84 ワースト
村の役場には、レティシアが予想していたより多くの老人達が集まっており、地区長の老人達もロスの呼びかけに応じて、全員が参加していた。
シンとユウ、それにシャリィは職員に通された部屋でレティシアを待っている。
前日……
「シン」
「ん?」
「明日の午前の練習を中止にしてまで、何処に行くの?」
「せっかく再開したばかりなのに、腰を折るようで申し訳ない。だけど、村の老人達に俺達の口からこの村でやろうとしている事の説明をしないといけない」
老人…… 20年前にこの村で起こった事件の当事者達に……
「ぼっ、僕も何か説明した方がいいのかな?」
「いや、説明は俺がする。俺達全員が出席した方が良いと思って、一緒に来てくれたらそれでいい」
「うん、分かった……」
自分は発言しなくていいと分かったユウは、内心ホッとしていた。
それにしても、山賊達を追い出した後、村の人達が僕達を歓迎してくれている様子をあまり感じない。
本当ならヒーロー扱いされてもおかしくないのに……
「コンコン」
ドアがノックされ、レティシアが部屋にゆっくりと入って来る。
「シャリィ様…… シンさん…… ユウさん……」
酷く神妙な顔つきをしたレティシアさんを、僕は見詰める事が出来なかった。
「皆様がお待ちです。宜しくお願いします」
「……はい」
返事をしたシンは席を立ち、老人達が待つ部屋に向け歩き始める。
それを見ていたユウも、自然と後に付いていく。
そして、少し遅れてシャリィも二人の後を歩き始めた。
……僕は、この村でアイドルを作る事に必死で、それ以外の事には関わっていない。
正直、今、村がどのような状況になっているのか……
それすら理解していない。
だけど、レティシアさんを見ればある程度の事は分かる、上手くいっていないのだと……
つまり、今からする説明は凄く、凄く重要なんだ。
自分は立っているだけでいい。それを承知であったが、ユウはこの時、プレッシャーで心臓の鼓動を感じていた。
「どうぞこちらです」
レティシアがドアを開けた部屋に入ると、百人近くの老人達の視線が、一斉にシンとユウに向けられる。
シンはその視線一つ一つに応える様に目を向けた。
だが、ユウはその視線に耐え切れず、思わず下を向いてしまう。
そして、次に少し遅れて入って来たシャリィに、老人達の目は奪われる。
あ、あれが、あれが最高ランクの冒険者……
シャリィを見た老人達はざわめきたつ。
「おい、あれがシャリィとかいう冒険者だの~」
「……流石に、精悍な顔つきをしておるの」
……噂ではバンディート達を一瞬で倒したと聞いたがの~。冒険者でありながら、この村に手を出す理由をやっと今から知れるんだの……
「皆様、本日お忙しい中……」
「あいさつはいらん! それよりもその冒険者の話を聞きたいがの!?」
レティシアの言葉を、ドリュー・ロスが遮る。
「……はい、分かりました」
返事をしたレティシアはシンを見る。
「お願いします……」
レティシアの目を見て、軽く頷いたシンは老人達に鋭い眼を向けると、口を開いた。
「俺の名は、シン・ウース。そこにいる冒険者シャリィのシュッ……」
シンの話は、いきなり止まってしまう。
「シュッ…… シュ~?」
シンは振り向いてユウを見る。
「シューラ」
咄嗟に小声でそう伝えた。
「うっ、ううん」
咳払いをしたシンは話を戻す。
「シャリィのシューラだ」
なっ、なんじゃこいつ……
まさか、自分の事なのにシューラも分からんかったんかの?
最初静まり返っていた老人達だが、少し間をあけて再びざわめき立つ。
「なんだの?」
「自己紹介もできんかいの?」
「冒険者も人の子や、緊張したんやろ」
シンはそのざわめきを抑え込む様に話を進める。
「俺達はこの村に縁も所縁も無い。それなのに突然やって来て村を復興するなどと言い出し、困惑していると思う。それは当然の事だ」
老人達は、真剣な表情でシンの話を聞いている。
「今、この村の実情を俺の口から説明する必要はない。皆さんもそれは理解しているはずだ」
理解だと!? 詳細が分からんからここに来とるんだがの~。
「村を昔の様に戻すためには、皆さんの協力が必要だ。力を貸して欲しい」
シンはそう言うと、黙ってしまった。
……えっ!? そ、それだけなの?
