83 計略



 ……完璧だ! 三日間、何百回とシャリィさんと踊ってきたけど、間違いない、今回が1番素晴らしい……


 ユウはシャリィと目を合わせアイコンタクトを送る。


 シャリィはそれに応えるかのように笑みを浮かべ、ダンスはフィニッシュへと入ってゆく。


 ピッタリと息の合った二人のダンスは、最後にポーズで終わりを告げた。


「ハァハァハァ」


 ダンスを終えたばかりのユウは、少女達の反応を気にするよりも、喜びが勝っていた。

 大好きだったクダミサのダンスを、シャリィと共に完璧に踊れた事への喜びが……


 少し間を置き、息を整えたユウは、忘れかけていた少女達に目を向ける。


 すると、少女達はまだ口をポカンと開け呆けている。

 

「……え~と、ど、どうでした僕達のダンスは?」


 少女達にそう問いかけるが、誰も答えない。

 いや、あまりの出来事に、答える事が出来ずにいたのだ。


 ユウは、一番話しやすいと感じていたプルに声をかける。


「あ、あのー、プルさん・・……」


「……は、はい」 


 急に名前を呼ばれてプルは驚く。


「どうでした僕達のダンスは?」


「……よく分からないけど、兎に角凄かった、です」


 うんうん、そうだよね。この世界にはないダンスだと思うし、もし同じような動きがあったとしても、この村の人達は分からない訳だし、初めて見て驚いたよね。

 しかも、踊っているのはこの世界の最高ランクの冒険者だもん。

 このオッピィでさえ、驚く上手さだからねシャリィさんは……


 だけど……


 ユウは唾を飲み込み、シャリィをチラ見した後、意を決して再び感想を聞こうとする。

 その相手は……


「な、ナナさん・・


「……な、なんだっぺぇ?」


 ナナもプルと同じ様に驚き、声を詰まらせる。

 ユウとあいさつ以外の言葉を交わすのは、あの一件以来である。


「あ、あの~、ナナさんの、感想も聞かせて貰えますか?」


 ユウはダンスを完璧に踊りきったという高揚感。そして、シャリィがこの場に居る事の安堵感から、自分で思っていたより、スムーズにナナに声をかける事が出来た。



「……う、うちもプルと同じで、分からないっぺぇけど、凄いと思ったっぺぇ……」


「うんうん」


「それに……」


「そ、それに?」


「楽しそうに踊っているなって……」


 楽しそうに…… うん!


「あ、ありがとうございます!」


 ユウは丁寧にお礼を述べた。


「……」


「今、僕とシャリィさんが踊った様なダンスを、唄って、踊って、それを見ている人達に、喜びとか、楽しさを与え、全ての人を元気にする! それが、アイドルです!」


「……」 


 ユウは大きな声でそう訴えたが、少女達は懐疑的な表情を浮かべている。

 


「……他に感じたことはないですか? ナナさん、本当に正直に思った事を言って貰っても構わないので……」


 思った事……


 ナナと自然に会話するのは、シャリィがいる今しかないと考えていたユウは、再びナナに対して質問をする。


「……凄いとは思ったっぺぇけど、その踊りで村が変われるっぺぇか?」


 うん、ごもっともな意見だ。

 見たことのないダンスだから驚いたようだけど、今の段階ではそう思ってしまうよね。


「さっきのダンスは、皆に見せたくて…… アイドルの一環を理解して欲しくて、シャリィさんと三日間練習しました」


 私のあの時間が、ただのストレスの捌け口で終わらずに済んだのだな……


「このせっ……」 


 この世界と言いかけたユウは、慌てて口を閉じ、言い直す。



 このせ? 何を言いかけたっぺえ?



「いえ…… あの、皆には、皆に合ったダンスを踊って貰います」


 うちらに合った踊り……


「決して、決して変な意味では無いので、安心して下さい」



 ユウは前回とは違い、言葉使いに配慮して説明をしていた。それは、今までのシンの言動を思い出してユウが決めた事であった。



「今はまだ分からない事だらけだと思いますけど、急がず徐々に理解して欲しい……です。アイドルの素晴らしさを……」



 急がず…… うちもそれには賛成だっペぇ。

 村の為にこいつに従うと決めたけど、慣れるためにはまだまだ時間が必要だっペぇ……


 

「まずは、何をすればいいっぺぇ?」


 リンがユウに問いかけた。


「最初は……」


「……」

 

