52 異様


 村の中に入ると意外に広いし、りっぱな建物もある。

 しかし、綺麗とは言い難く、かなりの年月放置されている建物も目に付く感じがした。

 そして、明らかにガラの悪い3人の男達がいる……

 その男達は僕達の方を見ると、ボソボソと何やら話しをした後、直ぐに姿が見えなくなった。


 ……何だか、気味が悪いなぁ。あきらかに普通の人じゃなかった感じがしたけど。


 宿屋の中庭に馬車を停めると、シンが馬具を外しに馬に近付いてきた。

 そして、いつもの服装と違うシャリィさんを見て、目を見開いて驚いているけど何も言わない。

 珍しい……

 絶対に大声で突っ込みを入れると思っていたのに……


 隣接する馬小屋に、馬具を外した馬をシンと連れて行く。

 シャリィさんは宿の手続きをすると言って、受付に1人で入って行った。

 馬小屋は綺麗で藁も沢山敷き詰められており、これならケガをしている馬も大丈夫そうだ。シンの表情も明るくなった。


 それは良いのだけど、この村は……



「なぁ、ユウ」


「何?」


「この世界に来て初めて目にするよな」


 村の雰囲気の悪さの事を言っているのだろう。


「そうですね……」


「魔法が便利でさ、教会とやらのお陰で今まで行った町や村は活気があってさ、良い世界だなって思っていたけど、この村は様子がおかしいし、変なのも居たし」


「はい。僕らはまだこの世界に来て2週間ぐらいですからね。まだまだ知らない事ばかりですよ」


「そうだよな。まぁ日本でさえ誰もが生活に困っていない訳でも無いし、それにここは異世界だからな……」


 そう、僕達は魔法だけでは無く、この世界の事も知らなければならない。


「馬は大丈夫かな? ここまで歩いて来たから、炎症が悪化してなければいいけど……」


「もう一度シャリィさんに診てもらいますか?」


「そうだなって、シャリィいつ着替えたんだ?」


「ジュリちゃんを乗せて出発する時に、森に入って着替えてきましたよ」


「俺、馬車の後ろに居たから全然気づかなかったよ。何かさ、村の雰囲気も悪いし、シャリィが着替えたのも理由があるのだろうな」


「そうですね……」


 それを察して突っ込みを入れなかったのか……


「とりあえず、俺達も受付に行こうか」


「はい」


「後で必ず様子を見に来るからな、安静にしててよ」


「ブルルー、ブルルブル」




 宿屋に入ってみたがシャリィさんの姿は無く、受付にジュリちゃんと母親のドリスさんが立っていた。


「えーと、ツレはもう部屋に?」


「ええ、お部屋に入ってます。これがお二人のお部屋の鍵になります。1階の突き当りです」


「ありがとう」


「トイレはそちらのドアです。あと食堂はこちらのドアから入れます」


「はい、了解でーす」


 今までに泊まった宿屋は、全て食堂と隣接しており、ドア一枚で行き来できる作りになっていてどこも同じだ。

 ただ、この宿では一つ気になったことがあった。

 それは…… 臭いだ。

 元の世界の公衆トイレに似た、独特の臭いを感じた。

 今までは、何処の村や街でも、トイレは魔法のお陰で清潔だったのであまり臭いを感じなかったけど……


「トイレに行く際には、バニ石をお渡ししますので、私か娘に声をおかけ下さいね。受付に居ない時は、食堂の厨房におりますので」


 バニ石を? そうか、あの臭い。ここのトイレには、フータは付いていない。たぶんそうだ。


「バニ石? あー、持っているからいいよ」


「申し訳ありません、ここのトイレにはフータが付いていないもので。バニ石はお貸ししますので」

 

