37 思惑




「シャリィ、俺等はどうする?」


「そうだな、宿屋に戻ってシンの大好きなお勉強だ」


 

 ふぁ~、聞くんじゃなかった~。

 まぁ、迷惑かけたから断る訳にもいかないし、この世界の事を知るのは必須だからな。




 お勉強!? またこの世界の、魔法の話を聞ける!


「行きましょう、直ぐにでも!」


「フッ、ユウには教えがいがある」


 うっ、軽いジャブの様な嫌味を……


「では、行こうか」


「ちょっと待って」


「どうしたのシン?」


 まさか、またさぼるつもりなのでは?


「黒シチューをお代わりしてもいいかな? 部屋に持って行って食べるからさ」


「かまわない。注文しよう」


 もしかして、人を殴るとお腹がすくのかな?


「すまないが、黒シチューを一つ追加して会計を頼む」


「はーい」


「シャリィは食べたの?」


「あぁ、買い物の後に済ませてきている」


「そうか」


 追加したシチューは直ぐにアミラさんが持って来てくれた。


「アミラちゃん……ま・た・ね」


「……うん」


 返事をしたアミラさんは、頬を赤らめていた。



 やはり口説くつもりだな……

 どんな方法なのだろう? 出来る事なら、近くで観察してみたい。




 僕達は隣のいつもの宿に移動した。 


「あっ、シャリィ様」


「主人、椅子を壊したあげく、店を汚してしまい申し訳ない」  


 隣の店もこの人が経営者なんだ……


「いえいえ。ここだけの話ですがね、あの冒険者達には迷惑していましたので、これでもう二度とこないでしょう。清々しましたよ」


「すみません、そう言って頂けると、俺、救われます」


 右手にシチューを持って謝るシンは、少し滑稽に見える……


「だから気にしなくて良いですよシンさん」


「はい」


 ……ここまで気を使った台詞を言ったのだから、言うのだ。あの一言を私に言いなさい。


 ……そら、どうした? 早く言え。


「ありがとう、おにいさん・・・・・」 


 きたきたきたー。そうそう、その一言を待っていたよ。

 

 ……シャリィ様も、私の事を主人とか呼ばないで、おにいさんって呼んでくれないかな~。

 もし、シャリィ様にそんな風に呼ばれたら……結婚もやぶさかではない。嫁いるけど……

 

「主人…… 主人!」


「あっ、はい!?」


 どうしてボーっとしていたのだろう……


「広い部屋は空いているか?」


「はい、大丈夫です」


「では頼む」


 

 シンは移動しながらシチューをスプーンですくって口に運んでいる……

 この世界の事より、先にマナーを教えた方が良いのかもしれない。



 部屋に入り、荷物を置くとホッとした気持ちが押し寄せて来た。

 ふう、まだ今日が終わってないけど、部屋に戻れて気持ちが落ち着いてきたよ。



「では、ユウ」 


「は、はい!」


「聞きたい事を言って良い」


「はい」


 どうしよう。勿論魔法の事を聞きたいけど、まずは基本的な事を聞いてみよう。


「シャリィさん、この世界の1日って何時間なんですか?」


「24時間だ」


 ……僕らの世界と同じだ。


「1時間は60分でいいですか?」


「あぁ、そうだ」


「1分は60秒」


「あぁ」


 その時、シンが突然口を開いた。


「1、2、3、4、5、6、7。これぐらいのスピードか?」


「あぁ、合っている」


 同じだ…… どうして……

 

「じゃあ1年って何日ですか?」


「365日だ」


「僕達の世界と、ここまで全て同じです……」


「そうか……」


 時間も1年も一緒ってずいぶん都合がいい。……もう一つ聞いてみよう。


「もしかして4年毎に366日に?」


「あぁ、そうだ」


 うるう年まで一緒……


「1週間は7日?」


「あぁ」


「僕らの世界では、日曜日、月曜日、火曜日、水、木、金、土、でしたけど……」


 まさか……


「同じだが、日曜日を最初に言ったのは、週の始まりだからか? この世界は月曜日が週の始まりだ」


 初めて違いが出たけど、微々たるものだ。

 いったい、どういうことだ!?

 もしかして、翻訳で同じ様にしているだけで、中身と言うか意味合いとかは違っているのかな……

 あー、頭が混乱してきた。


「因みに、曜日は星の名前が由来となっている。太陽が日、つきが月という風にな」


「……元の世界で居る時に、曜日の由来を気にした事が無いので、はっきりとは分かりませんが、多分同じです」

 

「シャリィ、1年は12カ月?」


「……いや、13だ」


 13ヵ月!?


