30 巧妙
「うぅ~ん。もう朝かな……」
目が覚めると、シンはすでに起きていて、鼻歌を口ずさんでいた。
「ふふ~ふふ~ん、ふふふふ~ふ~ふ~」
どうしてだろう。ずいぶんと機嫌が良さそうだ……
「おぅ、起きたか? おはよう!」
「おはようございます」
「さっきシャリィが訪ねてきてたぞ、ユウを起こしてメシにこいって」
「あっ、すみません、寝すぎちゃったみたいで」
「全然いいよ。それよりユウ、バニ石とビンツ石を貸してくれない?」
「えっ、もしかして石を無くしたんですか?」
「いや、全部使った」
「全部って、全身なら10回分ぐらいってシャリィさんが……」
「いいのいいの、こういう細かい所に気を回さないと、女性に嫌われるんだよな。清潔は大切だよ~」
……いったい何の話だろ?
シンにバニ石とビンツ石を渡すと、個室に入って行った。
シャリィさんに教えて貰ったけど、そこはバニ石を使う場所で、一般家庭の浴槽ぐらい広さだ。
宿屋の各部屋に必ずあり、初日に泊まった部屋にも同じような個室があった。
バニ石やビンツ石を使い、そこで身体を洗ったり、乾かしたりできる。
洗濯だけの場合は、個室の中に汚れ物を入れ戸を閉めて、外側にある窪みにバニ石をセットする。そしてそのセットしたバニ石に触れた状態で、バニエラと唱えると、個室の中に水の竜巻のような物が発生して汚れ物を洗濯してくれる。
乾かす時は、ビンツ石を同じようにして使用する。
つまり、個室が乾燥機付き洗濯機になるような感じだ。
個室の中は換気口のような物があり、恐らく防水加工がされていて、壁や床に水が沁み込んだりしていなかった。
そして、昨日は気づかなかったけど、壁に鏡が埋め込まれていた。
「うぃ~、さっぱりした~。これで綺麗綺麗! ユウ、今日は本当にさわやかな朝だよな」
昨日シャリィさんに怒られて凹んでたくせにどうしたのだろう?
「そ、そうですね」
「じゃあ、ユウもバニしてこいよ。あーっと、シャリィからバルバ石を預かっているよ。ほいこれ!」
えっ!? 新しい魔法石!?
僕はシンが投げた魔法石を空中でキャッチした!
「棒状……」
長さは20センチほどだろうか、先は4、5センチほどフラットで、後は丸い。
良く見ると、完全なフラットじゃない。丸みを帯びている。
「何に使うか分かるか?」
「えーと……」
「その丸い方を持って、バルバと唱える」
「うん」
「そしてフラットぎみな方を、こういう風に当てる」
「あっ! もしかして、カミソリ?」
「正解! さっきやってみたけど、カミソリというよりは、電気シェーバーと同じかな~。肌が切れたりしないもん」
「へぇ~」
「爪もそれで切れるぞ! 切るというよりは、ヤスリで削っている感じだった。ほら、綺麗になっているだろ?」
「本当だ!」
「終わったらメシに行こうぜ」
「うん!」
フフフフ、シャリィめ気が利く。
良い男は、爪を整えている奴が多い。
その理由は…… ムフフフフ。
さっきバルバ石を持ってきたと言う事は、俺に爪を切っておけと言いたかったのだろう。つまり、奴も完全にその気だ!
