36 一双



 

 同日の早朝、まだ薄暗い時間帯。

 

 ここは、シンとユウの二人が野宿をしていた河原。


 突如として空間が歪み、大きな音と共に一人の男が現れた


「ブアァァーン!」


 大気が、まるで音の余韻を楽しむかのように震える中、ユウの作った釜戸に視線を向けた男の風貌は、アフリカ系。

 そして、髪は耳までの長さのドレッドヘアー。


 

 ……焚火の跡


 

 次にシンの作った石組に目をやる。



 こっちには石組…… もしかして、魚を捕る為……



 その男は向きを変え、その場で何か・・を感じ取った後、川の上流に向かい、ゆっくりと歩き始める。



 しばらく歩くと、河原に落ちている不自然な枯れかけのつるを見つける。



「……」



 更に、ユウがこの世界に飛ばされた場所から、河原に出て来た跡を見つけ、男がその背の高い草むらの中に入ると、掻き分ける事をしなくても、自然と草が分かれてゆく。


 そして、その先に群生しているスパぐさを見つけた。


 そのスパ草は、丁寧にでは無く、無造作・・・に刈られている。



 スパ草……



 男は何者かによって刈られたスパ草を見ながら、少し考えるような仕草を見せた。


 そして、再び河原に戻り、更に上流に向け何かを探すかの様、ゆっくりと歩き始める。



 

 数十分後


 

 ……川の中に何かが落ちている


 あれは……



 男は、その見つけた物を直ぐ拾いには行かず、その物・・・に対して警戒をしている。 


  

 待つか……

 それとも先に拾ってみるか……



 そう悩んだ後、男は笑みを浮かべ川に入ってゆく。



 ザブザブと膝上まで水に濡れながら川に入り、水面に手を入れ、その見つけた物を丁寧に拾い上げる。 


 不思議な事に、水で濡れたはずの手が、水面から上げた瞬間からみるみると乾いてゆく。


 その現象は、膝上まで入ったズボンでも同じだった。

 

 雫一滴すら落ちる事は無い。

 水から上がると靴までもが完璧に乾いている。


 まるで、そこには最初から水が無かったかの様に…… 


 

 何だこれは……

 イフトを感じない、魔道具ではない……

 


 その男の指が、偶然タッチパネルを触り、シンがダウンロードしていたヒップホップの音楽が再生され流れ始める。


  

 これは音楽…… 言葉…… 歌なのか……

 

 

 少し驚いた様子の男だったが、徐々にその音楽のリズムに合わせ、目を閉じ、頭と身体を軽く揺らし始めた。


 その時、後方の空間の一部が暗くなり、そこから金髪の女性が静かに現れた。


「ヒース、何か見つけたの?」


 そう言うと、男の持っているスマホを覗き込む。


「何なのこれ?」


「ん? さあな、魔道具で無いのは確かだ」


「ふ~ん。じゃあ、どうして音が鳴っているのかしら?」


「それも分からない……」


「そう…… ところで何その音と……もしかして言葉なの?」


「たぶんな」


「……色々な音が混ざっていて、耳障りね」


 女性は、少し目を細めた。


「そうか? 俺は……気に入った」


 ヒースと呼ばれた男は、音楽に合わせ、更に大きくリズムを取り始め頭を揺らす。


 しかし、充電が残り少なかったシンのスマホは、画面は暗くなり音楽も止まってしまう。


「何だよ、音が!?」


「いいんじゃない、私、あまり好きな音じゃなかったし」


「駄目だな、どうしても音が出ない」


 両手でスマホを触ったりつまんだりしたが、再びスマホに電源が入る事は無い。


「まぁ、いいか……」


 そう言って諦めたヒースは、手に持っていたスマホを軽く指で弾き飛ばすと、一瞬でスマホは空中で消える。


「レリ、ついて来て」


 女性に語り掛けると、凄まじいスピードで移動を始め、先ほど数十分かけて歩いて来た距離を、僅か1分ほどで戻ってきてしまう。   


「何この石組?」


「……たぶん、これで魚を捕っていた」 


「魔法を使わずに、こんな石組で?」


「あぁ……」


「驚いたわ……」


 レリはそう言った後、神妙な表情になる。


「ここに戻るまでの途中に、スパ草が雑に・・刈られた跡もあった」


「スパ草…… そんな物が必要なのは、低レベルの冒険者だけど」


「あぁ。そして承知の通り、ここは低レベルな冒険者が来れる所ではない」


「なのに、石組でしか魚を捕る事が出来ない何者かがここに居た。さっきの、おかしな物といい、当たりね」 


「そうだな…… レリの言う通り、最初からこの国にしとけば良かった」


「私はヒースの逆張りをしただけ」



 石組をわざと残し、ここに居た者達・・の形跡を消していない。

 

