54 集結
村長宅にて、話はまだ……続いていた。
「実は……私事ですが、急死した組合長は、私の祖父です」
レティシアさんのお祖父さん……
「そして、私の両親は、この村を捨て、出て行った中の一人です。新しい組合長に付いて行った訳では無いのですが、仕事が無くなったイドエを離れ、セッティモに移り住み、そこで私を育ててくれました」
セッティモ…… 本来なら今日の目的地の一つだった町だ。
「私は幼少期を過ごしたこの村を忘れる事が出来ず、両親の反対を押し切り、3年前に戻ってまいりました。かつて祖父と共に、組合で働いていてくれていた人達は、イドエを捨てた私を、
いくら幼少期を過ごした思い入れのある村とはいえ、若くて美しい人がこんな所に戻って来るなんて……
それだけで、レティシアさんの村に対する、何か強い意思があるということか……
「そうですか……」
そして、村人達も、戻って来たレティシアさんをすんなりと受け入れ、村長にまで後押しするなんて……
これは、亡くなったお祖父さんが、かなり信望のある人物だったのかもしれない。
「村長さん。もう一つ、お聞きしたいのですけど、村に居るガラの悪い奴等は何者ですか? 何人かが、俺達の跡をつけて来てましたが……」
レティシアさんは、シンの質問に対して、目を伏せ、歯を食いしばった。
「すみません…… 無理に話さなくても結構ですので……」
シンは、何かを察して質問を撤回したが、レティシアさんは口を開く。
「その人達は……」
「バンディートさん、連れてきやしたぜ」
「離すっぺぇ!」 「ナナ、逆らうでねぇっぺぇ」
酒場に連れてこられたのは、先ほどシンに殴られた少年と、ナナという女の子だった。
「おぅ、良く来たな。お前等に聞きたい事がある」
「あたし達はお前なんかに用はないっぺぇ!」
「はん! 威勢の良い嬢ちゃんだなおい」
「ナナ、落ち着くっペぇ。バンディートさん、何の用だっペぁ?」
バンディートは少年を睨みつけ、威圧している。
「お前等、いったい何処の誰と揉めたんだ?」
「わ、わかんねぇっぺぇ。たぶん、ただの旅人だっぺぇ」
「旅人ねぇ…… 村長が止めに入ったらしいな。そいつらは村長の知り合いか? 正直に言えよ! 言わないと……」
バンディートはナナを見た。
「……」
少年は無言で、下を向いている。
「ほぉ~ん、言わねぇつもりか…… おい、その嬢ちゃんの服を脱がせてやれ、汗をかいていて暑そうだぞ」
「へい、わかりやした」
一人の男が、ナナの服に手をかけた。
「ふざけるでねぇっぺぇ! 触るな!」
「あ~、服を脱がすのかぁ~、俺がやるよ~俺が~」
「引っ込んでろペッシュ! おい、この子とあの
服を引っ張られているナナを見た後、少年は項垂れ、ゆっくりと口を開いた。
「言うから、言うから止めてくれっ……」
「おい!」
「チッ、脱がしたかったのによ~」
バンディートの一声で、男はナナの服から手を離した。
「……知り合いかどうかまでは分からないよ」
「ほぉ~、村長がお前と揉めた奴の名前を呼んでいたのはこいつらから聞いているんだぞ! はぁ~、まさか俺に嘘をつくとはね~」
「……おらは、おらは、あいつに殴られて、その後の事は覚えてないんだ。だから、嘘は言ってないよ……」
「お情けで下町を任せてやっているのに、俺が呼びつけないと報告に来ない。殴られて記憶が無いと嘘をついたりっと……」
バンディートの目付きが鋭く変化した。
「俺の子分は村中で監視している! そんなこと知っているだろうが! バレ無いとでも思ったのか!? それとも……もう2、3人お前の仲間を連れてこさせようか?」
その言葉を聞いた少年は、観念して口を開き始めた。
「村長が名前を呼んでいたのは知ってました。けど、そんな仲が良いとは感じなかったから……」
「そうか……」
「……」
「お前の判断なんか必要無いんだよガキが! 黙って報告だけしていればいいんだ! 俺様に嘘までつきやがって! まさかガルカスの方だけに報告している訳じゃねーよな!?」
バンディートは大声で少年を脅す。
「報告……してない」
その迫力に負け、小声で返事をしたが、ここぞとばかりに更に脅しをかける。
「あ~、聞こえないぞ!」
下を向き、黙った少年を見てナナが声を荒げる。
「あたし達は関係ねーっぺぇ! あの野郎達が村長の知り合いだろうと関係ないっぺぇよ! 村は普段と何の変りもねーっぺぇ!」
ナナは、バンディートよりも大きな声で言い返した。
「うるせー嬢ちゃんよ~、威勢が良いのも大概にしとけ」
そう言うと、ナナの胸ぐらを左手で掴み引き寄せ、右手をゆっくりと上げ、平手打ちをしようしたその時、少年は床に膝を突き、許しを請う。
「止めてくれバンディートさん! 殴るなら、おらを殴ってくれ!」
「あ~、いいぜ~」
そう言うと、バンディートはナナを片手で放り投げ、少年を蹴り倒した後、馬乗りになり何度も、何度も殴り始めた。
「やめてぇー! お願いだからやめてぇー!」
止めに入ろうとしたナナの髪の毛を男が掴む。
しかしナナは、髪の毛を掴まれながらも、絶叫し止めるように言うが、バンディートは手を休めない。
拳を、幾度となく少年の顔面に叩きつける!
