29 謀略



 コレットは宿屋から外に出て、自分の部屋がある建物に向け歩いていた。

 


 ウフフフフフ。あー、面白かったぁ~。

 それに…… おにいちゃんのを二日連続で見ちゃったぁ~、ウヒ。 


  

 ……あんなシャリィ、今まで見たことが無い。


 いいなぁ、二人と一緒に居て楽しそうで……



 あの後シンは、シャリィさんにこっぴどく怒られた。

 シンは、反抗するわけでも無く、自発的に正座をして項垂れていた。全裸のままで……


「今日の話はここまでだ。シンは今まで通り私からの借金で明日からも生活してもらう! ユウの分は預かっているシロンから引いていく」  


「分かりましたシャリィさん」


「……ボソボソ」


「どうしたシン。聞こえないが……」


「分かり……まし……た」


「……では、私はもう一部屋用意してもらい、そちらに居る。何か用事がある時は、宿屋の主人に私の部屋を聞く様に」


「はい。お疲れ様です」


「……おつ……かれ~」


 シャリィさんは僕を見て頷いた後、ドアを閉めて出て行った。


「……」 「……」



 えーと……



「シン…… 服はどうしたの?」


「……トイレに置いてきた」


 トイレからこの部屋まで全裸で歩いて来たのか!?

 間にロビーもあるのに……


「僕が取って来るよ」


「いいよ、自分で行くよ……」


 シンが元気のない様子で、項垂れたまま全裸で廊下に出て行ってしまった。



「キャーー!」


「あぁぁぁ、す、すみません。ト、トイレに服を忘れてしまって!?」


 どうやら他の宿泊客と遭遇したらしい……


 わざわざ全裸で行かなくても、この部屋に着替えを置いているのに……


 シャリィさんに怒られたのがそんなにショックだったのかな?

 それともコレットちゃんが部屋に居たのが予想外で……


 そうだった! ったくぅ、またコレットちゃんに変なの見せて!

 

 って、今の僕にそれを言う資格は無い。

 だって、講習であんなことをしてしまって……


 ユウは、コレットに会った事で、また講習での出来事を思い出して、心が沈み始める。


 

「いや~、まいったなぁ。おばちゃんに見られちまったよ~。警察呼ばれないか心配だな」 



 ユウはベッドに腰かけ、下を向いて返事もしない。



「……なぁ、ユウ」


「……」


「ギルドの講習で何があったんだ?」


「……」


「まぁ無理には聞かないけどさ、さっきコレットに対してもよそよそしかったし」


「……」


 僕は悩んだ末、講習時の出来事を全て正直に話した。

 シンは大きな反応をすると思っていたけど、意外にも冷静のようだ……


 ベッドで胡坐をかいて腕を組み、目を閉じ何かを考えている。


 ……ユウの態度から嘘ついてるとは思えない。

 しかし、何故冒険者ギルドの講習でそんなハレンチな行為が……


 もしかして、そういう・・・・店も経営しているのか冒険者ギルドって組織は?


 拳闘で知り合った奴等や、市場で会った人達からは、元の世界の人との違いを感じなかった。

 

 しかし、日本と外国というだけで、言葉も習慣も違った。

 つまり、異世界では文化に大きな違いがあっても不思議ではないということだ!

 

 講習と言うのは名ばかりで、新人歓迎会だったのかもしれないな……

 この世界では当たり前の話…… なのかも。


 かぁ~、しくったなぁ~。俺も出席すれば良かったぁ~。


 ぅん? けど、その場にシャリィも居たと言っていたな。

 そいえば、講習を兼ねて私自らがこの世界の事を何とかと言っていたのに……



 どういうことだ?



 俺らをシュー何とかにしたと言う事はつまり、冒険者として育てるだけではなく、そっちの面倒も見てくれるということか……


 まぢかよ!?

 監督の言っていた通り、この世界は最高かよ!


 だけど…… シャリィの俺へのあの態度……

 ユウとは全然違う……



 つまり…… それは……



 そうか! ユウが童貞ぼうやだからさ!



 そう、それがシャリィの性癖だ。



 坊やを揶揄からかい虐め、それを観察する事によって興奮するニュータイプか!?


