81 リアルティ



 時刻は10時前、夜がメインのヨコキの宿は、この時間帯はまだ静まり返っている。

 その宿を訪ねて来て、静寂を破る者がいた。


「おーい、ヨコキおるか?」


 返事が聞こえないので、男はもう一度声をあげる。


「おーい! ヨコキ―」


「うるさいねぇ、何時だと思ってんだい!?」


 姿は見えないが、奥の部屋からヨコキの声が聞こえてきた。


「すまねーな」


「誰なんだい、いったい!?」


「わしやわし、ポンテや!」


 ポンテ……


「あ~、あんたかい。どうしたんだい?」


 ヨコキは部屋から出て、玄関までやって来た。



 ……なんちゅーかっこしとるんやこいつ、片乳出とるやないかぁーーい!? って、無駄や…… 何で無駄にピンク色しとるんや……


「で、何の用なんだい?」


「……」


「ポンテ!?」


「あっ、実はな、わしもこの村を出て行こうと思うてな」


「……そうかい、そりゃ淋しい話だね」


「それでな、わしのも買うてくれへんか? 頼むわ~」


「……まぁいいけどさ。こんな朝に訪ねて来る事かい?」


 何故かポンテは、その言葉で息を呑む。


「それが…… カジタがなぁ……」


「カジタ!?」


 ウッシシッシ、やったんだね坊やが……


 この時ヨコキは、込み上げてくる笑みを押さえるのに必死だった。


「朝から荷造りして、村から出て行っちまったまったんや」  


 ……出て行ったってぇ?


「あんたそれを見たのかい?」


「おぉ、見た見た! 何してるんやって話しかけても、なんも答えんのや。なんか知らんけど、目に眼帯しててな、震えながら小さい荷物持って出て行ったんよ、家財道具ごっそりおいてやで」


「……」


「わしがしつこく話しかけてたら最後に一言だけ、もう村には戻らんって言うてよ~。ありゃただ事じゃないで!? あいつの女は役場に勤めてたやろ? あの女から、どえらい情報聞いたんやないんかな、たぶん。危ない、危ない、わしも冒険者の金を配り始める前に出て行くわこんな村」


 

 ……なんだい、カジタを殺さなかったのかい。

 はぁ~、殺してたなら弱みを握れたのにねぇ、シューラがこの村で殺しをしたって弱みがね……


 だけどね…… 殺さなかったのは本当に興味深いねぇ~。


 ヨコキは、目論見が外れてしまったのに微笑んでいた。



「おい、ヨコキ?」


「……」


「……ヨコキ!?」


「何だい!?」


「おぉ~、大きな声だすなや」


「……だから何だい?」


「だから、わしも出て行くから餞別代で買い取ってくれや。もう聞いとるんや、お前が買い取っているって。わし達が貰うはずだった1500シロンの金も冒険者の悪だくみ・・・・やってな」


 ふん、内緒にしとけって言った話に、良い具合に尾ひれがついてるね……


「頼むわほんま」


 ポンテはヨコキに頭を下げた。


「……これでいいかい?」


 ヨコキはポンテの手を取り、掌に数字を書いた。


「おお、ええで、これでええわ!」


「……引継ぎをしっかりやってから出て行きな。いいね!?」


「分かっとる。ちょうど今日来るんや」


「今日? もうそんな日かい?」


「そや月末やで。うちのは月に2回や。今日カルンとこのも他のも何人かくるやろ、たぶん、知らんけど」


 ……どっちなんだい、ったく。


「卸屋がついたらあたしを呼びに来な。いいね?」


 ヨコキは玄関から外に出て、戻って行くポンテに呼びかけた。


「おー、了解や」


 ヨコキは結局最後まで片乳出したままやったな……


 ポンテはそのヨコキの片乳から逃げる様に、急いで戻って行った。



 カジタを殺さないなんて、本当に優し過ぎるね坊や…… だけど、その優しさは弱点でしかないのさ……


「ウッシシシシシ」


 片乳を出したまま笑っているヨコキを、通行人がジロジロと見ていた。


「何見てんだい!? 見世物じゃないよ!!」


 ……むむ、なんだいあたしの美乳が出てたのかい!? それなら見られてても仕方ないねぇ。

 ウッシシ、今日はただで見せてあげるさ~。






 シンとピカワンは野外劇場に戻り、掃除と修繕を始めていた。

 すると、誰に言われた訳でもないのに、女の子達も手伝い始める。

 あのナナまでもが…… 

 

 シンはその姿に気付いていたが、声に出す事も無く自然に流していた。


「おーい、誰か手が空いてるのいるか? ちょっと手伝ってくれ」


 シンがそう声をかけると真っ先にピカワンが動いたが、ブレイがシンの元に行こうとしたのを見て動きを止める。


 ブレイ…… シンと何かあったっペぇ? 

