53 事情

 

 

「なぁ、来た道を戻るのじゃなくて、回り道して帰ろうぜ。せっかくだからさ」


「はい」


 適当に道を進んで行くと、更に多くの空き家が目立ってきた。

 うーん、ちょっと怖いなこの辺り……

 独特な重みと言うか、この村の中でも特別空気が悪い様な気がする。


「おぃ、おめーら何処の連中だっぺ?」


 またしても突然女性が話しかけて来たが、先ほどのレティシアさんとは全く違う話し方だ。


 声のする方に目を向けると、お世辞でも清潔とは言えない、目付きの悪い10代半ばぐらいの少女がそこに立っていた。


「えーと、お嬢ちゃん、俺達に言っているのかな?」


 シンはレティシアさんの時と話し方が違う、って当たり前か。フフフ。


「誰がお嬢ちゃんだっぺぁ! おめーら何処のもんか聞いてっぺぇ」


「……」 「……」


「何処って言われてもな~」


「ですね」


「出身中学を答えればいいのかな?」


「うっ! ププゥ」


 シンのその言葉で、思わず吹き出してしまった。


「あー、なーに笑ってペぇ!? 舐めてっぺぇ、おめーらぁ」


 ずいぶんなまっているな……

 なまりが強いなこの女子……

 

「俺達は旅の途中で、この村に1日だけ泊まりに来ただけだよ」


「ふん! 旅人が村の奥まで入って来るでねぇぺよ」


「……そうか、それは悪いことしたな。じゃあ戻るよ。さようなら~」


 シンがそう言って来た道を戻ろうとしたけど、その子はしつこく絡んでくる。


「おぃおぃ、勝手に帰るでねぇっぺよ」


「はぁ? いや入って来るなって言うから帰ろうかと……」


「あははは、とぼけるでねぇで、置いていけっぺぇ、なぁ」


 置いていけ? いったい何の話なんだろう……


「……あー、はいはい。じゃあ、こいつを置いて行くから好きに使ってくれ」


 そう言ってシンは、僕を前に押し出した。

 なーんだ、僕の話しだったのか……って!?


「ちょっ、ちょっとシン!」


 そのやり取りを見ていた少女は、更にヒートアップして声を荒げ始めた。


「おめーら、ほんと舐めてっぺぇ! そんなガキを置いていかれても使い物になるわけねーっぺぇよ! どうせさびれた村を面白おかしく見てたっぺぇーよ? 銭だよ、銭! 見物料おいていけっぺぇ」


 子供にガキって言われた。

 この女の子の目に、僕はいったいどの様に見えているのだろうか……


「……いやー、俺達別に悪い意味で見て回っていた訳じゃないし、それに……銭持ってないっぺよー。だから銭置いていけねーっぺー」


 うん、絶対マネすると思っていたよ。

 正直、僕も少し真似してみたいと思っている。


「あー、なんだ~、その変なしゃべりは? あたしを馬鹿にしてるっぺ?」


 変だと思ってんのかよ!?

 変だと思っているんだ……


「いや、馬鹿になんてしてないよ。まぁ、悪かったな。二度と会う事は無いと思うけど、じゃあな」


 僕らが歩き出すと少女は走って僕らの正面に立ち、行く手をふさいだ。


「あー、あー、あー、もうキレっぺぇ! ゆるさねーっぺぁ」


「機嫌直すっぺ、そして許してほしいっペ」


 ……シン、ちょっと面白いけど煽らないで、また笑い声が漏れそうだよ。


「おーい、誰かいねぇっぺぇか!? カモだっぺよー」



 カモ!?

 この世界にもカモがいるのかな?

 それとも単なる翻訳で……



 少女が大声でそう叫ぶと、路地の奥からゾロゾロと人が出て来る。

 全員が10代ぐらいの少年少女達だ。これはまずい、20人近くはいるぞ。


「ふふふ、聞いてたっぺぇ。リンは舐められてるっぺ」


「そうだっぺ、そうだっぺ。馬鹿にされてるっぺ」


「皆でやっちまうっぺよー」


 そう言うと、数人が一斉に服を捲り、腰に手を当てた。

 

 た、短剣だ、こいつら皆短剣を腰に提げている!

