66 一歩
高地ゆえにこの暑い時期でも涼しく、つい散歩にでも出かけたくなる様な陽気の中、剣を携えた一人の若者が、鍛錬の為に新街道を走っている。
すると、前方からかなりのスピードで迫って来る馬車が見えた。
あの馬車、飛ばし過ぎている気がするけど…… もしかして、何かあったのか!?
馬車を操作している人物は、若者を見つけると、大きく手を振り、スピードを落とす。
「どうしました?」
「ひ、ひひ人が、死んでいた! たぶん魔獣だ!?」
「魔獣!? この先で、すれ違う人が居たら、止めて下さい。あと、町に着いたら報告して下さい!」
そう言葉を残した若者は、一気に最高速にスピードを上げ、新街道を駆けてゆく。
その時速およそ50km。これは、100m走の世界記録保持者、ウサイン・ボルト氏よりも速い。
現場に向かっている途中、街道沿いで止まっている馬数頭とすれ違う。
馬…… 襲われた人の馬か……
見えて来た! あれか!?
新街道を進んでいると、横転した馬車が若者の目に入って来た。
周囲を警戒しながら、その場所にたどり着くと、そこには何体分なのか分からない程、無残に喰い散らかされた、惨たらしい死体が転がっていた。
……くっ、残念だけど、生存者はいない。これは…… 酷い。
普通の者なら、目をそむけたくなる有様だが、若者は、一番大きな肉片に手を当てる。
血が抜けているのに、まだそれほど冷えていない。襲われたばかりだ……
若者は、血の跡が続く森の中に、何の躊躇もせず入る。そして、わずかな形跡も見逃さず追跡してゆくが、魔獣の姿は見えてこない。
思っていたより時間が経過していたのか……
あの横転していた馬車は、それなりの地位ある人物の馬車。
剣を持った死体は恐らく護衛。それなのに、全員がやられていた。
若者は脚を止める。
かなり狂暴で強い魔獣だ…… 僕一人で、これ以上森の奥には……
その時、副村長を襲った者は、若者に気付いており、脚を止め、わざと待っていた。
誰だか知らないけど、これ以上追いかけて来て僕に気付いたら、死んじゃうよ~。
完璧に気配を消して、若者の様子を伺っている。
これ以上進むのか、それとも引くのか、まさに運命の分かれ道である。
若者は、深く集中して、魔獣の気配を探るが、何も感じない。
近くには何もいない……
ふん、僕に気付かないとか、未熟な奴~。けど、逆にそれで命が助かるなんてね~、笑っちゃうよ~。
しかたない、誰かが来るまで街道に戻って道行く人達の警護をしよう。
……さっきの人が、誰かに報告すれば、新街道は問題ない。魔獣も離れていっているし…… 確か、向こうの方角には、旧街道があるはずだ。
それなら僕は、このまま警戒しつつ、近くの旧道を通る人達に警告をしよう。旧道にも、少なからず通行人が居るかもしれない……
若者は、それ以上森の奥深くには入らず、辺りを警戒しながら旧道に向かって走り出す。
副村長達を襲った者は、薄っすらと笑みを浮かべながら去り行く若者を見ていた。
ほんの些細な事で命が助かるなんて…… おもしろいな~。
時間はさかのぼり……
「おはよう」 「おはよう」
「おはようだっぺぇ」 「フォワ~」 「うい~」
改めてあいさつをしたシンとユウに、数人の少年は返したが、他の少年少女達からは返ってこなかった。
ユウは、昨日自分を殴ったナナをチラ見する。
すると、ナナもユウを見ており、目が合った瞬間にユウは目を逸らした。
……ふん!
どうやら、ナナの怒りはまだ冷めていないようだ。
その情景を、シンは横目で見ていた。
さてと、来てくれたのは良いとして、小言を言うようだけど、遅刻の事は言っておかないとな……
「昨日9時に来るように言ってたけど、今は10時を過ぎているぞ」
「……そうだっぺぁか?」
モヒカンの少年は、キョトンとした表情をしている。
うん? この態度、この村ではあまり時間ってものを気にしていないのかな?