 

 シャリィに用意をして貰った道具で、舞台の修繕をしているシンの元にブレイが手伝いにやって来た。


 シンは笑顔を向けると、ブレイも微笑んでいた。

 しかし、シンの表情は次第に曇ってゆく……


「……」




 昨晩、あの一件の後、宿に戻って来たシャリィの部屋をシンは訪ねていた。


「コンコン」


「……入れ」 


 ゆっくりとドアを開け、シンが無言で入って来る。


「……立っていないで座ったらどうだ」


「……あぁ」


 椅子に無言で座っているシンに、シャリィから声をかける。


「お前にしては珍しく冷静さを欠いていたな」


「……まぁな ……すまなかった」


「……謝罪は必要ない。それよりも、何か用事があるのだろう私に」


 そう言われ、売春宿での話を全てシャリィに聞かせた。


「そういう訳で、ヨコキさんが俺の名前を貸せと言ってきている」


「……シン、お前はどう思う?」


「……俺が断ると他の誰かに話を持って行く事になる」


「あぁ、そうなるだろう」


ガルカスあいつらが居なくなった今、話を持って行く先はこの村以外になる。そうなると、それが騒ぎの種になるかもしれない。つまり……」


「そういう事だな、名前を使う事を承諾しよう。計画通りに進めば、数か月間だけの話だ」


「そうだな……」


 ヨコキさんは俺達が断れないのを分かって言ってきたのだろうな……


 この時、シンの心に不安が募る。

 だが、別の事が気にして、その不安を後回しにしてしまう。


「他には?」 


「シャリィ……」


「……」


「ブレイの喉を魔法で治してやってくれないか」


「……その子は、喉を潰されて何年か経っていると言っていたな?」


「あぁ、ヨコキさんがそう言っていた」


「……残念だが、医療魔法で元通りに治すのは恐らく無理だろう」


 やはり、そうなのか……


「いくら医療魔法とはいえ万能ではない。治せない病気も怪我もある。数年経過した怪我などは特にだ」


「……ブレイの喉の事は、時間が問題なのか?」


「そうだ。骨折などは早急に適切な処置をしないと、骨がズレて繋がってしまう。そうなると……」


「綺麗に繫げるためにはもう一度折る必要があると言う事か?」


「あぁ、しかも適切にだ。ブレイの喉は数年の間に間違った・・・・治り方をしている。それを元に戻すには……」


 簡単ではないんだな。こういう点においては、元の世界の外科手術の方が優れているのかもしれない……


「本人が望むのなら医療魔法以外の処置をしても構わないが、元通りになる保証はない」


 つまり、手術するのか……


「……分かった。明日にでも聞いておくよ」





「……」


「……ジン、ぎのう゛は、あ゛りがどう゛」


「ん? あぁ、そんなに何度もお礼を言わなくてもいいよ。気にするな」


「う゛ん」


 ブレイは微笑んでいた。


「ここを押さえておいてくれるか?」


「う゛ん」


 そう頼んでおきながら、シンは修繕の手を止めた。


「……どう゛じだっべぇ?」


「……ブレイ」


「な゛んだっべぇ?」


 シンは苦悶の表情を浮かべながら、シャリィの話を切り出す。


「……シャリィの治療を受けてみる気はあるか?」


「……」


「正直に言うと、その喉を魔法で治すのは難しいらしい……」


「……」


「だが、別の処置をすれば、治るかもしれないって……」


「……だげど、元通りもどどお゛にば、な゛らないっべぇ?」


「……あぁ、どの程度まで治るのかは、シャリィにも分らないらしい」


 二人はしばらくの間、言葉を発しなくなったが、再びブレイが口を開く。


「ジン……」


「うん?」


「お゛らば、今のま゛まで、いい。な゛おらなぐでも、いい」


「……」


「だっで、ビガワンや仲間な゛がまも、それに、ジンもギャミィもおらのごえいでも、変な顔べんながおじながっだ」


「……」


「おらの大切だいぜづびどは誰も、誰もごのごえにじない。だがら、おらもにじないっべぇ」



 ブレイ……



「ぞれにジン……」


「うん?」


いでぐれ」


「……」


 ブレイは大きく息を吸い込んだ。そして……


「ドィドィボゥーン、ヴィ~ヴォヴォ~ドゥードゥ~」  


 苦悶の表情を浮かべていたシンは、ブレイのビートボックスを聴いてだんだん笑顔へと変化していく。


「ボォッボォッブゥ~ンブゥンブゥンブゥ~ン」


 ブレイ…… リズムと音のセンスは天性のものだな…… 素晴らしい、素晴らしい音だ!


