161 帰宅のぬくもり


 遅めの朝食を済ませたヘルは、シンから特に指示がなかったため、村の中をぶらぶらと歩き回っていた。

 

 はぁー、シャリィ様の部屋って分かっちゃうと、興奮が抑えきれなくて何時間もアレ・・にふけっちゃった。


「クククッ」


 つい声を出して笑ってしまったヘルは、ゆっくりと真顔に戻る。


それにしても、食事は美味しかった。モリスさんにジュリちゃん、それに男の子もあたしを全然怖がらないし懐っこくて良い人だ。


 ヘルはゆったりとした足取りで村を歩き、周囲の様子を興味深げに観察している。


 ここがちょくちょく噂に聞いていたイドエね~。ふ~ん、空き家は多い感じだけど、静かでいい所じゃねーか。聞いた話と違って、怪しい感じはまるでない。


 ヘルと行き交う村人たちは、彼女の長身と鍛え抜かれた肉体に目を見張った。 


 ほ~、凄い身体だ。それに中々の美人だな~。

 はぁ~、フルちゃんとはまた違う体格の良さだの~。

 こりゃ大きいの~。だがの、出ている所は出て、締まっている所は締まってるの~。

 身体も凄いがの、髪の色も目立つの……

 いったい誰かの?

 わし、好みだの。昔からあんな強そうな女性に突然襲われんか、願っておったの。


 ヘルはこの時、村人たちへの配慮から部屋着姿で歩いていた。まだ広く知られていない自分が、剣などを身につけていては人々を怖がらせかねないと考えたのだ。しかし、その気遣いも空しく、周囲の視線は否応なくヘルに集まっていた。例え部屋着であっても、その赤い髪と驚くほど鍛え上げられた体つきは、尋常ではない存在感を放っていたのだ。


 ヘルは自分を見つめているおじいさんと目が合うと、自然と声をかける。


「よぉ、じいさん」


 おっ、いきなりわしに声をかけてきたがの。もしかして、長年の願いが叶うのかもしれんの。


「どうしたんだの?」


 ほれ、遠慮せんでええからの、わしを襲え、襲えの……


「初めて来たんだけど、良い感じの村だ」


「そうだろの。だけどの、昔はの、もっと華やかだったがの、それからは落ちるところまで落ちたがの、シン君が来てくれてからはの、村人は活気に溢れておるの」


 ふーん…… シンって奴は、どうやら慕われているみたいだな。


「突然話しかけて悪かった。ありがとう」


 え!?


「そっ、それだけかいの!?」


 すでに歩き始めていたヘルは、おじいさんの声は聞こえておらず、その場を離れて行った。


 あ~、わしの長年の夢は、いつ叶うのかの……


 

 しばらく歩いていたヘルは、偶然ヨコキの宿を見つける。

 

 ……この宿はたぶん。ちょっと行ってみるか……


「すみませーん」


「はーい」


 ヘルは返事をしながら奥から出て来たウィロをじっと見つめている。


 お~お~、けっこう好み。


 初めて目にするヘルの突然の訪問に驚きながらも、ウィロは思わず見とれるようにじっと目を合わせていた。


 お、大きいし、凄い体…… いったい誰かしら?


「あの~」


 目を逸らして宿の中を見渡しているヘルに、ウィロは恐る恐る声をかけた。すると、ヘルはすぐに言葉を返す。


「ここって、あれ・・をする宿ですよね?」


「え? えぇ、そうです」


 ……も、もしかして、働きたいのかな?


「それなら、あたしも世話になっていいよな?」


 や、やっぱり、働きたいんだ。ママは出かけているから私が……


「とりあえず、中に入って」


「え!? いや、今直ぐって訳じゃなくて」


 さっき自分でたっぷりしちゃったし……


 そんな事を知る由もないウィロは、純粋にヘルの事を心配していた。


 この子、迷っているのね…… けど、部屋着みたいな服で訪ねて来て、髪もぼさぼさで荷物も無いなんて、よほどお金もないのね。このままにはしておけない。


 ヘルの髪がぼさぼさなのは、ベッドで激しく転がっていたせいである。


「わかったわ。けど、お話をしましょう?」


 お話? ……あ~、そかそか。女の客は珍しいから、つまり、この宿のルールをあたしに教える、そういう話か!? ちょうど今暇だし、相手は綺麗なお姉さんだし、ゆっくりしていこう。


