67 岐路



 シャリィを見送った後、虚ろな表情で空を見つめていたレティシアだが、心のスイッチを切り替え、役場に向かう。


 到着したレティシアを待っていたのは、激しいクレームの嵐。

 役場には、無法者相手に商売をしていた者達が、こぞって押しかけていた。

 その者達は、レティシアを見つけると、我先にと言葉を投げつける。


「村長! バンディートやガルカス達はいつ戻るんだい!? あいつらがいないと商売あがったりだよ~」


「そうだそうだ! まさか、村長が冒険者を使ってあいつらを追い出したんじゃあるまいな!? もし噂が本当なら、あたい達の商売の責任は誰が取るんだい!?」

 

 レティシアに罵声を浴びせているのは、無法者達なじみの酒場の経営者やそこで働いている者、それに売春宿の経営者に売春婦。

 中には、バンディート達が開いていた、博打場が無くなった事に対して文句を言っている者もいる。


 普通の村人の中には、小麦畑で働いている者が多数おり、その者達は、嫌でも村の変化に気付いていた。

 畑を守る無法者達は下回りの連中ばかりで、魔獣に対抗できる魔法を使えるファレンは誰一人いない。

 だが、ファレンが居なくても、魔獣は出没せず、結果、下回りだけの警護で十分であった。

 それはシャリィが、村や畑周辺の魔獣を退治したお陰であったが、村人もそれを誰に聞いたわけではないが理解していた。


「村長、説明しろ! 村に居る下っ端共に聞いても何も答えちゃくれねーんだ。つまり噂は本当だって事だろう!?」


 混乱が収まらないと判断したレティシアは、時間を前倒しにして説明を始める。

 

