32 至言




「はぁ~」


「あれ? ため息」



 コレットは、ユウのため息を素早く指摘した。



「あっ、ごめんなさい。色々考え事しちゃってて」


「いいのいいの、そんなつもりで言ったんじゃないから。落ち込む時は誰にでもあるもの。僕だって最近嫌なことあってね」


コレットちゃんにも……


「解決したの?」


「ん~、解決はできないかな~。だからなるだけ考えないようにしてるの」


「……そうだね」



 そうだねじゃなくて、悩み事を聞いてあげた方がいいのかな……



「どうかな、ステビア茶美味しい?」


「あっ、うん。美味しいよ。ご馳走してくれてありがとうコレットちゃん」


「いえいえ、これ飲んで元気出そうね」



 本当に良い子だな~。 ……出会ったばかりだけど正直結婚したい。


 うん、そうだ! コレットちゃんと結婚するためにも、この世界で頑張らないと!

 けど…… 普通は異世界来たらチート能力持っていたり、見た目がイケメンに生まれ変わってたりするのに、どうして僕は……元の世界の情けないオタクのままなのだろう。


「あー、また落ち込んでない?」


「えっ、いや大丈夫だよ。美味しいねこの飲み物」



 鋭いなコレットちゃん。



「んもぅ~」


「ごめんなさい……」


 コレットちゃんは噴水の方に目をやり、遊んでいる子供を少し悲しそうな目で見つめていた。


「こ、子供好きなの?」


「えっ? あー…… 僕ね…… 妹がいるの。けど、両親が居ないから僕が早く冒険者として稼げるようになって迎えに行きたくてね」


 コレットちゃんは孤児……


「……」


 どうしよう、悪い事を聞いてしまった。


 コレットは話を続ける。シンとデートした時とは違い、真逆の悲しい目をして


「妹はね、僕と4歳離れていて今10歳なんだけど、私も冒険者になってお姉ちゃんと一緒に行きたいって、そう言って泣きながら私にしがみついてきてね……お別れの時、二人で泣いちゃった」


「ご、ごめんなさい、悲しい事思い出させちゃって……」


「いいのいいの気にしないで」


「……」


 コレットは、造り笑顔をユウに向け、気遣う。


「……妹は、ゲルツウォンツ王国の王都テナーティス、そこにある教会が運営してる孤児院にいるの。僕もそこにいたけど、13歳の誕生日の日にギルドの門を叩いたの。Ⅽランクになれれば生活にも困らないし、妹を引き取りにいって一緒に生活できるからね」


「そ、そうなんだ……」


 僕は……僕はなんて甘い事を考えていたのだろうか。

 まだ14歳のコレットちゃんが、妹と暮らすために頑張ってるのに、僕は僕は……


 コレットは、ユウの表情から心を読み取り、口を開く。


「この前ね、スパ草を取りに行っててユウ君に会ったでしょ? あの時ね、ぜんぜんスパ草足りなくて本当に困っていたの。けどね、ユウ君のお陰で依頼以上の量を捕れたから、達成ポイントと追加報酬を稼げたよ、ありがとう」


 自分の事より、ユウの事を考えてあげるコレットの優しさは、本物であった。 


「い、いえ、僕は何もしてないです」


「んふふ。本当にありがとう」



 そう、僕は何もしてない。

 

 同じだ、この世界に来ても、元の世界と同じだよ僕は……

 

 異世界に来て、イケメンに生まれ変わってないとか、チート能力無いとか、そんな非現実的な事ばかりに拘って、グチと言い訳ばかりじゃないか!

 

 だから、だから元の世界の時と同じで、変われないんだ! 

 今日、正式な冒険者になれるかもしれないけど、それだってシャリィさんのお陰じゃないか……

 僕の実力でも何でもない!


 生まれ変わらないと…… その為には、口先だけじゃなく、行動するんだ!



 僕は気が付くと立ち上がっていた。



「僕、支部に戻って弓の練習してくるよ」


「えっ?」


「ごちそうさま、コレットちゃん」


「えっ? えっ? ユウ君!?」



 僕はコップを持って屋台に走った。



「おじさん、コップここに置いておきます!」


「ほいほい~」


 そしてその足で支部に向かって走った。僕は、走った!


 コレットちゃんに余計な事を聞いてしまい、後悔の念が押し寄せて来て、あの場を離れたかった気持ちも確かにある。

 

 けど、今僕を突き動かしているのは、それだけじゃない!

