンから渡された、ビンツ石を見つめた後、顔を上げる。


「分かったっぺぇ。……明日は9時に魔獣の住処だっぺぇな?」


「あぁ、また明日な」


 ピカワンは笑顔で頷いた後、モリスの店を後にした。

 見送ったシンは、直ぐにモリスに声をかける。


「さてと、モリスさーん。洗い物手伝うよー」


「本当ですか? 助かります」


「ユウ、手伝おうぜ」


「うん……」


 シンは、テーブルに置かれている食器を厨房に運び始めた。


「初めまして、俺シン・ウース。宜しくね~」


 手伝いに来ているモリスの友人に声をかけると、その女性達も挨拶を返す。


「どうぞよろしく」


「どうも~」


「よろしく…… モリス、あの子可愛いね」


「ちょっと、変な事言わないでよ。宿のお客様だよ」


「いいでしょ! 私は独身なんだから~」


「確かに良い見た目してるね~。モリス、うちの旦那と交換してくれない?」


「馬鹿な事言わないで」


「きゃはははは」 「あはははは」


 シンは、モリスの友人にも人気であったが、ユウはその光景を、複雑な心境で見つめていた。


「……」


 その時、食堂のドアが開いた。

 入ってきたのは、シャリィだ。


「おう、シャリィ! 今日は朝早くからご苦労様。えーと、何処に行ってたんだっけ?」


「旧街道の奥の方の魔獣を退治しつつ、頼まれていた買い物を済ませて来た」


 旧街道の奥の方…… 

 つまり、誰かが襲われた新街道とは逆の方向か……


「魔獣を退治してくれてるの? 助かります」


「本当に助かるわ~」


「ありがとうございます」


 モリスの友人達は、シャリィに感謝の言葉を伝える。

 それに対してシャリィは、軽く頷いて返事をした。



 買い物? もしかしてシンに頼まれていたのかな……

 その話も聞いてないよ僕。

 シャリィさんの用事って、そういう事だったのか……



「いや~、本当にありがとうシャリィ。何か食うか?」


「あぁ、いただこう」


「モリスさーん、何か余ってる~?」


 シンの使いや魔獣を退治したのに、私の昼食は余り物なのか……

 

 そう考えたシャリィから、思わず笑みが零れる。

 

「フッ」  


「シャリィさん、お疲れ様です」


「ありがとうユウ。あの子達との初日はどうだった?」


「……はい。上手くいってます」


「そうか…… それは良かった。何かあったら遠慮なく私に言ってくれ」


「はい。ありがとうございます……」


 少し元気のないユウを、シャリィは見ていた。


「はいおまたせシャリィ! ハンボワンスープとパンでーす。あと水も直ぐに持ってくるよ」


「あー、すみません、私達の仕事なのに……」


「いいって、いいって。気にしないで」


 何気のない事だが、シンの株は、ますます上がって行く。


「ありがとう。いただこう」


 シャリィはシン達に礼を言うと、食事を始めた。

 その間、シンとユウは、モリスの手伝いをして、食器を運び、厨房の掃除もした。


「ユウ、お疲れ」


「うん、お疲れ」   


 二人にモリスが声をかけてくる。


「今日は本当にありがとうございました」


「いいえ、これから毎日大変だと思いますが、宜しくお願いします」


「はい、もちろんです」


 モリスはシンとユウ、そしてシャリィの三人に笑顔を向けた。 


「さてと、俺はまた馬の様子でも見てくるよ」


 そう言ったシンは、ユウに気付かれない様、シャリィにアイコンタクトを送っていた。


「ユウはどうする?」


「……僕は部屋に戻って休むよ。まだお酒が抜けてない感じがするから」


「そうか、じゃあ俺も後で部屋に戻るよ。ゆっくり休んでいてくれ」


「うん」


 シンは、ユウとの会話を終えると馬小屋に向かった。

 

 シャリィは宿屋に戻ったユウを見届けると、ゆっくりと立ち上がり、馬小屋に向かう。



「よーしよしよし。元気だな~って服を噛んで引っ張るなよ。さっき会ったばかりだろう」


 馬と、はしゃいでいるシンの所に、シャリィが現れる。


「どうした?」


「それがさ、少し前に冒険者がこの村に来ていたんだ」


「冒険者?」


「あぁ、見た感じは俺よりも若くて、大きな剣を持っていた。名前はカンス・グラッドショー」


「何しにこの村に来たと言っていた?」


「新街道で魔獣が現れて、誰かを襲ったらしい。それで、この村まで警告に来てくれたらしいんだけど、時期が時期だけに…… まぁ、話をしてみた感じ、不審な感じはしなかった」