 どうして良いか分からず咄嗟にシンを見ると、薄っすら笑みを浮かべていた。


「おめーらやめるっぺよ、ケガするっぺよー」


 ちょ、ちょっと!? いくら相手は子供とはいえ、短剣を持っている。

 煽らない方が良いのでは……

 もしかしたら、魔法を使える可能性もある。


「なーに真似してっぺぇ! キレたっぺぁ! 殺すっぺよ」


「まいったなこりゃ……」


 その時、背後からまたしても女性の声が聞こえて来る。


「やめなさいあなた達!」


 振り返ると、先ほど出会った村長のレティシアさんがそこに立っている。


「あ~、駄目村長はひっこんでろっぺぇ!」


「そうだっぺ、おめーが村長になっても何にも変わらねーっぺぇ」


 何も変わらない? どういう意味だろう。


「いいからやめなさい! 旅人を襲うなんて、あなた達は山賊なの!?」


「あー、それもいいっぺぇ。こいつら殺したら、山賊に入れてもらうっぺぇ」


「な、何てことを言うの!」


 黙って聞いていたシンが口を開く。


「お前ら、心配してくれている村長さんに対して言い過ぎじゃないのか?」


「よそ者には関係ないっペぇ! 文句あるならやるっぺぇかぁ!?」

 

 一人の少年が短剣を抜いた。


 それを見た途端、シンの雰囲気が変わった…… やる気だ!


 まだ怪我が完治していないのに大丈夫なのか!?

 それに、相手は子供とはいえ、短剣を持っているし、数も……


「仕方ない……」


 シンは落ち着いてそう言った瞬間!?


 短剣を抜いた先頭のモヒカン刈りをした少年との間合いを一瞬で詰め、左フックを叩き込んだ。



 う、嘘? 凄い……

 

 まだ完治していないとは思えない踏み込みのスピード!

 殴られた少年は、フラフラと2、3歩後ろに下がったあと、その場で静かにゆっくりと崩れ落ちていく。

 余りの早業に、さっきまで騒いでいた少年少女達は、驚いて誰一人として声をあげない。


 シンの気合に圧倒され、誰もが動けずにいるようだ。

 この時、僕でさえも、あのイプリモで3人組を椅子で殴った時の事を思い出し、恐怖を感じていた。


 しかし、この状況下でも一人だけ動ける人物が居た。それは……


「お、お願いします、シンさん。この子達を許してあげて下さい。お願いします、お願いします」


 レティシアさんが間に割って入り、必死になってシンを止めている。

 それを見たシンの表情は、明らかに変化した。

 

「お前ら、村長さんに感謝しろよ……」


 悲しそうな表情を浮かべ、そう言い残したあと、来た道を戻り始めた。

 僕も急ぎシンの後を追った。

 そして、路地を曲がると、目の前にシャリィさんが立っていた。


「シャリィさん……」


「あとは私が処理をする」


「……自分がした事だ。俺も行くよ」


事情を知らない・・・・・・・者が居れば、余計面倒なことになる。いいから宿に戻っていろ」


 そう言われると、シンは下を向いてしまう。


「分かったよ……」 


 シンは決してレティシアさんに、良い所を見せようとして少年を殴った訳ではないと思う。

 必死で謝るレティシアさんを、シンは一度も見ていなかった。

 いや、見る事が出来なかったのかもしれない。

 やり過ごそうとしていたシンを変化させたのは、あの子達のレティシアさんへの無礼な態度なのかもしれない……


 僕達は、無言で宿屋まで戻った。

 部屋に入ると、シンは直ぐにベッドで横になり、何やら考え事をしているようだ。

 僕も同じように横になり、まだドキドキしている心臓を落ち着かせようとしていたら、知らぬ間に眠っていた。


 数時間後、シャリィさんのノックに反応したシンの声で目を覚ました。


「シャリィか? 開いているよ」


 シャリィさんは、部屋に入って来て椅子に座った。


「すまなかった、シャリィ。また揉め事を起こしてしまったな」


「事情は聞いて分かっている。揉め事を気にする必要はない」


 ……コレットちゃんも同じ様な事を言っていた。


「あの子達はどうなったんだ?」


「強盗未遂で私が全員を拘束し、警備に引き渡す事も出来たが……」


 シャリィさんの言葉が一瞬だけど止まった……


「レティシアと話し合い、保留にした」


「そうか……」


 何だったのだろう、今の間は……


「しばらくはレティシアの言う事を聞き、大人しくするだろう」


 うつ向いていたシンが顔を上げ、シャリィさんに質問をした。


「……なぁシャリィ、どうしてこの村だけこんなに寂れているんだ。門番は酒飲んで寝ているし、警備らしき奴も冒険者も居ない。それどころか、逆にガラの悪い連中がウロウロしていて、空き家も多い。何なんだよこの村は? 新しい道が出来ただけでこんなになるのか?」