「皆さん、お静かにお願いします。今から事情を説明いたします」


 レティシアの言葉で、一旦は静まり返る。


「まずはガルカスやバンディートの件ですが、結論から申し上げますと、居なくなったガルカスにバンディート、そしてその幹部達がこの村に戻る事はありません」


「えぇー!」 「やっぱりだ!」


「例え戻って来たとしても、村としては拒絶いたします」


「噂は本当だったんだ!」 「どうすんだい、あたしの宿は!? どうなるんだい」


「お静かに、お静かにお願いします」


 集まった者達は、口々に不満を洩らしている。

 レティシアは、それらを遮るように口を開く。


「この村は、今、大きな分岐点に立っています」


「……」


 その言葉を聞いた者達は、先ほどまでとは違い、再び静まり返る。


「無法者達が居なくなった今、この村は、必ず昔のイドエの様な町に・・戻れると、私は確信しております」


 無論、レティシアにその様な確信など無い。

 この場に集まった者達を落ち着かせる為の方便である。


「……そ、そんな事はどうでもいいんじゃ! 俺の酒場はどうなるんだ!? どうしてあいつらを追い出した!? この村はこの村なりに上手くいってたじゃないか!」


「上手くいっていた? 子供達の未来が無いこの村の何処が上手くいっていたというのでしょうか!?」


「知るかそんなもん。あいつらがいないと日銭が入ってこねーんだ! こっちは未来なんて関係ない! 今日入る銭が大事なんだよー!」


「そうだそうだ!」 「どうしてくれんだい!」


「余計な事しやがって! わいがバンディート達を探して連れ戻してやる!」


 役場は大混乱となっていたが、レティシアは必至で宥めようとしている。


「皆さん、お静かにお願いします。まだ私の話は終わっていません。どうかお静かに」


 だが、集まっている者達は止まらない。


「皆で冒険者達を追い出して、バンディート達に戻って来て貰おう」


「そうだそうだ!」 「よそ者を追い出そう!」


「あいつらモリスの宿に泊まっているよ」


「皆で行こう!」 


「おう!」


「……」


 この時、レティシアは、怒りから歯を食いしばっていた。

 そして……


「黙りなさい!」


 今までレティシアの口からは一度たりとも聞いた事のない言葉が飛び出す。


 集まっていた者達は、少し驚き、口を閉じてしまう。

 一人を除いて。


「おいおいおい、黙れとは誰に」


「黙りなさいと言っているでしょ!!」


「言ってる……」


 男は、レティシアの迫力に驚き、口を閉じる。


「今からいう事を、よくお聞きください。この村がやろうとしている事に不平のある人は、出て行って頂いてけっこうです! 今直ぐに、この村から立ち去りなさい!」


「……」 「……」


「私の権限で移住届を受理し、移住先に紹介状を書きますのでご心配なさらずに。ただし、それはあくまで村民のみの話しです。無法者達同然に、勝手にこの村に住み着いた者達には勿論出せません」


「……じゃ、じゃあ私はどうすればいいんだ!?」


「ですから、不平があるのなら出て行きなさい!」


「ど、どこへいけと……」


 レティシアの言葉から、並々ならぬ決意を感じ取り、先ほどまで騒いでいた者達は、黙り込んでしまう。

 その者達の殆どは、領主や村の許可も取らず、バンディートやガルカスの許可のみでこの村に住みついた者達である。

 彼らの殆どは、脛に傷持つ者ばかりで、イドエを追い出されると、行き場を無くしてしまう。

 無法者にとっての天国、そのイドエは今、変化しようとしている。


「どうするよ、おい」 


「どうするったってよ…… どこか大きな町のスラムにでも紛れ込むか?」 


「財を捨ててまでもか?」 「財つっても、あいつらが居なくなった今、これからは稼げないぞ……」


「今更急に出て行けと言われてもな……」


 レティシアは、耳を傾け、その話を聞いている。


「皆さんの不安は分かります。どういう事情があろうと、この村に住み、この村の経済と治安・・の一部を担って来たあなた達を、私は簡単に見捨てたくはありません」


 レティシアは、先ほどまでとは真逆の事を言い始める。


「……どういうことだ」 「助けてくれんのかよ?」


「イドエが嘗てのような町になるまで、協力して頂けないでしょうか?」


「協力ってどういう事だよ!? さっきも言ったが、日銭が入らないと私達は……」


「そうだよ!」


 レティシアはその言葉を待っていた。


「皆様には、村から協力金をお出しします」


「協力金? 何だそれ?」


 レティシアの言葉に一番驚いたのは、役場の職員達であった。


「バンディートやガルカス達が居なくなった事で不利益を被る方々に、お金と、小麦を支給いたします」


「金くれんのかい!?」 


「そ、それを早く言いなよ~。怒鳴って悪かったな村長さん」


「いくらくれんだい!? 少しぐらいなら意味はないよ!」


「無論全額とまではいきませんが、村に協力してくれる事を条件に、最低限の生活が出来る額を支給いたします。先に申し上げておきますが、村としての譲歩はここまでです。金額に不満のある方には、1シロンも渡す事は致しません」


「金額の交渉は出来ないのかよ!?」


「はい。今までいくら稼いでいたかは関係なく、一律の金額をお渡しします。店は今まで通り営業していただいて結構です。村にはまだ一部の無法者達は残っています。彼らは今まで通り皆さんの店を使用するかもしれません。それに、バンディート達が居なくなった事で、普通の村人の利用も増えるかもしれません」


 ……いくらガルカス達が居なくなったと言っても、村人達が私の酒場を利用するなんて、ほぼありえないだろう……

 だが、この村を追い出されたら、行き先など無い。最低限でも金を貰えるなら、ここは様子見でよかろう…… 蓄えが減らないなら、問題ない。


 レティシアは、ある集団に目を向けた。


「あなた達には、出来る限り、村に残って欲しい」


 レティシアが名指しでそう言った相手は、売春婦達であった。


「ねぇ、どうする?」 「う~ん、どうしようか?」


「ママ、どうしよう?」


「そうさね~」


 ……村から少しでも金と小麦を貰えれば生活はできる。そして、商売も今まで通りしてもいいって…… 旨い話だね~。

 そこまでしてあたし達を残すなんて、この村長、ただの嬢ちゃんかと思っていけど、ちったー分かっているね。少し見直したよ……

 バンディート達という、一番金を落してくれていた奴等が居なくなったのは痛いけど、逆にあいつらにはもう上前カスリを取られないって事だよね~。

 それなら、うちにいる店の子達は、全員に残させるよ。

 