 少女達は少し緊張しながら、ユウの言葉を待っている。


 そんな少女達に軽く目を向けた後、ポケットに手を入れ、何かを取り出した。

 それは……


「この音楽を皆で聴きましょう」


 音楽……


 ユウの掌には、シンの曲が入っているヴォーチェが置かれていた。


 ユウが鍵言葉を唱えると、音楽が流れ始める。

 少女達はヴォーチェを見つめ、シンが作曲した音楽に耳を傾けた。




 

 前日……


 三人の店の権利を買い取ったヨコキは、多忙を極めていた。


 ヨコキは最初に、面積の広いカルンの酒場を残し、メテの酒場を潰し一つにした。

 カルンの店はガルカスが、一方メテの酒場はバンディートが主に使用しており、その両名が居なくなった今、酒場は一つで十分だと考えていたからだ。

 そこで働く従業員の給金を大幅に下げ統一し、文句のある者には出て行けと迫った。


 酒場で働く女性達の中には、個々で客相手に身体を売る者も居た。

 ヨコキの店の娘達と比べるとレベルが低く、客層もあまり被らない為、今まではヨコキの店のケツを持っていたガルカスに文句を言う事も無く放置していた。

 だが、それもヨコキが厳しく管理することになり、その結果、酒場で働く者のうち、新たに2割の者が村から出て行く事になった。



 ……ちょうどいい人数になってきたねぇ~。

 だけど……



「ヨコキさーん、このテーブルと椅子はどうしやーす?」


「そんな物、カルンの酒場だった所にも売るほどあるじゃないか!? さっき説明しただろう? 不用品はポンテの店だった雑貨屋に回しな。そこで売るんだよ!」


「あ~い、分かりやーしたー」


 ……ったく、まともな返事もできないのかねぇ。


 使えそうな奴はカルンやメテが連れて村を出て行くし、残ったのは、本当に行き場のないろくでもない連中ばかりだね~。


「はぁ~」


 まぁ、だけどそれも想定してた範囲内さぁ。

 客の減った売春宿うちの娘を何人かこっちに回して、店を管理させればいい。

 ここの連中と違って、うちの娘達は使えるからね~。




 


「おはよう! 今日もまずはラジオ体操からな! そして、ここの修繕と掃除、昼飯を食ったらビートボックスをして遊ぼう」


「了解だっペぇ~」


「フォワ~~~」


「あー、フォワがあくびしてもう練習してるっぺぇ!」


「フォワ!? フォワフォワ!」


「自然のあくびじゃないっぺぇ! そうみせかけて練習のあくびだっぺぇ!?」


「フォワァ!!」


 おなじみになってきた光景を、シンは笑みを浮かべて見ている。


「フフフッフフ」


 その光景は、突然異世界に送られ苦悩しているシンの心に、安らぎをもたらす様になっていた。







「いるかーい?」


 ヨコキは役場を訪れていた。


「ヨコキさん、事前の約束も無いのに突然来られては困ります」


「なーに言ってんだい? あたしと村長さんは友達さぁ。いつ訪ねて来ても良いじゃないか」 


 役場の職員が困惑していると、ヨコキの声を聞いたレティシアがわざわざ迎えに出てくる。


「ヨコキさん、どうぞこちらへ」

 

「ほら~、見てみな~」


 職員にそう得意気に声をかけ、ヨコキとレティシアは村長室に入って行く。


こんな早朝・・・・・の時間に珍しいですね。今日は、どの様なご要件で?」


「はぁ~、相変わらず何もない部屋だね~」


 ヨコキは村長室を見回している。


「……ヨコキさん」


「あ~、はいはい。村に残る人数が大方決まったよ。カルン、メテ、ポンテの三人の店はあたしが買い取ったさぁ。そのせいで忙しくてさ、それでこんな朝早くからうろついているのさ」