「……この村の事情を聞いてどうするつもりだ?」


「……」「……」


 シャリィさんは事情を知っている。

 そして、軽くだけど、声を荒げるような言い方は、僕達を関わらせたくない、もしくは知られたくない出来事があったということなのか……


「この世界を知るためにも、教えてくれないか?」


 上手い…… そんな言い方をされると、困りますよね……

 シャリィさんは、僕達二人のマスターだ。

 つまり、色々教える立場ということ……

 この世界に来て、初めてシンが積極的に知ろうとしている。

 それにどう答えるのだろうか?


「……」


 ……どうやら、言うか言うまいか、悩んでいるみたいだ。

 

「……どうしても知りたいのなら、私の口からより、村長のレティシアから直接聞いた方が良いだろう。が、そこまでして聞きたいのか?」


 レティシアさんは、舞台で会った時、話を途中で止めていた。

 言葉に詰まるほどの出来事があったと考えるべきだろう。

 そして、さっき必死で謝っていたレティシアさんを思い出すと、直接聞くのは心苦しい。

 シンの決心を鈍らそうとしているのか…… 

 シャリィさんの返しも上手い…… 試している。



「……あぁ、俺はそれでも聞きたい。ユウはどうする?」


 いつも敬意を持って接している女性に、そこまでして聞いてみたいなんて、よほどだね……

 だけど、僕も聞いてみたい。シンの言う通り、この世界を知る為にも理由を知りたい。 


「ぼ、僕も、知りたいです……」


「分かった…… では、レティシアを訪ねよう」



 私達が来た時点で、この村に多少の軋轢あつれきが生じるのは仕方ないが、正体が明らかになる前に村を立ち去れば、大きな問題にはならないだろう。

 だが……今だけは、二人のやりたい様にやらせてみよう。 

 他人を巻き込んででも、釘を刺しておく必要がある……






「ここだ」


「おぉ、さすが村長宅、でかいなー」


 村長さんの家は、庭も広くかなりの豪邸だが、少し見ただけでも手入れが行き届いてるとは言い難いのが分かる。

 雑草が生え、庭木の枝も伸び放題で、まるであの野外劇場の様だ。


「彼女の家であり、この村が繁栄していた頃の服飾組合長の邸宅でもあるからな」


 服飾組合? そういえば、村長さんは舞台で会った時に、服飾の産業が何とかって言ってたな……


 門を開けてドアの前まで行き、シャリィさんがノックをしたが応答がない。

 もう一度ノックをすると、微かに返事をする声が聞こえて来た。


「どちら様でしょうか?」


「私だ」


「シャリィ様!? 直ぐにドアをお開け致します」


 レティシアは、急いでドアを開けた。


 この慌てよう…… シャリィさんの正体を知っているみたいだ。 


「シャリィ様、わざわざご足労すみません。初めにシャリィ様と気づかず、大変失礼いたしました」


 やっぱり……


「こちらこそ突然すまない。この二人から話があるそうだ」


「分かりました、どうぞ、どうぞ中へお入りください」


 僕らは家の中に通されたが、豪邸にお約束の執事やメイドの姿が見えない。

 まさか、この大きな家に一人で住んでいるのかな?

 もしそうなら、掃除だけでも大変そうだけど……

 

「掃除が行き届いておらず、申し訳ありません」


「村長さん、一人で住んでいるのですか?」


 シンがまた敬語だ。


「ええ、お恥ずかしい話ですが、村長と言えども贅沢はできませんので、執事もメイドも雇っておりません。週に1度だけ村人の希望者の中から順番に数名雇い、掃除をしてもらっております」


 ……そうやって村人に仕事を与えているのかな。 


「こちらにお掛け下さい。直ぐにお茶を用意いたします」


「村長さん、お茶はけっこうですので、座っていただけますか?」


 シンがそう言うと、お茶の用意をしようとしていた村長さんは、不安そうな表情を浮かべて正面の席についた。


「今日知り合ったばかりで突然お邪魔して、お聞きするような事ではないと思いますが、どうしても聞いてみたい事がありまして……」


 レティシアさんと話す時のシンは、本当にらしくない。

 もしかして、一目惚れしてしまったのでは?


