35 ヒストリー
ロビーで待っていると、シンに殴られなかった一人が職員に付き添われ、ロボットのようにギクシャクとした足取りで支部長室の方に向かい歩いていった。
それから数分後……
「ドォォォン」
突然建物全体が大きく揺れ、振動と共に破壊音が聞こえ、さっきまでガヤガヤしていたロビーが静まり返った。
しかし、数秒後には元に戻り、受付嬢も普通に来訪者に対応している。
それから数分後に職員が僕らを呼びに来た。
「すいませーん、シャリィ様、あとお二人も支部長のお部屋においで下さい」
3人で支部長室に向かう途中、さっきの奴が生まれたての小鹿の様に右に左にフラフラとして床にへたり込んだ。
「あぁぁ、ほ、ほ……んと、ほんと~」
……何があったのだろう。
支部長室に入ると、マガリさんの机がボロボロに壊れている。
その破片が部屋中に散乱していて、女性職員がマガリさんを怒鳴りつけていた。
「何度も言っているでしょ、机を壊すなって!」
「分かった分かった、文句は後だ。こいつらと大切な話がある」
「何回目ですか、いい加減にして下さい!」
「だから分かったって!」
「エメスさんの休みが明け次第報告しておきますからね!」
うっ!? やばい……
女性職員は部屋の外側からドアを蹴とばして閉めた。
「コホン…… 当事者の一人が自発的に話してくれた。
シン君がいるのを知らずにトイレでユウ君に次は小便をかける、Sランク冒険者であるシャリィを馬鹿にしていたそうだ」
シン…… 僕とシャリィさんの為にあいつらを……
「冒険者同士のいざこざとして報告はするが、
「……」
「あー、あと俺の新しい机も買ってくれ」
「フッ、わかった。その条件を飲もう」
「良し、この件はこれで終わりだ。もうすでに職員を警備館に行かせてある。直ぐに拘束は解かれるだろう」
「マスタァ~、一生ついてくよ僕~」
「フフフフフ、俺はかっこいいだろコレット!?」
マガリは両肘を曲げ力こぶを作り出しポーズを決める。
「うんうん、今だけかっこいい!」
「……今だけ?」
「フッ」
良かったぁ、これでシンは強制労働も無しだ。
しかし、自発的にって……
ユウは散乱している机の破片に目を向けた後、マガリに礼を述べた。
「支部長さん、ありがとうございました」
「俺は公平な判断をしただけだ。礼を言われる筋合いはない。早く迎えに行ってやれ」
「はい。シャリィさん、行きましょう!」
「私はマガリと少し話がある。迎えに行ってきてくれ」
「はい」
「ユウ君、僕も行くよー」
「うん、行こうコレットちゃん」
「じゃあねマスター」
「失礼します」
シンは僕とシャリィさんの為にあいつらを殴った。
だからと言って、シンの事を怖いと思った気持ちが無くなった訳じゃない。
けど今は、素直にこの嬉しさを感じていようと思う。
僕はコレットちゃんと笑顔で警備館に走った。
「ずいぶんな入れ込みようだなシャリィ。記録に残っても良いなんて、そうなると、お前の動きが制限されるのを分かっているだろうに」
「……」
「それだけの価値があるんだな、あいつらに」
「私は初めてのシューラを可愛がっているだけだ、お前のようになマガリ」
鋭い眼差しを交わす二人。
「ふん! 押し付けられたシューラなど、面倒になれば捨てるさ」
「そうは思えないな」
「好きに言ってろ。だが俺に期待はするなよ」
「あぁ、心配するな。これ以上巻き込みはしない。ではな」
ドアを開け支部長室から出て行くシャリィ。
「おーい、シャリィ! コレットに戻るように伝えてくれー」
……これ以上は巻き込みはしないだと? 嘘つけ。
「さーてと…… 破片と散らばった書類のお片付けをしないとな」
「ユウ君、警備館はこっちだよー」
「門の方向なの?」
「そうだよー、正門の横にあるよー」
勢いよく走ったけど、弓の練習の疲れもあり、直ぐに息が切れてしまった。
「ハァハァハァ、コレットちゃん……ごめん、待って。ハァハァハァ」
体力つけないと……