 恐らくその女性達は、俺の試合で稼いだ金で呼んだ風俗嬢…… それかギルドが用意した女性達だろう。

 そうじゃないと、この坊やがそこまでモテる訳がない……


 なるほど……

 あの時、外に出て行く俺を止めなかったのにも合点がいく。

 俺を排除して、坊やとだけ楽しみたかったのか…… 


「ふふふふ、はははははは、あっはははははははは!」


 目の前のシンが突然大声で笑いだした。

 驚いたけど理由が分からないし、気味も悪いので無視をする事に決めました。



 分かってしまえば何て事は無い。そういう事なら手はいくらでもある。


 良し! シャリィの部屋を訪ねるか……


「ちょっと出掛けて来るよ。心配するな直ぐに戻るから」


「う……うん」



 シンは頭の回転が速く、かしこいが下ネタへの想像力に恵まれ過ぎていた。

 だが、人間とはそういうものである。誰しもがバランスに欠け、完璧な者など存在しない。

 

 しかし、様々な種族が存在するこの世界では、元の世界の常識は通用しない。


 二人の価値観は、否が応でも変化していくだろう。




 

「あの~、シャリィの部屋は何処かな?」


「……えーと、シンさんで宜しいですか?」 


「えっ!? あぁ、合ってるよ。俺はシン・ウースです」


「部屋以外では、服を着て下さいね」


「あ…… すみません……」


「シャリィ様の連れでなければ、警備を呼んでましたよ」


「申し訳ない。気を付けます」


「シャリィ様のお部屋は、1階の一番奥の左側だよ」


「ありがとう、おにいさん」



 ……おにいさん?

 まぁ、確かに歳のわりには若い若いとは良く言われるけど…… 

 いくら何でも、おにいさんには見えないだろう。


 見えるのかな?

 そうか、おにいさんか……


 見た目通り、なかなか良い青年だな、うん。




 この部屋だな……


 

 シンは大きく深呼吸をした。


「スゥ~ハァ~」


 良し! 行くぞ。


「コンコン」


「どうしたシン?」


「今日の事を…… 謝りたくて……」


「……鍵を開けた。入って来い」



 よし! 第一段階クリア! 

 フフフフフ、中に入れればこっちのものだ。


 ゆっくりとドアを開け、部屋の中に入る。

 だが、この時点では 目を合わさない。

 下を向き、目を伏せた状態から、ゆっくりと奴に・・近付く。

 足元を見る事で奴との距離を測り、これ以上ないタイミングで子犬の様な瞳をして、シャリィを見つめる!


 決まった!

 

 奴と目が合った瞬間は、普通の目だ。

 しかし、コンマ数秒の内に瞳を潤ませる。

 このテクニックは、奴自身がそれを認識していなくても、サブリミナル効果で、奴の脳は反応している。


 異性を落とす時に、心を口説くなんて言っている奴は二流だ。

 一流は、脳を口説く!


 ふふ、シャリィの俺を見る目が、先ほどまでとは違う。


 どうやら既に効果が表れているようだな……


「……どうした、立ってないでそこに座れ」


 シャリィの好みは坊やだ。しおらしくしおらしく。


「はい……ありがとうございます」


 俺は再び足元に目線を落し、椅子にゆっくりと座った。

 勿論、膝を揃えてな。


「それで?」


 ここだ…… ここで少年の心を発動させる。

 俺は今、7歳から10歳ぐらいの童貞おとこのこだ。

 自然に、自然に…… 暗示を掛けろ……


「きょ……今日は、講習をすっぽかして、ごめんなさい。実は……お金を落としたのは嘘で…… 全部使ってしまって……」


「……正直になるのは良い事だ」


「……はぃ」


 ふふふふ、さっきまでのシャリィとは思えない程、物腰が柔らかい。

 ここまでは成功だ。


 だが、相手はSランク冒険者だ。最後まで手を抜くな。やりきるんだ!


「僕……本当に悪い事をしてしまって…… もし、宜しければ、明日講習を受けて、この世界の事をちゃんと、勉強したいです」


「……分かった。朝1番で予約を取っておく。それでいいな?」


 クククク。


 馬鹿、油断するな。まだ終わっていない。さぁ、ここで礼を言いながら顔を上げて、もう一度子犬の瞳だ!