「そこまで言うならあたしゃ残るよ。うちの宿の娘達! あんた達も残りな、いいね!」


「……ママがそういなら、残るよ」 「あたいも残るよ」


 これなら、皆を連れて押しかけなくても良かったね~。たぶん最初からこの話をするつもりっだったのね、この嬢ちゃんは。

 ただ、話が旨すぎるね~。協力という名のもとに、いったい何をさせるつもりなのかね…… 

 まぁ、気に入らなきゃ、その時出て行けばいいさ~。


 売春宿をはじめ、無法者相手に商売をしていた連中は、村長の案に乗り始める者も現れている。

 だが、その話を聞いていた普通の村人達は納得などしていない。

 村の金を、無法者と同等の連中にただで配るなど、承知出来るはずもない。

 この場でその話を聞いていた村人達は、レティシアに嫌悪感を抱いている様だ。

 特に、少し離れた場所で話を聞いていた数名の老人達は、睨みつけるような目で、レティシアを見ていた。





 シンとユウ、それに少年少女達は初日の掃除を終え、モリスの食堂へと向かっている。


「何食べるっペぇ~、迷うっペぇーよ~」


「フォワ~」


 昼食を好きなだけ食べれるのが嬉しいんだね。さっきからずっと食事の話ばっかりだ。

 けど、昼食の話は昨日聞いて知っていたけど、時計とか、掃除道具の話は聞いて無かった。

 僕がお酒で酔ってしまい、話す時間が無かったのかもしれないけど、あの子達を待っている間に話してくれても良かったのに……

 昨日も、あの女子達をアイドルにするのを突然言ってきて、これからは先に話すってシンも言ってくれていたのに……


「モリスさーん、沢山連れてきたからねー」


 シンは食堂のドアを開けると同時に大声でモリスに伝える。


「はーい、お待ちしておりました。さぁ、お好きな席にどうぞ、どうぞ」


 モリスの食堂に入ると、そこにはジュリの他に、初めて見る女性が3人いた。

 どうやら、忙しくなる昼食のために、手伝ってくれる人を呼んでいた様だ。


「おらハンボワンスープにパンを……3個!」


 ピカツーが真っ先に注文をした。


「3個!? 食べすぎだっぺぇあ~、おらの分が無くなるっペぇよ! おらもハンボワンのスープとパンは4個!」


「フォワ! フォワフォワフォワ―!」


「モリスさん、フォワはパンを5個って言ってるっぺぇー」


 ピカワン、数まで分かるのかよ!?

 あれでそこまで分かるんだ……

 

 シンとユウは驚愕した。


「あたし達の分が無くなっちゃうよ~」


 プルとクルが心配そうにしている。


「沢山用意してあるので、大丈夫ですよ~。さぁ、女の子も注文してね~」


 手伝いに来ている女性が優しくそう告げる。


「何になさいますか?」


 ジュリが女子のテーブルで注文を取っている。


「おら、何でもいいから酒くれっぺぇ。早く持ってくるっペぇ」


 ディランが、手伝いに来てくれている女性に、こっそりと酒を注文していた。


「ディラン、酒は駄目って言っただろ」


「ディラン、ばれてっぺぇ、ばれてっぺぇ。ぎゃはははは」


「このにぃーちゃんよく見てるっぺぇな~。流石冒険者だっぺぇあ~」


 にぃーちゃんって……


「俺の事はシンって呼んでくれ」


「わかったっぺぇあシン」 「シンだっぺぇ、覚えやすいっペぇ」


「フォワ~」


 フォワは笑顔をシンに向けた。


 ……返事したのかな? それとも俺の名前を呼んだのかな?