発言もしない僕が文句を言うのはおかしいと思うけど、これで終わりなの!?
ユウは老人達に目を向ける。すると、呆けている者とざわめき立つ者に別れていた。
「まさか、説明は今ので終わりかいの?」
「そんな訳ないの~、次はシャリィとかいう冒険者が説明するんだの」
だが、シャリィは動かない。
その状況に驚いていたのは老人達だけではない。レティシアもだった。
落ち着きがなく、シンを何度も見ている。
場の雰囲気に耐え切れず、レティシアが話を繋ごうと声を出そうとした瞬間、笑い声が聞こえてくる。
「ふふふ、ふはははははは」
皆の視線がドリュー・ロスに向けられる。
「ふはははははぁ~。ちょっとええかの?」
「……ロスさん、どうぞ」
レティシアは縛りだすような声でそう答えた。
「そこのシューラに質問がある」
「なんでしょう?」
シンはまるで他人事の様に返事をした。
「忙しい中、今日これだけの人が集まったのは、ちゃんとした説明が聞けると思ったかだの! お前達の口から直接の!」
「……」
「それなのに、今ので説明は終わりかの!?」
「……聞きたい事があるのなら、答えるよ」
子馬鹿にしたようなその口調を聞き、ロスはシンを睨みつける。
「……目的を聞きたいのだがの~。この村に手を出した目的だ!」
シンは直ぐには答えず、少し間をあけた。
皆の視線が、シンに集中する。
「……成り行きだ」
「……成り行き~?」
「あぁ。俺達は偶然この村に立ち寄った。ただそれだけなのに、有無を言わさず襲われ、自己防衛の為にこの村を支配していた者達を排除した。それで……」
ロスは、シンの言葉を遮る。
「それで…… まさかそれでこの村の実情を知り、助けようと思ったという訳だの?」
「あぁ、そうだ。それが冒険者の務めだろう?」
その言葉を聞いたロスは歯を食いしばる。
「ギリギリギリ」
「なーにが! なーにが冒険者の務めだの!! ふざけた事をいいよるの!!」
この時のロスは、ユウが怯える程怒り狂っていた。
シン…… 協力が欲しいのなら、怒らせない方が……
ユウの心配をよそに、シンは涼しい顔でロスを見ている。
「ドリュー、落ち着けのう」
ロスは周囲から宥められ、必死で怒りを抑える。
「シンとかいうたの、お前!?」
「あぁ」
「見たところまだ若いの。この村の、本当の実情を知らないの~。お前達がしている事を、冒険者ギルドは知っておるのかの?」
「俺達はギルドに報告もしていないし、許可も得ていない」
「ほぉ~、つまりはお前達が勝手にやってるというこだの?」
「あぁ、その通りだ」
その返事でドリュー・ロスは、再び笑い始める。
「ふふふははははははは」
老人達の中には、シンの話しで下を向く者が現れ始めた。
「ふははははは。この中には、こいつらに期待して集まってくれた者もおったかも知れんがの~。今の説明で分かっただろう? ギルドの後ろ盾も無い。当たり前だと思うが、領主様に雇われている訳でもないの!? つまりただの思い付きらしいの~。それに村長が乗っかってしまったんだの!? 馬鹿らしい、本当に馬鹿らしい話だの~。まだ裏で企みがある方がましなくらい馬鹿らしいの~」
「……」
数十人の老人達と同じ様に、レティシアも俯いてしまう。
「もう一つ聞きたいがの?」
「どうぞ」
「お前達は、孫をどうするつもりだの?」
「……俺達を襲った若者達には、罰としてこの村の復興を手伝わしている。あくまで、罰としてだ」
「皆! それに村長に、そこの職員達も今の言葉を聞いたの!?」
ドリュー・ロスは周囲を見渡す。
「孫たちは、やらされておるんだの! はっきりとそう言ったのを皆も聞いたの!? これは協力じゃない! 罪の代償として、やらされておるのだの!」
「ざわざわ」
「ざわざわざわ」
シンは強い口調で答える。
「あぁ、その通りだ」
