33 余波


 

「二人になったが、食事に行こう」


「は、はい」


 アロッサリアに着くと、いつもと同じテーブルに座った。

 シャリィさんは普段と変わらない態度を取っているのかもしれないけど、僕にはシャリィさんのイライラが伝わってきている。

 クールなシャリィさんには珍しい事だ。


 これからも3人で行動しないといけないのだから、僕が何とか仲裁しないと……


「あの~、シンと何があったのです?」


「……」


 ナチュラルに無視された……

 どうやら、聞くべきでは無かったようだ。




「お兄ちゃん、何処行ってるのよ!?」


「観光」


「そんな嘘つかないで」


「俺のことはいいから、コレットもシャリィとメシ食ってきなよ」


「そっかぁ…… お兄ちゃん僕のこと嫌いなんだ?」


「いや、どうしてそうなるよ。嫌いなわけないじゃん」


 シャリィなら兎も角!


「じゃあ戻ろう」


「嫌だ」


 うふふふ、子供みたいで可愛い。


「ほら~、やっぱり僕のこと嫌いなんだ~」


「だから、どうしてそうなるの?」


「だってぇ、僕の事嫌いじゃなければ、お願いを聞いてくれるでしょ?」


「コレットの願いは何でも聞くよ。けど、シャリィの所に戻るのは嫌だ。少なくとも今はね」


「結局戻るなら、早い方が良いって。そうじゃないと、お互いもっと意地はって収拾がつかなくなるよ~」


 まぁ、確かにそうだな……


「お兄ちゃんお金だってないんでしょ?」


 あの母娘おやこに全部渡したの見てたんだからね。

  

「確かに金は無いけど、この健康な身体があれば、そんな物は何とでもなる」


「でも、直ぐには手に入れる事は出来ないでしょ」


「……まぁな」


「じゃあ僕が食事奢るよ」


 ……いくら金に困っていると言っても、昨日の今日でまた14歳の女の子に奢ってもらう訳にはいかない。 

 分かって言っているな……


 コレットはニコニコしてシンを見ている。


「……」


「さっき支部で聞いたけど、二人の申請書が受理されたらしいよ。つまり、シャリィの正式なシューラになったから、シャリィが色々面倒みるのは当たり前なのね。それなのにお兄ちゃんが急に居なくなったらシャリィも恥かくよ」


「シャリィが恥をかこうが俺には関係ない」


「じゃあやっぱり僕が食事を奢るよ。他に当てはないよね?」


 ふぅ~、コレットにはまいったなぁ~。

 完全に俺の腹を読んでいる。


 まぁ、一人になるのは簡単だ、その気になればいつでもなれる。

 それに、ユウを置いて消える訳にもいかないしな……


「分かった」


「戻るの?」


「あぁ。だけど、シャリィの為じゃない。説得してくれたコレットの為に戻る」


「うふふ。うん、分かったぁ」




 窓の外を眺めていると、コレットちゃんとシンが見えた。


「変態を捕まえて只今戻りましたー!」


 コレットちゃんは僕とシャリィさんを見つけるとそう言って笑っている。

 か、可愛い~。



 二人は同じテーブルに座ったが、シンとシャリィさんは目を合わさない。


 シャリィさんはシンが戻って来るのを分かっていた様で、僕達はまだ注文をしていない。


「さぁ~、何食べる~?」


 コレットちゃんがいつもと同じ、嫌味の無い元気な声でシンに聞いている。


「そうだな、コレットに決めて貰おうかな」


 うっ、僕もそうしたい。


「じゃあ、いつものお団子……」


 ハッ!?