「それなら、上がらしてもらうよ」


 ウィロはヘルを、以前シンを案内した部屋に通した。  


「どうぞ」


 ウィロに促されたヘルは、椅子に腰を下ろす。


「今ハーブティを用意してくるからね。待ってて」


「え? あ、はい」


 部屋から出たウィロは、直ぐに戻って来る。


「ねぇ、お腹すいてない?」


 腹? さっき食べたばかりだけど、この綺麗なお姉さんが作ってくれるのなら……


「減ってます」


「わかった。少し待っててね」


 遠ざかってゆくウィロの足音に、ヘルは耳を傾けていた。


 ……すぐは無理だって言っているのに、ずいぶんサービスが良いね。



 ヘルが感心していたその頃、シンはプロダハウンを訪れていた。


「そうかの! まぁの、絶賛されるのはの、最初から分かっとったからの。なんせ、わしらが造ったんだからの!」

「そうだの、その通りだの!」


 シンからセッティモでの成功を聞き、ルスクを始め、みんなが興奮していた。だが、その様子を見ていたロスだけは、何か違和感を覚えていた。


 大盛況は良かったがの、シン君に元気がないように見えるがの。一人だけ先に戻ってきたのを考えると、なにかあったのは間違いなさそうだの……




 

 セッティモでは、聖務評定が終わった後、教会関係者がゾンア会の関係先を訪れていた。ゾンア会は当初、3人の幹部が戻らないことを、殆どの者は気に留めていなかった。しかし、時が経つにつれ不安が募り、焦りを感じ始めた。

 深夜という時間帯のため、教会へ直接赴くこともできず、ただ連絡を待つしかなかった。夜が明けると同時に、彼らは積極的に情報収集を始めた。そんな中、教会関係者がゾンア会を訪ねてきたのだった。

 この教会関係者から事件の全容を聞いたゾンア会は、悲痛な思いで3人の遺体を引き取ることとなった。その特殊な立場ゆえに事件を公表することはできない。闇社会で生きた彼らは、最期さえも表舞台に立つことを許されなかったのだ。やくざという宿命ゆえに、愛する者たちの涙さえも隠すように、ひっそりと夜の帳に包まれて葬られていく。

 ファミリーの旅路を見届けた後、ゾンア会は総力を挙げて行動を開始する。持てる全ての情報網を駆使し、執拗なまでの執念でロルガレの痕跡を追い始めるのであった。


 その理由は、やくざとして当然の権利・・ケジメ・・・を取るためである。


 

   

 買い物を終え、イドエに向けて出発しようとしていたシャリィは、ゼスからロルガレの事件を知らされる。


「詳細はまだ分からないが、関係者女からの情報じゃい。はっきりと裏が取れた訳じゃないけど、ほぼ間違いはないじゃい」

 

「わかった。ありがとう……」


 じゃいじゃい~。流石にシャリィも少し驚いているじゃい。まさか教会内部でそんな動きがあるとは、聞いた時は俺様も耳を疑ったじゃい。タイミング的に、イドエに関係があると考えるのが普通じゃい。……どうやら状況は、あのシンにいちゃんに傾いて来ているようじゃい。じゃいじゃい…… そう決めつけるには、まだ早いじゃいじゃい~。 


 シャリィはこの後直ぐ、イドエに向けて出発した。門周辺には、商工ギルド、農業ギルド、そして、服飾組合の関係者が見送りに来ており、その中にはドロゲンの姿もあった。


 じいさん。またな……




「コンコン」


 ヘルが待っている部屋のドアがノックされ、食事を用意したウィロが入ってくる。


「簡単な物しかないけど」


 ウィロはそう言うと、テーブルにスープとパンを置いた。


「よかったら食べてね」


 ヘルはスープから立ち上る湯気に顔を近付ける。


「ん~、良い匂い~」


 その様子を、ウィロは笑みを浮かべて見ている。


「これ、お姉さんが作ったの?」


「そうよ」


「ふ~ん。じゃあ、遠慮なく」


 ヘルはまるで、何も食べていないかのようにガッつく。


「うん! 美味い!」


 そんなに急いで…… しばらくの間、何も食べていなかったのかも……


「ねぇ」


「うん、何?」


「食事しながらでいいから聞いてね。泊る所はあるの?」


 泊る所…… ないって言えば、毎日泊めてくれるのかな?