「……チャンスをくれてありがとうございます」


「……」


 決まった! 抜群のタイミングだよ。あ~、自分の才能が恐ろしい。


「今日はもう遅い。部屋に戻ってゆっくり休め」


「うん。……夜遅くにごめん。じゃあ、おやすみなさい」

 

「あぁ」


 廊下に出てドアを閉めた瞬間、俺は笑いを堪えるのに必死だった。


 あの話し方、タイミング。そして、子犬の瞳。

 普段は鋭い眼差しの俺だからこそ、余計に効果が現れるというものだ。


 魔法が使えるこの不思議な世界と言えども、異性を落とす事に関しては、俺の右に出る者は存在しないであろう。


 ククククク、明日が楽しみだぜ~。


 ……そうだ!?

 明日の為に買い物をしておかないと。


 ピカルの店、まだやっているかな?

 行ってみるか!


 

「シン、遅いな~。何処に行ったんだろう?」 



 おっ! まだ開いている! 良かったぁ!


「おーぃ、ティッシュは売ってないのか?」



 ひぃー、何しに戻ってきやがった。

 いや、ここは冷静に、普段のわしらしく対処しよう……


「な、何だそれ!? 田舎者の言ってる事はわかんねーな」



 田舎者だと!? 俺がどんだけ近代的な都会から来たと思ってるんだよ!

 いや怒るな普通に…… 揉め事を起こせば、さっきの成功がふいになりかねない。

 出来るだけ普通に、普通に。


「あー、あの~、大切なところを拭いたりする薄い髪、いや違った紙だよ」



 ……大切なところだと?

 こいつかなり露骨になってきやがったな……無視だ、無視するぞ。


「……その物は分からないな。が、そこの布なら柔らかくて拭き心地いいぞ」



 拭き心地良いって、意味深に感じるが無視だ!


「おお、これでいいよ、ありがとう。あとさ……被せるものある?」



 被せるものだと! こ、こいつ……わしに使うつもりか! 

 惚けてみるか。


「帽子の事か?」



 帽子って…… こいつ勘が悪いな~。いや、怒るな怒るな。揉め事は駄目だ。

 

「そ、それは俺には必要ない、お前には必要でも」


 あっ、しまった! つい余計な一言を……



 このガキー、わしにフラれたからってまた虐めて気を引こうという作戦か!?


「も、もっと具体的に言えよ」




 ドキッ……俺の口から言わせたいのか……もぅ言ってやろうじゃねーか。


「あ~、ハッキリ言うとだな……」




 ハッキリ言う気か……


「なんだ?」



「ゴニョゴニョ」



 ひぃー、やっぱりアレか! 今からわしに、わしに使うつもりだな!?   

 しらを切るしかない……


「な、なんだそれ? そんな物、わしは聞いた事も無いぞ」



 な、な、なに~!? あのゴムの代わりが存在しないのか!?

 つまりこの世界は生が当たり前! ゴムなんてただの飾りだったのかぁ! 異世界最高ぉぉ。


「そうか。じゃあ、布ありがとう」



 うっ、早く帰って貰いたいけど、商売は別だ……


「ちょまてよ」



 まさか、その布の拭き心地を、今ここで確かめていけとか言うつもりなのでは……


「な、何?」


「金だよ金、その布は2000シロン」


 あっ、しまった!?

 拳闘の賭けで今この店の権利はシャリィとこいつの物ってことになっていたんじゃ、忘れとった。

 それなのに布代を請求してしまった。シャリィとの企みがバレちゃったかな……



 あっ、しまった!? 俺金持ってないや忘れてた。

 ど、どうしよう……そうだ!


「今度ボクシ……拳闘教えてやるかさ」


 ホッ、どうやらバレてないようだ……こいつが馬鹿で助かったわい。

 それに今、拳闘を教えてくれるって言うたよな、やったー、やったー!


「……本当か?」


「あぁ、それでいいか?」


「いい、それで頼む! 他に欲しい物ないか?」


 しまった!? わしが欲しいとか言われたらどうしよう……



「ん~、今は大丈夫かな」


「そ、そうか! じゃあ拳闘の件を頼むぞ」


「あぁ。じゃあ、ありがとう」

 

「おぅ!」

 


 さて、明日の為に今日は部屋に戻ったら直ぐに寝ようっと……

 ウッシシシシシ。

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