「あっ! ちょっと待って! ごめんごめん、俺肉食べたかったんだよね。肉をお願いしまーす」


 シンが言葉を被せて遮った。


「何よそれ~。それなら最初から自分で注文決めればいいじゃん」


「ごめんごめん、わ、忘れてたんだよ」


 あぶね~、芋虫を食べさせられるところだった……


 その時、ドアの方から下品な笑い声が聞こえ、目を向けるとあの訓練場で僕を馬鹿にした3人組が入ってきた。



「ぎゃはははは、本当かよそれ」


「ほんとほんと~」


「うひゃひゃひゃ」



 僕らのテーブルの横を通り過ぎる時、笑いながら僕を蔑んだ目でチラ見していった。


 僕は目が合った瞬間に下を向き黙っていたが、シンが僕の態度がおかしい事に気づいたようだ。


「ん、ユウ知り合いかあいつら?」


 何て答えて良いか分からず、僕は返事をすることが出来ずにいた。


「……」


 黙っている僕の代わりにコレットちゃんが話し始めた。


「うーんとね、僕とユウ君が弓の練習してる時にちょっかいかけてきたの」



 なるほど、見た目通りの奴等だな……



「何か言われたのか?」


「ユウ君は弓が初めてだったから、それを馬鹿にしてきたの」


「ふ~ん。ユウ、言い返したのか?」


「……」


 無言の僕を見て、聞かずとも答えが分かったようだ。


「そうか……」


 シンは僕を軽蔑しているだろう……


 喧嘩を売られて、言い返しもせず、男として情けないと思っているだろうね。

 相手は3人で、冒険者だし、さっきも思ったけど、魔法や剣でやられたら死ぬかもしれない。

 これを言ったところで、ただの言い訳って思われるだろうな……



「それでいいんだぞユウ」



「……えっ?」


 シンの口から予想外の一言


「コレットも一緒に居たんだろ? 女性を連れている時に喧嘩はご法度だ。  

 連れの女性にまで被害が及ぶかもしれないからな。

 なんでもかんでも売られた喧嘩を買うのが男じゃない。状況に応じて判断しないといけない。ユウ、良く我慢したな」


 ……違う……違うよシン。

 僕は怖くて言い返せなかっただけなんだよ……

 分かっているだろそんなこと。


「ユウ、理由は何でもいい、結果同じ事なんだよ。揉め事を回避したんだよユウは。それでいいよ」


 ……やめてくれよ。

 コレットちゃんの前で、こんなに人が沢山いる前で泣いちゃいそうだよ……

 僕が想像していた答えと違う事を言うのはやめてくれよ。


「ちょっとトイレ行ってくらぁ」


 シンはそう言って席を立った。


「報告しなくていいよー、もぅー」


 コレットちゃんの声に反応して振り向いてニヤニヤするシン。


「さてと食う前に出すものだしておこうっと」


「もぅおぅ~」


「ははは、ごめんごめん」


 シンはトイレに入って行った。


 ……僕はこの4日間、ずっとシンと一緒に居る。

 やっぱりシンは…… シンは他のヤンキー達とは違う気がする。



「おっ! ラッキー、誰もいなさそうだな。人の気配があると出にくいんだよな~。さっさと出して戻らないと、皆にウ〇コってバレそうだしって、自分で報告してた~」


「ガヤガヤガヤ」


 ん? 人が来やがったか。もう少し時間があれば問題なかったのにな~。



「おぃ見たかあのチビ、Sランのシャリィと一緒に居たぜ」



「……」



「見た見た、まさかシャリィがシューラにしたのってあいつじゃないよな?」


「ぎゃはははは、シャリィって変わり者って噂だけど、弓も飛ばせないあんな奴をシューラにするってよ、変わり者通り越して頭おかしいわ」


「ほんとほんと~」


「あのガキ、唾かけても何も言ってこなかった、今度は小便でもかけてやるか?」


「そりゃいいなー」


「ほんとほんと~」


「ぎゃはははははは」


 三人はさんざん悪態をつき、トイレから出て行った。



「……あーあ、ウ〇こが引っ込んじゃったよ~。しかたない戻るか」



 シンがトイレから帰ってきた。


 椅子を引いて座るかと思いきや、その椅子を引きずりながら何処かに向かいだした。



 えっ、どういうことだ?



 コレットちゃんも呆気にとられて見ている。


 シンはあの3人組が座ってるテーブルに行き、一人の背後から椅子を大きく振りかぶり躊躇なく頭にめがけ、斜めに振り下ろした!


 僕には、それが現実とは思えなかったが、大きな音と共に、空中に飛び散った血と、折れた椅子の脚がスローモーションのように見えて確認できた。


 シンに椅子で殴られた人は、座っている椅子と共に、そのまま床に倒れていき、頭から血が噴き出している。



 左右の二人は立ち上がりながら剣に手を掛け抜こうとしている。


 シンは、右側の奴も返す刀で、そのまま椅子で顔を横殴りにした!