「1月から12月は30日だ。13月は5日だけとなっている。4年毎に6日になるがな」


 なるほど、単純な話だ。そこも別に大きな違いでは無い……


「13月は新年を迎える準備をする月で、全て祝日になっている」


 なるほど……


 兎に角、少しの違いはあったけど、この世界で生活をするにあたって、時間で覚えたり悩んだりする事は無さそうだ。


「細かい所は分からないけど、要は同じって事で良いみたいだな」


「そうですね……」


「シャリィ、俺の体重は何キロ・・で身長は何センチだと思う?」


「そうだな、75から85キロで183から188センチといったところか」


「だいたい合っている。つまり、重さも長さも単位も同じ……なんて事は無いよな。翻訳が俺達に都合良く変換してくれているだけと考えた方が良いのかな?」



 ……そう、僕も同じことを考えていた。元の世界でも重さだけでも単位はキロとかオンス、ポンドとか色々ある。それなのに異世界で単位まで同じとかありえない。これは僕達が混乱しない様に、翻訳が良い仕事をしていると考えた方が自然だ。


「この世界に翻訳の魔法というのはあるのか?」

 

「あぁ、勿論ある」


 あるんだ…… と、言う事は……


「エルフや魔族は人間とは言語が違う。ドワーフ、それに獣人は人間と同じ言語で話す」


 なるほど…… 全ての言葉を翻訳できるという魔法では無いんだ。

 僕とシンは、エルフや魔族の言葉を理解できるのだろうか?

 

「シャリィさんはエルフ語を話せますか?」


「あぁ。私は言語魔法を習得している。エルフだけではなく魔族の言葉も分かる」 



 魔族の言葉も……



「では、僕にエルフ語で話しかけて貰えますか?」


「その必要は無い」 


 えっ!? どうして……


「言語魔法を習得していると言った時、私は前半をエルフ語、後半を魔族の言葉で話した。二人とも理解しているようだ」


 ……全然分からなかった。普段通りに聞こえていた。


「私がエルフ語で話しているのを二人が認識できていないのは、インフルントを感じ取る事が出来ていないのが原因だ」


「インフルント?」


「あぁ、数カ月で魔法を感じとることが出来ると昨日説明したのは、このインフルントだ。感じ方は人によって様々だが、魔力の流れの様なもので、例えばバニ石など魔法石があとどのくらい使えるとか、インフルントを感じる事が出来れば分かるようになる」



 いや……ちょっとまって……

 それなら、インフルントを感じる事が出来る人は、僕達が翻訳魔法を使ってこの世界の言葉を話している事を、分かっているのでは?


 だけど、僕達と会話をしていて、誰も不思議がっている人はいなかった。

 それはシャリィさんや、コレットちゃん、アグノラさん、支部長のマガリさんまでもが……

 どういう事なんだ一体……

 


「冒険者ならば魔法を習得するのは、職業柄必須条件とも言える。

 だが、二人はインフルント、皆はイフトと呼んでいるが、昨晩も説明した通り、イフトを感じる様になるまで習得は難しいと思って貰っても構わない」



「それなら俺達はどうして翻訳魔法を習得している?」



 ……シン



「習得しているからこそ、何も特別な事をしていないのに、この世界の言葉を話せているのだろ?」


「……その通りだ。恐らく・・・二人は翻訳魔法を習得している」



 ……恐らく? 

 ……恐らくか。



「ど、どうやって僕達は翻訳魔法を……」


「……」


「監督だろうな」


「監督さん……」


「……」



 シャリィは、無言で二人を見つめている。


 

 考えてみれば当然かもしれない。 ……だけど、一体何者なのだろう監督さんは?