 この時、ヨコキはカジタの名前を出さない。

 既にカジタの話を耳にしていたレティシアも、あえてその話題に触れないでいた。


「そうでしたか…… お仕事がお早いですね」


「そりゃあたしの性格からしてチンタラやってられないさ~。それでさぁ、残る数も決まった事だし、そろそろ1500シロンを配ってもいいんじゃないかい?」


「……そうですね。早急に配るよう手配致します」


「あぁ~、今がそのタイミングさ」


 あたしのお陰でね……


「恐らく、村に残り警備をされている方達の給金の日に合わせる事になると思います」


 なるほど、残った者達の不平や不満が出来るだけ出ないように考えていたんだねぇ……

 だけどさ、協力金を貰えない村人からの不満は、その日から噴出するよ……


 ヨコキはレティシアに鋭い眼を向ける。


「で、あんたの方はどうなんだい? 順調かい?」


 ヨコキのその言葉で、レティシアは一瞬だけ目を伏せてしまう。


「えぇ、それなりに進んでいます」



 ふふ、上手くいってないんだねぇ~。



「なんか困ったことがあるんだったら言いな。いつでもどんな相談にでも乗るよ~」


 あからさまで、思わせぶりな態度だが、レティシアは本気で相談するか迷ってしまう。

 それほど、レティシアの精神は追い込まれていた。


「……はい。その時は、相談致します」


「……じゃぁ、あたしは帰るよ~」


「はい、ご苦労様です」


 ヨコキは役場から出てしばらく歩くと、振り返って足を止める。


「ウッシシシッシシシ」


 それにしても笑っちまうねぇ~。

 冒険者が失敗した時の為に協力金を払うとまで言って残した者達を、ガルカス達が死んだいないと思ってからは、あたしを使って減らし始めるんだからねぇ。

 機転の速さは認めてやるさぁ、けどねぇ……


「ふん。どうだい、あたしは使えるだろう。あんたよりね!」

 

 それに思っていた通り、ジジィの説得が上手くいってないみたいだねぇ……

 近隣の者達に食い物にされている小麦やハーブだけでは、この村は昔の様には戻らない。

 つまり、あのジジィ共の協力は必須さぁ、そんな事はあたしでも分かる。

 

 だけどね…… この村がここまで廃れたのは、あのジジィ共の冒険者嫌いも原因の一つなんだろ!?

 それなのに、冒険者が関わる今回の件で村長あんたに説得できるのかい?

 墓場に首まで突っ込んでいる欲もないジジィ共に、何のうま味を見せて口説くつもりなんだい? 

 保険の為の協力金で更に村人を怒らせ、右へ左へふらつく考えしか出来ないあんたには、何も出来やしないさぁ……


 ヨコキは不敵な笑みを浮かべる。


 あたしに相談しなかったあんたは、必ず坊や達に泣きつく。 

 だけど坊や、お前もさ~。冒険者である限り、お前もジジィ共を説得出来る訳がないさぁ~。


 まぁ、仮にジジィ共が動こうが、坊やが何をしようが、結局何も変わりゃしないのさこの村は……


 ヨコキは再び歩き始める。

 

 坊や、あんたはうちのケツ持ちを引き受ける。そして、その報告に今日あたしに会いに来る。

 

「あたしの勘がそう言っているよ。そうだろう、坊や」



 


 数日ぶりに全員が集まっての昼食、モリスの食堂は大忙しであった。


「フォワ!」


「何するっペぇ!? おらのだっペぇそれ!」


 厨房には慌ただしく動くモリスとその友人、タニアの姿があった。


「ねぇ、私がウエイトレスやるから代わってくれる?」


「はーい」


 タニアは別の者に厨房を任せると、出来上がっている料理を少女達の元へと運ぶ。


「おまたせ~」


「クルクル~、クルのスープ来たよお姉ちゃん」


「ん~、そうやってお姉ちゃんに報告するクルが可愛い~」


 いつもと変わらず姉のプルは、クルにめろめろの様だ。


「沢山食べてね~」


 タニアは笑顔で少女達に話しかける。


「うん! ありがとうタニアさん」


 忙しいにも関わらず、タニアは席を離れず更に話しかける。


「それにしても皆良い食いっぷりだね~。いったい何をしてお腹を空かしているのかね?」


「クルクル~、クル達は踊るんだよ~」


「あら~、ダンスかい? 私もクルちゃんぐらいの時は毎日踊っていたよ~」


「本当? じゃぁタニアさんも参加しよーよぅ」


「あはははは、私が若い子に混ざったら目立って仕方ないから遠慮しとくよ~。だけど、何か困ったことがあればいつでも言ってね、こう見えても踊りは得意だからね!」


「クルクル~、タニアさんの踊り見てみたーい」


「こうやって踊るんだよ~」


 タニアはそう言うと、デタラメに身体をクネらした。


「クルクル~」


「あはははは」


「やめるっぺぇ、スープ吹きそうになったっぺぇ」


 和やかな談笑が続いていたが、タニアにお呼びがかかる。


「タニア~、これも運んでー」


「はーい、今行くよ~。またお話聞かせてねー」


「クルクル~、うん!」


 厨房へと戻るタニアの笑顔が、一瞬変化するのを誰も気づいていない。

 

