34 躊躇
僕の知識にある異世界の様に簡単に治せることが出来るなら、笑い話で済むかもしれない。
けど、治らないのであれば、それなりの刑に服すことになるのでは……
僕は、今も椅子に座り何も行動を起こしてない。
座って、考える事しか出来ない。自分を本当に情けないと感じている。
それと同時に、座っている無防備な人を椅子の脚が折れるほどの力で殴れるシンに……恐怖を感じてしまった。
暴力的で、僕の知っているヤンキー達と同じだ……
どの様な環境で育つと、あんな事が出来るようになるのか、理解できない。
シンは元の世界で、そのヤンキー達を現場で束ねていた。
つまり、普通のヤンキー以上の存在。
あまりにも優しくてフレンドリーなので、そういう事を忘れかけていた……
それと、コレットちゃんのあの態度……
シンが椅子で人を殴り倒して、返り血を浴びているのに、普通に冗談を言っていた。
シャリィさんもその言葉に反応して、少し笑っていたし……
つまり、この世界では喧嘩などでの流血騒ぎは珍しい事じゃないのだろう。
おかしいのは僕の方かもしれない。
弓矢が的に当たったぐらいで浮かれている僕が、こんな世界で生きて行く事が出来るのだろか……
倒れてる二人がタンカで運ばれて行く。
殴られなかった奴もそれに付いて何処かに出ていった。
「じゃあユウを頼む」
「うん、まかせておいて~」
シャリィさんはコレットちゃんに僕を託し、あいつらの後を追う様に、外に出ていった。
「ユウ君、そういえば注文してないよね?」
「う、うん」
「そっか、そっか、じゃあ何にしようかな?」
そうだった、僕らはここに昼食を食べに…… 忘れていた……
「ユウ君注文決まってる?」
「僕は……」
決めていたのかすら覚えてない……
「……あっ! いつものにしようと思ってたけど~、ユウ君、僕のお薦めのシチューを注文するね」
「うん、お願いします」
何も考えられない僕の今の気持ちを汲んでくれたのか、コレットちゃんが注文を決めてくれた。
「すみませーん。お水を二つと、黒シチューも2つ」
「はーい」
せっかく注文をしてくれたけど、食事が喉を通るのかな。
それにシンの事が、気になる……
コレットちゃんに質問して良いのかな?
「あ、あの、コレットちゃん」
「ん?」
「シ、シンは何処に連れていかれたの?」
「ん~とね、警備館かなぁ、たぶん」
警備館……冒険者ギルドではないのか。
「この後、どうなるのかな?」
「そうだね~、喧嘩相手と言うか、シン君が一方的に倒した相手が冒険者だから~、冒険者ギルドが仲裁する事になると思うよ。
それで~、シン君はシャリィのシューラだし、街中で攻撃魔法を使ったわけでも無いし、そこまで酷いお咎めは無いでしょう。
あいつらもやられるのが嫌なら、ユウ君にちょっかい出さなければいい訳だし、元はと言えば原因作ったのはあいつらじゃん。僕も見てたけど」
「けど、シンが馬鹿にされた訳じゃないからシンの罪は重くなるのでは?」
「シン君とユウ君はシャリィの同じシューラだし、シン君がユウ君を庇うのは当たり前じゃない? そこは考慮されると思うよ」
その理論だと、今度はあいつらの親しい仲間がシンや僕を襲っても、同じく考慮されるのだろうか……
「さっきシャリィが魔法をかけてたし、大丈夫じゃないかな?」
やはり、魔法をかけていたのか……
「ど、どれぐらいで治るかな、あいつら?」
「ん~、僕が魔法をかけた訳じゃないから詳しくは分からないけど、顔を殴られた奴は鼻の骨が折れてるっぽかったし、頭殴られた人も骨折れてるかもね。だから完治となると、2週間から1ヶ月はかかりそうだよね……う~ん、もう少しかかるかもね」
骨折の完治が2週間から1ヶ月……
確か元の世界だと、骨がある程度固まるまで1カ月ぐらいで、完治となると2~3カ月と耳にした記憶がある。
そう言えば、この世界の1日の長さや時間、週、月など全く聞いていなかった。
「とりあえず食べたら僕らは支部に戻ろう。たぶん色々聞かれると思うから」
「うん」
「おまたせー、お水と黒シチューでーす」
「きた、きたよー。弓の練習でお腹すいてるでしょ、いっぱい食べてねユウ君」
「う、うん」
シンの事が心配だったけど、コレットちゃんの話で安堵感が湧いてきて、少しだけ食欲が戻った。
食事を済ませ、二人で支部に戻って来た。
「失礼ですが、ユウ・ウースさんでしょうか?」
「は、はい」
話しかけて来たのは、職員の女性だ。
「支部長のマガリが支部長室でお待ちです。どうぞこちらへ」
その言葉を聞き、先ほど湧いていた安堵感が一気に消え、その代わり汗が噴き出してきた。
し、支部長って凄く偉い人だよな……
怖い人だったら、緊張で話せないかも。
シャ、シャリィさんは何処に行ったのだろう?
どうしよ、どうしよう。
「こちらへどうぞ」
「はっ、はい」
職員の女性が、僕を1階の奥の部屋に案内してくれた。
コレットちゃんは、僕の後ろをトコトコと付いて来てくれている。
「支部長、ユウ・ウースさんをお連れしました」
「おぅー、入れ~」
……低い声。それだけで、既に怖い。
「どうぞ」
案内してくれた職員さんがドアを開けるように促してくる。
「し、失礼します」
ドアを開けると、シンがボクシングで対戦したガイストンさんと同じぐらい大きな大きな人が椅子に座っていた。
その人を見た瞬間、僕は心の中で終わったと呟やいた。
何が終わったのか自分でも定かではないが、自然とそう思ってしまうほどの圧倒的な何かを感じた。
こいつがもう一人の方か……
確か拳闘の時に、少しだけ見たな。
「やっほーやっほー」
コ、コレットちゃん!?