 この時シンとユウは、首を傾げながら、また同じ事で悩んでいた。


「呼び捨てで良いっペぇかぁ?」 「シン、酒飲ませろ」


「あぁ、呼び捨てで良いぞ。ディラン、聞こえてるぞー。つーか、酒の事ばっかだな~」


「ぎゃははは、ディランは何より酒が好きっぺぇ~」


「フォワ~、フォワフォワ~」


 ……何て言ってるのだろう?

 ……何て言ったのかな?


 無料で好きな物を好きなだけ食べれると言う事で、テンションが爆上がりし、少年達だけではなく、女子も会話が弾んでいる。

 しかし、相変わらずナナ、それにリンも冷ややかな態度を取っている。


 女の子達も含め、とりあえず全員が揃ってメシ食いに来てくれたな…… 

 ほんとに、上々の滑り出しだ。

 さてと、俺も注文したいけど、手の空いている人はいないな……


「ユウ」


「なに?」


「悪いけど、誰かの手が空いたら芋のスープとパンを注文しといてくれるか?」


「いいけど、何処行くの?」


 ユウは不安そうな表情を浮かべた。 


「馬の様子を見てくるよ。朝は時間が無くて見てなくてさ、ちょっと心配だから」


「そ、そういう事なら……うん、分かったよ」


 ユウは、一人で何かをやらされるのではないかと、内心冷や冷やしていた。


「俺は馬の様子を見てくるから、皆先に食ってていいからな~」


「わかったぺぇ~」 「フォワ~」


 返事をしたのはピカワンとフォワだけだった。

 他の少年達は、注文を考えていたり、仲間との会話が弾んでいて、シンの言葉に気付いていない。


「フフフ」


 シンは微笑んだ後、中庭にある馬小屋に向かった。


 ユウはシンを見送った視線を戻す途中で、ナナと目が合ってしまう。

 直ぐに視線を逸らしたが、ナナはユウをしばらく見ていた。



 ……ふん! 根性のねぇガキっぺぇ!






 旧街道に来てみたものの、人通りがここまでないとは……

 やはり、新街道に戻り、警備をすれば良かったのか……


 自分の判断に悩んでいる若者の前方に、外壁が見えて来る。



 あれは…… もしかして、イドエ……



 外壁を見た途端、若者の脚は止まる。


 どうする…… 確か、山賊が支配している村とか聞いたけど、警告をしないでこのまま旧道を新街道に進むか、それとも……

 この村には関わるなと言われたけど…… どうする!?



 この時の決断が、のちの、若者の人生の大きな転機となる。


  

 いくら山賊が支配しているとはいえ、普通の村人も居るはずだ……

 それなら、無視はできない。    


 若者は、門に向かって歩き出す。

 

 恐らく門番は山賊。刺激しない様にゆっくりと進もう……


 若者の目に、門番の姿が見えて来た。

 それとほぼ同時に、門番も若者に気付く。


「そこの怪しい者! 止まるでごじゃる!」


 ……こいつのしゃべり方、何年一緒に居ても慣れねーな。


「そ、そうだ、止まれ!」


 門番の二人は、若者に対して大声を張り上げ、剣に手をかける。


「怪しい者ではありません。僕は冒険者です」


 しまった。正直に冒険者と伝えない方が良かったのかも……


 若者は両掌を下に向けた状態で手を広げ、敵対心はないとジェスチャーしている。


「冒険者…… シャリィ様の知り合いでごじゃろうか?」


「さぁな、聞いてみるか?」


「そうでごじゃるな。お前はシャリィ様の知り合いでごじゃるか!?」



 ……シャリィ様? 誰の事を言っているのだろう?



「いいや、知りません。僕が来たのは……」


 そう答えた若者に、門番が言葉を被せる。


「知らないでごじゃるか!? お前は怪しい者でごじゃるね!?」

 

 門番は剣を抜いた。


「いえ、違います。落ち付いて聞いてください。実はこの先の新……」


「黙れ! シャリィ様の知り合いで無いのなら、直ぐに立ち去れや!」


 もう一人の門番も、若者に対して剣を抜く。



 まいったな…… まるで話を聞いてくれない。



 その時、門番の後ろから近付いてくる者が居た。


「おい、大きな声だしてどうしたんだ?」  

 

 近付いて来た者、それは、シンだった。

 馬の様子を見ていたシンの所にまで、門番の大声が聞こえていたのだ。


「あっ! シンさん。変な奴が来てるでごじゃる」


 ……ごしゃる?