 食堂は、いつもと同じ喧騒に包まれていた。


「だからそれはおらのだっぺ! とるなっぺぇフォワ!」  

「フォワァ!!」







「よーしよしよし」


 昼食を直ぐに終わらせたシンは、空いた時間に馬の様子を見にきていた。


「ブルルゥ」


「お前達に報告がありまーす!」


 馬達に向け大きな声で話しかける。


「さっきシャリィに聞いたけど、明日からお前も散歩に行って良いってよ! 皆で散歩行けるぞ!」


「ブルブルブルル」


「俺も怪我の痛みを感じなくなったし、めでたいめでたい」


 そう言って怪我をしていた馬に抱擁するシンの元へ、ある人物が現れる。


 その人物とは……


「……あの」


 馬とのじゃれあいに夢中で、人の気配に気づかなかったシンはその声に驚く。


「えっ!?」


 振り返ると……


「あっ!?」



 そこには、明らかに憔悴したレティシアが立っていた。



「……すみません、驚かせてしまって。先ほどモリスさんの食堂でこちらだとお伺いして……」

 

「……い、いえ、全然大丈夫です。どっ、どうしました?」


 そう聞かれたレティシアは、一度合わせていた視線を数秒切る。そして、再び目を合わせて口を開いた。


「実はご相談がありまして……」


 これ以上自分にはどうする事も出来ないと判断したレティシアは、村の老人達の説得が上手くいっていない事を伝える。


「そうですか……」


 シャリィからレティシアの報告を受けていたシンは、当然その件も把握していた。


「以前にもお話しした通り、村の復興にはあの人達の協力は必須でして…… それで……」


「……えぇ。宜しければ、その人達に俺が直接説明をします」


「……」


 冒険者嫌いの老人達の説得に冒険者を使う。これが悪手以外何ものでもないのは重々承知であったが、レティシアはもう、これ以外に手を思いつかなかった。

  

「その人達と会える機会を作って頂けますか?」


「……はい」



 打ち合わせを終え、役場に戻るレティシアの背中を見ていたシンの元へユウが現れる。


「シン……」


「うん?」


 ユウもまた、去ってゆくレティシアを見つめていた。


「レティシアさん…… 凄く落ち込んでいる感じだったけど、どうしたのかな?」


「……それについてだけど、是非ユウにも来て欲しい」


「えっ!? 何処に?」





 レティシアはこの後、老人達の家を自らの脚で一軒一軒訪ねて回る。 

 

 会って話も聞いてくれない者が多いのが分かっていたレティシアは、訪問の訳を丁寧に説明し、家の者に言付けを頼んだ。

  

「明日、役場でこの村に滞在している冒険者様から村人への説明があります」


「明日…… それはまた急な事だの~」


 玄関口で応対していた老婆は、一度室内に目を向け再びレティシアを見る。


「まぁ、伝えておくからの……」


「ありがとうございます。宜しくお願いします」


 老婆はドアを閉め、不機嫌な夫にレティシアの訪問の理由を伝えた。   


「明日の10時じゃと!?」


「そう言うとったがの……」


「くっ! 今までは村長任せで何の説明も無く顔も出さなかったくせに突然明日出てこいだの、そんな事良く言えたもんだのぅ!?」


「……どうするの? 行かんの?」


「当たり前だの! 誰が行くかの!?」


 ナナの祖父、ドリュー・ロスは声を荒げた。


 ……いや、待て。


 話に乗る気はないがの、冒険者がどういうペテンを吐くのかは興味があるのぅ……

 それに、直に顔を合わせて、この村に冒険者は必要ないと、強い態度で示してやるのも必要かもしれんのぅ。

 そして、一刻でも早く孫を解放させてやる…… 


 ドリューは参加を決め、村を回って他の老人達にも参加を促した。




 夕方……


 ピカワン達に明日は13時集合だと伝え、この日の予定を終えたシンは、馬の散歩に出かける。

 宿の中庭から出ると、そこにはブレイが待っていた。


「ジ、ジン…… あ゛、あの~」


「お~、ブレイ。今から馬の散歩だけど付いてくるか? そうそう、ヨコキさんの店にも用事があるんだよ俺」


 一人ではヨコキの店に行き辛いブレイの気持ちを察し、笑顔で答えるシンを見て、ブレイも自然と笑顔になる。


「づいでいぐっべぇ」


「あぁ、こいこい」


 ブレイは少し照れくさそうに笑顔で俯いて、手を差し伸べ、ランドの手綱を渡す様に促した。


「おっ、じゃあランドはブレイに任すか」


「まがぜでぐれ」


 ブレイは、何も言わなくても自分の気持ちを理解してくれるシンの手伝いを、少しでもしたかったのだ。

 