「どうも、私はここの支部長のマガリだ。えーと、ユウ君でいいのかな? で、喧嘩をしたのがシン君だっけ?」
ププププ、君だって……
「は、初めましてユウと申します」
「それで合ってるよー」
コ、コレットちゃん! 相手は支部長さんだよ。
「さっき警備の奴らから話を聞いたが、コレットの証言ではそいつらが弓の練習をしていたユウ君を馬鹿にしてきたと?」
「そうだよー」
「そして帰り際にユウ君に対して唾をかけてきた、それで合っているか?」
「うんうん、間違いないよー」
コレットちゃん、僕が唾掛けられてたの知っていたのか……
「ユウ君」
「は、はい!」
「それで間違いないかね?」
「すみません。はい、間違いないです……」
「それで間違いないかね?」
コレットちゃんがマガリさんの物真似をした。
「だって。あははははは、マスター何そのしゃべり方ー。お腹痛ーい」
マスター? コレットちゃんの直属の上司なのかな?
「こらコレット! 今はここの支部長として話を聞いているのだぞ」
「のだぞって。プププププ」
「……もぅいい。で、そのシン君の方はそいつらに何をされた?」
「ん~とね、シン君がね、店でトイレ行ってぇ、あいつらもその後にトイレ行ったから、そこで何かあったんじゃないかな?」
「うーん」
頭を掻きながら、あまり良い返事をしない。
「今上がってきてる報告だと、シン君は世間話には応じるが、喧嘩の事は何を聞いても一言も話さず黙っているらしい。
それだと事の真相がな、分からんからな~。
被害者の一人は、食事をしていたら急に殴りかかってきて、全く身に覚えがないと言っているしの~」
「何よー、それって僕が嘘ついてるとでも思ってるのー!」
「そうは言ってないだろ、落ち着けコレット~」
女性を連れている時は喧嘩はご法度だと言っていたシンが、トイレから帰ってきたら急に椅子で殴りかかった。
何かあったのは間違いないと思うけど、シン本人が話さないと、あいつらは嘘しか言わないに決まっている。
「今のままだとシン君はどうなるのマスター?」
「そうだな~、魔法をかけたシャリィの話を聞いた警備の奴らは、命には別条ないと言っていた。
完治するまでの生活の保障と治療費に入院費、そして慰謝料。それだけを払うなら、1ヶ月ぐらいの強制労働で手を打とうかな」
「えー、酷くないそれ~」
……コレット、仕方がないんだ。相手はただの
シンが強制労働……
「コンコン」
「入れ~」
シャリィさんだ。
「おぅ、シャリィ。で、向こうはどうなんだ?」
「進展はない、ずっと黙ったままだそうだ」
「そうかぁ。じゃあさっき言った処分になるなぁ」
「どのような処分だ?」
「1ヶ月は強制労働をしてもらう。それと殴られた奴らが完治するまでの生活の保障、入院費、治療費や慰謝料の支払い。あー、あとは店の損害もだ」
それに対して、シャリィさんは即答した。
「断る」
「あ~?」
シャリィさん……
「店への報償はする。しかし後は断ると言ったのだ。冒険者同士のいざこざだと、今すぐ警備に報告をしろ。そして、シンの拘束を解いてもらおう」
「……そりゃ本気で言ってるのかシャリィ?」
「あぁ、今まで私の冗談を聞いた事があるのか?」
激しく睨み合うシャリィとマガリ。
く、空気が張り詰めた……こ、怖い。なんだろう、この感覚は。
今まで感じたことが無い!
「言うまでもなくシンとユウは私のシューラだ。その立場を考慮して拘束を今直ぐに解いてもらう」
「シャリィ、それをやるなら記録に残し正式に報告することになるぞ」
「あぁ、かまわない」
「……そうか」
……僕には訳が分からないけど、記録に残るとシャリィさんに困った事が起きるのは間違いない。元はと言えば僕のせいだから何とか、何とかしないと……
「あ、あのー!」
「どうした、ユウ君」
「ぼ、僕がシンの代わりに強制労働行きます」
「ほぅ~」
……ふぅ~ん。
「なので、記録に残す事も無くそれで終わりにしてもらえませんか……」
マガリは大きなため息を一つついた。
「……ふぅ~、ユウ君。こんな事は言いたくないがな、強制労働の所にいる奴らは、喧嘩は勿論、強盗や誘拐、密猟、それに殺人といった凶悪犯罪者やドレイ落ちの集まりだぞ。シン君ならともかく、ユウ君がそこで1ヶ月も強制労働に耐えれるとは思えない……つまり、死ぬぞ!」
「……元はと言えば、僕の弓が下手であいつらに付け入る隙があったのが原因で、だから」
ユウの言葉を聞いたコレットも口を開く。
「マスター、僕にも責任あるよ。僕が誘ったからユウ君を弓に……連れて行ったのは僕だから……」
「二人共、もういい。マガリ、記録に残してもらおう。それで終わりだ」
「……ちょっと考えさせてくれ。三人ともロビーで待っていろ」
「分かった。行こうユウ、コレット」
「……はい」 「……」
僕は純粋な気持ちでシンの代わりを申し出たけど、まさかコレットちゃんを巻き込むなんて思いもしなかった。
考えが、考えが足りなかった……
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