51 分かれ道




 結局シンはまた動けない魔法をかけられ、馬車ではなく芝生のような草むらで横になって、馬具を外し、自由に動ける馬の見張りをさせられている。


「動けないので正面しか見れないぞ」


 ……動けなくても、文句ばかり言っている。


「馬が居なくなりましたー」


 昼食の準備をしている僕達の邪魔するかの様に馬の報告をしてくるけど、シャリィさんは一向に魔法を解こうとしない。



 もぅ……この二人は本当に……お似合い・・・・だ。



 釜戸に薪や枯草を置き、シャリィさんが手で何かをはらう様な仕草をすると、枯草や小さい枝から、そして薪へと火が点いてゆく。

 今回の様に昼食を自分達で作った事があるので、何度か見ているけど、魔法はやはり凄いし便利だ。


 因みに、フエゴ石という魔法石は、火をおこしてくれる。

 この魔法石の場合、手で持っていると火傷をしてしまうので、インフォルマという棒状の魔道具をフエゴ石に当てて使うらしい。

 宿屋で照明を点灯させていた指輪もこの類の魔道具で、ある一定の範囲が決まってはいるが、手に持っていなくても、唱える事で発動させることが出来る。


 そして、フエゴ石を知って一つ分かった事がある。

 それは…… シンのライターには価値は無いということだ。

 無論、異世界の品なので希少価値はあるのだろうが、火をおこすという意味では価値は無い。

 

「ユウ、鍋を取ってくれるか?」


「あっ、は、はい。お鍋ですね」


「頼む」


 調理道具等は馬車に置いてある。

 他にもお酒の入った樽にシンや僕の着替え、そして剣や弓等の武器等も。

 僕もシンもまだ魔法や剣をシャリィさんから習ってないけど、いざって時はこの剣を使って自分の身を守れってことだよな……


「シャリィさん、お鍋を釜戸に置きました」


 シャリィさんは鍋に水と、朝出発した村で購入していた野菜と肉を入れた。

 味付けは塩のみだけど、この簡単なお鍋が抜群に美味しい!

 特に自然を楽しみながらの食事は本当に最高だ。


「よし、完成だ。シン、魔法は解いてある。食事にしよう」


「待ってましたー! おぉ! 俺も肉食って良いの!?」


 シンのケガは本当に治っているのかもしれない。

 そう思うほどのスピードで走って来た。


「どの皿でもいいのか? これを貰うぞ!」


 肉が多めに入っている皿を手に取りガツガツと食べ始めた。


「ゆっくり、良く噛んで食べる様に」


「うんまー、うんまー、生き返る~。シャリィは料理上手いよな、頑固だけど」


 一緒に食事をしていたシャリィさんの手が止まった!

 どうして余計な一言を言うの!?

 僕が誤魔化さないと……


「あー、えーっと、シャリィさん。今日の目的地は何て町ですか?」


 シンの方を睨んでいたが、僕の方を見て質問に答えてくれた。


「そうだな、この先で道は二股に別れていて、新しい街道の方が安全なので、その先にあるセッティモという町、もしくは更に先にある町で宿を取ろうと思っている」


「そうなんですね。また新しい町が見れるので楽しみです! 名物とかあるのかなぁ?」


「セッティモは確か、小麦粉を練って細く伸ばした物をスープに入れた、ランゲだったと思うが、その食べ物が有名だ」


 スプーンを持つシンの手が止まった!


「小麦粉を練って細く伸ばしたものがスープに入っているだと!?」


「……そう言っただろ?」


「それは本当の話か?」


「何故私が嘘をつく必要がある?」


 シンは真剣な表情で僕を見て来た。


「……ユウ!」


「うん、シン!」


「それってもしかして……」


「うんうん! もしかして?」


「ラーメン!」「ラーメン!」


 二人で言葉がハモる!