「う~ん……」


 ないのね……


「部屋は直ぐに用意できるからね」    


 うん? もしかして、このお姉さんが相手してくれるのか!?

 こういうところだと、年下を攻めるのが好みだけど……


 ヘルは食事をする手を止めて、ウィロを見つめる。


 ふふん。もしかして、あの・・下着を着けてくれるのかな? いいね~、このお姉さんに、むちゃくちゃ攻められてみたい。


 ニヤけるヘルを見て、ウィロは笑みを返した。


 うっ、あれだけ自分でしたのに、そんな笑顔を向けられたら、またムラムラしてきた。金は無いけど、この村の中ならシンあいつのツケに出来るんじゃないか? 


「あの~」


「なーに?」


「シンって知ってる? 弱っちい奴だけど」


「シン? 勿論知っているわ」


 この子、知り合いなのかしら?


「それなら……」


「……」


「あいつのツケでいけるかな?」


 ツケ…… つまり、早急にお金が必要なのね。 


 ウィロは音を立てながらスープをすするヘルを見ている。


 そう…… きっと、故郷の家族にお金を送りたいのね。


「いくら?」


「え?」


「遠慮しないで良いから、いくら必要なのか言ってみて」


 いくら? それってつまり、ツケの金額だよな? ここは一晩いくらなんだろう? うーん…… 今回の報酬は、どうせカンスが管理するから、あたしの手には簡単に入らない。だけどいつものようにツケをつくっちまえば、カンスがあたしの取り分から払わざるをえない。そのいつもの手でいくか! ……いや、待てよ。そういえば、報酬っていくらなんだ? まさかシャリィ様が値切るなんて思えないから、ある程度期待していいと思うけど、もしあのシンって奴が報酬額を決めるなら…… あいつケチそうな顔してるしな~。シャリィ様の側に居れるなら、無償でも良いって思ってたけど…… やはり先立つものは必要だから。


「うむむむむ」


 頭を抱えるヘルの姿を目にし、ウィロは胸が締め付けられる思いでいた。


 その見た目と違って優しい子なのね。それで金額を言い出せない。それなら私が……


「100万シロンでどうかな?」


「100万!?」


 そんなにツケさせてくれるの!?


「大金で驚いたみたいだけど、大丈夫よ」


「そ、そうかな?」


「うん。ここなら100万ぐらい簡単に返せるからね」


 あん? イドエって、そんなに依頼があるのか? まあ確かに、関わる冒険者はほぼいないだろうから、ほぼ独占出来るかもしれないけど……


「だから遠慮しないで、直ぐに用意するから家族に送ってあげて」


 家族に…… 送る?


「あっ!?」


 ここでヘルは、ウィロの勘違いにようやく気付いた。


「あ、あの~」


「なーに?」


「あたしその……」


「どうしたの? 何でも言って」


 うっ、そんな純粋な瞳で見つめられたら、よけい口に出したくないけど…… ええーい、仕方ない!


「あの~、ここで働きたい訳じゃなくて」


 ヘルの言葉で、ウィロは目を丸くした。


「え?」


「実はその…… あたしビアンだから、この宿を利用したくて、それで……」


 ヘルが見つめる中、ウィロの顔が徐々に熱を帯びていき、頬から首筋までピンク色に染まる。自分の思い込みに気づいた瞬間、恥ずかしさが全身を覆ったのだ。


「おっ、お、お客様でしたのね…… ご、ごめんなさい」


 うわ~、真っ赤っかだよ体中。俯いて全然あたしを見なくなったし…… 申し訳ない。あたしが勘違いさせるようなことを言っちゃったんだ。


「あー、あの~、また出直してきます。食事、美味しかったです。ありがとう」


 そう言い残すと、ヘルはさっさと宿を後にした。


 ふぅ~、あんなに恥ずかしそうにして…… 本当に申し訳なかった……


「けど……」


 良いお姉さんだ。勘違いとはいえ、初対面のあたしをあそこまで心配してくれるだなんて…… 普通あんな宿は、女を食い物にするばかりで、商品として扱う所が殆どだ。それなのに……