「つまりこの先、村で何が起きようが、孫たちに罪はない」
「そうだ」
「そこだけは、ハッキリしとかんとの…… 皆も証人になってくれ」
「ざわざわざわ」
「それで、孫たちにいったい何をやらせておるんだがの?」
「……演劇だ」
その言葉で、老人達はまたしてもざわめき立つ。
「演劇? この村で演劇を復活させるのか?」
「どこの劇団が協力してくれる? 無理な話だの~」
ふん! やっぱり聞いていた通り、演劇をやらせるつもりかの……
「年配者なら兎も角、あの子達は演劇なんぞ知らん。殆どの子が見た事も無い。大人から聞いた話だけだの。そんな子達の演劇なんぞ、誰がこの村に見に来るというのだの!?」
「……」
その質問に対して、シンは何も答えなかった。
「……そうだの」
「村の子供に演劇やらせても、誰もこんよ……」
「わしゃ、少し期待してここに来たんだが…… この冒険者達には、その程度の考えしか無かったのか……」
項垂れる老人達の数は、更に増えた。
ドリュー・ロスは最後に一言だけ口を開いた。
「質問は…… これで終わりだの……」
心なしか、そう呟いた老人が、僕には少し淋しそうに見えた。
「他に質問のある人はいるか? いないのなら、終わりにする」
誰も、誰一人言葉を発しなかった……
「俺達に協力して村を変えたい人が居るなら、その旨を村長さんに伝えてくれ」
老人達の中に声をあげる者は現れず、シンはレティシアさんや職員の人達に向け軽く会釈をして部屋から出て行ってしまった。
……シン!? いったい何を考えているんだ…… 何を……
黙って見ていたシャリィさんもシンに続いて出て行くのが見えた。
最後に残された僕は、レティシアさんにあいさつもせず、すぐに後を追い部屋から出て行った。
恥ずかしいというか…… 兎に角複雑な心境で、あの部屋に1秒たりとも居たくないと思ったからだ。
「なっ、なんなのだあいつは!?」
「村長さん、説明してくれんかの? 本当にあんな奴に村の未来を任せるのかの?」
「どうしてあんな奴と手を組んだ!?
僕達がさっきまで居た部屋から、怒号が聞こえてきていた。
その声から逃げる様に自然と小走りになった……
「コンコン」
「ん~、なんだい?」
ドアをノックする音で、ヨコキは目を覚ました。
「誰だい?」
「ママ、私、ウィロよ」
「今何時だい? まだ11時前じゃないか、どうしたんだい?」
「それがね…… また来てるよ」
「誰がだい?」
「あの男の子……」
「あ~、妙に話声が聞こえると思っていたら、サイスが来てたのかい。それがどうしたんだい?」
「どうしたって…… 本当にいいの? そんな……」
ヨコキはウィロの言葉を遮るように声を出す。
「いいんだよ! サイスが来たら、昨日の様に客を待たせても、キャミィに会わせてやりな、いいね!?」
「……うん、ママ」
ウィロはドアを閉め、自分の部屋へと戻って行く。
本当に、本当に何を考えているのママ……
このままだと…… どうなるのか分かっているはずなのに……
「はぁ~、目が覚めちまったね~」
……もうこの時間なら、坊やとジジィ共の話し合いは終わってるだろうね~。
どうなったのか、楽しみだね~。
「さてと、俺は馬の様子を見に行くよ。ユウはどうする?」
村人達との話し合いは最悪な感じで終わったのに、シンはまるで他人事の様だ。
宿に戻る途中に僕は、部屋を出る瞬間に見たレティシアさんの苦悩の表情を、何度も何度も思い出していた。
「……お昼まで部屋で休むよ」
「そっかぁ。じゃあ昼メシの時に食堂で」
「……うん」
僕は…… 他の事を考えずに、僕に出来る事に集中しよう。
アイドルを、アイドルをつくるんだ。
そして、この村を……
ユウは不安を消し去るかのように、自分を鼓舞した。
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