31 波紋


 


「ユウ君、僕について来て」


 コレットちゃんはそう言うと、入り口とは逆の方向に向かって歩き始めた。

 そしてドアを開け中に入ると、ガラス張りの奥に何かが見える。


 ひ、広いぞ!?


「こ、ここは!?」


「訓練所だよー」


 そこには、背の高い壁に囲まれた空間に、アスレチックのような物や、弓の的、そして、地面に刺さった上半身だけの人形や、剣や盾、弓も置いてある!


 訓練中の冒険者と思わしき人達が4,50人、いやもっと居るぞ!


 その光景を見て、僕は嫌な事を忘れ去っていた。


「どう?」


「す、凄い凄い! こんな広い訓練場が裏側にあったなんて!? 驚いたよ……」


 ウシシシ、更に驚かせる事があるんだけど、後にしようっと。


「あのね、ここを使用してる人達は、新人とか、ランクの低い冒険者、あとは年齢が足りなかったり、何かの理由で正式な冒険者になる事が出来ない仮冒の人とかかな」


「仮冒?」


「うん、依頼を受ける事は出来ないけど、冒険者に仮合格している人達だよー」


 仮冒…… 仮免許みたいなものかな……


 あっ!? もしかして、僕とシンも仮冒なのかな?


「因みに~、ユウ君もシン君も申請が通れば、冒険者と同じ扱いだよ~。多分今日中には通知されるんじゃないかな?」


 そうか、まだ冒険者では無かったんだ僕達は……

 じゃあ、昨日はまだシンも僕も依頼を受ける事は出来なかった。

 

 もしかして、シャリィさんが首を振って止めたのは、そういう事だったのかな?


 ……いや、それとは関係ないような。



「どうしたの、何か考えこんじゃって?」


「ご、ごめんなさい。ちょっと……」


「あっ、見てみて! 弓の練習をしている所に座っている人が居るでしょ!?」


 コレットちゃんに言われた方に目を向けると、確かに一人だけ座っている人が居た。


「うん、見えたよ!」


「あの人は、Aランク冒険者のエヴァンスさん。弓魔法の名手なんだよ~」


 え、Aランク冒険者で、ゆ、ゆ、弓魔法!?


「はああああ、あああぁん」


「わぁ、びっくしりしたぁ!」


「ご、ごめんなさい。つい変な声が……」


「あはは、いいよ、いいよ」


 Aランク…… それにしては、意外と細身だな……


 あっ、立ち上がった。


 ……良く見ると、バランスが取れた体形をしている。弓魔法の名手という事は、もしかして後方からの支援なので、あまり大きな筋肉は必要としてないのかもしれないな。

 

 ……魔法と筋肉って関係あるのかな?


 そういえば、魔法が使える世界なのに、魔法を使わず拳闘をしたり、今も弓の練習は魔法じゃないよなあれ。普通の弓で練習しているし……


 今直ぐコレットちゃんに聞いてみたいけど、余計な質問は控えた方が良いよね。後でシャリィさんに聞いてみよう。


 それにしても、Aランクかぁ~。凄い人なんだろうな……


 うーんと、シャリィさんはSランクだとアグノラさんが言っていたけど、何人ぐらいいるのかなSランク冒険者って……


 これぐらいの質問なら、コレットちゃんにしても良いと思うけど……


「コレットちゃん、Sランク冒険者って何人ぐらいいるの?」


「Sランクの冒険者はシャリィを含めて6人だけだよ~。因みにAランクは200人ぐらいかな~。で、Bランクになると千人近く、いやもっとかな~」


 6人!? たった6人だけ……


「そ、そうなんだー」


「あれ、ユウ君昨日講習受けたよね。その時に教えてもらわなかったの?」


 し、しまった……


「う、うん、度忘れしちゃったみたい」


「あはははは、何かシン君っぽい~」


「だねー、あははは」


 あの事を思い出しちゃったけど、下を向くな。せっかくコレットちゃんが一緒に居てくれているんだ。

 それなのに、元気が無かったら失礼だよ。


「ユウ君、弓の練習してみる?」


 ……僕は弓なんて触った事も無いし、実物を初めて見たのはシャリィさんとコレットちゃんと出会った時だ。


 もしかすると、魔力が平均の3倍もある僕は、天才的な弓の才能があって、コレットちゃんに良いとこを見せれるかも……


「うん、やってみるよ!」


「経験は?」


「……ないです」


 しまった!? 正直に答えちゃった!