 この気持ちは、今まで感じだことがない気持ちだ。何かしたい、兎に角がむしゃらに何かがしたい。


 支部に入り、受付の人に訓練場を使いますと一声かけ走り抜けた。


「あっ!? ユウさん。ちょうど良かったです。シューラの申告書が受理されましたので、今日から正式な冒険者です。おめでとうございますって、もういねーよ! 私のダーリンの事も聞きたかったのにぃ~」


 僕は弓の射撃場に戻ってきた。

 そこには4人の人が弓の練習をしている。

 コレットちゃんに教えてもらった、A級のエヴァンスさんも、さっきと同じ所に座っていた。


 さぁ、思い出して…… さっきコレットちゃんが教えてくれた事を、思い出して……


 矢をセットするとまた落としそうだから、まず矢を持たず構えから始めてみよう。

 

 よし、こんな感じで……弦を引いてみよう。


 ……駄目だ、左腕がプルプルなってしまう。


 弦を引き過ぎているのかな?

 他の人を観察してみよう。

 あれ、僕の方が引けてない感じだ。


 つまり、根本的に力が足りないのかな……


 まず左手のブレを直さないと、矢が的までの距離に届いても、当たらないよね。


 他の人と比べないで、力いっぱいじゃなく、余裕があるぐらいで引いてみよう。


 3分の2ぐらいでいいかな。

 ……よし、これならプルプルしないぞ。


 そして、離す! 


「シュッ!」


 おっ、良い感じの音がした!


 これを何回も続けてみよう。矢はまだつけなくていいや。


「ビュン!」


 おっ! さっきよりも良い音だ。


 引いて離す! ゆっくり引いて離す!


 何回でも、引いて離す! もっと、もっと! 引いて離す! 引いて……



「ハァハァハァ」



 何回引いて離したか覚えてないけど、もぅ息が上がっちゃったし両腕も痛い。

 休憩しようかな……


 いや、まだまだ、まだまだ続けよう。


 引いて離す! うん、慣れて来たから、もう少し強く引いて離す!



 ユウは、1時間以上も同じ動作を繰り返していた。



「さ、流石に、う、腕が、腕がパンパンだよ。重いし……」


 考えてみれば、体力なさすぎでしょ僕。

 

 ……そうだ! シンに、筋トレ教えて欲しいと言ってみよう。


 けど、教えてくれるかな。

 ……お、かね、シロンだ。シャリィさんから僕の分を少し貰って、それをシンにトレーナー代って渡してお礼をすれば良い!


 そうしよう、今日さっそく頼んでみよう!


 よし、休憩終わり。次は……本番だ、矢を撃ってみよう。



 深呼吸して、ゆっくり、ゆっくり、慌てずに構えて~。



 良し、矢を落とさずセットできたぞ。



 ゆっくり引いてー、離す!


 矢は20mほど先の的には届かなかったが、前回よりは前に飛んだ!


 良し良し良し! 次は的に当てるぞ。


 ゆっくり引いてー、離す!


 ……おしい!? あと3mぐらいで届きそうだった!


 次だ次。引いてー、射る!


 だめだ、届かない……さっきと同じぐらいの所までしか飛ばない。



 ほら、まだ数回なのにそうやって直ぐに腐る。僕の悪い癖だ。

 まだまだ、絶対今日中に当ててやる!



 その後、全ての矢が使い果たし、どうすれば良いか分からず困っていると、突然声が聞こえた。


「皆ストップだ! 各自矢を回収するように」


 そう声を上げたのは、Aランクのエヴァンスさんだった。


 皆が射るのを止め、矢を拾いに行く。


 僕も急いで矢を拾い戻ってきた。


 それからも的に向け矢を射続けたが、結局1本も的に当たるどころか、届きもしなかった。


「ハァハァハァハァ」


 腕が、両腕が自分の腕じゃないみたいだ。痛い……腕が……上がらなくなってきた……

 もう……駄目だ……


 そう思っていると、突然僕に呼びかける声が聞こえた。



「君、少し良いかな?」


 振り向くと、その声の主はエヴァンスさんだった。



 Aランクの人がいったい僕に何の用なのだろう……



「こっちの弓も使ってみなさい。あと、無理はせず必ず休憩を挟むように」


 会ったばかりで、知り合いでもないのに、こんな僕にアドバイスをしてくれた……


「は、はい。ありがとうございます」


 エヴァンスさんの薦めてくれた弓は、僕が使っていた弓よりも長いタイプだった。



「ストップ、各自矢を拾ってくるように!」



「はい」「はい」「はい、分かりました」



 再び矢を拾って戻り、言われた通り休憩をしっかりとってから仕切り直した。


 良し良し、腕の重みが少しだけどましになっているぞ。

 これならまだまだ、練習できそうだ……


 エヴァンスさんが薦めてくれた弓を頼めしてみよう。


 大きいな、僕に使えるかな?


 まずは矢を持たずに弦を引いてみよう。


 ぅん? 軽い…… さっきの弓より後ろに引けるし、左腕がプルプルならない。

 

 矢は何処だ、矢は!?