「うぉぉぉー! ラーメンもどきでも良いから食べたーい」


「シャリィさん、早く、早く行きましょう!」


「フフ」


 良かった少しでも笑ってくれた。

 ったく、シンも頑固とか余計な事を言わなければいいのに。


 はやる気持ちを抑え、片付けを終えてからもゆっくりと休憩をした。


「ブルルー、ブルルルー」


「おーいシャリィ」


「どうした?」


「馬の様子が少しだけどおかしい様な気がするんだ」


 シャリィさんが馬に近づいて行く。


「……どうやら脚の付け根を痛がっているようだ」


「魔法で何とかなるのか?」


 シャリィさんは馬に手を翳し眼を閉じた。


「骨折はしていない、恐らく疲労から炎症をおこしている。軽症ではあるが……」


 その言葉を聞いた途端、シンは動揺していた。


「ごめんなー、気づいてやれなくてー。俺のせいだ」


 シンは馬の顔を抱き、本気で馬に謝ってるようだ……

 だけど、シンは動けず殆どの時間を馬車で寝ていた。

 責任があるとすればそれは僕の責任だ。


「シャリィさん、どうしましょう?」


「そうだな、魔法をかけたからセッティモまでは無理をさせなければ大丈夫だと思うが問題はその後……」


「その後は?」


「セッティモでこの馬を売って新しい馬を買うことにしよう」


 その言葉を聞いたシンの身体がピクリと動いた。


「……売るのか?」


「そうだ」


「……何とか売らない方向にならないかな?」


「……治るのを待つより馬を買い替える方が早い」


 シンは俯き、何かを考えている。


「もし、売らずにこの馬がウースまで行けたとしたらどうなる?」


「……ウースの村人が飼う事になる」


「ウースの村人は馬を大切にしているのか?」


「あぁ、ウースではこの種の馬は貴重だ。大事に面倒をみるだろう」


「じゃあさ、尚更ウースまで一緒に連れて行こう」


「……駄目だ。私たちは先を急ぐ。馬は買い替える」


「そう言わずに頼む、シャリィ。この馬の脚が治るまで待ってやってくれ……」


「……」


 シンが動物が好きなのは知っていた。何か思い入れが強すぎるような気がするけど、馬の変化に気付けなかった僕にも責任はある。


「あの~、シャリィさん。馬の脚が治るまで待つことはできませんか?」


 ユウもシンと同じ意見か……

 二人の世界は平和で物があふれていると言っていたな。

 その為か、動物に対する価値観が随分違うようだ……

 予定が狂ってしまうが、今なら・・・問題はあるまい。


「……分かった、次の町で馬の回復を待とう」


「シャリィさん、ありがとうございます」


「良かったなおまえー、売られないってよー」


「ブルルー、ブルルル」


 馬を休めるため、更に長めの休憩を取り、僕らは再び出発した。


 シンは馬車に乗らず歩くと言い出した。

 たぶん馬の負担を少しでも軽くしたいと考えての事だろうが、あれほどシンのケガに対して神経質だったシャリィさんが承諾したのには少し驚いた。

 馬車は、馬の炎症を考慮して、ゆっくりと進んでいる。

 こっそり後ろから覗くと、シンは馬車を押していた。

 まだ怪我も治ってないのに何をやってんのだか……

 

 そういえばシンに頼んで身体を鍛えようと思っていた。

 取り合えず真似をして僕も歩こうっと。


「シン、僕も歩くよ」


「んぁ? 気にするな俺は鈍った身体を起こしてるだけだ」


「僕もちょうど身体を鍛えたいと思ってて」


「分かったよ、一緒に押そう」


「うん」


 シンと一緒に馬車を押してみたけど、僕の力で馬車が動いているという感覚は皆無だ。

 けど、もしかしたらケガをしている馬が少しは楽になっているかもしれない。そう思うと自然と力が入った。

 シンを見ると、汗だくで馬車を押している。


「ドォー、ドォドォ」

 

 シャリィさんが馬車を止めた。 


 馬車のスピードが、だんだんと遅くなっていた事には気づいていたけど、どうして止まったのだろう?


「どうしましたシャリィさん?」


 馬車の横から前を見ると10歳前後の女の子が道の端に立っていて、その子がシャリィさんに話しかけて来た。


「ねぇ、おねえさん。今日は何処まで行くの?」


「……セッティモだ」


「旧道は通らないの?」


「あぁ、その予定はない。迷子なのか?」


「ううん、うちの宿のお客さんを探しているの」


 宿の呼び込み……

 それにしてもまだ明るいとはいえ、10歳ぐらいの女の子が一人で立っていて危険じゃないのかな?


「シャリィさん、この子は?」


「恐らく旧道にある村の子だ。新しい街道が出来て通行量が減り、経営が難しくなっているのだろう……」


 ……僕らの世界でも良く耳にする話だ。


「まだ明るいですけど、この子は一人で大丈夫ですか?」


「普通は大丈夫ではない」


「えっ!?」


「街道沿いは整備されているとはいえ、昼間でも魔獣やゴブリンなどが現れる場合もある。それに山賊や誘拐など悪行をする者も多く、冒険者は仕事をこなしているが、全ての悪人が街道沿いから居なくなったわけではない」


 それに旧道となると……



「そ、それなら放ってはおけないですよ」

 

 こんな子供を……


「シャリィ、セッティモとその子の村とどちらが近いんだ?」


 シャリィは子供に問いかけた。


「どこから来た?」


「……イドエ」



 イドエ……



「……この子の村の方が近い。ここからゆっくり走って2時間ほどだ」


「じゃあ送ろう。馬もケガしてるし、近い方が良いだろう。ついでにその子の家の宿に泊まればいいよ」


「……」


 シャリィさんは直ぐには返答をせず、少し何かを考えている様だ。

 どうしたのだろう……


「……そうだな。このまま置いて行く訳にはいくまい。だがこの子を送ったら私達は再びセッティモを向かう」


「はぁ? 近くに村があるのならそこでいいじゃん! 回り道になるなら、わざわざ馬に無理させる必要は無いだろ? せめて今日1日だけでも」


「……分かった」


 シンはシャリィさんの言葉を聞くと、女の子に話しかけた。


「お嬢ちゃん、お名前と歳は?」


「ジュリ。歳は10歳……」


「よーしジュリちゃん、ここに乗ってもらおうかな」


 シンはそう言ってジュリちゃんの脇を抱え、馬を操作してるシャリィさんの隣に座らせた。


「ありがとう、おにいちゃん」


 ……その役は僕がしたかったな。


「ユウ、隣に座って話し相手になってやれよ」


 えっ!? 