 ブレイのダミ声は、他の者には真似が出来ない程のベース音を奏でていた。


「ヅゥ、ヅゥ、ヅゥ、ヅゥ、ヅゥヅゥヅゥーヅゥヅゥヅゥー」 


 シンはブレイの音に、ハイハットの音を重ねてゆく。



「ん? なんだっぺぇ?」



 ブレイ……



 二人の演奏を聴いたピカワンは、一瞬にしてシンとブレイに目を奪われた。

 他の少年達の中には驚き、手に持っていた掃除道具を落す者さえいた。



 ブレイ、お前…… そんな才能を持っていたっぺぇ……



 ピカワンは、微笑を浮かべながらブレイを見ていた。


「フォワ~……」


「クルクルクル~、ブレイ凄いよお姉ちゃん」


「ほんと…… 凄い……」


 二人の演奏は、リズムだけのものであったが、規則正しく、歯切れの良いリズムは、この世界でも人々の心を打った。


「がっ、がっ、がっ……」


「んん!?」


「我慢できないフォワ!!」


「クルクル!? フォワがしゃべったよお姉ちゃん! 怖いよ~」


 その気持ち、分かるっぺぇ……

 

 リンはクルがしゃべったフォワに怯える気持ちを理解していた。


 フォワはシンとブレイの元に走って行き、たまらず声を出す。


「フォピィーフォピィフォーピィーフォピィ~」


 それを見た他の者達も、我先にとブレイの元へ走って行く。


「おらも!」


「おらもおらも!」


 そして、皆が思い思いの音をあげる。


「プゥプゥ~」


「グーグーグー」


 シンとブレイの演奏はめちゃくちゃになるが、二人の笑顔は増すばかりであった。


「ナナ、見るっペぇ~。フォワも他の奴も下手っペぇ、あははははは」


「……んふ、んふふ、ふふふっ」


 酷くなるばかりの演奏を聴いて、ナナも声を出して笑った。




 その光景を離れた場所から、シンの事が心配で様子を伺いに来たユウとシャリィが見ていた。


「……フッ」


「アハハハ」


 二人も笑顔で見ていたが……


「よーし、僕達も負けずに練習に行きましょう!」


 そのユウの声を聞いたシャリィの笑顔は一瞬で消え去り、真顔となってしまう。


 笑顔でその場を後にするユウは、振り返る時に一瞬だけ、ほんの一瞬だけナナと視線を交わす。


「……」

   

「……」


 それによって、ユウとナナ共に笑顔は失われたが、二人の心に変化が訪れていたのはお互い知る由も無い。



「行きましょうシャリィさん!」


「……あぁ」


 昼食後からは、魔獣を倒す用事あるとユウに伝えてみよう……


 そう考えていたが、無邪気に喜ぶユウを思うと口に出せないシャリィであった。






「あー、何だって!? ふざけんじゃないよー、何がいけないんだよ!?」


 ヨコキはカルンの酒場で、卸屋と会っていた。


「……カルンからの引き継ぎの品は問題ない。だが、カジタの品は、はいそうですかと簡単には取引出来ないと言っているんだ」


「そのカジタは早朝に村を出て行ってもう戻りゃしないんだよ! それならあたしでいいじゃないか!?」 


「……仮にカジタからの紹介があったとしても駄目だ。あの・・品は、長い付き合いと信用があって始めて卸せる物だからな」


「なっ!? ……護衛を雇ってこんな村までわざわざ来ているのに、その分は手ぶらで帰るつもりかい!? あんたの稼ぎも減っちまうんだよ? 融通利かせてもいいじゃないか?」


「……リスクが大きすぎる。何を言われても駄目なものは駄目だ」



 何がリスクだ、このフニャチン短小野郎がぁ……



「チッ、ついてきな」


「何処へ連れて行くつもりだ?」


 ヨコキは声を荒げる。


「いいから黙ってついてきな!!」


「……」


 そう言われた卸屋は、ヨコキの後について行く。 


 