「なぁ?」
「なんだっぺぇ?」
「あれだ、時計を持っていない?」
「そんな物、持ってないっぺぇよ」
やっぱりか……
この村の住民からすれば、時計は高価なのかもしれないって値段知らねーけどな。
よし、それなら……
シンは自分の鞄に手を入れ、時計を取り出した。
それは、自分の時計ではなく、この事態を想定して、シャリィから貰っていた物だ。当然、これもシンの借金になる。
えっ? シンは予備の時計持ってたの?
「じゃあ、これを使ってくれ」
シンはモヒカンの少年に時計を手渡した。
「……くれるぺぇか?」
「あぁ、代表で持っていてくれ。そのかわり、明日から遅刻は無しだぞ」
少年は少し笑みを浮かべて、時計を受け取った。
「いいな~」
一番幼い少女から、心の声が漏れる。
その声を聞いたシンは、ユウにアイコンタクトを送る。
えっ、何その目くばせ?
シンはユウの鞄を見てはユウの目を見る動作を繰り返す。
もしかして……
鞄に手を入れると、そこには時計が入っていた。
いつの間に僕の鞄に時計を……
ユウは緊張しながら、時計を手にして少女に近付く。
突然のイベントで、身体は固くなり動きもおかしく、その様子は滑稽であった。
「な、なに?」
少女は、ユウの近付き方を見て怯えていた。
「こ、こここ、これ、どうぞ」
ユウは、言葉を激しくつっかえながら時計を差し出す。
「いいの? クルクルクル~」
少女は嬉しそうに時計を受け取ったが、他の少女達の表情は決して笑顔ではない。
ユウは、それに気付いておらず、嬉しそうにしている少女を見て、満足そうである。
一方、数人の少年達は、時計の取り合いをしていた。
「今何時だっペぇ? おー、出たっペぇ! 久しぶりに使ったペぇ~」
「お、おらにも貸せっぺぇ」 「おらもおらも!」
「フォワ!」
流石に見兼ねて、シンは静止する。
「ちょいちょいちょい、待て待て。ちゃんと順番でな、順番に使おうぜ。なっ?」
ユウから受け取った幼い少女は、その姉と思われる人物とだけ時計を見ていた。他の少女達は、興味がなさそうである。
特に、ユウを殴ったナナは、ふてくされた態度で、一人だけ違う方向を向いている。
時計を順番に使用して、落ち着きを取り戻したところで、シンは今日の予定を聞かせる。
「今からやる事を説明させてくれ」
ナナを除いた他の者達の目が、シンの方を向く。
「この村には、こんな立派な野外劇場があるのに、今の様な状態だと勿体ないよな?」
その問いかけには、全員が無反応であった。
「この村を変える為には、まず、村を清潔にする必要がある。そこでだ、今日はこの劇場を皆で掃除しよう」
へん! どうせ村もあたし達も薄汚れているっぺぇ……
ナナはシンの言葉を聞いて、昨日のユウの言葉を思い出していた。
シンの提案に、誰も反応しないと思われたが、挨拶を返したモヒカンの少年が、シンに質問をする。
「毎日村の掃除して村を綺麗にしたら、村は変われるっペ?」
「そうだな。掃除は村を変える事の一つと思ってくれて良い」
「掃除で、それでおら達の罪は消えるっペぇ?」
「昨日も言ったが、しばらくは…… 数カ月は俺とユウの言う事を聞いて貰う」
「数カ月……」
「あぁ、そうだ。文句があるのは分る。だけど、その間は辛抱してくれな。罪を償うのと、村の為だと思って」
罪を償わす為と言っているシンは、昨日と違い物腰が柔らかく、好感が持てる。
だが、少年達は、数カ月も言いなりにならないといけないのかと、軽い嫌悪感を抱いた。
当然少女達の抱いている嫌悪感は、軽くはない。
昨日、少年と少女に分かれる様に言われた時、ある不安が頭をよぎっていた。