「変な奴でごじゃるか!?」


 シンは、門番の話し方を真似しながら旧道を覗いた。


 ……シンさん、こんな時に止めてくれや。


 門番の一人は、物真似をするシンを見て、緊張の糸が切れてしまう。



 あの大きな剣…… もしかして、冒険者か?



「おい、誰だお前は? 何しにこの村に来た?」


 若者は、シンの目を真っ直ぐに見つめ、口を開く。


「私は怪しい者ではありません。名前はカンス・グラッドショー、冒険者です。私がこの村に来たのは、この先の新街道で魔獣に襲われた人達がいたので、警告に来ました」


 ……新街道で魔獣だと? それでわざわざこの村に警告にくるって……


「おい」


「何でごじゃるか?」


「今までこの村に、魔獣の警告にくる冒険者なんて居たのか?」


「聞いた事ないでごじゃるな~」


「そうでごじゃるよな~」



 シンさん、物真似は止めてくれって……



 俺達がこの村で色々やり始めたこのタイミングで、魔獣の警告の為に来たなんて、素直に信じる馬鹿はいないだろう。


「そうか、それはご苦労だったな。村長や村人には俺から伝えておく。助かったよ、ありがとう」

  

「いいえ、どうかご注意を」

 

 カンスは、目を見ながら言葉を交わすと、シンの方を向いたまま、ゆっくりと後ろに下がり始める。


「では、失礼します」


 そう言って背中を向けたカンスを見ていたシンは、何かを感じ取ったかのように声をかける。


「ちょっと待てよ」


「はい?」


 カンスは返事をしながら振り返る。


「少しだけど、送るよ」


「……はい」


「シンさん、丸腰では、外は危険でごじゃるよ」


 そうでごじゃるな……


「シンでいいよ。まぁ、直ぐそこまでだ」


「おい、この人はモリスの娘を一人で……」 


「そうでごじゃった。その話を聞いていたの忘れていたでごじゃるよ」


 村に残った無法者達は、シンの事を凄腕の冒険者だと勘違いしている。


 シンは門から旧街道に出てゆく。

 そして、立ち止まっているカンスに笑顔を向け横に並び、一緒に歩き始める。


 本来なら、近付いてくるシンに警戒をしないといけないはずなのに、カンスは何故だか分からないが、素直に受け入れてしまう。


「わざわざ、すまなかったな、こんな村まで」


「……いえ、僕は冒険者ですから、当然です」

 

「……冒険者って言っても、色々な奴がいるじゃん」


 詳しくは知らないけどな…… 


「カンスは真面目なんだな」


「そんな事ありません。本当に、当然の報告に、来ただけですから」


「……この後、どうするんだ?」


「このまま旧道から新街道に進んで、警備が来るまで僕がその代わりをしようと思っています」


「そうか、じゃあ急いでいるんだな。ああっと、俺の名はシン・ウース」


「……シン・ウースさん」


「あぁ、本当にわざわざありがとう。またな・・・、カンス」


「はい……」


 またな、そう言われたカンスは、戸惑いながらも返事をしてしまう。


 イドエに戻るシンの背中を見ながら、カンスはまるで、友人との別れを惜しむかのような、不思議な感覚に陥っていた。

 まだ出会って、ほんの数分しか経っていないのに……


 シン・ウースさん…… あの人も、もしかして山賊なのかな?