 

 殴られた奴は1mほど吹っ飛び、顔が血で真っ赤に染まった状態でピクリとも動かない。


 も、もしかして、し、死んだ!?


 左の奴は剣を抜き、シンに向け構えている。


 シンは、そいつの方にゆっくりと振り向いた。


「死にたいか?」


 シンがそう問いかけると、そいつはガタガタと震え始める。 


「し、死にたくないです、ほんとほんと~」


「じゃあ、やめとけ」


「はい、やめます。ほんとほんと~」


 そう言うと、剣をシンの足元に投げた。


 そして、床に座り込んでしまった。



 ほんの十秒ほどの出来事だった。


 僕はまだ現実とは信じられず、混乱していた。



 「ごめーん、イス壊しちゃった。ちゃんと弁償するからね」



 ウェイトレスさんに向け謝っているシンは、椅子で人の頭を殴りつけた人物とは思えないほど爽やかだった。



 下から2番目のEランクとはいえ、恐らく場数も踏んでる冒険者が椅子しか持ってないシンを怖がって降参するなんて……


 シンは別のテーブルから壊れていない椅子を持って、僕らのテーブルに戻ってきてた。


「ひどーい、シャリィはともかく、僕の事も女と思ってないんだね?」


 突然コレットちゃんがシンにそう問いかけた。

 

 その言葉でシャリィさんがクスリと笑う。


「えっ!? 何言ってんの? コレットは素敵な女性だよ」


「じゃあさっきと言ってる事が違うじゃん。女性と一緒の時は喧嘩しないって言ってたでしょ? つまり僕を女性として見てないってことだよね? シャリィはともかく」


「フッ」


 こんな時なのに、シャリィさんは微笑んでいる。

 それにコレットちゃんまで……


「あれれ? そんなこと言ったっけ俺?」


「もぉー」



「……シン、これは少し面倒なことになりそうだ」


 シャリィさんの先ほどまでの笑みは消えていた。


「あぁ、好きにしてくれ」


「そら、もぅ来たぞ」


 ドアからドカドカと体格の良い男達が、手に剣を持ち4、5人入ってきた。


「誰だー、喧嘩をしているのは!?」


 大声で叫びキョロキョロと探している。


「俺だ、喧嘩をしたのは」


 声に反応して剣を持った男達は一斉に視線を向ける。


「ん~、あー、シンじゃないか?」


 良く見ると、拳闘の試合の時に見かけた人だ。

 その人はシンに近づいてきた。

 他の人は倒れているあいつらの所に行った。



「あれをやったのはシンか?」


「あぁ、そうだ」


 倒れているあいつらの方を見てその状況を確認する。


「はぁ~、いくら知り合いでも、見逃すわけにはいかないぞ」


「分かっている」


「じゃあ、大人しくついて来てくれ」


「あぁ、分かった」


 僕はどうして良いか分からずシャリィさんを見たけど、シャリィさんは目を閉じ脚を組み黙って椅子に座ったままだ。


 結局僕も声すら出せず、大人くしく連れていかれるシンを見送る事しかできなかった。


 シンにやられた奴らの方を見ると、一人だけ殴られなかった奴が、事情を説明しているようだ。

 他の二人は、まだ血だらけで倒れたまま動かない。

 もしかして本当に死んでいるのでは……


 ……もし死んでいたらシンはどうなるのだろ?

 僕は、いや僕もシンもこの世界の法律をまるで知らない。もしかして刑務所のような所から一生出てこられない……

 考えたくもないけど死刑だってあり得るかも。


 ガタっと音を立てシャリィさんが椅子から立ち上がり、倒れている奴の方に歩き出した。

 コレットちゃんも続いて行く。


 シャリィさんは、倒れている奴の前でしゃがみ込み、手を翳した。

 今度はもう一人の方に近づき同じ動作をする。


 その後、シャリィさんはコレットちゃんを交え、剣を持ってやって来た人達と何やら話を始めた。


 ……シャリィさんの行動は、たぶん回復魔法をかけていたと思う。

 けど、二人は起き上がるどころか、意識すら戻っていない。

 僕の知識にある異世界なら、回復魔法で動けないほど重傷だった人が直ぐに回復するはずだ。

 しかし、どうやらこの世界はそういう訳にはいかないようだ。


 そうなると…… シンの罪はますます重くなるのでは?


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