そうだ、拘束も解かれるし計画通りシンに鍛えてもらおう。
警備館に着くとシンがもうすでに外に出ていて、拳闘の時に見かけた門番の人と話をしていた。
「シンくーん」
「ん? よぉ、コレット、ユウ! あとでな」
「おぅ!」
門番と話を終えたシンは、僕らの方に歩いてきている。
「んもぅ、意外に大変だったんだよー」
「わりぃわりぃ。それよりさ、腹が減って眩暈がしそうだよ」
「ほんと? じゃあ事件現場に戻りましょうー」
「ちょっとコレット、その言い方よー」
「あはははは、ユウ君も笑ってるぅ」
「んふふ、うん」
先ほどの出来事が嘘だったかの様に、普段と変わらない和やかな会話が続く。
その空気に戻してくれたのは、間違いなくコレットちゃんだ……
「あんだけ暴れて店に迷惑かけているから、戻るのは気が引けるなぁ」
「いいのいいのー。喧嘩なんてよくある事だからね。あの店でもほぼ毎日起きてるよきっと」
「そ、そんなに喧嘩あるの?」
ユウは喧嘩の多さに驚いた。
「うん、夜は特にね。皆お酒を飲むからね~」
「ふ~ん。よーし、謝罪も兼ねて戻りますか?」
「りょうーかーい。では3人で殺人現場に戻りまーす」
「だからコレット、その言い方よー」
「あははははははー」
ふふふ、コレットちゃんは可愛いし、皆を元気にしてくれる。
間違いない、この子は天使だ。
僕が、僕が頑張って必ず妹さんも一緒に……幸せにしたい……
僕らは、3人で店に戻った。
「アミラー、やっほやっほー」
「コレットー! やっほー」
二人は腕を組み、クルクルと回ってダンスを始めた。
……これは、元の世界なら料金が発生してもおかしくないイベントだ。
僕は至福の時間を楽しんだ。
「あのね少し前にね、ここで喧嘩があってさ、冒険者二人が血だらけで倒れていたって。夜ならともかく、お昼にそこまで激しい喧嘩はなかったのに怖いねー」
……それ元は僕のせいです。すみません。
「アミラさん、すみませんでしたー」
「ふぇ?」
「それやったの俺なんスよ。怖い思いさせて本当にごめんなさい」
「ごめんねーアミラ。許してあげてね」
「う、うちはただのバイトだから平気平気。そっかぁ、シン君だったのかぁ」
アミラさんは、さりげなくシンの名前を口にした。
「あれ、俺の名前知ってたの?」
「あ~、う、うん」
アミラさんはモジモジして後ろを向いた。
その態度は不味くないか? 飢えた肉食獣の前に、美味しそうな生肉を置いたのと同じでしょう……
「お腹が……ぺこぺこっス」
あれ……直ぐに口説きに入ると思ったのに、そんなにお腹すいてるのか?
「とりあえずテーブルに座ろっかぁ」
「ああ」
「うん」
「シン君、アレは気にしなくていいからね、あとでシャリィが払ってくれるから」
「あ、あぁ」
気にするなと言われても気にしてる返事だ……
お金の件だけじゃない、喧嘩の事もそうだけど僕らは色々我慢……いや違う、我慢じゃなくこの世界に適応していかないといけない。
「すみませんが、シチューと肉をお願いします。あと水も」
シンはアミラさんではなく、コレットちゃんに注文を伝えた。
「アミラー、黒シチューを一つに肉焼きも一つ、あとねジンジャー水を2つと水を1つね」
「あーい、了解」
「あっ、コレット、シャリィは?」
「マスターと、えーとね支部長のマガリと話があるって」
「ふーん。コレットはマスターって呼んでいるの?」
「うん、僕はマガリのシューラだからね」
シューラ……シャリィさんと僕達の関係と同じなんだ。
だから軽い口調で話しかけていたのか……
「僕はまだ14歳で正式な冒険者にはなれないからね。13歳の時にシューラにしてもらって、15歳になれば自動的に正式な冒険者になれるのだよー、うははははー」
「へぇー、ギルドは15歳からなんだ?」
「……そうだよー、シン君とユウ君は年齢が足りているから、シューラになれた時点で冒険者でもあるの。
知ってる? シューラはSランクと支部長クラスのみに許された特別な弟子なの。