 もしそうなら…… 惜しい……


 カンスは、シンが村に入り見えなくなると、新街道に向け駆けてゆく。



「誰か外に出行こうとしたら、しばらくは止めといれくれ。頼むな」


「分かったでごじゃる」


「分かりやした」


「俺はモリスさんの食堂にいるから、何かあったら言ってくれ。あーっと二人はメシ食ったか?」


「もう少しで交代がくるでごじゃるよ」


「じゃあ心配ないな」


 シンはモリスの食堂に戻って行った。


「……」


「……なぁ」


「何でごじゃるか?」


「あいつ全然偉そうにしないよな」


「そうでごじゃるね……」





 モリスの食堂に残されたユウは、誰とも話さず、食事に没頭しているかのようなふりをしていた。


 ……遅いな、シン。


 そう思っていると、ちょうどシンが戻って来た。


「わりぃわりぃ、馬があまりにも離してくれなくてさ、ちょっと遅くなっちゃったな。俺のメシはもう冷めてるでごじゃるか?」 


 戻ってきたシンを見て、ユウはホッとしていたが……


 ごじゃる? 何だそれ……


 やべー、移っちゃったよ。


 シンがテーブルに目をやると、ユウと同じテーブルで、ディランとフォワが、ガツガツと競って一つの芋のスープを口に運んでいる。


「お~、良い食いっぷりだな~。もう一つ頼めばいいのに。ユウ、俺のスープはどれだ? もしかしてまだ来てないのか」


 ユウは、ゆっくりとディランとフォワが取り合っている皿を指刺した。


「……もしかして、こいつらが食ってるの俺のスープ?」


「……うん」


「……どうして俺のスープ食ってんだ?」


「……それが、お芋のスープは人気で、皆注文しちゃって、余っているのがそれだけで……」


「……あ~、じゃあこれが最後じゃねーか! お前達、何俺のスープ食ってんだよ! どけよ!」


「フォワ―、フォワフォワー!」


「どいてあげるから酒注文していい?」


「駄目に決まってるだろって、あー、もう殆どないじゃん俺のスープ!?」


「フォワ―、フォワフォワ~」


「分かんねーって!? ピカワン、フォワは何て言ってんだ?」


「たぶん、スープだから食ってない、飲んでるって言ってるっぺぇ」


「本当かよ!? そこまで分かる訳ないよな?」


「フォワ~」


「なーに満足そうに笑ってんだよフォワ。ピカワンの言ってるの当たってるのか?」


「フォワ!」


「もしかして、そうだって言ったのか?」


「当たってるっペぇ。凄いっペぇね、もうフォワの言ってる事分かるようになったぺぇかぁ」


「いやいや、褒められても全然嬉しくねーし! 俺の芋スープ、あっ!?」


 その時、ディランが最後の一口を飲み終え、コロンとスプーンを皿に転がした音が聞こえた。


「あ~、美味しかったペぇ」


「あー、あー、あー、楽しみにしてたのにその芋スープ!」


「フォワ~、フォワフォワフォワ~」


「ハンボワンならまだあるっぺって言ってるっペぇ」


 よりによってハンボワンかよって!?


「俺は芋のスープが良かったんだよー、それなのにぃー」


「好きな物食っていいって言ったっぺぇ」


「言ったけど、そうだけどよ、俺の芋スープだぞ」


 シンが悔しがっていたその時、ジュリが料理を運んできた。


「フォワ君どうぞ」


「……ジュリちゃんこれは?」


「フォワ君が注文した肉のシチューだよ。これも最後です」


 その言葉を聞いたシンは、フォワのシチューを手に取り、かき込み始めた。


「フォワーーーー! フォワフォワー!!」


 フォワは怒りながらも、シンの横からスプーンでシチューをすくうが、そのスプーンまでもシンが口に入れてしまう。


「フォワ~……」


 フォワは悲しんでいた。

 だが、再びシチューを奪還し始める。


 シチューを取り合う二人を見て、奥の厨房から覗き込んでいるモリスを始め、皆が笑っている。

 あのナナまでもが、バレない様に、薄っすらと微笑んでいた。

 だが、ユウと目が合うと、その笑みは消えてしまう。  

 

 僕ってシンと違って、凄く、嫌われているみたいだ……

 

 ユウは、ナナの態度で、心が傷ついていた。


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