「……分かった。荷物をモリスに渡した後、調べておこう」


「すまない、頼むよ。食料・・は、無事に買えたんだな?」


「今の所はな。大した量でもないし、私が買う場合、これぐらいなら問題ないようだ」


「そうか…… もう一つ・・・・の方は?」


 シャリィはシンの目を見つめ、無言で頷いた。

 それを見ていたシンは、一瞬驚いたような表情を浮かべる。シャリィの言葉を聞くまでは。

 

「だが、数を制限された」


「ほぉ~…… 売り切れとでも言われたのか?」


「……そうだ。買えたのは数個・・だ」


「そっか…… まぁ、それは想定内だから置いといてっと、一応門番達には、村から出て行く人を止める様に言っておいたけど、それでいいかな?」


「それでかまわない。私が様子を見てくるまでは止めておこう」 


「そうだな。出した食料の整理は、俺も手伝うから今から行こうか。ああっと、馬は順調そうだな」


「問題ない、順調だ」


「聞いたかおい! 良かったなぁ~」


「ブルルルブルル~」


「おっ、分かるのか俺の言ってる事がぁ」


 馬とじゃれ合うシンを見ながら、シャリィは、シンと会った冒険者を気にしていた。


 カンス・グラッドショー……






 特別な部屋に招待された者達の前に、レティシアが現れた。


 全員の視線が、レティシアを捉える。


「……」


「地区長の皆様、本日はお集まり頂き、ありがとうございます」


「……あいさつはええから、話をしてくれんかの?」


「はい」


「わしらが納得する話をの……」


「……」


 一人の老人からそう言われたレティシアは、少しの間沈黙をしてしまう。

 そして、別の老人も口を開く。


「不平がある者は移住届けを受理するから出て行けとは、良く言ったもんだ」


「すみません、彼らを黙らせる為に、あのような事を申しました……」


「昔なら兎も角、今は誰も出て行けん」


「そうだ。出稼ぎならまだしも、移住が出来ないのは、村人なら誰もが、分かっておるわな」


「……はい」


「まぁ、それは良い。皆、村長さんの話を聞こうや」


 村長に文句を言っていた老人達は、一旦口を閉じる。


「皆様には、この村を変えるために協力をして頂きたく……」


「それはさっき、あいつらにも言ってたな」


 直ぐに一人の老人が口を挟む。その老人は、明らかにイラついていた。


「……今回、この様な行動を起こす切っ掛けになったのは、この村にSランク冒険者のシャリィ様と、その二人のシューラが訪れたことから始まります」


「Sランク……」 


 シャリィの名で、その場はざわつき始めるが、すでに知っていて、落ち着いて聞いている者もいる。


「ちょうど、シャリィ様とそのシューラが私の家に訪ねている時、バンディートが襲撃に来ました。恐らく、私が外部の人間と、勝手に何かを画策していると勘違いしたのでしょう」


「……」 「……」


「シャリィ様は、バンティート達を倒し、この村の事情に耳を傾けてくれました」


「ふん!」 「はん!」


 二人の老人から、失笑の声が漏れる。


「私の話を聞き、この村に滞在することになったシャリィ様の威光で、バンディート、それにガルカスや幹部一同も、この村から逃げ出して行き、私の決心はより一層強くなりました。この村を昔のイドエに戻すのは、今しかないと!」


 レティシアの話が一旦終わっても、誰も声を発しない。

 呆れたような表情を浮かべる者も居れば、ため息をついている者もいる。


「この村が、昔のような活気ある町に戻る為には、皆様の協力は必須です。どうか、お力をお貸しして頂けないでしょうか?」


 レティシアは、頭を下げた。

 

 黙って聞いていた一人の老人が、口を開く。


「何故あいつらに村の金を配るのか説明してくれんか!?」


「それは、あの人達に村を出て行かれると困るからです」


「……分からんのう~。何が困ると言うんだ? あいつらの店を利用していたのは、ガルカスやバンディート達だろう。そいつらが居なくなった今、誰が利用するというのだ? 出て行かれても、困る事なんぞ、何一つないだろう!」


 レティシアはその言葉を聞き、再び沈黙した後、口を開く。


「確かにその通りです。ですが、彼らには独自のルートがあります」


「……」 「……」


「その独自のルートから仕入れている物、その中には、情報という、他には替え様のない商品が・・含まれております。彼らを残すのは、必ず村の利益になります」


「……奴等の品は村に回ってこない、ガルカス達だけだ。そのガルカスが居なくなった今、奴等は仕入れをしないだろうの。わしには、情報もそれほど必要に感じないがの」


「……そうでしょうか」


「……村長さん、もしかして、ガルカスやバンディートが戻って来た時の為に、あいつらを村に残しているんと違うんかいの?」


「……」


「さっきは奴等が戻ることはないと、そう言うておったけど、その心配をしとるんじゃないかの?」


「……」


「村を変えるのを失敗した時、この村は、また山賊達にすがるしかない。その時、あいつらの部下とも言える奴等の店が無ければ、怒り狂うだろう。このまま出て行かれたら、またあのような奴等が集まって落ち着くまで、村に戻って来たバンディート達が、何をするのか、想像がつくからのう」