他のランクの冒険者も弟子はとれるけど、シューラにすることはできない。
シューラだと僕の様に未成年でもマスターやマスターが委任した人物と一緒に依頼もこなせて、その時は冒険者と同じに扱ってもらえるの~。それだけではなく、マスターと同じとまでは行かないけど、マスタークラスの権限も付いてくる。つまりマスターの代理と言っても過言じゃないの」
……なるほど、確かに普通の弟子とは違う。
「へぇ~、知らなかったよ」
「僕は、二人と違って都会っ子だから、何でも知っているんだよ~。いくらSランクのシューラと言っても、僕の方が先輩何だからね、それを忘れないよーに!」
「ウッス! 肩でもお揉みしましょうか先輩!」
「え~、ユウ君なら良いけど、シン君はやだ~。違うとこ揉まれそう~」
「揉まねーよ!」
「なんだとこらー! 揉むところが無いとでも言いたいのかよ!?」
「いえいえ、とんでもございませんです先輩」
「ぷっ! うふふふ」 「あはははは」
ハァハァハァ、揉みたい。コレットちゃんの肩を揉んであげたい!
「おまたせー、黒シチューとお肉とお水はシン君ね、ジンジャー水はコレットとユウ君」
やったぁ、アミラさん、僕の名前も知っていてくれた。
「ありがとうア・ミ・ラ」
「え、えぇ、普通に仕事だしこれ……お礼なんて……」
シンはアミラさんを狙っているのでは。
アミラさんもまんざらでもなさそうだし……
「因みに、僕は今の実績だと15歳の誕生日を迎えた時にシューラを辞めてもⅭランクになれる。だから15歳前にシューラになれたのは本当に運が良かったの~」
……Ⅽランク。妹さんを迎えに行けるんだね、15歳になると。
「いつ15歳になるんだ? うっま、このシチュー」
「あと1ヶ月だよー」
「すぐじゃん!」
「うん!」
そっかぁ、あと1ヶ月でCランクになって妹さんと暮らせる日が来るのか……
本当に良かったねコレットちゃん。
うん? コレットちゃん実績って言っていたけど、どうすれば冒険者ランクがあがるのだろう?
シャリィさんは、どうやって世界に6人しかいないSランクに……
「コレットちゃん」
「どうしたのユウ君?」
「シャリィさんって、どうしてSランクになれたのかな?」
「それは冒険者の間では伝説的に有名な話だよ~」
伝説的……
「何年前の話だったかな~。僕はまだ小さくて、後から聞いた話だけど、当時シャリィはまだBランク冒険者だったのね」
「うん」
「その時、魔族に凄く好戦的な徒党がいてね、この国もドナ王国も大きな被害が出ていて、シャリィはそいつらを倒したの」
「も、もしかして一人で!?」
「ううん、二人で!」
二人……
「当時シャリィと組んでいた人で、冒険者になったばかりだったから、Fランクだったのね。BランクとFランクのたった二人で、魔族の国に乗り込んで行って、そいつらを倒して帰ってきたの」
「たった二人で、魔族の国に……」
「うん。それで、冒険者ギルド本部で二人のインベントリから魔族の首をボトボト落としたんだって」
「魔族の首を……」
俺今、肉食ってるんだけど……
「全部の首が落ちきるまで、10分ぐらいかかったみたいだよ~。聞いた話だから本当の時間は正確に分からないけどね~」
全ての首をインベントリから落とすのに10分も…… しかも二人分……
いったい何百、いや、もしかすると千を超えている魔族をたった二人で……
「BランクとFランクだから、依頼を受けた訳じゃないけど、そこまでの証拠もあったから本部も認めざるを得なくて、二人とも超特別昇格でSランクになったの」
……凄い! この世界の知識に乏しい僕が聞いても凄い話だと思う。
それは伝説になるはずだ……
ユウはこの話を聞き、心の奥にしまい込んでいた一つの危惧が消えて去った。
「コレット、そのシャリィの相方って誰なんだ?」
「うーんとね、その人の名は……」
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