この世界において、魔法も使えず、身分も地位も無い女性は、しばしばぞんざいに扱われており、その為に、少女達は警戒している。
そして、アイドルという聞いた事の無い言葉が、不安をより一層掻き立てていた。
それに、ユウの発言も少女達の心を閉ざす大きな原因になっている。
本来なら少女達は、この場に来る事も無かったのだが、モヒカンの少年は、レティシアも信用しているシンに対して、信頼感を抱き始めており、少女達を説得して、この場に連れて来たのである。
遅刻した本当の理由は、少年達が時計を持っていない事ではなく、少女達の説得の為であった。
「じゃあ、さっそく掃除をしようぜ」
「素手で掃除するっぺぇか?」
「いーや、この劇場の何処かに掃除道具が置いてある」
その言葉を聞いた少年達は、キョロキョロと辺りを見回し始める。
「どこだっぺぇ?」
「さぁーな、俺にも分らない」
少年達の頭の中に、クエスチョンマークが現れる。
シンは掃除道具を置いてある場所を知っていたが、わざと知らないふりをしている。
朝早く、モリスの手伝いをする前に、シャリィから受け取った掃除道具を持って、野外劇場に訪れ、数ヵ所に分けて置いていたのだ。
「まずは道具を皆で探そう。見つけた奴は、30分掃除をさぼっていいぞ」
30分さぼれるっぺぇかぁ…… 探すっペぇ。
少年達は、だらだらではあるが、一斉に掃除道具を探し始める。
しかし、少女達に探す気はない様で、殆どその場から動かない。
「ユウ、俺達も探すぞ」
「えっ?」
シンは、座席の間を順番に探してゆく。
「俺達が先に見つけたら、俺達がさぼるからな」
その言葉を聞いた少年達の動きは俊敏になって行く。
「ユウ、こっちの方が怪しいぞ。一緒に来てくれ」
「うん……」
俺達がさぼるって、おら達だけにやらすのじゃなくて、一緒に掃除する気だっぺぇか……
一人の少年が声をあげる。
「あったぺぇ!」
その声の方を見ると、舞台袖に、ホウキとモップの様な物、それにヘラに軍手の様な手袋も置いてあり、見つけた少年が手に持って嬉しそうにはしゃいでいる。
道具ではなく、魔法石なら楽に掃除できたであろう。だが、シンはわざと道具にしてくれと、シャリィに頼んでいた。
先に見つけられ、がっかりしていた少年達だが……
「4本か、それならまだ他にもありそうだな」
シンの言葉で、再び探し始める少年達。
しかし、少女達は相変わらず動いていない。
「ここにもあったぺぇ」
「おらも見つけたっペぇよ」
「フォワ~」
合計で4人の少年が、掃除道具を見つけた。
「よーし、それで最後かな~。道具を見つけた奴は、見つけられなかった奴に配ってくれ」
見つけた者達は、ニヤニヤとしながら道具を見つけられなかった者達に配って行く。
少女達も、嫌々ではあるが、受け取った。
「じゃあ、掃除を始めるぞ。雑草は丁寧に抜いて、一ヵ所に集めてくれ。苔も同じだ」
そう言うと、シンは誰よりも先に雑草を抜き始めた。
やっぱり、おら達にやらせるんじゃなくて掃除を始めたっペぇ……
「早くやるっペぇ~」 「そうだっぺぇあ~」 「フォワ~」
道具を見つけた者達は、見つけられなかった者達を茶化し始めた。
少年達は、ぶつぶつと文句を言いながらでも、掃除を始めるが、少女達は相変わらず動かない。一ヵ所に固まって何やらおしゃべりをしている。
シンは、それに気づいていたが、見ていないふりをして、少年達と一緒に雑草を抜いていた。
一方ユウは、シンとは違い、少女達を気にしていた。
女子は全然やる気ないみたいだ……
シンは全く気にしていないみたいだし、もしかして、僕にどうにかしろと言いたいのかな?