 もしかして、この世界では誰もが一度ぐらいは弓を経験しているのかもしれない。

 それなら変に思われちゃうって、もう思われているよね……


「そっかぁ、じゃあ僕が教えてあげるよー」


 えぇ!? コレットちゃんが直々に教えてくれるなんて……

 う、嬉しぃ! 正直に無いって言って良かったぁ。


「ここには、誰でも使って良い弓とか剣とかあるから、それを借りようね」


「うん」


 二人で弓の的がある場所に移動すると、練習用の弓と矢が収納棚に置かれていたので適当に選んでみた。


 ……1mぐらいかな、この弓の大きさは。


「ここのはあまり良い弓じゃないけど、練習するぐらいなら全然問題無いと思うよ」


「うんうん」


「じゃあ、まずは僕がやってみるね」


「うん」


 コレットちゃんはゆっくりと弓を構え、これまたゆっくり弦を引いた。


 たぶん、僕に見せる為にゆっくりやってくれている。


「う~、えぃ!」


 可愛い掛け声と同時に放たれた矢は、ビュッと言うキレの良い音を立てて、20メートルほど離れた所にある長方形の板に見事に突き刺さった。


「凄い!」


「ふふふ、ありがとう。次はユウ君ね」


「うん」


「弓は、左手で、こうやって持って」


「こ、こうかな?」


「そうそう、良い感じだよ~」


 ほ、褒められちゃった、えへへ。


「それで、矢を右手で持って、こうやって左手の指の間にセットしてみて」


「うん。こうかな?」


「そうそう! 上手だよ~」



 あぁぁぁ、何だろう、この感じは?


 コレットちゃんの声で、僕の心が暖かくなってゆく~。


 こ、これが、幸福というものなのか……


「それで、こうやって弦をつまんで、引く前に矢を挟んでいる左手の指を離すのね」


「うんうん」


「で、弦を引く」


「こうかな?」


「うんうん、出来てる、出来てる!」


 あ~~、幸せだ~。

 もしかして、これが、これが噂に聞くデートなのでは!?


「じゃあ、また最初からやってみて」


「う、うん! じゃあ、いきまーす」


 僕は習った通り左手で弓を構えて、矢をセットしようとしたら、ポロっと落としてしまった……


 恥ずかしさから、無言で直ぐに拾い上げ、もう一度ゆっくり構えてみた。


 よし! 今度は矢をセットできたぞ。


 力いっぱい弦を右手で引いてみる。


 左手が震えて弓が安定しない、弦を引っ張りすぎたかな。

 えぇい、撃ってしまえ!


 僕は右手の指で摘んでいた弦を離した!


 コレットちゃんの時とは違い、情けない音が聞こえ、矢は20m先の的まで届かず、手前で落ちてしまった。



 その時……



「ぎゃはははははは」 「ひゃひゃひゃひゃ」 「ほひほひほひ~」


 突然後ろから2~3人の大きな笑い声が聞こえてきた。


「おいおいおい、ここは冒険者専用の訓練場だぞ。矢もろくに飛ばせない奴は入ってきちゃ駄目だろ、ぎゃはははははは」


「ほんとだよ。おいコレット! 冒険者でもない奴を勝手に入れんじゃねーよ。そいつが怪我したら誰が責任取るんだよ!」


「ほんとほんと~。ほひほひほひ~」


 ……で、でかい。

 歳は僕よりも下に見えるけど、身長も体格も全然違う!? 