 

 ヘルは一瞬立ち止まり、改めて村の様子を見渡した。


 朝食を用意してくれたモリスさんにジュリちゃんといい、さっきのウィロさんも…… 悪くない。


「ちょっと散歩がてら、行ってくるか」


 この後ヘルは、モリスの宿に戻ると、新しい部屋に案内された。そこでいつもの冒険者の装備に身を固め、自発的に村の警備を始めるのであった。



 夕暮れ時、空が柔らかな橙色に染まり始めた頃、ごじゃるの声が響く。


「シンさん、戻って来たでごじゃるよ!」


 だいぶ前からみんなの帰りを心配し、門と馬小屋を何度も行き来していたシンは、その声を聞いて馬小屋から飛び出した。すると、ジュリとつるつるも馬小屋から飛び出してきて、シンの後に続く。

 門に駆け寄ったシンは、先頭の馬車に乗るオスオの笑顔で表情がやわらぐ。そして、無言で頷いたシャリィを見て、全員の無事を確信し、抱えていた不安が一気に溶けていった。

 馬車の列が次々と門をくぐり村に入ってくると、ジュリとつるつるは嬉しそうに走って馬車に付いて行く。


「お父さーん」

「ジュリ、つるつる、帰ったでの! お土産があるでの」


 その言葉を聞いて、馬車を小走りに追いかけながら、ジュリはつるつるに満面の笑みを向けた。


「ドウー、ドウドウ」


 止まった馬車から降りて来たユウを見て、シンは安堵の笑みを浮かべる。


「ふっ」


 馬車の周囲にはモリスを始め、いつの間にか沢山の村人が集まっていた。その中には、ロスたちの姿もあった。 

 

「安心せいの。下着の評判も話し合いも、上々だの」

「誰が造ったと思っとるんだの。最初からなんも心配なんぞしとらんかったからの」

「嘘つけの」

「ほ、本当だの!」

 

 アルスとルスクは、笑顔で会話を交わしている。


 

 ここが、イドエ…… 以前来た時は、村の中までは入らなかったから初めてだけど。


 カンスが珍しそうに村の中をキョロキョロと見渡していると、モリスの宿の前に立っているヘルを見つける。互いを確認して安堵した二人は、笑みを交わす。


 村人たちと共にオスオは馬車の荷物を片付け、作業がほぼ終わると、食堂に戻った。ジュリとつるつる、そしてモリスの前で袋から何かを取り出す。


「ほい、土産だの」


「わぁ~、ありがとう」


 オスオがジュリに渡したのは、可愛い女の子の人形であった。


「つるつるにもあるでの」


 オスオはつるつるにも男の子の人形を渡した。


「あー、つるつるのもかわいい」


 ジュリの言葉を聞いたつるつるは、オスオから人形を受け取ると、嬉しさのあまりその場で何度も飛び跳ねる。

 