 僕達をこの世界に送り、翻訳魔法も習得させて…… 

 先程感じた矛盾。

 その矛盾を打ち消す事が出来るのは…… もしかして、監督さんは神様……




 翻訳魔法とは、何世代にも渡り修正され創作・・された魔法……

 その監督という人物が、たった一人だけで、ユウの世界の言葉とこの世界の言葉の翻訳魔法を作り上げたとは到底思えない……

 だが、重要なのはそこではない。



「どうやって習得させたんだろうな、監督は俺等に」


「……はい」


 それに対して、シャリィは淡々と答える。


「それは、二人が魔法に対してあまりにも無防備だからだ」



「……」



「……つまり防御が出来ていないと言う事ですか?」


「そうだ。私が二人にかけている拘束の魔法も難しくは無かった」



 いったいいつから僕達に翻訳魔法を……



 それだと、答えに…… 全てを説明していない。

 いくら俺達が魔法に免疫が無いとはいえ、勝手に魔法を習得させる事が出来るのならば、シュー何とかになった俺達に、シャリィが最低限の魔法を習得させればいい。

 それをしないと言う事は、出来ないのか……それとも別の理由がるのあるのかもしれないが、出来ないとなると、監督はこの世界の最高ランクの冒険者よりも魔法に関しては長けているということか……


 兎に角魔法を、イン何とかってやつを1日でも早く感じられる様にならないといけないようだな。

 だが、シャリィの話では頑張ってどうこう出来るものではないみたいだし、待つしかない。

 その間、大人しくしているのがベスト…… かも……


 

 シャリィは二人に対して嘘をついていた。

 もし、その事を指摘されても、今は正直に答える事はしなかっただろう。

 それには当然の如く、思惑があるからだ。



「え~と、つまり俺とユウは、翻訳魔法のみを習得している。そして、シャリィの拘束の魔法をかけられているということか」


 待って待って…… おかしい、何かがおかしい。

 シンは矛盾を感じていないのかな……


 無論シンも矛盾を感じていたが、今の時点でその矛盾を解こうとはしなかった。その理由はある意味核心を突いていた。



「……二人共、習得している魔法があるのだが、アグノラは説明を忘れたのか、それとも当たり前の話なので、説明は必要無いと思ったのかもしれない」


「えっ!? 僕もシンもですか?」


「あぁ。それは、ウクエリだ」


「ウクエリって石板のですか?」


「そうだ。あれは魔法で二人の情報を引き出している。あの石板に手を置いて名前を言った瞬間、ウクエリを習得する事になる」



 石板に手を置いて名前を言った時の変な感じはそういう事だったのか……

 シャリィの言う通り、イン何とかを感じられない俺達には、監督以外でも強制的に魔法を習得させることが出来る。

 いや、この場合はあの石板に何かそういう力があると考えた方がいいのかもしれない…… 

 


 シンは、シャリィに聞けば済む話を、わざと聞かないでいた。



「冒険者ギルドはいったい何の為に僕達にウクエリを?」


「……二人だけではない、ほぼ全ての者達はウクエリを習得している」


「冒険者でもない人達迄もですか?」


「そうだ、その理由は……」


「管理するため……だろ? このシチューまぢで美味い」


 またシンが…… やる気になっている。


「……シンの言う通りだ。ウクエリを習得させる事で、この世界の人々を管理している」


 いったい何の為に…… 誰が…… 


「元の世界も住民票とか戸籍とかマイナンバーとかあったもんな。あれと似たような物じゃないのか?」


 確かに…… 言われてみると、僕達も管理されていたと言っても過言ではない。同じなのかな…… それならこの世界も国が管理しているということなのかな……


「それはどのような物なのだ」


「えーとですね、住んでいる家の場所とか、出身地とか、両親が分かるようになっています」


「では似たような物だな」


 そうだ、そう考えれば特別な物でもない。


「だが、大きな違いもある」


「大きな違いですか?」


「そうだ。二人の世界には魔法は無い。そうだな?」


「はい」


「ウクエリ石板は、どの様な魔法を習得しているのか、それと今まで使用した魔法も分かるようになっている」  


 魔法履歴が分かる…… それに習得魔法も……


「ただし、情報は一部の限られた者達しか知り得ない」


 一部の人のみ…… 


「……」


「個人情報を見る事が出来るのはある一定の地位がある者だけって話か? それも元の世界と似たようなものだ」



 シンの言う通り、確かに個人情報は守られていて、誰でも見る事は出来なかった。



 習得や履歴が分かるなら、俺達にかけられている翻訳魔法も見れるはずだけど、そもそも名前や他も嘘だらけだ。つまり、そこも改ざんされているって事なのか……



 ユウは、ふと疑問に思った事を口にする。


 

「……シャリィさん。どうして魔法履歴や習得魔法を調べたりするのですか?」


 その質問をすると、シャリィさんは僕の目を見つめ始めた。


「……」


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