 やっぱりそうか。


「大丈夫大丈夫。あっ、ツレの部屋はどこかな?」


「お客様の一つ手前のお部屋になります」


「ありがとう」


 シャリィさんの部屋に向かい歩き出した僕達に、更に声を掛けくる。


「あの、お客様。ジュリがお世話になりまして、本当にありがとうございます。せめて食事だけでもごちそうさせてください」


「う~ん、じゃあ飲み物だけお願いします」


「うん、そうだね。この人ね、凄く食べるから無料だと気兼ねして食べたいだけ食べれないって思っているんだよ。だから飲み物だけでお願いします」


「かしこまりました。それではお酒は無料でお出ししますので」


「はい、あとで食堂行きます」


「食事の時は私どもに、お声をかけて下さいね」


「はーい」


 二人で部屋へ向かい歩いている時にシンが口を開く。


「ユウ、ナイスフォロー」


 その言葉を聞いて素直に嬉しかった。

 僕達は、自分達の部屋に入る前にシャリィさんの部屋に立ち寄った。


「コンコン」


「……何か用か?」


「いや、先に部屋に入ってるから心配になってな」


「別に気にしなくて良い」


 その返事でシンと顔を見合わせた。

 シャリィさんらしくない返事だ……


「あとな、馬が心配でもう一度診てもらおうかと思ってさ」


「分かった、あとで診ておく」


「食事はどうする?」


「二人が食べに行く時に誘ってくれればいい」


「分かりました。あとで呼びに行きますねシャリィさん」


「あぁ」


 僕等は隣の自分達の部屋に入った。

 ベッドが2つにバニ室もあり、定番の部屋で、何処の宿屋もほとんど同じ作りだ。


「なんかシャリィが変だな?」


「そうですね。馬の件で僕もシンの味方をしたからかな……」


「うーん、急いでいる旅なのに、俺がちょっと無理を言いすぎたのかもな。それか……」


「それか?」


「まぁ、女性は色々と大変だからな」


 言っている事の意味が分からない……


「シャリィにはあとで謝っておくよ。とりあえず村の探索でも行かねーか?」


「はい、行きましょう! と、言いたい所ですけど、身体の方は大丈夫ですか?」


「おいおい、さっきまで馬車を押していたのを見ていただろ? 痛みもほぼ無いし、大丈夫だよ」


 たぶん駄目って言っても一人で出かけそうだし、それなら僕が付いて行った方が……


「分かりました、シャリィさんに許可貰ってから行きましょう」


「そうだな、これ以上不機嫌になられても困るし、そうしよう」


 僕達は再度シャリィさんの部屋をノックしたけど応答はない。

 馬小屋かと思い行ってみたけど、そこにも居なかった。


「しょうがねぇ、許可は無いけど村の探索行こうぜ」


「……そうですね」



 この時、シャリィは部屋に居た。

 シンとユウの呼びかけに応答をせず、ベッドで横になり一人くうを見つめていた。

 




 村の探索に出て直ぐに気付いた事がある。

 それは、人の姿はまばらで、やはり雰囲気が良くない。

 あと、他の村や町では当たり前だった清潔感もない。

 

 そして、またしてもガラの悪い人達がいる。村に入った時に見た人達とは違う人達で、今度は5人組だ。


 何か、僕達を観察しているような感じで嫌だな……


 シンも気づいていて、一度だけチラ見をしていた。

 最初に見た人達も、この人達も、まるで山賊や強盗団の様に見える。

 どうしてあの様な連中が街中にいるのだろう。

 その理由を考えていると、シンが大きな声を上げた。 


「おい! あそこ見てみろよ」


「えっ、どこですか?」


「あれ、あれ!」


「あっ!? 何ですかあれは?」

 

 シンの指差す方角には、大きな階段の様な物が見えている。


「行ってみようぜ!」


「はい」


 無邪気に走って行くシンのあとを追いかけていたけど、後ろが気になり振り返ると、ガラの悪い人達は、何やら話しながら僕達を見ている。

 本当に雰囲気が悪いなこの村は……



 大きな階段に近付いてみると、そこは、すり鉢状になった野外劇場だった。



「おぉ~、すげー立派な劇場だな~」


「はい! 大きくて沢山人が入りそうですね。だけど……」


「あぁ……」


 大小様々な石を組み合わせて作られた劇場は、さながら古代の遺跡のようで、僕達の心を圧倒した。

 しかし、よく見てみると、最近は使用されていないのは直ぐに分かった。

 石の座席や舞台には、コケやカビ、そして雑草も至る所から生えている。


「もったいねーな、こんなかっこいい劇場があるのに使われないってよ」


「はい」


「あとさ、この村は空き家も目立つよな~」


「そうですね、新しい街道沿いの町や村に、引っ越したのかもしれないですね」


「そうだな…… ちょっと舞台に立ってみようぜ」


「うん」


 舞台に走って行くシンは少し楽しそうに見えた。


「お~、良い眺め~。この座席の迫力に圧倒されるな~」


 うん、確かにそうだ。せり上がって行く観客席は、大きな大きな石の波の様で、舞台にポツンと立っている僕は、圧迫感と解放感を同時に感じていて、実に不思議な気分だ。


 今まで感じた事のないその気持ちに浸っていると、隣に立っているシンが、突然唄い始めた。


「心の灯消えない様に愛してくれてありがとう♪」

 

 聴いた事のない歌だ……


「雨の日も雪の日もぬくもりをくれてありがとう♪」


 もしかして、即興で作ったのか?


「すみわたる変わらぬ青い空の下 暖かい太陽に照らされて 未来の見えない旅の準備をしよう♪」


 それにしては、う、上手い!

 言っては悪いが、シンらしくないと言うか、そのイメージからは唄が上手いようには感じられなかった。

 だけど、これは本当に上手だ。

 初めて聴く歌なのに、聴きほれてしまう……

 そして、この歌詞…… 未来の見えない旅の準備……

 もしかして、僕達の事を唄っているのかな……


 それにしても、この舞台に立っていると、僕までもが、唄っているみたいだ。

 あ~、素晴らしい高揚感だ。


「ふたっ……」

 

 不思議な魅力のある舞台で歌っていたシンは、急に歌うの止めた。


 ちょっ、ちょっと!? そこで止めないでよ! ふたっの後は何? その続きをもっと聴きたかったのに……


 シンを見ると舞台袖の方を向いていた。

 僕も釣られて見てみると、一人の女性が僕達の方を見つめていた。


「パチパチパチ」


 その女性は拍手をしたあと、話しかけて来た。


「感情がこもっていて素晴らしいでしたわ」


 詩? 