 笑みを浮かべながらその様子を見ていたオスオは、最後にモリスにブレスレットを渡した。


「まー、綺麗。ありがとう」


 最初、ジュリは笑顔で人形を抱いていた。しかし、その笑顔は次第に消えていき、淋しそうな目でオスオを見つめ、小さな声で呼びかけた。


「ねぇ、お父さん……」


「うん? どうしたんだの?」


「どんな……」


「うん?」


「セッティモって、どんな町だったの?」


 そう口を開いたジュリを見て、オスオの笑みも消え去り、無言になる。するとその時…… 扉が勢いよく開かれると、リンを先頭に少女たちとユウが入ってきた。


「あっ、食事ね」


 そう言って厨房に戻ろうとしたモリスを、ナナが呼び止める。


「モリスさん、違うっぺぇ」


「え?」


「ジュリちゃんに用事があるっペぇ」


「ジュリに?」


 状況が飲み込めずに呆然としているジュリに、少女たちは近づいていく。そして……


「はい、これ。お土産っぺぇ」

「うちからもだっぺぇ」

「私からも」

「クルクル~、クルもあるよー」


 少女たちは、セッティモに行けず落胆しているであろうジュリのために、服を買ってきたのだった。


「えー、これ……」


「遠慮するでねぇっぺぇ。ジュリちゃんのだっぺぇ。このガキのもあるっペぇ」


 そう言うとリンは、つるつるにも服を渡した。


「わぁー、綺麗な色~」


「やっぱり思ってた通り、似合うっぺぇ~」


「クルクル~。これはね、クルが選んだんだよ。クルとお揃いだよ」


 ジュリの瞳が喜びで潤み始めたその時、入口の扉が勢いよく開く。


「びっくりしたっペぇ! 誰だっペぇ!?」


 驚いた少女たちが振り向くと、そこには大きな大きな袋を背負ったフォワとピカツーが立っていた。そしてその後ろから、ヘルとカンスも続いて入って来た。


 ジュリだけではなく、みんなが口をポカンと開けて固まっている中、フォワがしゃべりはじめる。


「フォワフォワフォワフォワ」


「え……」


 その言葉に驚いたジュリの前に、フォワとピカツーは背負っていた袋を降ろした。


「ドン。ドン」


 パンパンに膨れ上がった大きな袋を見て、思わずジュリから言葉が漏れる。 


「こ、これ……」


「フォワフォワ」


「全部なの……」


「フォワ? フォワフォワ~」


 そう言って、ニヤリと笑ったフォワがヘルに目配せをすると、ヘルとカンスの二人は、インベントリから次々と袋を取り出した。


「わぁ~、すごーい……」


 あの時、馬小屋の外でシンとジュリの会話を聞いていたフォワは、集めた金を最初からジュリのために使うつもりでいたのだ。

 

 はん、いくらシャリィ様の頼みとはいえ、このあたしを二度も荷物持ちに使うなんて。


 ヘルはそう思いながら、嬉しさのあまり大粒の涙を流すジュリに目を向ける。


 けど…… ゆるしてやるよ。


 ヘルがそう思ったその時。再び扉が開かれて、今度は少年たちが次々と入って来た。


「こ、これもジュリちゃんへのお土産だっペぇ! 一品物っぺーよ!」

「そうっぺぇ、これもハゲオヤジに騙されて買った同じ物っぺぇ!」

「おらも買って来てたっペぇーよ!」


 外からフォワの様子を見ていた少年たちは、食堂に入って来て、お土産だと言って次々とジュリの前に買った物を置いていく。


 自分のために買ってあんなに喜んでいたのに、それなのに…… みんな……

 

 既に少年たちの優しさを知っているユウであったが、それでも微笑まずにはいられなかった。

 ヘルは少年たちの思いがけない優しさに、心が揺さぶられる


 ……ふっ、気に入ったよお前ら。


 しかし、その感情を悟られまいと、ただ静かにカンスだけに一瞬の微笑みを向けた。


 こんな仕草のヘルは初めて見た…… 


 カンスはジュリと少年たちに目を向ける。そこには、頬を伝う涙を拭うジュリに、優しく声をかける少年たちの姿があった。



 ふーん、まだ一日もたってないのに、この村を気に入ったの、ヘル。


「……」


 だけど、僕も、その気持ちは理解できる。なんだか、懐かしいよ……



 みんなの様子を窓の外から見守っていたシンの元に、シャリィが現れる。


「少し良いか?」


「あぁ、どうした?」


「深夜の話だが……」


 シャリィからロルガレの一件を聞かされ、シンの表情から笑顔が一瞬で消え去る。


 いくらシャリィが居てくれたとはいえ、もしほんの数秒でも目を離した隙に、ロルガレとユウが出会っていたら……


 シンの脳裏に、最悪な状況がいくつも浮かんだその時、背筋に一瞬の悪寒が走る。


 以前とは打って変わり、今や状況がいつ一変するか分からない緊張感に包まれる中、シンの胸には、ユウのもとを離れてしまった後悔が重くのしかかっていた。 

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