 シンより大きいかも……


 僕は、そいつらの口調や態度から、元の世界のヤンキーを真っ先に思い出し、無視して再び的の方を向いた。


「お前、何無視してんだよ! 入ってきたら駄目だって言ってんだよ!?」


 その言葉にコレットちゃんが反応した。


「ユウ君も冒険者だもんね~」


「あー? 弓もろくに扱えない奴が冒険者になれる訳ないだろ!? 嘘つくんじゃねーよコレット!」


「ほんとほんと~」



 そう言い返されたコレットちゃんは、怒るでもなく、何かを考えている様子だ。



「う~ん……まぁいいや! 行こ、ユウ君」


 僕は、黙ってコレットちゃんの後ろについて歩き出した。

 

 そして、最初に声をかけてきた奴の横を通り過ぎようとしたその時……


「ペッ!」


 あっ!? つ、唾を吐かれた。僕のズボンにかかってる。


 ……くやしいけど、相手は身体も大きくて、怖い。

 関わりたくない……



「ぎゃはははははー」


「あらら、かかっちゃったー」


「ほんとほんと~」



 僕が唾を掛けられた事に、コレットちゃん気づいてないみたいだ。

 

 だから、出来るだけ平静を装わないと……

 そうじゃないと、コレットちゃんにも嫌な思いをさせてしまう。


 僕達は正面入り口から外に出た。


「あいつらね、最近FランクからEランクに上がったばかりなの。そしたら調子に乗っちゃって、自分達より弱そうな人を見つけると、直ぐに絡んでくるのよ。ユウ君大丈夫だった?」


「う、うん」


 ……情けないな僕は。コレットちゃん、嫌な思いしてないかな?

 僕は虐められていたから、殴られた事は何度もあるけど、喧嘩なんてしたことないし、ましてこの世界には魔法もある。さっきの奴らは剣まで持っていたし……

 もし僕が反抗でもしてあいつらが怒ったら、魔法で攻撃されたり、剣で刺されたりするかもしれない。敵わないのは目に見えている。しかたないよ……


「んーと、次は何処行こうかな~」


 ……コレットちゃん、こんな情けない僕と一緒に居ても、つまらないだろうな。


 この世界に家があるなら、今直ぐにでも走って帰りたい……

 シャリィさん、シン…… 講習まだ終わらないのかな。


「あっそうそう! 昨日、僕が奢るって言ってたよね。美味しい飲み物の屋台あるから行こっ」


 コレットちゃん……


「う、うん」


「さぁさぁ、こっちこっち」


 コレットちゃんが僕の手を握ってくれた。

  

 僕がしょげているのを分かって、それで手を……

 

 涙が出そうだけど、泣いちゃ駄目だ。

 コレットちゃんの為にも笑顔だ。笑顔を作ろう。


 僕はそう言い聞かせ、口角を目一杯上げた。


「お、美味しい飲み物って何?」


「えーとね、ハーブティなんだけど、冷たくてリラックスの効能もあるんだよ」


 ハーブティもあるんだ……  あっ、そうだ!


「ほんと? あ、あれ僕飲む前から落ち着いてきたよ凄い効能だね」


「そんな馬鹿な~。んふふふ~」


 シンならたぶんこんな事を言うだろうなって思って言ってみたら、コレットちゃんが笑ってくれた。良かったぁ……


「あ、あははは、ははは」


 

 コレットは、ユウに見られない方向に顔を向けると、怒りと悲しみが入り混じったような表情をした。



 それは、いったい誰に対して向けられたものなのだろう……



「おじさーん、冷たいステビア茶を二つねー」


「ほいほい~」


 ステビア? 元の世界でも聞いた事あるような名前だ……


「ほいほい~、おまたせ。600シロンだよー」


「ここに置いておくねー、ありがとう」


「ほいほい~、ありがとうお嬢ちゃん」


 コレットちゃんは僕にステビア茶の入ったコップを渡してくれた。


「ねぇねぇ、あそこの噴水の所で座って飲もう。おじさんあとでコップ返しに来るねー」


「ほいほい~」


 僕らは噴水が見える階段に腰掛けた。

 えーと、なんだっけなぁ。ここに似た景色があったような……

 確か、イタリアだった気がする…… まぁ、行った事はないけどね。


 僕は渡されたステビア茶を一口飲んでみた。

 ……癖のある甘みだけど冷たくて美味しい。


 噴水の周りでは、沢山の子供がかけっこしたり、水をかけあって遊んでいる。

 

 それを優しい目で見つめる母親や父親、それに祖父母達だろうか……


 その光景のお陰なのか、それともステビア茶のお陰か、僕は落ち着きを取り戻し始めた。



 ふう~、この世界に来て今日で5日目かな…… まだ1週間たってないのに色々ありすぎだよ。

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