 僕は左手に弓と矢を持ち、大きく深呼吸して矢を弦にセットしてゆっくり引いた。 


 狙ってぇ…… そして射る!


 先程までとは違い、矢はグネグネとうねりながら、飛んで行く。

 的には当たらなかったけど、的の後ろの土手に届いた!


 良ーし! 良し! 良し! 良し!


 僕は嬉しくて、笑顔でエヴァンスさんの方に振り返った。

 

 エヴァンスさんは、僕と目を合うと直ぐに顔を背けたけど、優しい笑みを浮かべていた。


 矢が的の距離まで届いてのが本当に嬉しくて、さっきまで痛くて重かった腕に、再び力が入るようになった。


 不思議だ、何故また力がよみがえってきたのだろう 


 もしかして、これが限界を超えた状態なのでは……



 嬉しい……

 腕が痛くて、たまらないのに、どうしてこんなにも胸が弾んでいるのだろう。 

 良ーし、まだまだ続けるぞー。



 そして、合計何百回目だろう。



「カツン!」



「や、や、やったぁー! 的に、的に当たったぁ!」


 周囲の事など気にせずに、ここまで感情をあらわにしたのは、僕の人生で初めてかもしれない。


 大声を上げた後、僕は、その場に倒れて空を眺めていた。



 

「……マシュー、そろそろ昼休憩にしよう」


「はい」


「その前に、彼の・・分も片付けてあげてくれ」


「はい、分かりました」




 無心で空を眺めていると、誰かの足音が聞えて来た。


「君、休んでいる所を悪いが、少し話をしようか?」

                         

 その声はエヴァンスさんだった。


「は、はい」


 僕は返事をして、直ぐに立ち上がった。


「弓は初めてかね?」


 正直に答えて良いのか迷ったけど、その迷いは直ぐに消え去った。


「はい、初めてです」


「そうか。誰にでも初めてがある。そして、最初から熟練者と全く同じように出来る者など居ない。それは私でもSランク冒険者でも同じだ。みながそうやって、初めてから入って行くのだ。頑張りなさい」


「……はい! ありがとうございました」


 僕の目に涙溢れて来た。



 この時のエヴァンスさんの言葉を、僕は一生忘れる事はない……



「では」


「はい」


 深々と頭を下げ、エヴァンスさんを見送った。



 素晴らしい言葉の余韻に浸っていた時、室内の方から、大きな大きな騒ぎ声が聞こえてきた。


 その声を聞いて、凄く嫌な予感がして片付けるのも忘れて、訓練場を後にした。




「どういうつもりだ!?」


「どうもこうも、お望みの講習を受けさせただけだ」


「お望みってお前…… 全然望んでねーよ、あんな講習!」



 ……やっぱり、シンだ。

 

 

「頭がおかしいんじゃねーのか!?」


「何かがおかしいとすれば、それは、間違いなくお前だ、シン!」


「イィィィィー」


 いや、ちょっと待て! 落ち着こう。


 こんな人前で奇声を発して、イケメンの俺らしくもない……


 目を閉じて深呼吸だ、深呼吸。


「スゥー、ハァ~。スゥー、ハァ~」


 よ~し、いいぞ、落ち着いてきた……

 流石俺だ。感情をコントロール出来ている。



「フンッ! 何を期待していたのだ、このエロガキは」



「フゥァァァ~! だーれがエロガキだぁー!?」



「まぁまぁまぁ、シャリィもシン君も落ち着いて落ち着いて」



 あっ、コレットちゃんだ!

 そういえばコレットちゃんを突然置き去りにしてここに来ちゃってた。

 謝らないと……


 いや、今は僕も止めに行かないと。


「シャリィさん、講習お疲れ様です」


 シャリィさんは、僕に目を向けた。 


「訓練場に居たのかユウ?」


「はい」


「何の訓練を?」


「弓です。最初、的まで届きもしなかったけど、コレットちゃんと、エヴァンスさんが教えてくれて、的に当たりました」


「エヴァンスが……」


 シャリィさんは少し驚いた表情をした。


「ねぇー、珍しいよね~」


 コレットちゃんも驚いている。


 凄く優しくてフレンドリーな人だと思ったけど、実際は違うのかな。



「ユウ、弓の練習をして空腹だろう? 3人で・・・食事に行こう」


 え、3人って…… 僕、シャリィさん、コレットちゃん……


「あー、そうですか。俺は一人で食ってきますよ!」


 シンは、ぶつぶつ言いながら外に出て行った。


 いや、シンはお金持ってないよね? 


 しかし、講習中にいったい何があったのだろう?

 二人がここまで意固地になってるのには、それなりの理由があるはずだけど……


「シン君、ちょっと待って! シャリィ、僕シン君捕まえてくるね」


 あぁ、コレットちゃん行っちゃうの…… 謝るタイミング逃しちゃった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る