「やめてぇー、やめてぇぇぇ!」
必死で止めるナナの言葉を聞いたバンディートは、少し間を置き笑い始め、殴る手を止めた。
「ぎゃはははは、お前まで言葉が戻ってるぜ~」
頭と身体をくねらし、ナナは強引に男の手を振りほどき、少年の元に駆け寄りる。
髪の毛を掴んでいた男の手には、抜け千切れたナナの髪の毛が、数百本も握られていた……
「大丈夫? ねぇ、大丈夫だよね?」
「ケッ! 大人しく答えて嘘もつかなけりゃ、殴られる事も無かったのによ~。さてっと……」
あの
もう一度、しっかりと脅した方が良さそうだな……
「おい、起きろ馬鹿共! 村長の家に殴りこむぞ」
酔っぱらって寝ていた者達が、その声で目を覚ます。
「あぁ~、家? ……おおお~、バンディートさん、今度こそあの女をやっちまっていいんですかい? もぅたまんねーっスよ~、あの女色っぽくてよ~」
「そうだな、少々お灸をすえる必要があるな。村の奴等との協定だが、よそ者を呼び寄せて家に招いているくせに、俺に報告も何も無い。この時点で破ったのは村側だ。ヤラれても文句は言えまい」
これを機に村長を抑え、村人を従わせてカルガスより前に出てやるか……
「うひょー! やっとあの女とヤレるぜぇ! 俺が1番だからなぁ!」
「ふざけんな! 早い者勝ちだぁ! バンディートさん、直ぐに行きましょうよ」
「ハァハァハァ、俺は今日村に来た女を貰うぜ! 良い女だったぜあいつはよー。1番と言いたいところだが…… おい、この前の賭けの負け分を順番で払うぜ。お前にあの女の1番を譲るから、負けをチャラにしてくれよ」
「……駄目だ」
「なんでだよ、あんな良い女なのによ~。村長の方が良いのかよ?」
「俺は…… 俺は今日村に入って来たイケメンを貰う」
「……」 「……」 「……」
……こいつ男色だったのかよ!?
全然知らんかったわ……
男達は、目が点になり、心の中で全員が同じ事をハモっていた。バンディートまでもが……
「ナ、ナナ、村長さんに伝えるっペぇ」
「けど……」
「おらはいいから、行ってくれ、後から直ぐ行くっ……ぺぇ」
「……うん」
少年は、仲間の一人が男色だったと分かり、
「その人達は……」
レティシアさん、何度か言葉を詰まらせ、吐き出すように答えた。
「その人達……は、さ、山賊です……」
「山賊?」
どうして、どうして村の中に山賊が?
もしかして、産業を失い、仕事が無くなった職人達が山賊になってしまったって事なのかな……
そして、山賊だと知っていて村に放置していると言う事は、この村が加担していると言っても過言ではないのかもしれない。
何故、冒険者ギルドに依頼して討伐してもらわないのだろう?
「正しくは、元と言った方が良いのかもしれませんが……」
元? いったい何なんだ、この村は……
「ドンドンドン!」
「村長さぁーん!」
「ドンドンドンドンドンドン!」
「開けてぇーー!」
突然ドアを激しくノックする音と、絶叫する女の子の声が聞こえて来た。
レティシアさんを始め、僕もシンも驚いていたけど、シャリィさんだけは冷静だった。
ドアを叩いているのは、誰なのだろうか?