 この時僕は、シンは歌っていたのに詩を・・褒めるって、おかしな褒め方をする人だなと思っていた。


「あ……」


 この人は……


「あ、ありがとう……ございます」


 あれあれあれれ~? シンが…… あのシンが、なんと女性を見て緊張しているようだ!?

 だけど、その理由はなんとなく分かる。

 声を掛けて来た女性の瞳は…… その瞳はまるで、まるで……


「すみません勝手に舞台に上がってしまって……」


「いいえ、見ての通り今は使われておりませんので、誰も咎める人はいませんよ。この村には観光で来てくれましたの?」


 僕達がこの村の人じゃないって分かっている。

 そんなに人口が少ない村なのかな…… 


「えぇ、まぁ、そんな感じです」


 シンの口調がいつもと違う。やはり、緊張しているみたいだ。


「ここ、凄くいい野外劇場なのに、何か、勿体ないですね」


「そうですね…… これでも、昔はとても華やかな劇場でしたのよ。有名な劇団が代わる代わる年中公演をしていました。その当時私は子供でしたけど、今でも覚えていますわ」

 

 そんな劇場が、新しい街道が出来たというだけで、このありさまになってしまったのかな。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。初めまして、このイドエ村の村長、レティシア・ヒューストンです。旅の方はどちらからおいでて下さりましたの?」

 

 村長さん…… こんな美人で気品のある人が、この村の村長!?

 正直に言ってしまうと、この村には似付かわしくないと思ってしまった。


「あっ…… は、初めまして、僕はシン・ウースと申します。イプリモから来ました」


 シンが僕? 申します?


「ぼ、僕はユウ・ウースです」


 どうやら、レティシアさんの雰囲気に圧倒されている様だ。

 僕もだけど……


「いかがですか、この村は?」


「え、えーと、さっき着いたばかりなので…… まだ少ししか見てませんが、あー、静かで良い村ですね」


 この村の場合、静かと言ってはいけない気がするけど……


「そうですか…… かつてこの村は、演劇に関わる仕事を産業としておりまして、その中でも特に服飾が有名でした。国内外の俳優の衣装を作っておりましたの」


「そ、そうなんですね」


「当時は人口も多く、村ではなく町でしたわ。この舞台は、40年ほど前に俳優組合が感謝の証として建設してくれましたの……

 そして、それはそれは素晴らしい俳優たちが、無償でこの舞台に立ってくれていました。子供の頃……もう20年も前の話ですけど、今でも覚えています。あの頃の事が懐かしくて、今でも一人こうして、時々劇場を見に来てますの」


「20年前ですか…… 僕は2歳ですその時」


「うふふ、私は6歳でしたわ」


 2歳と言ったのは歳を聞くための誘導だな……

 因みに僕はその時は0歳だけど、言った方がいいのかな?


「そ、その町だったのが……あの~、新しい街道のせいで今の様になったのですか?」


 今の様って、シン、けっこう攻めてるよその質問……


「……街道のせいだけではありません」


 シンの質問で、レティシアさんの表情が曇った。

 何か深い理由があるのかな……


「あっ、すみません。何か、余計なこと聞いちゃったみたいで……」


「いいえ、こちらこそすみません。実は……」


 レティシアさんは、そこで話を止めてしまった。

 

「あー、無理に話さなくていいですよ。ほんとすみません」


「いえいえ、こちらこそ話を途中で止めてしまってすみません。滞在中は楽しんでくださいね。何か不都合がございましたら、私で宜しければいつでも話を聞きますので。それでは、ごきげんよう」


「は、はい! あ、ありがとうございます」


「ありがとうございます」



 去ってゆくレティシアさんを、僕はその姿が見えなくなるまで目を離す事が出来ずにいた。

 どうやら、シンも同じみたいだ。

 


「ふぅ、ごきげんようか…… なんかさ、凄い瞳だったな」


「はい、一瞬エルフかと思いましたよ」


「ふ~ん……」


 ふ~んって、シンは他種族に興味ないのかな? 魔法にもあまり興味を示さないし……


「ユウ」


「はい」


「あの人にあの表情されたら、この村で何があったか気になるよな」


「はい、僕も気になってます」


「……それとさ、もう一つ気になる事があるんだよな~」


 もしかして、レティシアさんのスリーサイズとかかな?


「ユウの話し方」


「えっ!? 僕ですか?」


「うん。普通に話したり、敬語だったりでさ」


「あ~、たぶんそのうちに、どちらかで統一されると思いますので」


「分かった。敬語でなくていいからね」


「はい。長い目で見て下さい」


 急に僕の話に…… レティシアさんに圧倒されてしどろもどろになっていた照れ隠しだな。フフ、意外なシンを見ちゃった。


「了解。じゃあ、そろそろ戻ろうか? シャリィが心配しているかもな」


「そうですね」


 先ほどユウが見たガラの悪い5人組は、レティシアがシン達と話をしているのを遠くから見ていた。

 話終えたのを確認すると、数人が何処かへと急ぎ走り去って行った。

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