ウヒョヒョヒョヒョ、もう一度爪を確認しておこうっと。
僕らは準備をして受付に鍵を渡し、隣のアロッサリアに入ると、シャリィさんは昨日と同じテーブル居たので、僕らも同じ所に座った。
「おはようございます」
うん? シンがシャリィさんに敬語を使っている。
さっきまでと雰囲気も違うし……
「お、おはようございます」
「ユウ、シン、おはよう」
シャリィさんに変化はなさそうだ……
……昨晩、シンが30万シロンを持って出かけた後は、それまでと違い、シャリィさんが質問をし、僕が答える側となった。
「ユウ」
「はい?」
「魔法やこの世界の事を知りたいだろうが、その話しはシンが居る時にまた説明をする。今は私の質問に答えてくれるか?」
「は、はい。僕に分る事なら何でも答えます」
「そうか。ではまず最初に、もう一度監督と呼ばれている人物について教えて欲しい」
「監督さんですか?」
「あぁ」
監督さんの事は昨日も伝えたけど、僕はそんな親しくなかったし……
「どの様な事でも良い。例えば名前や年齢、髪の毛や肌、瞳の色、背の高さなど」
「えーとですね、名前は知りません。現場では皆が監督さんと呼んでいましたので」
「そうか……」
「確か髪の毛は金髪とまでは行きませんが、かなり明るい色でした」
「その色に近い髪の人物を、この世界で見ていないか?」
「そうですね…… あっ! シンがアロッサリアでバニエラをしてしまって、その時に来たウェイトレスさんの髪の色に似てます」
「なるほど、あの色か。肌と瞳の色は覚えているか?」
「肌はかなり白かったです。えーと、受付嬢のアグノラさんと同じぐらいでした。瞳の色は…… 確か…… すみません。覚えてないです」
「そうか…… 背の高さは?」
「シンと同じぐらいです」
「体格は?」
「それもシンと同じぐらいでした」
「年齢は?」
「ここの宿屋の主人さんぐらいです」
40歳前後といったところか……
「他にも何でも良い、覚えている事は?」
「そ、そうでうね。性格は穏やかな人でした」
ほぅ……
「包容力と言いますか、仕事場には荒くれ者が多くて、他の仕事場では人間関係で苦労している別の監督さんを沢山見たことあります。けど、あの監督さんは、皆から慕われていて、その荒くれ者達とも良好な関係を築いてました」
「なるほど。続けてくれ」
「はい。たぶんですけど、シンとは特別に仲が良くて、その仕事場で使う業者と言いますか、沢山の中から選んで使う人を決めていたと思うのですけど、その監督さんはいつもシンを選んでました」
「そうか……」
「けど、昨日シンが説明した事に嘘は無いと思います。仲が良いと言っても、それはあくまで仕事上での話で、友人とかではないはずです」
「分かっている。二人を疑ってはいない」
「はい」
シャリィさん、監督さんの事を凄く気になっているみたいだ。
当然と言えば当然か。
僕達をこの世界に送った人だからね、たぶんだけど……
その目的とか、僕でも気になるし。
「ユウの世界では、魔法は使えないと言っていたが、監督が魔法を使っているのも見たことは無い、そうだな?」
「はい、一度も見たことはありません」
魔法が存在しない世界……
その世界から来た二人の若者。
魔法以外の方法で送られて来たのか…… あるいは……
「では、その人物の話は置いておこう。ユウの世界の話をしてくれるか?」
「はい。それは構いませんけど……」
「どうした?」
「監督さんの事は、僕よりシンに聞くと、より詳しく分かると思います」
「……そうだな。今度シンに聞くとしよう」
「はい……」
その後、僕等の世界には人間のみで、別の種族は存在しない事を伝えた。
それについてシャリィさんは、特別驚く事もしなかった。
そう言えば、僕がエルフの存在で驚いていた時、シャリィさんは僕を見て驚いていなかった。
シンが魔法は使えないと教えた時は、あんなにも驚いていたのに。
まるで、人間以外の種族が居ないのを、最初から知っていたかの様だった……
魔法の無い世界での争いは、剣や弓で行っているのかと質問をされた。
そういう時代もありましたけど、僕の時代では銃を使いますと伝えたが、シャリィさんは銃を知らなかった。
かなり興味を持っていたので、連続して撃てる強力な弓のような物ですと説明をした。
それを作り出す事が出来るかと聞かれたけど、それは特別な物で、僕にもシンにもその知識は全くありませんと説明したら、無言になりただ一点を見詰めていた……
正直、もし作れたとしても、僕はこの世界に元の世界の悪行を伝えるつもりはない。
そして、戦車や戦闘機、ミサイルなどの話はあえてしなかった。シャリィさんが理解できる出来ないかは別として、純粋にこれ以上余計な知識を与えたくなかったからだ……
「ユウ…… ユウ!?」
「あ、はぃ! すみませんボーっとしてて」
「気にしなくて良い。今日はシンが昨日受けなかった講習に私も一緒に行く。なのでユウはコレットと居てくれ」
えっ!? コレットちゃんと…… 講習での出来事が無ければ嬉しくて卒倒しそうだけど……
「わ、分かりました」
「冒険者ギルドで落ち合うことにしている、食事が終わったら三人で行こう」
「はい……」
「すみません、僕は野菜スープとパンをお願いします」
……ぼ、僕?
どうしちゃったんだろシンは?