そう考えてはいたが、ユウは少女達に声をかける事もせず、ただ掃除に参加している。
少女達のやる気のなさとは裏腹に、モヒカンの少年は真剣に掃除に取り組んでいた。
……この汚れ、落ちないっペぇ~。
シンは掃除しながらでも、周囲の様子を見ており、声をかける。
「どうした、落ちないのか?」
「そうだっぺぇ、ただ擦ってもコケの汚れは落ちないっぺぇよ」
「そうだな、水があればまだ落ちるかもな」
「おら達が、水をとりに行くっぺぇ?」
他の少年達は、二人のやり取りが気になるようで、手を止めて見ている。
「大丈夫、水はここにあるさ」
「……どこだっぺぇ?」
シンはニヤっと笑みを浮かべた後、ポケットに手を入れ、バニ石を取り出して唱えた。
「バニエラ」
すると、沢山の水がその場に落ちて来たが、シンは頭から足の先までもがずぶ濡れである。
「なっ!? 水はあるだろう」
「……ぷっ、ふふふ。何してるっペぇよ……」
少年から笑い声が漏れ始める。
「……はははっ、こっちも水が欲しいペぇ」
それを見ていた一人の少年が、笑いながらシンを呼ぶ。
「はいよ~」
シンは元気よく返事をすると、その少年の所に行き、再び唱える。
「バニエラ」
すると、まるでシンから水が湧き出ているかの様に、水が舞台を濡らす。
「ぷははははは~」 「ぎゃはははは」
呼ばれたら、素直に来て水を出すシンを見た少年達の笑い声が、あちこちから聞こえ始めた。
「こっちも、こっちも水がいるっぺぇ」 「おらの方も」
少年達は我先にとシンを呼びつける。
そして、道具を見つけてサボる事を許されていた少年達も、自発的に道具を持ちシンを呼びつけ始めた。
「フォワ~、フォワフォワ~」
「次はこっちだっぺぁ」
無関心だった少女達も、その様子を見て、若干だが心境に変化が表れ始めていた。
「クルクル~、ここにもお水いるよ~」
一番幼い少女が、ユウを見てそう言った。
「う、うん!」
ユウは鞄からバニ石を取り出し、同じように唱えた。
「バニエラ」
ユウはシンと同じようにずぶ濡れになり、水が地面を濡らす。
「えい、えい、えい」
幼い少女は、水の落ちた所をモップの様な物で擦り始めた。
すると、それを見ていた別の少女も、同じ様に汚れを落とし始める。
他の少女達は、手を動かしてはいないが、馬鹿な事をしているな~と思い、素直に笑う者と、子馬鹿にして失笑する者に別れた。
「フン!」
ナナは鼻であざけ笑い、一人だけ違う方向を見ている。
全く参加する気は無いようだ。
その後、少年達もシンから受け取ったバニ石を使い、自分達もずぶ濡れになり笑っている。
中には濡れるのを嫌がって逃げる者を追いかけ、抱き着いてバニエラを発動させ、ずぶ濡れにさせて遊んでいる者もいる。
それを見たナナ以外の少女達は、声を出して笑い始めた。
「ふふふ」 「ブレが捕まったよ~」 「怒ってる怒ってる、あははは」
少年達は、笑みを絶やさず、遊びながらも掃除を続けた。
ふふ、ピカルが沢山くれたバニ石が役に立ったな……
1時間後
「ようし、休憩しよう。こっちに集まってくれるか」
シンの声を聞き、皆は掃除道具を置いて、女の子達も一緒に、一ヵ所に集まり始めた。
ずぶ濡れの少年達は、休憩が嬉しいみたいで、口元が緩んでいる。
「皆、休みながら聞いてくれ。今日は初日だから掃除は午前中まででいい。お昼になったら、皆でメシを食いにいこうと思ってるけど、どうだ?」
「……メシ?」
「あぁ、シロンの心配はしなくていいからな。昼メシ代はユウと俺で持つ」
無論、シャリィの立て替えである。
「場所は俺達が泊まっている門から近いモリスさんの宿の食堂だ。当然好きな物を好きなだけ食っていいからな~」
その言葉を聞いた殆どの者が、沸き立ち始めた。
「何でも好きなだけ食べていいぺぇかぁ!?」
「あぁ、いいぞ」
「本当っペぇ? 本当っペぇ?」 「フォワー!」
「クルクル~、クルね、ハンボワン食べたーい」
「お姉ちゃんもクルと同じの食べようかな~」