 ヨコキが卸屋を連れて来た場所は……



「帰ったよ!」


「おかえりママ~」


「ロエ! カレット! キャミィ! 出ておいでぇ!」


「はーいママ」


 ヨコキに呼ばれた3人は返事をした後、急いで玄関まで出て来る。


「ど~だい、うちの娘達は~。どんな大きな町でも、これほどの娘達は簡単にいないレベルさぁ」


「……」


「この娘達目当てに、わざわざセッティモから通い詰めている客もいるぐらいさ。気にいらないなら、他の娘も呼ぶよ」


 卸屋の男は、肌を露出した服を着ている3人を、食い入るように見ている。


「あんたがこの村に卸しに来るたび、タダで好きなだけ抱いていきな~。……それでどうだい?」


 ヨコキが呟く様に問いかけると、卸屋の男はゴクリと喉を鳴らし唾を飲み込む。


「ゴクッ…… いいだろう」


「よし、決まりだね! カジタの品も卸して貰うよ。今日は誰にするんだい?」


 卸屋の男はキャミィを指差した。


「キャミィ、大切なお客様だ。たっぷりとサービスしてやんな」


「うん、ママ」


 キャミィは卸屋の前で両膝をついて頭を垂れる。


「大切なお客様、私はキャミィと申します。歳は14歳です。どうぞこちらへおいで下さい」


「じゅ、14歳? そ、その身体でか!? ゴクリ」


 ゆっくりと立ち上がったキャミィは、男の手を優しく取り中に招き入れる。そして腕を組み、肩に頬を寄せて部屋まで案内してゆく。


「ハァハァハァ」 


 キャミィから香るメスの匂いに、男の呼吸は既に荒くなっていた。


「どうぞ、こちらの部屋にお入り下さい」


「ゴクッ。ハァハァ」






「ブレイ!? いつの間にあんなに出来る様になったっぺぇ!?」


「実ばぞうじ中も、あど家でも、ごっぞり、れんじゅうじでだ」 


 ふふ、普通ならたった1日やそこらであそこまで上手くなれるはずがない。

 ブレイは、かなりの音楽的な才能に恵まれている。


「シン、おらにももっと教えれくれっぺぇ~」


「おらも上手くなりたいっぺぇ~」


「……よーし、今日は罰の掃除は辞めだ! 練習するか?」


「フォワ!」


「流石シンだっペぇ!」


 数人が、嬉しさから持っていた道具を空中に投げ捨てた。


「あっ!? 道具は大切にしないと駄目ぇ~」


 シンは慌てて投げられた道具を空中でキャッチしている。

 道具を大切にするその行動は職人気質によるものだった。


「ぶぶぶぶっ」


 その様子を見ていたブレイは、屈託のない笑顔で笑っていた。





 その頃、シャリィとユウは……


「さぁ、シャリィさん! 昨日のおさらいから始めましょう!」


「う、うん……」 


 スタジオに来たシャリィは普段とは違い、まるで借りて来た猫の様に大人しくなっていた……






「ありがとうございました。とても、素敵でした」


 頬をピンク色に染めて答えるキャミィを見て、卸屋は上機嫌であった。


「そうか!? ふふ、次は来月の半ばに来る。その時もキャミィを指名するよ」


「ほんとですか? 楽しみに待っていますね」


 卸屋の男は、見送りに来ていたヨコキと目が合うと、何やら耳元でささやいた。


「……あいよ」


 卸屋はキャミィに目配せをした後、満足そうに戻って行った。



「ウッシシシ。キャミィ、流石だね~。また何かお礼をしないとね、何がいいんだい?」


「う~んとね……」


「今回は遠慮しなくていいよ。好きな事を言ってみな?」


「ん~、またブレイ君とお話ししたい……」


 その言葉を聞いたヨコキの表情が一瞬変化するのを、キャミィは見逃さなかった。


「……」


「あっ、ごめんなさいママ、お客様でも無い人と会うなんて駄目だよね……」


「……なーに言ってんだい。それがキャミィの願いなら、ママは聞いてあげるさ」


「えっ、本当!?」


「あ~、本当だよ。あの子は近いうちまたくるさ。その時は時間取ってあげるよ」


「やったぁ~。お仕事頑張るからね、ありがとうママ~」


 嬉しそうに部屋に戻るキャミィを、ヨコキが呼び止める。


「待ちなキャミィ」


「なーにママ?」


「さっきの客は短小だったかい?」


「うん! 凄く小さかったよ」


 そう答えると、キャミィは自分の部屋に戻って行った。



 ……やっぱり短小だったかい、今あたしの勘は冴えに冴えまくってるねぇ~。



「ウッシシシッシ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る