「……どのような事でしょうか?」


「大変失礼ですが、単刀直入にお聞きします。どうしてこの村はこの様になったのですか?」


 その質問を聞いたレティシアは、一瞬だけシャリィに目を向けた。


「そ、それは……」


 レティシアさんは口ごもり、言葉が続かない。


「……何か裏がある訳では無い。この二人は私のシューラだが、田舎者で世間に疎い。私から教えるより、差し支えなければ村長の口から直に教えてやってくれないか」


「……はい。そのような事情でしたら」


 レティシアさんは、淡々とした口調で話し始めた。


「もう20年も前の話になりますが…… 当時の服飾組合長が急死した事から全ては始まりました」


 急死……


「それまでは、世界中の役者達からこのイドエに、衣装などのオーダーが途切れる事無く入っておりました。何故この様な辺鄙へんぴな村にとお思いでしょうが、その理由は、イドエに代々伝わる魔法服飾技術のお陰でした」


 伝わる……

 魔法技術も、元の世界の職人の技術の様に、伝えて行く事が出来るのか?


「親から子へ、子から孫へと、その技術でイドエは長く繁栄していました。

 ……ですが、当時の組合長が亡くなり、その跡を継いだ新しい組合長は、門外不出の魔法技術を持ってゲルツウォンツ王国の王都に移ろうと突然言い始めたのです」


 突然…… それなら、誰もが新しい組合長が前組合長の急死に関わっていると疑ったのではないかな……


「イドエに残る者、そして、新しい組合長と一緒にゲルツウォンツ国に移る者、残念ながら一蓮托生と思われていた組合は、二つに割れてしまいました。

 イドエに残った職人達は、伝統を守ろうとひたむきに働いておりましたが、追い打ちをかける様に新しい街道が造られ、その結果、イドエに訪れる者が少なくなり、初めに観光業の中からこの村を去って行く者も現れ始めました。

 そして、残った職人達の中からも、新しい組合長の元へ一人、また一人と…… 

 あとからイドエを出て行った人達は、行きたくて行った訳では無く、生活、家族の為に移って行った人が大半です。

 理由が理由だけに、誰も止める事は出来ませんでした。そうやって大切な職人がこの村を去り、産業を失ったイドエは沈む泥船状態で、沢山の町民が連鎖反応でイドエを離れて行きました……」


 なるほど…… 唯一の産業を失い、つぶしがきかなかったのは分かるけど、街道の出来たタイミングが気になる。

 それに、肝心な事を話してくれていない様に感じる。

 どうする……

 これ以上深く首を突っ込まない様にするか…… 俺達はウースに行かなければならない。

 だけど……この人を……


 シンは、俯いているレティシアを見詰めていた。

 




 村の中心から外れた場所にある大きな酒場に、1人の男が駆け込んできた。

 そこでは、酒を飲み、酔っ払った男達が大騒ぎをしており、その中には、シン達がこの村に入った時に寝ていた門番達も居る。


「バンディートさん!!」

 

「何だ!? 酒飲んで気分いい時に、大きな声で呼びやがってぇ」  


「今日村に来た怪しい3人組が、村長の家に行きやしたぜ」


 その言葉を聞いて、バンディートの身体がピクリと動く。


「……おいペッシュ! 門番なのに酒喰らって訳の分からん連中をフリーで入れやがって、この馬鹿野郎どもめが!」


「へぁ~? 何だってバンディートさん?」


 ベロベロに酔っぱらっている門番は、話を理解できていない。


「てめーらもそいつらが村に入って来たのを見てたんだろう!? 報告だけはしやがって、その時に釘を刺しとけ、めんどくせぇ」


 バンディートは、シン達が村に入ってきた時に見ていた3人組に怒鳴り始めた。


「そんな事を言ってもよ~、門番の順番じゃなかったからよ~。ペッシュ達が悪いんだよ~」


「いい加減足の引っ張り合いはやめろ! 昔の縄張りを争っていたころとは違うんだ! 今は仲間だろーが、協力しろや!」


「……すいやせん」


「ったくよぉ~。何者だ、その3人は? まさか冒険者の類じゃねーだろうな?」


「分かりやせんが、二人の男は、下町のガキ共と揉めてましたぜ」


「ガキと…… それでどうなった?」 


「村長が割って入って収めてやしたぜ」


 村長おんなが……


「おい、その揉めたガキ共を何人か連れて来い」


「あい。わかりやした」


 あの村長おんな、まさか悪だくみか~……



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