「わ~い、お姉ちゃんと一緒~、クルクル~」
皆が喜んでいる最中、シンが更に沸き立つような発言をする。
「今日だけじゃないぞ、休みの日でも毎日昼メシを好きなだけ食べていい」
「ま、毎日? 休みの日でもおら達だけで行っていいっぺ?」
「そうだよ。モリスさんの店にはシャリィが沢山食材を運んできたから、色々な料理が食べれると思うぞ」
シャリィ様が……
ナナは、シャリィの名前には反応した。
「やったぺぇ~」 「毎日ハンボワン食べれるっぺぇ」
うっ!? そんなに芋虫好きなのか……
まぁ、味は悪くないもんな~。
「今日何食うっぺぇ?」 「おらは、肉食いたいっぺぇ」
「おら酒飲むっぺぇ」
その言葉を聞いたシンは、目を丸くした。
「ちょっと待て、誰だ酒飲むって言った奴は!? 酒は禁止だ!」
「え~~~」 「え~~、メシより酒飲ませろっぺぇ」
「飲み物も良いけど、酒は駄目だ」
酒禁止には、数人から苦情が出た。
「よーし、ついでに自己紹介をしよう。俺は昨日も言ったが、シンだ。シン・ウースだ。22歳、よろしくな」
シンは自分の名を告げると、ユウの方を向いて頷いた。
「僕は、ユウ・ウース。歳は20歳です」
「……二人は兄弟っぺか?」
「いーや、出身がウース村で同じなだけさ」
「そうだっぺぇな~。全然似てないっぺぇ」
「ふっふふ」 「ふはっ」 「フォワ~」
少年達から失笑の声が漏れる。
「じゃあ、頼む」
シンは、今話していたモヒカンの少年にそう告げると、少年は自己紹介を始めた。
「おらはピカワンだっぺぇ。ピカワン・プイス、16歳だっぺぇ」
16歳……
「そしてこいつがおらの弟、ピカツー・プイスだっぺぇ」
ワンの次はツーで弟か!? うん、顔そっくりだもんな。
シンとユウは同じ事を思っていた。
「おらは15歳」
来た時は、あまり態度が良くなかったピカツーが、歳を答えてくれた。
「そしてこいつが」
ピカワンは一人の少年の肩を抱き寄せた。
ん!? また弟か? それならピカスリーかな?
この時も、ユウはシンと同じ事を考えていた。
「フォワ・プイスだっぺぇ」
スリーじゃねーのかよ!?
スリーじゃないのね……
「おらの従弟で、14歳だっぺ」
しかも弟じゃなくて従弟なんだ!? 弟のピカツーより顔が似てるぞ!
「フォワ~」
「ん? 何て言ったんだ!?」
「こいつはフォワとかしかしゃべらないっぺぇ。だから声のトーンで何を言っているか聞き分けないといけないっペぇ。たまに普通に話すっペぇけど」
「そうだフォワ~」
「あー!? フォワがしゃべった!? 何か月ぶりだっぺぇ!?」
「本当だっペぇ、珍しいっぺぇあ」
フォワの一言で、少年達はざわつき始めた。
ツレがざわつき始めるぐらいしゃべらないのかよ!?
「よーし、その調子で順番に頼むよ」
シンがそういうと、フォワの隣に座っている少年達が順番に名前を言い始めた。
「レン・バーチン。14歳っぺ」
「おら、ノア・コールダー、15歳」
「ディ…… ディラン・ケザー、17歳」
こいつだな、さっき酒飲むとか言ってた奴は……
髪型アフロで、印象強い。
シンは少し笑っていた。
「ケレイブ・ヒンスっぺ。歳は17歳っぺ」
「アシュル・フィルズ、13歳…… お腹へったぺー。早く食べに行きたい……」
「ふふ、もう少し頑張ったら好きな物食え」
「う、うんっぺぇ!」
アシュルは、笑顔で返事をした。
「次は?」
「レピン・ダフ、19歳」
19歳には見えないな……
19歳…… 僕と一つしか変わらない。
「オーブリン・コールソ、12歳」
まだ12歳か…… 小さいし、無理はさせられねーな……
あと一人、自己紹介をしていない少年が居たが、ここで止まってしまう。
「次も頼む」
「……」
その少年は、シンの言葉を聞き、反応して見つめてはいるが、声は出さない。
「そいつも無口っぺぇ。名前はブレイ・サイスだっぺぇあ。歳は14歳だっぺ」
「そっかぁ。これで男は全員終わったな。次は、女の子達も頼みます」
