82 再始動



 村の中心地から外れた一角。

 ほんの数日前までは、無法者達の住みかになっていた場所、そこにヨコキが現れる。


 変わったねぇ、この辺りも……

 住んでた奴等は村から逃げ出したり、別の家に移らされて静かなもんだね。


 辺りを見回していたヨコキが視線を正面に戻すと、そこには卸屋の男が一軒の家の前で立っていた。


「こっちだ」

 

「……あいよ」


 卸屋に案内され、ヨコキは家の中に入って行く。

 そして……


「ここだ、ここに隠し扉がある」


「……」


 ヨコキは壁としか思えない場所に目を凝らす。


「鍵の隠し場所はここだ」


 置物の台座に指輪が隠されており、卸屋はそれを取り出す。


「カジタが居なくなったので、鍵言葉を変えておいた」


「そうだねぇ、戻ってくることはないと思うけどねぇ」


 なかなか気が利くじゃないか、この短小は…… 使えそうな奴だね~。


「使用した後は、必ず同じ場所に鍵を戻すこと」


「わかっているさ、そんなこと。それより鍵言葉を教えな」


 その言葉を聞いた卸屋は、ニヤリと笑う。



「鍵言葉は、キャミィが1番素敵、だ!」



 なっ、なんだいそりゃ!? 頭がおかしいのかいこの短小は!?

 あたしはここに用事がある度、その言葉を言わないといけないのかい!? ったく撤回だよ、使えないねぇ~。


 隠し扉を開き中に入ると、木箱に入った魔法石が積み上げられていた。


「ほぉ~」


 ずいぶん多いね……

 

「奥に置かれているのはカジタから既に金を受け取っているから好きにしてくれていい。今回は、この手前に置いている分だけ払ってくれ」


 あらら、意外に正直な短小だね。と、いうか、よほどキャミィが気に入ったとみえるねぇ……


「卸す種類と数はこちらが決める。当然ながら、そちらの要望には応えられない」


「あいよ~」


 卸屋は、真剣な眼をヨコキに向けた。


「分かっていると思うが、この品は他の品とは訳が違う」


「……」


「俺達は一蓮托生だ、いいな!?」

 

「……分かってるさぁ」


 ふん、短小と一蓮托生? 笑わせるんじゃないよ。


「だからあたしも大切な娘をタダで抱かせたのさ」


 その言葉で卸屋はキャミィを思い出し、ニヤニヤし始める。


 気持ち悪いねぇ…… 

 鍵言葉といい、この短小はキャミィに首ったけだね……

 

 あとは…… ママにまかせておきな。





「本当に素晴らしいですシャリィさん!」


「そうか……」


 どうやらシャリィのダンスは、下り道13親衛隊No3オッピィのまなこから見ても、及第点のようだ。


「休憩の後、ダンスを変えましょう」


 うっ、まさか新しい踊りをまた一日中……


 シャリィが椅子に座り休憩していると、ユウは一人で鏡に向かい踊りだす。


 ……こうかな? いや、こっちの方がシンプルで可愛い動きになりそうだ…… よし! もう一度、シンの曲を聴いてみよう。


 ユウはヴォーチェを取り出し、シンの作曲した音楽を聴き始める。


「ンンン~ウンンン~、ウウン~ウンンンウンン~」 


 メロディーを口ずさみ、目を閉じて少し上を向いたまま、何かを想像しながら曲を聴いている。

 

 ユウは徐に立ち上がると、ゆっくりと踊りだす。

 シンの作曲した曲に合わせて……

 

「……」


 私に教えた踊りとは違い、随分シンプルな様な感じがするが……


 ここはこう…… いや、もっと簡単にしよう。

 シンが音楽の事を言っていた様に、ダンスも同じかもしれない……

 僕達の世界のダンスは、この世界で通用しない、そう考えるべきだ。

 だから、出来るだけシンプルに、それでいて、女の子の魅力を最大限感じられるダンスを……

 思い出せ、クダミサを…… タミちゃんの可愛い仕草を……

 世界中を虜にしたアイドルのダンスを……

 そして、今まで出会って来たこの世界の女の子を……


 ユウはこの時、コレットを思い出していた。

 