「……」


「特に、売春婦達に残って貰わんと、この村の女性が襲われるかもしれん。その為に残したと、そうだの?」


「そうなのか村長さん?」 


「……」


「答えろ!」


 レティシアに対して、大声が向けられる。 


「……確かに、それも考えておりました」


「……そうじゃろうの。つまり、さっきこの村が昔の様に戻れるとか、確信しているとか言うとったが、あれは嘘だというわけだの」


「……」


 レティシアは、思わず下唇を噛んでしまう。


「……物事に絶対はありません。ですから、最悪な事態も想定して…・・」


「最悪な事態? それはどういう事態だ!? ガルカス達が戻るのが最悪な事態なのか? わしはそうは思わない」


「では、どのような事態を最悪だとお考えでしょうか?」


「争いによってこの村で死人が出る事だ」


「……と、申しますと?」


「今居る冒険者が、この村の復興に失敗して出て行けば、また山賊達は戻ってくる。だが、村に来るのがバンディートやガルカス達とは限らんの!? 今までこの村を征しておったガルカス達が不在と知れば、二番煎じ狙いの新しい無法者はやって来る。そうなれば、またこの村で争いが起きる。その時に、村人が巻き込まれるのは、間違いないだろう……」


「……それなら、尚更失敗は出来ません。ですから、皆様のお力をお貸し下さい」


 そのレティシアの言葉に、地区長達の反応は薄い。


「……村長さん」


「はい」


「村長になってしばらくした時、わしに内密の話があると言ったのを覚えておるかの?」


「はい、覚えております」


「あの時、こう言うておったの」


「……」


「ある人物が、この村を陥れておると」


「はい」


「その人物は、わしらもよく知っておる人物じゃ。いちいち名前を言わんでも、皆も想像がつくだろ」


「……」 「……」


 地区長たちは無言であったが、軽く頷いている者も居る。


「その人物は、この村の変化を待っておると」


「はい、申しました。今でもそう確信しております」


「ならどうして、この村は変われない?」


「それは……」


「いくらこの村が変わろうとしても、周囲がそれを認めんからだろ?」


「……」


「あの人物が変化を望んでいると、それを確信していると、村長さんはそう言うが、それならどうして邪魔が入るのかの? おかしいだろ」


「それは、イドエと小麦やハーブの取引以外はしないというのが、この辺りの暗黙の了解になっているからです。それに、領主様が、この村を放置しているのも原因の一つです。ですから、周囲も手を貸しにくい状況に……」


「手を貸しにくいか…… 小麦は安く買い叩かれ、逆に村に入って来る食料は相手の言い値で買わされている。そうやってイドエの金は、色々な所に流れておる。周囲からすれば、イドエは良い金蔓かねづるだ。つまり、周囲が手を貸さないのは当然なんじゃ。イドエをこのままにしておきたいのだ! あの人物が何を考えておろうが、Sランク冒険者が手を貸してくれようが、関係ない! 周囲の者達に変化がない限り、イドエは変わらん!」


 その言葉で、レティシアの表情は、より一層曇っていく。


「なぁ村長さん。さっき誰かが言うとったの…… バンディート達を探してくると……」


「……」


「わしも、その意見に賛成だ。悪いが、村長さんの話には乗れん……」


「私も村長さんの話には反対だ。村に居る冒険者に出て行くように言ってくれ。村長さんが言いにくいのであれば、私が代わりに言ってもいい」


「……皆様、そんなことおっしゃらずに、イドエの未来の為に、子供達の未来の為に、お力をお貸し下さい。お願いします」


「……」 「……」


 再び頭を下げるレティシアを見ても、老人達は無反応であった。

 