 馬の散歩をしながら売春宿やどに向かっていると、店の前に立っているヨコキが見えてくる。



 もしかして、俺を待っていたのか……



 そう思い、鋭い眼をヨコキに向けるシン。

 それに対して、笑みを浮かべシンを見ているヨコキ。



「こんばんは、ヨコキさん」


「あぁ~、こんばんはさ~」


 挨拶を交わすと、ヨコキは宿の中に向け声を出す。


「キャミィ、出ておいでぇ」


 その声で、ブレイはランドの手綱を握ったまま、宿の中を覗く様に頭を動かす。


「なーにママ~?」


 玄関に出てきたキャミィは、ブレイを見て恥ずかしそうに笑みを浮かべ服を整えた。


「こ、こんばんは……」


「ご、ごんばんば」


 肌も露わな服を着ているキャミィから、頬を赤く染めて目を背けるブレイ。そんな二人をヨコキは優しい目をして見詰めている。


「さてと、坊やはあたしに用事があるんだろ? キャミィとサイスはその間この前の部屋でおしゃべりでもしてな。さぁ、さっさと馬を繋いで中に入りな」


 ヨコキに促されたブレイは一度シンを見る。


 笑顔で二度三度と頷くシンを見たブレイは、嬉しそうな顔をしてランドの手綱をシンに託し、宿の中に入って行った。


「さぁ、坊やも中に入りな。この前のハーブティでいいかい?」


「いや、俺はいい。それよりもブレイを……」


「あ~、余計な心配しなくていいさ~。別に坊やに気を使ってキャミィとタダ・・で会わせている訳じゃないからねぇ」  


「……と、いうと?」

 

「簡単な話さぁ~。キャミィもサイスと会いたいって言うからさ」


「……」


 この時シンは、キャミィの態度からその話に嘘はないと分かっていたが不安がよぎる……


「……この前の話だけど、あれは承諾するよ」


「あら~、本当かい? それは助かるよ~。見ての通り、うちは女しかいないからね。本当に助かるさぁ~」


「……」


「まぁ、あれさ、心配しなくても、最高ランクのシューラがケツ持ちって知れ渡れば、誰も騒ぎは起こしやしないさぁ。だから坊やがわざわざここに出向く事にはなりゃしないよっ」


「それなら楽でいいけどね……」


「ふふっ」


 ヨコキは不敵な笑みを浮かべる。 


「あー、そうそう。この前言ったルートだけじゃなくて、あたしは酒場やら雑貨屋をこの村の・・・・為に買い取ったんだよ」


「……」


そっち・・・の面倒も頼むね、いいかい?」


 さぁ、どうすんだい!? 



 ヨコキさんが村長さんから頼まれて店を買い取っている話はシャリィから聞いてはいたが、やはりそっちも頼んで来たか……

 シャリィの許可も取っているし、計画通りに進めば数カ月の話だ、断る理由はない。

 だけど、どうもこの人は隅に置けない…… 一度わざと断ってヨコキさんの腹を探ってみるのも手だけど……


 後からあっちは入ってなかったのかい? 引き受けてくれたからてっきりあっちも込みだと思っていたよ、そうやって惚ければいいのに、わざわざ正直に言うなんて……


「あぁ、いいよ」


 シンの即答に、ヨコキは驚く。


「えっ!?」


「いいよ、全然」

 

 ヨコキはシンの瞳をジッと見つめる。

 

 チッ、驚いて思わず声に出してしまったじゃないか……

 いったい何を考えているんだこの坊や……

 カジタ・・・の話を聞かせていたのに、そんな簡単に返事をしちまって本当にいいのかい?

 てっきり売春宿とそっちは別だとか言って断ると思っていたのに……


 まさか…… もしかしたら……


 ……そうかい、何かあたしを黙らせる手があるんだね!?