 僕なりに、僕なりにブレンドしていくんだ……


「……」


 その後、数時間も一人鏡に向かって踊るユウをシャリィは見ていた。


 どうやら私に教えたダンスは、シンの曲では使わないようだな……

 つまり私は…… ストレスのはけ口にされたと言う事か……


「フフフ」


 シャリィは目を伏せ、思わず声に出して笑ってしまった後、再びユウを見つめ、優しい笑みを浮かべていた。






「シン!」


「ん? どうしたディラン?」


「上手く音が出ないっペぇ~。どうすればいいっぺぇ?」


「そうだな…… ディランは少し声が細いから……」


 シンがアドバイスを始めると、フォワや他の少年達はシンの言葉に集中する。


「あくびを」


「あくび?」


「そうだ。あくびをしている時、この辺りが」


 シンはそう言うと、胸をさする。


「大きく開いているのが分かるだろう?」


 その言葉を聞いたフォワが口を大きく開けてあくびを促す。


「フォッ、フォワ~~~」


 あくびをしたフォワは何かに気付いた。


「フォワ!?」


 シンの言った通り、あくびをしている時、胸の中で何かが大きく開いているような気がしたのだ。


「フォワ!? ずるいっペぇ、教えて貰ったのはおらっぺぇ!あ~~~」

 

 ディランも口を大きく開けてあくびをして確かめる。

 それを見ていた他の少年達もあくびを始めた。


「あははは、何してるっぺぇフォワ達は~」


「クルクル~、皆馬鹿みたいに口開けてるよ~」


「馬鹿とか、そんな言葉使っちゃ駄目」


「ごめんなさいお姉ちゃん……」


「う~、クル可愛い~、よしよし」


「クルクル~」


 女の子達は終始笑顔でビートボックスの練習をするピカワン達を見ていた。

 その中に、一人だけイドエの村人でもなく、この世界の人間ではない者が混ざっているのに、何の不自然を感じる事も無く見ていた……



  

 

 夕方……

 

「ざわざわざわ」


 数十人がカルンの酒場に呼び出され集まっている中、カルン、メテ、ポンテ、それにヨコキが現れる。

 そして、三人の中からカルンが口を開く。


「皆、もう知っている者もいると思うが、俺達三人は店の権利をヨコキに売却した」



 権利っていっても、あってないようなものだけどねぇ……



「売却…… わしは知らんぞ!?」


「いつの間にポンテまで? 俺たちゃ、どーなるんだ?」


 集まっていた者達が一斉に口を開き、混乱し始める。


「静かに、静かにしろ! 今から説明する!」


 カルンの言葉でざわめきが収まり始める。


「今この村は変わろうとしている。冒険者が村に入って来て、実質的に村を納めていたガルカスは消えた。俺達三人は、その冒険者のいるこの村では暮らせないと判断した。だから、出て行くまでの単純な話だ」


「ざわざわざわ」


「既に多くの者がこの村を離れている。だが、ヨコキの様に村に残る経営者もいる。お前達も出て行くのか、残るのか、どちらでも好きに選べばいい」


「選べったってよ、金も伝手も無いのに何処に行けと……」


「そうだよ、俺だって金も無いし、手配もされている……」


「あたしもだよ…… けど、ガルカスの部下でこの村に残った奴等は、拘束されず警備みたいなのやらせれているじゃないか、つまり許されたって事だよね?」


「確かにな~、村のために働けば許されるのかね?」


「俺達はただの下働きだぞ、それだと許されないのじゃないか?」


「だけど、村長あの女は1500シロン払うって言ってたじゃないか!? それって残って欲しいからだろ?」


「そう言っておいて、近いうちに一網打尽にするつもりじゃないのか?」


「ざわざわざわ」


 再び集まった者達が騒ぎ始めたその時……


「黙りな!!」


 ヨコキの一声で酒場は静まり返った。


「ぐだぐだ言ってないで決めな! 残る者はあたしが今まで通り働けば給金を払うよ。出て行きたい奴はさっさと出て行きな。あたしは残る者の人数でこれからの事を決めないといけないからね」

 

「……どうするよ、おい」


「行く所なんかねーよ。残るしかないだろ……」


 結局、8割の者が村に残る事になる。


 ふん、カジタの手下は大方出て行くみたいだね。

 まぁ、そりゃそうだろうね~、最初からそれは分かっていたさぁ。


 ……他の奴等はまだ決めかねているけど、思ってたより残る決断をした奴も多いね~。

 村長こむすめのいう従順な者達か……

 まぁ、どいつもこいつもパッとしない顔してるけど、船頭のあたしが、上手い事使ってやるさぁ。

 上手い事ね……  


 未だ老人達の協力を得られず苦悩するレティシア、順調に事を進め始めているヨコキ。

 手を結んでいた二人は、このまま相対するものになってゆくのか……



 二日後……


 今日からが初日のつもりで…… 

 あの件は忘れて、今日から……


 ユウは再びナナ達とアイドル始動に向けて歩き出す。


「じゃあな」


「うん」


 分かれ道でシンに見送られ、ユウは一人プロダハウンへと向かう。


 到着すると、意外にも女の子達は既に来ていた。一人も欠ける事も無く。


 ユウはナナと視線を合わすと一瞬目を伏せるが、再び視線を戻す。


「おはよう……」


 ナナはユウを見つめている。

 