 ここで、ずっと黙って話を聞いていた一人の老人が、口を開く。


あんた・・・は、二言目には子供の未来というが、その子供達が、今回の事で命を落したらどうする?」


 その言葉で、レティシアの身体は硬直する。


「この村におる冒険者は、子供を使って何をするつもりだ? 子供の未来というのなら、その子供達を今回の事に巻き込んでおるのは、矛盾しておるだろ……」


「そ、それは…… Sランク冒険者のシャリィ様が、きっと子供達の……」


 老人は、レティシアの言葉を遮る。


「その冒険者ギルドが、20年前この村を捨てたのは、周知の事実。それを今更」


「で、ですが……」


「あんたのお祖父じいさんには、私達は大変世話になった」


「……」


「本当に素晴らしい人だった。その孫のあんたが村に帰って来てくれた時、あの人が生き返ったような気がした」


「……」


「嬉しかった。女性なのにこんな危険な村に戻って来るあんたを見て、本当に嬉しかった。わしも何かあんたの役に立てればと、いつもそう思っておった」


「……」


「だがの…… 今回の事は間違っておる」


「……」


「あんたの幻想に、村人を、子供を…… わし達の孫を巻き込まんでくれ」


「……」


 レティシアからの言葉はなく、悲痛な表情で俯き、沈黙している。


「あいつらに配ると言った協力金とやらは、何処から出る金だ? 村にはそんな余裕はないはずだ」


「……」


 レティシアは、何も答える事が出来ない。


「あんたは、信用ならん……」


 そう言うと席を立ち、部屋から出て行ってしまった。


「……」


 無言のレティシアを残し、一人、また一人と、老人達は席を立ち、部屋を後にした。


「……」


 レティシアは、一人残された部屋で、一点を見つめ、動けずにいた。





  

 宿の部屋に戻り、ベッドで休んでいるユウは、悩んでいた。


 シンの考えている事が分からないや……

 僕に先に言うって言ってくれたのに、全然言ってくれないじゃないか……

 前もって言ってくれないと僕は…… 急に言われたって、心の準備が出来てないと、直ぐに対応できないよ。

 シンみたいにコミュ力があるわけじゃないし、それに、それに……

 皆から慕われているわけでも、好かれているわけでも無い。

 

 ユウは、自分を睨んでくるナナが頭に浮かぶ。


「はぁ~」


 大きなため息がでる。


 それに、レティシアさんが命を賭けているって言っていたのも気になる……

 どこまでの意味なのだろう…… 文字通り命を賭けているのか、それとも、失敗すれば村長を辞める覚悟とかかな……

 どちらにせよ、僕が失敗でもすれば、この村は…… レティシアさんは……


 ユウは、激しいプレッシャーを感じ始めていた。


「……そうだ!?」


 ユウは何かを思い出し、ベッドから起き上がって鞄に手を入れた。

 そこから取り出したのは、ヴォーチェ。


「確か……」


 ユウはヴォーチェを握りしめ、唱える。


「プロダハウン」


 何かスイッチが入ったかのように、頭の中に、シンの鼻歌が聴こえて来た。

 

「……」


 最初は鼻歌でメロディだけだったが、途中からドラムやベース音、そして不思議な音までもが聞こえ始めてくる。


 これは…… ヒューマンビートボックス……


 そう、シンはヒューマンビートボックスで音を入れていたのだ。


「……止まれ!」


 ユウは、そう言うと、まだ聴き始めたばかりなのに、握っていたヴォーチェを離した。


 ベッドから落ちて転がっていくヴォーチェを、ユウは無言で見ている。

 

 一晩で作曲して、こんな事まで出来るんだ……


 シンは、ユウが詩をイメージしやすい様にと思い、音を入れていたのだが、その気持ちはユウに届いてはいなかった。


 この時ユウは、ただ無力感だけを感じていた。


 

 

 


 シャリィは、厨房で食料を渡した後、新街道に向かっていた。


 ……見えて来た。あれか……


 脚を止めた先に、警備の他に、死体と馬車を片付ける者達も来ており、合わせて数十名が処理をしていた。


 シャリィはその中の、警備と思われる者に話しかける。

 


「すまないが少し良いか?」


「なんだ?」


「私は冒険者のシャリィだ」


「……シャリィ? えっ!?」


「この中にカンス・グラッドショーという冒険者はいるか?」 


「シャリィ…… まさか……」


「……聞こえているか?」


「あ…… はい、聞こえています。その者は多分私達が来るまでここで自主的に警備をしていた者です。私達が来ると、名乗った後、お願いしますと言って去って行きました」


「そうか…… ありがとう」


「い、いえ」


 シャリィは作業をしている者達に目を向けた。


「少し死体を見せて貰っても良いか」


「はい、どうぞ」


 死体の大部分は、既に回収されていたが、無残に食い千切られた、副村長の顔の半分が、まだ地面に残されていた。

 シャリィはその残されていた一部をしばらく無言で見つめた後、質問をする。


「生存者は?」


「まだ身元とか、人数とか、はっきりした事は分かっていませんが、恐らく、いません」


 その言葉を聞いたシャリィは、何も言わずイドエに戻って行った。


「おい、誰だあの女?」


「分かんねーけど、冒険者のシャリィと言っていたぞ」


「シャリィ…… うぇ!? 本物か!?」


「だから分かんねーって……」



 警備の者達は、シャリィが去って行った方角を、しばらく見つめていた。

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