 それならあたしも…… もっとどぎつい保険をかけておく必要があるねぇ~。


「本当かい、そりゃ助かるよ~」


 ヨコキは、笑顔でそう答えた。


「……村からだいぶ人が出て行ったけど、買い取った店の経営は大丈夫なの?」

 

「あ~、大丈夫さ。二つの酒場のうち一つを潰してまとめたからね。そこで働いてた奴等も自発的・・・に村を出て行くって言うから、ちょうど良い人数になって、人件費もそんなにかからない。村が出してくれる協力金も小麦もあるからねぇ、食うに困る事はないさぁ。それに、あたしには売春宿がある。だからあっちはトントンでいいのさぁ」


「……」


「それにガルカス達が居なくなった今、あいつらに払う分がいらなくなっちまったからさぁ」


 ……なるほど、いくら払っていたのか知らないけど、確かにそれは大きいのかもしれない。


「因みにさぁ、坊やにはいくら払えばいいんだい?」


「……俺達に金を払う必要は無いよ」


 ウッシシ、勿論そう言うと思っていたさぁ~。


「そうなのかい!? やっぱり良い男は言う事が違うね~、助かるさぁ」


「……」


 おっとっと、今のはちょっとわざとらしかったかい……


「まぁ、村が昔の様に戻れば、その時は遠慮せずに稼がせて貰うからね!」


 

 腹の探り合いが続いている中、ヨコキの宿に客が訪れる。



「お客さんみたいだね、邪魔しちゃ悪いから帰るよ」


「気を使わせちゃって悪いね。またいつでもおいで。気に入った子が居れば、坊やならタダで良いからさぁ。望むならあたしが相手もしてもいいよ~」


「ははっ、俺は良いよ」


 ふん、イケメンだから女には困ってないとでも言いたいのかい!?


「それよりもブレイを頼むね」


「あ~、まかせておきな、心配しなくていいさぁ」


 ヨコキは、去ってゆくシンが見えなくなるまで、その場を動かなかった。



 さっきのは勘が外れた訳じゃない、少し読み違えただけさぁ……



 売春宿に戻ったヨコキは、キャミィとブレイの部屋に顔を出しに行く。


「ドンドン」


「入るよ~」


「ママ?」


 ドアを開け、ヨコキが部屋に入ってくる。


「お゛じゃまじでまず」


「あぁ~、かしこまらなくてもいいさぁ。自分の家だと思ってくつろぎな~」


 おっと、この子はカジタのせいで自分の家でもくつろげなかったんだよねぇ……


「で、どうだい? 話は弾んでいるかい?」 


「うん、凄く楽しいよ。ありがとうママ」


「そうかい。そりゃ良かったねぇ~。あ~、なんだいお茶も出さずに。あたしが淹れて来てやるよ、待ってな」


「ママ、私が……」


「いいから、キャミィは話をしてな」


「う、うん……」


 ヨコキはハーブティを淹れに行く為、部屋から出て行く。


「ヨゴギざん、いいびどだね」


「う、うん。ママは本当に良い人だよ」



 だけど……



「ママ~」


 ハーブティを淹れているヨコキに声をかける者が現れる。

 その人物は、ヨコキが不在の時に売春宿を取り仕切っている女性で、名はウィロという。


「お客様の指名はキャミィだよ」


「そうかい。適当な事言って待たせておきな。キャミィは今取り込み中だ」


「……えっ?」


「だから取り込み中だよ」


「だけど……」


「いいから待たせておきな!」


「う、うん。分かった……」


 驚きながらもウィロはキャミィを指名した客の元へと移動する。


「お客様、どうぞこちらの部屋へ。キャミィは今お色直しでお時間がかかりますので、それまでは別の者がお話し相手になります。お飲み物はハーブティでよろしいですか?」


 キャミィは訪ねて来た村の子と話しているだけなのに、それなのにお客様を待たせるなんて……

 ママ、いったいどうしちゃったんだろう……



「待たせたねぇ、ハーブティを淹れてきたよ」


「ありがとうママ」


「あ゛ぎがどうございまず」


 礼を言ったブレイに、ヨコキは話しかける。


「サイス、あんたは遠慮何てしないで、明日からは一人でも毎日遊びに来なっ」


「……ぼんどうに?」


「本当さ、キャミィもサイスに毎日会いたいよね?」


「……う、うん」


 ヨコキの質問の意図が分からず、答えに困ったキャミィだが、正直に胸の内を伝えた。


「お゛らも、会いだい」


「……じゃぁ、決まりじゃないか。毎日おいでサイス」


「う゛ん!」


 キャミィとブレイを部屋に残し、ヨコキはドアを閉め出て行く。


      

 ウッシシシッシ。

 坊や、魔法・・が使えない女だと思って舐めるんじゃないよ! あたしが今までどうやって生きてきたと思ってるんだい!? 

 

 悪だくみなら、負けはしないさ……


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