 こいつに…… こいつに従う事で村が生まれ変われるなら……


「おはようっぺぇ」


 ナナはボソッと呟く様に挨拶を返す。

 それに続き、他の5人の少女達も口を開く。


「おはようっぺ……」


「クルクル、おはよう」


「おはようございます」


 皆が挨拶を返してくれたことで、緊張していたユウの気持ちは楽になってゆく。     

 

 扉を開け中に入ると、ユウに続いて少女達も入って来る。



 この三日間、シャリィと毎日踊り続ける事により、ユウはアイドルの素晴らしさを思い出していた。


 アイドルは、沢山の人達に夢や希望、喜びを与え、そして、人生の意味を教えてくれる存在なんだ。

 そんな素晴らしいものを、元の世界だけ何て勿体ない。この世界の人々にも見せてあげたい。

 急がず、少しずつでもいいから、この子達にも理解して貰いたい。

 アイドルの、アイドルの素晴らしさを……


「うん!」


 自分を奮い立たせるかの様に頷いたユウは口を開く。


「今から皆に見せたいものがあります」


「……そ、それは何だっペぇか?」


 ナナは積極的にユウに交流を持とうとしていた。 



 

 二日前……


 少女達は、涙を流しながらのピカワンの想いを聞き、初めて聴く不思議なビートボックスを、楽しそうに練習しているシンと仲間達を見て皆で話し合っていた。 

  

「ねぇ…… うち達も、あいつの言う事を聞いてみるっぺぇ」


「……あのチビの事っぺぇかぁ?」 

 

 ナナの提案にリンが答える。


「そうっぺぇ」


「ナナ、最初と言ってる事が違うっペぇよ。それでいいっぺぇか?」


「……正直、まだ悩んでいるっペぇ」


「……」


「あいつが何をしたいのか、はっきり分からないっペぇけど、村を…… シンって奴が言う通り、父ちゃんや母ちゃんがうちらと一緒に暮らせるような村になるのなら、うちらも協力しても良いと思うっペぇ……」


「クルクル…… クルもするよ…… お父さんに帰って来てほしいから」


「私も…… する」


 リン以外の少女達は、神妙な表情で承諾した。

 

「……何かあったら、うちが絶対に皆を守るって約束するっぺぇ。だからリンも協力して欲しいっペぇ」


 ナナはリンを見つめた。


「分かったっペぇ…… しばらくは皆であのチビの言う事を聞くっペぇ」


 少女達は頷いた。




 6人の少女達が見つめる中、ユウが階段に向け声を出す。


「お願いします」


 ユウの呼びかけでスタジオに入って来たのは……



 シャッ、シャリィ様……



 驚いたナナは、思わず目を逸らして下を向いてしまう。


「クルクル、お姉ちゃんシャリィ様だよ~」


「うん、見てるよお姉ちゃんも」


 自分達が一旦スタジオに入ってからシャリィを招き入れる。この演出は、ユウが考えたものであった。


 ユウは、大きく息を吸った。


「今から、僕とシャリィさんが、皆にダンスを見せます」 

 ダンス……  


「それを見ていて下さい」


 少女達は、シャリィの登場もあり、呆気に取られた状態で頷いた。


「では、シャリィさん!」


「あぁ」


 二人は視線を交わした後、前を向く。

 

 ヴォーチェから、クダミサの音楽が聴こえ始める。



 なっ、なんだっぺぇこの音は!? 

 

 ピカワン達が練習してた音だっペぇ?

 

 突然の音楽に驚く少女達。

 しかもその音楽は、元の世界の音楽をシンがビートボックスで入れたもので、少女達の感覚はそれに付いていけるはずもない。

 

 だが……


 シャリィのしなやかで魅力的な動きに目を奪われていた。

 そして、どんくさいと思っていたあのユウが、キレッキレの動きをしている。

 まるで、鏡に映っているかの様に寸分の狂いも無い二人のダンスに、少女達は目を見開き、瞬きすら忘れていた。



 なっ、なんだっぺぇ、この動きは……


 

 そのダンスに驚いていたナナだが、動きより、知らぬ間にユウの表情に目を向けていた。



 ずいぶん…… 楽しそうだっペぇ…… ね。


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