 そんな事をするのは…… シャリィ……か……



「それで、どうするの? シャリィに会いに行く?」


 二人で語らずとも、レリも同じ結論に達していた。


「いや、今はよそう。会えば欲しくなってしまうかも」


「それでもいいんじゃない? 私は、ついでに・・・・シャリィにも会いたいけどね」


「そのうちまた、嫌でも会うことになるさ」


 ヒースは微笑んだ。


「そうだね」


 レリもヒースと同じように微笑む。


「しばらくここに滞在ね」


「あぁ…… まだおこぼれ・・・・があるかもしれない」


 ヒースは周囲をゆっくりと見回した。


「レリ」


「なに?」


「俺達もあの石組で魚を捕ってみないか?」


「ふっふふ、面倒~」


「いいだろ? しばらく暇なんだし」


「な・ん・び・き?」


「飽きるまで」


「はいはい」


 

 

 フフフフ、どんな奴等なんだろうな……

 会えるのが……待ち遠しい





「うーんとね、その人の名は、ヒース・ワールドって人で、最年少でSランク冒険者になったの。

 今は確か、シン君と同じぐらいの歳じゃないかな~」



 ヒース・ワールド…… 良い名前だ。


 

 

 シンの食事がちょうど終わった時、シャリィさんが戻ってきた。


「シャリィ、遅かったね~」


「マガリに頼まれた買い物をしてきた」


「あー、そっかそっか」


「シャリィさんお疲れ様です」


「ユウ君、まだ1日終わってないから、とりおつ~って言うんだよ~」


「うんうん、そうだったね。あははは」



 シンはシャリィさんや僕らの方を何度かチラ見している。

  

 タイミングを計っているのかな?


 シンは、突然椅子を鳴らしながら、勢い良く立ち上がった。


「シャリィ、迷惑をかけて申し訳ない。すまなかった」



 僕もコレットちゃんも笑顔を消し、静かにその状況を見守っている。



「己の利益の為で無いのは分かっている。この件は終わりだ」


「……分かった」


 そう返事をしたシンは、静かに腰を降ろした。


「ねぇねぇ、シン君黒シチュー美味しかった?」


「あぁ、めっちゃ美味しい!」


「でしょ? 僕も大好物~」


「うん? けど、あのシチューって大人の味って感じだったよ。コレット無理してない?」


「あーーー、まーた僕を子ども扱いしてるー。僕だってもう少ししたらシャリィより良い身体になるんだからねー」


 シンはコレットから目をそらした。


「どうして目をそらしたぁ?」


 そう言ってシンのほっぺを摘んで引っ張った。


「コレットいひゃい、いたい」



 コレットちゃんがシャリィさんよりナイスバディに…… 可能なのか…… ハァハァハァ



「フフ、そういえばマガリが呼んでいた」


「ほんと? じゃあ僕行かないとー」


「コレット、すまなかった。それとありがとう」


「ううん。ぜーんぜん気にしてないけど、さっきの事なら気にしてるからね!」


「ごめんごめん」


 そうだ、僕も謝らないと。

 

「コレットちゃん、急に居なくなってごめんなさい」


「気にしないでー。また遊ぼうねユウ君」


 そう言って貰えて少し心が晴れたような気がした。


「じゃあまたねー」


「あぁ」


「ありがとうコレットちゃん」


 コレットちゃんは笑顔で手を振り去っていった。


 シンが人を殴った直後に冗談を言える、僕の知らない意外な一面。

 けど、僕がシンの代わりに強制労働に行くと言い出した時、必死にかばってくれた。


 コレットちゃんは、凄く妹思いの優しい子なんだ。

 それでも、この世界の厳しい環境が、あのような違った一面を作り上げたのではないかと僕は考えていた。



 昨晩、シンが30万シロンを渡した花売りの母娘おやこは、大金を持ち、暗い夜道を帰路に就いていた。

 コレットはシンの尾行を中止してまで、その二人の後をつけ、無事に帰れるよう見守っていたのだ。

 母娘が自宅に戻ったその後も、金目当ての不審者が家の周囲をうろついていないか、確認までしていた。

 その後、宿屋に戻っているシンを見つけ、再び監視を始めている。


 シャリィに依頼されたシンの見張りを、一時的に放棄する形であったが、コレットのその優しさを、誰も責める事など出来はしない。




「コンコン」


「はいよ~」


「支部長、家具屋から荷物が届いております」


「おぅ、早いな~」 


「失礼します」


 女性職員がドアを開けると、机を持って入って来たのは家具屋の従業員。


「フッ、フ、フフッ」


 なぜか笑いを押し殺しながら、机を運ぶ。


 机を壊した事を咎めていた女性職員も、従業員の為に手でドアを抑えながら、下を向き笑っているのを誤魔化している。


「こ、ここに置いて、おきプッ……ます。署名をおねがププゥ~」


「は、早く戻って来て、署名は、私ウププゥ、しますから。プププゥ」



「……」



 家具屋の従業員は、急ぎ支部長室から出て行き、ドアを閉めた瞬間、女性職員と二人で爆笑している。



「……」



 シャリィが家具屋で購入し、マガリの元へ運ばせた机は、可愛いお馬さんの絵が描かれた、女の子用のピンク色をした小さな机だった。



「シャリィ~! 俺をおちょくりやがってぇ!」




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