「う、うん、分かっ……た」


「俺は馬車の後ろをついて行くよ。シャリィ、近いならスピード落としてもっとゆっくり行こう。その方が馬に負担がかからないだろ」


 まだ馬車を押す気なのかな……


「……少し待っていろ」


「は、はい」


 シャリィさんは、一人森の中に入って行った。

 そして、服を着替えて直ぐに戻って来たけど、剣を提げていない……

 髪の毛も束ねていて、その…… 失礼かもしれないけど、凄く可愛い……

 

 シャリィさんが再び馬車の戻り、僕がジュリちゃんの隣の席に座ると、馬車をゆっくりと動かし、そして二股の道を旧道の方に向け走らせ始めた。


 どうやらシンはシャリィさんが着替えて来たのを見ていないようだ。

 その証拠に何も言わない。

 見ていたら、絶対によけいな事を突っ込むだろう。


 それにしても、シンにジュリちゃんの話し相手になってやれと言われたけど、この世界の10歳の女の子と何を話せばいいのやら……

 いや、元の世界でも無理だろう。僕にはハードルが高すぎる。


 うーん、どうしよう……

 好きなアニメを聞いてみようかなって、この世界には無いに決まっているだろ!?

 スマホゲームもしていないだろうし……

 駄目だ、何も思いつかない。頭の中がぐるぐるする。


「親は客引きを知っているのか?」


 何も話さない僕に見兼ねてなのか、シャリィさんが女の子に話しかけた。

 

「ううん、黙って一人で来たの」


「だろうな。まともな親なら、村から離れた場所に10歳の子を一人で行かせるわけはない」


「……」


 女の子は黙ってしまった。


「どのくらいの時間あそこに立っていた?」


「朝から……」


 この子は一人で数時間もあの場所に……


「……長く居たのにもかかわらず、魔獣にも悪人にも出会わなかったのは運が良かった。

 しかし、その運が次もあるとは思わない方が良い」


「はい……」


 ジュリちゃんは下を向き、顔を上げなくなってしまった……


 会ったばかりの女の子に厳し過ぎるかも知れないけど、シャリィさんの言っている事は正しいと思う。


 日本でさえ女の子の一人歩きは安全とは言い難い。

 ましてやこの世界では、魔獣などもいる。今無事なのは奇跡かもしれない……

 それにしても、僕達以外の旅人も多く通過していたはずだ。

 なのに、誰もジュリちゃんを送ろうとか思わなかったのかな……


 それからは会話も無く、僕も何を話して良いか分からず、ずっと黙ったままだった。

 旧道というだけあって先ほどまでとは違い、誰ともすれ違わない。

 それに道も整備されておらず、不気味な雰囲気すら感じる。


 2時間ほどすると村が見えて来たが、入り口にはどこの町や村にも居るはずの門番の姿がない。

 シャリィさんに目を向けてみたが普段通りで、特別警戒をしている様子もない。

 つまり門番が居ないのは、村が襲撃されたとか、そういう類の理由では無いという事だ。


「も、門番の人がいないね?」


 女の子の隣で緊張してたけど、勇気を出して声を絞り出してみた。


「うん、いつもだよ。いないか寝てる」


 寝てる? ずいぶんいい加減だな……

 

 その時、ちょうど門の方から女性がキョロキョロしながら慌てて道に飛び出してきた来た。


「お母さーん」


 ジュリちゃんの声で僕らの方を向いた女性は、馬車に向かって走って来る。

 シャリィさんが馬車を止めると、ジュリちゃんは僕をまたぎ馬車から飛び降りた!


「ジュリ、何処に行ってたの!?」


 母親と抱き合うジュリちゃんを見て、ここまで送って来て本当に良かったと、心からそう思った。


「心配かけて。何処に行ってたのか言いなさい」


「分かれ道のところ……」


「どうして…… どうしてそんな遠くまで一人で」


 母親は目からは涙が溢れていた。


「すみません、ジュリを送っていただいて、ありがとうございます」


「気にしなくていいよお母さん」


 シャリィさんは黙っていて、何て返事して良いのか分からず困っている僕に変わってシンが返してくれた。


「本当にありがとうございます」


「いいよ、こっちも馬がケガしててね、出来るだけ近い村に来たかったんだ」


「私はドリス・モリスと申します。藁を敷いた馬小屋もありますので、どうぞそちらを使ってください。料金はけっこうですので」


「いや、お金はちゃんと払うよ。あとジュリちゃんに聞いたけど、家は宿屋って。それなら今日泊まりたいけど、部屋空いてますか?」


「ええ、もちろん空いてます。是非お礼もしたいのでお越しください」


「じゃあ、案内頼みますね」


「はい、こちらです」


 馬車をゆっくりと動かし門をくぐると、いないと思っていた門番は3人人いたが、大きなイビキをかいて寝ていて、馬車に乗っている僕の所までお酒の匂いがしてきた。


「……」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る