レティシアさんは驚いた表情のまま、玄関に走って行った。
「ナ、ナナちゃんなの? どうしたのいったい!?」
「はぁはぁはぁ、に、逃げて村長さん! あいつらが、バンディート達が来るの!」
「バンディート達が……」
心配になり、玄関に掛けつけた僕とシンの前には、床に座り込んだ少女が逃げる様にと声を荒げている。
これは……ただ事ではない。
女の子はかなり急いで走ってきたようだ。息が大きく、大きく乱れている。いったい、バンディートって誰なんだ!?
その時、何となく後ろに気配を感じて振り返ると、シャリィさんが玄関に向け歩いて来ていたのだが……
いつの間に服を着替えたのだろう。普段の冒険者の出で立ちに戻っている。だけど、剣は携えていない……
「ユウ、この子と、それに村長さんと家の中に居ろ。絶対に出てくるなよ」
シンは何かを察して、厳しい表情で僕にそう言って来た。
「う、うん。分かった!」
玄関のドアを閉める間もなく、大勢の話声と足音が聞こえて来たと思ったら、門の前にゾロゾロとガラの悪い男達が集まり始めていた。
こいつらがさっき言っていた山賊達か、さ、30人はいるぞ……
一人だけ、馬に乗っている奴がいる。
凄く分かりやすい。たぶん、あいつがリーダーで、バンディートだ!?
そ、それに……
一人の男が、シンに殴られた少年を背後から羽交い絞めにして、まるで僕達に見せびらかすかの様に先頭に出て来た。
それを見たレティシアさんは絶叫した……
「いやあああぁぁぁ」
その悲鳴を聞いたシンは唇を噛み締めて、怒りから身体を震わしていた。
少年の顔は大きく腫れあがり、原形を留めていない。
頭や顔は血だらけで、立っているのも苦しそうだ……
「離して! 私が代わりになるから、今すぐその子を離してぇ!」
山賊達の元へ駆けようとしたレティシアさんを、シンが静止するが、止まらない。
シンはレティシアさんの前に回って抱き着き、無理矢理その歩みを止めた。
「ユウ! 村長さんを家の中へ!」
「う、うん」
レティシアさんのお腹に手を回して家の中に引っ張っぱろうとしたけど、動かない。
「村長さん、やめて、お願いだから戻ってぇ!」
女の子も一緒にレティシアさんを押したが、僕達を振りほどこうと暴れている。
足を滑らした僕につられ、三人で玄関前に転んだ。
だけど、その結果レティシアさんを止める事が出来た……
「うひゃひゃ。村長、ほらこっちに来てみろよ。約束を破りやがったのはお前だ。今からその身体で落とし前をつけさせてもらうからな~。うひゃひゃひゃ」
大声で汚らしく喚いた男に続いて、他の男達も気持ち悪い声で笑い出している。
別の男はシャリィさんを見るなり、裏声の様なしゃがれた声で捲くし立てて来た。
「おぅおぅおぅ! いたなぁ色っペぇねえちゃ~ん。お前は俺が1番だぁ! たっぷりと喜ばせてやるからなぁ」
くっ、くっそぅ、シャリィさんに対してなんて無礼な!
許せない……
「ヒュー、良い女じゃねーか! こいつか、今日村に来た怪しい奴ってよ。お肌を斬らない様にこん棒で相手してやる。そして、俺が2番だぁ!」
「村長~、お前は俺が可愛がってやるぜ! ずっとずっと、この日を夢に見てたぜぇ。ウヒヒヒヒヒヒヒ」
「お~い、そっちのにいちゃん! お前にはこいつが用があるってよ~」
そう紹介をされた男は、シンを見て頬を赤らめた。
「ポッ。やだ~、やっぱりかっこいい」
……カミングアウトしたから、もう隠す気ゼロなのね!
山賊たちは皆、同じ事を心で思っていた。
シャリィさんとシンは、山賊達の方に向かって歩いて行く。
「おぅっほほほ~。自分から来るって、好きものだなお前ら~。そんなに早く俺に抱かれたいかぁ」
その言葉に、シャリィは全く反応しない。
山賊の遠吠えなど、耳にすら届いていなかった。
「シン、お前ユウ達と一緒に居ろ」
「あん? 冗談だろ!? 俺が突っ込んで注意を引き付けるから、あの子を助けてやってくれ」
「……フッ。残念だがお前の出番は無い。異世界の
「……分かった。ここは俺の世界じゃない。シャリィに従うよ」
「フフッ。ずいぶんと聞き分けが良いな」
「何て言うとでも思ったか? 俺もやる!」
「そう言うと思っていた」
「分かっていたなら、最初から止めるなよ」
「フッ」
イプリモであれだけやられたくせに、まだこの世界の者に立ち向かおうとしている……
二人は、門を出て、大勢が待ち構えている所に自ら足を踏み入れた。
……ん? あの女、何処かで見たような……
バンディートは、近付いて来たシャリィを見た瞬間、今まで感じた事のない不安を覚え始めていた。
何だあの女…… 何かが、何かがおかしい…… イ、イフトが!?
