85 出来事


 昼食にはナナちゃんをはじめ女の子達、そしてピカワン達も全員が来ていた。

 あの老人達との話し合いで、僕達の元へ孫を行かせない様にするのではないかと思っていた不安は、ひとまず解消された。


 だが、不安はそれだけではない。

 ユウは老人達との話し合いがあのような結果になった事が引き金となり、ナーバスになっていたのだ。


 昼食後、シン達はいつもの様に野外劇場に向かい、僕達はプロダハウンに到着していた。

 しかし、女子達とはこれといった会話は無い。

 重苦しい雰囲気を変えるために、シンに習ってラジオ体操をしたが、その後も変わらぬまま。

 今の段階では、女子達との距離が縮まったとは言い難い。


 僕の説明不足のせいで一度大失敗をして、シンやシャリィさんの協力で、再びこの子達をアイドルにする状況は整いつつある。

 けど、逆にそれが凄いプレッシャーになっているのも確かだ。

 昨日はシャリィさんが居てくれたから話をするのも楽だったけど今日は居ない、僕一人だ。

 また失敗したらどうしようとか、僕の無神経な発言でまた怒らせたり、勘違いさせてしまったら…… そう考えてしまって、どうしても無口になってしまう。

 

 こんな事思いたくないけど…… あの老人達みたいに……


 シンと老人達の話し合いを明らかな失敗だと感じていたユウに、思いもよらぬ影響が出ていた。


 はっ!?


 何を…… 何を考えているんだ僕は!? 

 今この子達と会話が出来ないのをシンのせいにしていないか!?


 そうじゃ…… そうじゃない…… 

 失敗をシンのせいみたいに思うのは間違っている。

 この子達と信頼関係が築けてないのは僕のせいなんだ。

 

 振り返ってみれば、僕はここ最近シンに対して良い気持を持っていなかった……

 まだ魔法も使えないのに、危険な村の外でジュリちゃんを探し出して連れ戻した。あの時は凄いと思っていたけど、そうじゃない感情もあったかもしれない……

 シンはこの村に残った無法者達とも直ぐに仲良くなれる……

 モリスさん達にも人気があるし、それにピカワン達は、こんな短い間でシンを慕っている……

 曲だって一晩で作ったし、もしかすると、この女子達も本当はシンに色々教えて貰いたいと思っている…… 正直そんな風に考えたこともあった。


 シンは見た目だけではなく、全てが、全てが僕よりも優れている。

   

 僕は…… 僕は…… 

 ただ単に嫉妬をしていたんだ……

 そう、何でもできるシンに、嫉妬して……


「……ぇ」


「……」


「ねぇって呼んでるっぺぁ!?」


「えっ!?」


「えじゃねぇっぺぇ。ラジオ体操終わったらずっとボーっとして、次は何をしたらいいっぺぇ?」


「そっ、そうだね、ごめんなさい。えーと、えーと、あっ!? そうだ! 曲を聴こう!」


「……」 「……」


 ユウの言葉に、ナナ達は無反応であった。


 えーと、ヴォーチェは何処にしまったかな……


「あった! これを……」


「……昨日も何十回もその曲を聴いてたっぺぇよ。今日も聴くっぺぇ?」


 うっ!? し、しまったそうだった……


「クルクル、曲を聴いていたらアイドルになれるの?」


「いや、そういう訳じゃ……ないけど、曲を聴くっていうのは…… そう! アイドルの基本練習だと思って……」


 その言い方は、咄嗟に思い付いた言い訳にしか聞こえなかった。


「……はぁー」


 大きなため息をついたのは…… ナナだ。


 村の為にこいつの言う事を聞くって決めたけど、やっぱり間違いかもしれないっぺぇ……


 そう考えながらユウを見つめるナナの視線は、ユウをさらに委縮させるのに十分だった。


「とっ、とと、兎に角、もう少しこの曲を聴きましょう。おっ、音楽に慣れないとね」


「……わかったっぺぇ」


 皆が曲を聴いている間、ユウはここ数日の己の感情と向き合っていた。



 僕は…… 僕は、何て嫌な奴なんだ……



 結局この日も、シンの作った曲を繰り返し聴いた後、少しだけダンスのまねごとをして午後が終わってしまう。



「はぁ~、曲を聴いて、少し身体を動かすだけって楽だっペぇけど、あんな事が本当に村の為になるっぺぇかぁ?」


 リンはナナに問いかけた。


「……しばらくは言う事を聞くっペぇ」


「まぁ昼食に好きな物食べれるっぺぇから、良いっペぇけどねぇ」

 