だが、シンがお願いしても、誰も口を開こうとしない。
「……クルから言うっペぇ」
「……うん」
見兼ねたピカワンが、助け舟を出す。
「クルクルクル~、クルの名前は、クル・バートンだよ~。12さーい」
「おぉー、クルちゃん元気いいね~」
シンに褒められたクルは、はにかんでいる。
この子…… 声も、仕草も凄く可愛い……
ユウは、その見た目のイメージと違う少女を見て、少し驚いていた。
「あたしは、プル・バートン。17歳、クルの姉です」
「おっ、クルちゃんのお姉ちゃんね。ありがとう。次の子もお願いね」
「……パル・フォス、14歳」
「キャロ・ブライ…… 15歳……」
「二人ともありがとう。次の人もお願い」
「……」
しかし、またしても止まってしまう。
あの子は確か……
「リンだっぺよ」
再びピカワンが促した。
「……ハァ~。リン・ヒュズ。じゅ~ご~」
「15歳ね、ありがとう」
この子は、最初に俺とユウに絡んで来た子だ……
「最後は~っと」
ユウは、昨日自分を殴った最後の少女をチラ見する。
「ナナ」
少女はシンとユウの方を見ずに、名前だけを早口で伝えた。
「あいつはナナ・ロスだっぺぇ。歳は16歳」
ピカワンがシンとユウに伝えると、ナナは怒りの声をあげた。
「ピカワン! いちいち言うでねぇっぺぇよ!」
「ごめんだっぺぇ~」
フフ…… ありがとうピカワン。
男は11名、女の子は6人っと……
「よし、これで全員の紹介は終わったな~。ありがとうな皆! もう少し休憩した後、30分掃除したら今日はおしまいだ。そしたら、メシをたっぷり食おうな!」
「フォワ~」 「お前何食うっぺぇ?」 「酒!」
「酒は駄目って言われたっぺぁ?」
「じゃぁ酒を使った料理食うっペぇ」
「ディラン、どんだけ酒好きなんだよ!? おっさんみたいだな」
「……ぎゃはははは」 「ぶへへへへへ」 「ぷはははは」
「フォワ~、フォワフォワ~」
シンの突っ込みで少年達が笑い始める。
昨日と違って良い雰囲気の中、イドエのはじめの一歩は、もう直ぐ終わろうとしていた。
その頃……
ここはイドエから遠く遠く離れた国。
夜空には星々が輝き、小さな家の庭先に、空を見上げている男性が立っている。
その男性に、音も無く近づく者が現れ、男性の後ろで膝をついた。
「スーリン様、イドエで動きがありました」
夜空を見上げていた男性は、その声に反応し、ゆっくりと振り向く。
「イドエ……」
「はい。これを……」
膝をついた者は、魔法紙を数枚男性に手渡す。
その紙には、今現在、イドエで何が起きているのか、詳細に書かれていた。
受け取った男は、庭に置いてある椅子に座り、1枚2枚と、軽く目を通していくが、3枚目で手を止める。
「……シャリィ」
「はい。どうやら、シャリィが絡んでいるようです」
3枚目に、時間をかけ目を通した男は、間を飛ばし、最後の1枚に目を通し始める。
その魔法紙には、シンとユウの情報が書かれている。
「シューラを2人も……」
「……はい。シャリィ共々、排除いたしましょうか?」
男性は、右手の人差し指で、テーブルにタップし始めた。
「トントントントン」
星々が照らす光の中、男性のタップの音だけが、響き渡る。
「トントントントトトトトトト」
タップの速度は次第に速くなり、テーブルを激しく連打している。
「トン、トン、トン…… トン」
最後はテンポがゆっくりとなり、タップは止まった。
「そのままでよい」
「はい!」
「誰が関わろうが、それもまた…… 報告だけは逐一するように」
「はい!」
返事をした男は、暗闇に消えて行く。
男性は、受け取った魔法紙全てに目を通すと、テーブルの上に置いた。
すると、魔法紙は風に吹かれ、舞い上がる様に消滅してゆく。
そして、男性は立ち上がり、再び星々が輝く夜空に目を向けた。
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