「ヒュー、近くで見るとたまんねぇーぜ。更に色っぽい服装に着替えやがる! ハァハァハァ」
男は両手を前に出し、シャリィさんの胸を揉むような仕草をしながら近づいて来た。
シャリィさん……
気が付くと、シャリィさんの右手が、肩の高さに上がっていた。
あれ? いったい、いつの間に手を動かしたのだろう……
「うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁぁーーーー」
悲鳴をあげたのは、シャリィさんに近づいて来た男だった。
いやらしく動かしていた両手が、あらぬ方向に曲がっている!
まぢかよ!? 手を振り払っただけで、こんなにも威力が……
「ひぃやああああああああ」
その悲鳴と曲がりくねった腕を見た山賊達は、怒号を上げ、こん棒を振りまわしながらシャリィさんに襲い掛かって来た。
「おらあぁぁぁぁ!」
シャリィさんは、自ら集団の中に突っ込んで行くと、男達はまるでボウリングのピンの様にバタバタと倒れて行く!
山賊達の振り上げたこん棒は、振り下ろす間も無い。
明らかにスピードが違う……
……速い。
それだけではない。テンプル、顎の先端、喉……正確に急所のみに打撃を加えている。
ミッチェル、カマチョ、ジョーンズjr、今まで見た尊敬するボクサー、その誰よりも軽やかな動き……
まるで、まるで、風だ!?
俺が所々しか目で追えないなんて、いくら何でも、速過ぎる……
スピードの、桁が違う!
少年を羽交い絞め居ている男は、無残に倒されて行く仲間達を、驚愕の表情で見ている事しか出来ないでいた。
シンはその男に近づき、パンチを繰り出そうとするが、その前に男は白目をむき倒れていく。
既にシャリィによって倒されていたのだ。
フラフラと足元の定まらない少年を抱きかかえ、ホッと胸を撫で下ろしたシンにゆっくりと近付く男が居る。
シンはシャリィの戦いに目を奪われてしまい、全く気付いていない。
「あっ!? シン!!」
ユウの声で、敵の存在に気づいたシンは、身を挺し少年の前に立ち、男の方を向き、身構える!
先手を取った男は、シンの前で沈み込む!
くっ、しまった! 気づくのが遅すぎた。
男は、シンの前で片膝をつき、素早く左手を差し出してきた!
やばい、ま、魔法か!?
「おっ、お友達から、お願いします!」
「……ほ、ほへぇ?」
その時、意表を突く男の言動で、間違いなく時は止まり、皆は動けずにいる。
おまけに僕には、その時の景色が白黒で見えていた……
シャリィさんだけは、止まっている時の世界でも動けるようで、ツカツカと歩いて来て、シンの前で片膝をつき、まるでプロポーズでもしているかの様な男の頭を、平手で叩いた。
「パーン!」
乾いた音が響き渡り、男は左手を差し出したポーズのまま、前のめりに倒れていった。
「……」 「……」
初めて見たシャリィさんの戦い。
流れる水の様な美しさに感動し、身体が震えていたけど、最後の男のせいで、うっすらと心は冷めていた……
うん、別にシンが悪い訳じゃないけど、何故かシンを責めたい気分だ……
なにはともあれ、少年を救出出来た事に安堵したが、うめき声すらあげる事も出来ず倒れている男達の中に、バンディートの姿が無い事に僕は気付いた……
バンディートは、シャリィに近づいた男が一瞬で両腕を折られたのを見て、驚いて馬から転げ落ちたあと、すぐさま強化魔法を使い、走って村の外へと逃げ去っていた。
「はぁはぁはぁ」
ま、間違いない。前に、冒険者ギルド支部で一度だけ、たった一度だけ見た事がある。
あ、あいつは、あいつはSランのシャリィだ!
か、勝てる訳がない! けど、何故!? 何故あの捨てられた村が、あんな大物を呼べるんだ!?
「おっ、おっ、おかしいだろうがよぉー!」
バンディートの絶叫が、静まり返っている闇夜の旧道で、響き渡っていた。
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