「……」


 強い決心でユウに従うと決めたナナだったが、二日目にして早くもその心が揺れていた。

 その理由は明らかで、オドオドとしたユウの態度に対する不信感だった。





 夕食を済ませベッドで横になっていたユウは、馬の散歩から戻って来たシンに話しかけた。


「シ…… シン」


「うん? どうした?」


「……」


「……どうしたユウ? あっ、もしかしてあれか? 午前の話し合いの事か? すまなかったな、ユウに嫌な思いをさせてしまったよな……」


「えっ? いや、ちっ、違うよ!」


「うん?」


「ち、違う、午前の事ではなくて、実はシンに相談があって……」


 ユウはシンに対して嫉妬していた事を悔いていた。

 そして、その後悔から学んだのは、自分に出来ない事は素直にシンに相談しようという思いだった。


 ユウは俯いたまま声を出す。


「じ、実はね…… またあの子達との関係が上手くいってないというか…… いや、ただ単に僕が女の子と、コミュニケーションが上手く取れないと言うか……」


 この時シンは、ユウの心中を理解していた。


「……」


「何か…… 良い方法はないかな?」


「……」


 何も答えないシンが気になり、ユウは俯いていた頭をあげる。

 すると、目が合ったシンは、優しく微笑んでいるみたいに、一瞬だけ、ほんの一瞬だけそう見えた。


「あ~、そうだな~……」


 シンはその微笑を誤魔化すように声を出す。


「要は女の子と距離を縮める方法だよな……」


「……うん」


「あるぜ!」


「えっ…… 本当?」

  

「あぁ、あるよ。ちょうどタイミングがいいな~」


「タイミング?」


「いや、すまない、それはこっちの話だ。よし! 待っていてくれ、直ぐに戻る」


「えっ!? う、うん」


 僕が返事をすると、シンは急いで部屋から出て行った。


 ちょっ…… まだその方法を教えて貰っていないのに、いったい何処へ?


 シンが向かった先は……


「ドンドンドン」


「シャリィ! シャリィいるか?」






 明くる日の早朝……


「ブルッブルッブルルルル~」


「よーしよしよし、落ち着け落ち着け。久しぶりに馬具を付けたから興奮するよな」


 シンがそう語り掛けているのは、イプリモから共に旅をする馬。


「準備はいいかシン?」


「おうシャリィ! 久しぶりだから馬が興奮してるよ。村から借りて来た馬は…… 落ち着いているな」 


 怪我をした馬はリハビリで散歩を始めていたが、馬車を引っ張るにはまだ早い。

 ランドは馬の種類が違うため、シン達の馬に比べるとだいぶ小さい。そのため、昨夜のうちに村から同じ大きさの馬を一頭借りて来ていた。


「ブルルゥ~」


「ははは、お前も行きたいのか? まだ炎症が治ったばかりだからな、無理はできないよ。後で散歩行こうな」


 シンがそう語り掛けると、不思議な事に残される馬が納得したかの様に大人しくなる。


「さてと。シャリィ、皆もう来てるかな?」


「あぁ、あとはユウだけだ」


「えっ!? ユウだけ? 呼んでくるよ、馬を頼む」


 ユウを呼びに行こうと部屋に向かう途中で、ちょうどユウと会う。


「おっ、ちょうど良かった。今呼びに行こうとしてた所だ。皆もう来てるみたいだぞ」


「う、うん」




 ……昨夜 


 部屋から出て行ったシンは、2時間ほどで戻って来た。


「シン、おかえり。何処に行ってたの?」


「おっ、まだ起きてたのか。先に寝てても良かったのに」


 いや、まだ方法を教えて貰って無いし、それに待っててくれって……


「ピカワンの手を借りてもう皆には伝えて来たし、馬も借りて来た」


 皆に伝えた? 馬? 何を言っているんだろう?


「明日は楽しんで来いよ」


「……えっ? あ、明日? 楽しむ?」


「あぁ」


 いや、あぁじゃなくて何をすれば……


「……明日、僕は何をすればいいの?」


 そう問いかけると、シンは振り向いて僕の目を見て答えた。


「買い物に行って来てくれ」


「かっ…… かい…… もの?」


「そうさ、この村から馬車で1、2時間ぐらいの町に買い物に行くのさ」


 ……だっ、駄目だ、思考が追いつかない。

 確か僕はシンに女子達とどうすればコミュニケーションを取れるか聞いたのに……


 シンはその疑問に直ぐに答える。


「あの子達との距離を縮めるには、買い物を楽しむのさ」


「えっ!? 買い物で……」


「そうさ。だけど、勿論注意点は多々ある」


「注意点?」


「あぁ。特に大切なのは、あくまで買い物を楽しむ為であって、物で釣ると言う事ではないということだ」


「買い物を楽しむ為で……」


「そう! それ以外に理由はない。いいなユウ」


 シンは優しく諭してきた。


「……よく分からないけど、分かった」


「よし!」


「ちょっ、ちょっと待って!?」


「うん?」


「ぼ、僕だけ? シンは行かないの?」


「俺は残るよ」


 女の子達と距離を縮めるのは俺じゃなくてユウだからな。俺は必要ない。それに……


「心配するな、シャリィも一緒だ。それと……」


「それと?」


 シンは僕にとって意外な人物の名を口にした。

 