何か、気持ち悪い……
「僕は昨日と同じ団子のスープとパンをお願いします」
ユウはまたあのスープ飲むのか、団子の正体言ってやろうかな……
いや、今日はこのあと嬉しい楽しい講習だ! 伝えるのはまた今度にしようっと。
「おまたせしましたー、野菜スープとパンでーす」
「ありがとうございます」
……やっぱりシンが変だ。
変過ぎる……
まぁとりあえずシンの事はいいや。
ふぅ~……
コレットちゃんに会いたいけど、会いたくない。その複雑な気持ちからなのか、食が進まなかった。
僕のせいで店を出るのが遅くなったけど、シンは優しい目で僕を見つめ、食事が終わるのを文句も言わず待っていてくれていた。
正直、その目は、むかつくほど気持ち悪かった……
三人でギルド支部に向け歩き始めると、途中でシンが誰かと話し始める。
恐らく昨日仲良くなった拳闘関係の人で、後で時間があれば練習場に行くと言って別れた。
そして冒険者ギルド支部に入るとコレットちゃんが……
「みんなやっほー」
「おはようございますコレット」
えっ!? お兄ちゃん気持ち悪い。どうしちゃったの?
「おはよう」
「コ、コレットちゃんおはよう……」
僕は精一杯のあいさつをした。
「それでは、ユウを頼む」
「はーい」
コレットちゃんは右手を挙げ、元気良く笑顔で返事をした。
「シンはこっちだ。2階に行く」
いよいよか……
バニ石で何度も身体を洗ったし、爪も整えた。昨日貰った布も持ってきている。
忘れ物は無い。
「スゥ~、ハァ~」
俺は大きく深呼吸をした。
不思議と階段を上って行く足取りが重い……
確かに5Pは初体験だが…… まさか、元の世界であれほどの場数を踏んで来たこの俺様が、緊張をしているとでも言うのか?
思い返せば、ユウとは違い、俺はとっくの昔に大人への階段を上っている。
そうすると、今上っているこの階段は何なのだろう?
ユウは、俺らがこの世界に来たのは人助けの為だと言っていた。
人は運命には逆らえないのか……
ならば、なってやろうじゃないか、この世界の女性専用の救世主様によ!
フフフ、するとこの階段は、俺が更なる高みに近づく為のものか。
……怯えるなよ、女性の為に人間を超越する存在になるのを、昔から感じていたはずだ。
さぁ、その目の前のドアを開けよう。
そして、その先にある本当の異世界に進むのだ。
「う……ま、眩しい」
この世界に、こんな強い照明があるとは……
な、何だアレは、何か輝くものが見える。
居る…… 誰かが、部屋にいる……
「あら~、やっときたのねぇ。待ちくたびれてたわよ~。あなたシンって名前なのよねぇ。
あちきはバリー・ヘリントン。ツヤッツヤの35歳よ~、よ・ろ・し・く・ねぇ」
……へっ? なんだこのハゲ、ドライバーさんか? 例の風俗嬢達は何処だ?
その時、俺の左肩に誰かが手を置いた!?
振り返ると、それはシャリィだった……
俺を見つめ、ニタリと薄気味悪い笑みを浮かべている。
な、な、なにぃぃぃ!?
もしかして、あっしはBL要員ですかい?
じょ、冗談じゃねーよ!!
「……えーと、すまん、用事を思い出した」
そう言い素早く部屋から出て行こうとしたが、シャリィは俺の左腕を掴み離さない。
こ、こいつ、すげぇ力だ!?
う、嘘だろ。俺が…… 鳶で鍛えたこの俺が、力で女に負けるだと!?
ああああぁぁぁ、また身体が動かなくなった。れ、例の魔法か?
「あのような下手な演技で、まさか本気で私を騙せたと思っていたのか? ピカルに聞いた話だと、お前はこういう講師を望んでいるようだな」
ああぁぁ、勘違いハゲとグルですかい!?
「さぁ、講習を始めようか。バリー、こいつを運んでくれ」
「はーいシャリィ、喜んでぇ運ぶよぅ~」
「ま、待てシャ、シャリィ! 魔法を解け! 今ならまだ間に合う! 俺が普通の性癖に戻してやる! なっ!? なっ!?」
「……」
「む、無視しないで! こ、怖いの! 正直怖いのよ!」
「フッ、フフ」
シャリィは下を向いて、笑っているのを誤魔化した。
「笑ってるじゃねーかお前! いやだぁー、助けてー! ぎゃあああああぁ、触らないでぇー、触るなって言ってんだよこのハゲ!」
「あら~、あちきそういう口調好きよ~。今日は痺れちゃうわ、間違いなくね!」
「このハゲェ! 馬鹿、何処持って運んでるんだよ! いやだぁぁぁぁー! ユウー、ユウー! 助けてくれぇー!」
ぅん? 2階からシンの悲鳴が聞こえたような…… まぁ、気のせいかな。
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