「ユウ、忘れ物は無いな? 金は持ったか?」


「うん、シャリィさんから5万シロン貰った……」


「その金は、イプリモの賭けで勝ったユウの取り分の一部だ」


 確かに三人で分けるって話だったけど……


「だからその金はユウの金だから遠慮しないでパーっと使って来い」 


「……うん」


 宿から外に出ると、そこには馬車が用意されており、既にシャリィさんが乗っていた。


「ユウ、おはよう」


「お、おはようございます」


「出発しよう」


「はい」


 シャリィの隣に座ったユウが後ろを向くと、既に馬車にはナナ達が乗り込んでいた。

 そして、そこにはもう一人……


「じゃあな」


「う゛ん。行っでぐるっべぇ」


 シンと言葉を交わすブレイの姿があった。


 

 シャリィが手綱を振るうと馬車が動き出し、それに驚いた少女達から声が漏れる。


「うゎ~」


「クルクル~、お姉ちゃん動いたよ~」


「うん、動いたね~」



 シンは門から出て行く馬車に笑顔を向け見送っている。


「さてと……」 

 

 シンは野外劇場の方角に目を向けた。


 ふふ、フォワあたりはブレイだけが買い物に行った事にブーたれるだろうな……

       

「ふふふふ」





 昨晩シンから色々アドバイスを貰ったけど……

 

 ユウが後ろをチラ見すると、数名の女の子と目が合ってしまい、焦り急いで前を向く。

 

 まともにデートすら一度もした事無いのに、突然こんな大勢の女子達と一緒に買い物なんて……

 僕に上手くこなせるかな……

 この世界に来たばかりの頃は、ハーレムを作るなんて意気込んでいたのに…… やっぱり、元の世界の時から全然成長してないや……





 同時刻、イプリモでは……



「ドンドンドンドン」


「ちょっと! 開けなさい!」


「ドンドンドン」


 まだ早朝だというのに、ドアを激しく叩き大声を発する人物が……

 

「居るんでしょ!?」


「チッ! うるせーな、誰だ!? 何時だと思ってやがる!?」


 うん? この感じは……


 大きな男はドアを開けた。


「やっぱりバリーか!? 何の用だよ!?」


 その質問に無言でマガリの眼を見つめるバリー。


「……チッ、入れよ」


 マガリは家の中にバリーを通す。


「座れよ。あ~、お茶なんか出さねーからな」


 マガリは向かいのソファーに座るように促す。


「あちきはお茶なんて期待してないわ、それよりも…… 本当なの?」

 

 バリーはソファに腰をおろし、マガリを見つめる。

 すると、マガリはその視線を外す様に顔を背ける。


「……誰から聞いた?」


「……マシュよ」


 マシュの馬鹿野郎が! お前が洩らしてどうするんだよ!! 


「あちきが依頼を終えてシャリィの所へ向かおうとしていたら偶然会っちゃってね」 


「シャリィ? あいつはウー……」


 バリーはマガリの話を遮る。 


「そんな事より!」


「……」


「本当なのマガリ?」


 鋭い眼でバリーを見つめるマガリ。


「……本当だ」


 そう答えると、マガリは再び目を逸らした。


「そうなの……」


「詳しい理由は俺にも分からない…… 兎に角、そう言う事だ」


「……分かったわ」


 返事をしたバリーは立ち上がり、外に出ようとドアへと進む。


「おいおい、もう行くのか? お茶ぐらい出すぜ」


「ううん、あんたの口から確認したかっただけだから…… それに、シャリィに呼ばれて急いでいるのよ」


「シャリィに呼ばれたって、あいつはウースへ……」 


 自分の言葉に反応をみせず、無言で出て行こうとするバリーに再度声をかける。


「おい! バリー! シャリィは何処にいるんだ!?」


 振り向いたバリーは答えた。


「イドエよ」


 その言葉を聞いたマガリの目は大きく見開く。


「イー、イイイイーイー!?」


「……」


「イイイイ~、イイ、イイィィィ~」


 ……びょっ、病気かしら?


 挙動がおかしくなったマガリに怯えたバリーは、そそくさと去って行った。


「イイイイイ~、イ~~、イイイイィ、イードーーエッ!?」


 最後までやっと言えたマガリはしばらくの間呆けてたが……


「くっ、くそがぁ!!」


「ドォーン!」


 感情を拳に乗せ、テーブルを殴りつけた音が響き渡る。


 あ、あの、あの馬鹿野郎! なんだってウースへの途中にイドエなんかに!? 

 いったい何をしているか知らないが、まさか、俺に、俺にケツを拭かせるつもりじゃねーだろうなぁ…… 

 知らねぇ! 俺は何も知らない! 何も聞いてない!

 

「……はぁーー」


 マガリは、それはそれは大きな、大きなため息をついた。


「あーー!? テッ、テーブルが……」

 

 マガリが殴ったテーブルは、壊れてしまっていた。


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