55 決断


 

「ピュールルルルル~、ピュールルルルル~」


 イドエ村から数キロ離れた森の中の上空を、夜だというのに数羽の大きな鳥が、美しい鳴き声を発しながら旋回をしている。

 この鳥の名は、アカメ。翼開長はゆうに3mを超え、10mを超えるものも存在していると言われている。

 この鳥は、その名の通り、目は深紅に輝き、並外れた視力を持っているため、闇夜の中でも何の問題も無く飛行することが出来る。そして、ある・・魔獣以外の全ての生物を襲う。無論人間もその対象である。

 

 地上では、数匹の魔獣が何らかの肉を喰らっていた。

 上空のアカメ達は、どうやらそのおこぼれを狙っている様だ。

   

 一羽のアカメが、魔獣から数メートル離れた場所に転がり落ちた何かを見つけ、狙いを定め一気に急降下してくる。

 その凄まじいスピードから、獲物の目前で一気に大きな翼を広げブレーキと浮力を同時に得る。

 まんまと魔獣の目を盗み、鋭い爪で獲物を掴み取り、上空に飛び去って行く。

 

 その獲物とは、バンディートの頭だった…… 

 

「……あーあ~、持って行っちゃった~。まぁ、いいか。残さず食べてくれるよね」


 その者は、バンディートの身体を喰らっている魔獣に話し掛ける。


「お前達も、残さず食べてくれよ。そうじゃないと…… 僕が怒られちゃうんだ~」



 


 



「シャリィ、外で倒れている奴等はどうする?」


「放置しておく」


「えっ、そのまま置いておくの?」


「あぁ、奴らの行動は把握できる。問題ない」


「……分かった」


 元はといえ山賊なのに、拘束もせず放置するなんて……

 倒したから終わった訳では無い……と言う事なのか。


 

 レティシアとナナは、ソファに座り込んでいる少年を心配し寄り添っている。

 そこに、シャリィが近づく。


「ジッとしていろ」


 少年にそう言うと、軽く手を翳した。


「大丈夫、骨折はしていないし、頭の中の出血もない。医療魔法をかけておいた、このまま放置していても、1、2週間で良くなるだろう」


 シャリィの魔法で、少年の外傷からの出血は直ぐに収まり、痛みも引いてゆく。


「ありがとうございますシャリィ様…… 本当に、本当にありがとうございます」


 シャリィは無言で小さく頷いた。



 村長さんが様付で呼ぶこの人は…… さっきの戦いといい……


「はぁあああぁぁあ。ふぉあああああ」


 うゎ、何だっペぇこいつは? 病気だっぺぇか?

 さっきから変な声出して、気持ち悪い奴だっぺぇ……


 僕は何度も何度もシャリィさんの戦いを思い出し、ハイテンションになってしまい、完全に自分の世界に浸っていた。


「ははは、またユウが変な声だしてるよ」


 この二人は、一体何者だ…… っぺぇ……


「村長さん……」


「どうしたのナナちゃん」


「こいつら誰だっぺぇ?」


「……こ、この人達は」


 返事に困っているレティシアさんを見て、シャリィさんが口を開いた。


「頭を見せてみろ。血が出ている」


「えっ? だ、大丈夫です」


 ナナは緊張してシャリィから目を逸らし俯いてしまう。


「髪の毛を引っ張られたのか?」


「は、はい……」


 シャリィはナナにも医療魔法をかけた。


「これで大丈夫だが、しばらくは痛みは残る」


「あ、ありが、どう、ございます」


「この二人は、私が今から送って行く。シンとユウはレティシアとここで待っていてくれ」


「分かりましたシャリィさん」


 シンは少年に声をかける。 


「なぁ、大丈夫か?」


「大丈夫だっぺぇ。痛みもなくなったし、少しフラフラするぐらいだっぺぇ……」


「せめて門の外までは俺の肩に手を置いて歩いて行くか?」


「頼むっペぇ……」


 血も止まっているし、もう普通に歩いている……

 もしかして、もしかしてこの人は本当に…… 

 

 ナナは、驚きと様々な感情が入り混じった表情でシャリィを見詰めている。

 

 少年とナナを連れ外に出ると、倒れていた男達の姿は誰一人としていなくなっていた。

 シャリィは、直ぐに目を覚ます程度の打撃を、計算して加えていたのだ。



 まさか、意図的に…… あの人数相手に、そこまでの余裕があったのか……



「一人でも歩けるっぺぇ」


「……ん? そうか。じゃあ俺は戻って待ってるよ」


「あぁ、直ぐに戻る」


 この人……帰り道で、聞いてみよう。

 

 ナナはそう決心していたが、結局、緊張から、シャリィに聞かれた事に対して、答える事しか出来なかった。

 

 シャリィは少年とナナを連れ、街灯の無い暗闇に消えて行った。


  




「ふぅ~」


 レティシアは大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとしていた。

 戻ってきたシンが気にかける。


「あんな事があったので驚いてますよね。座りましょう」


「いえ、大丈夫です……」


「……そうですか。え~と……」


 コミュ力お化けのあのシンが、話を続ける事が出来ないようだ。

 ……無理もない、それほどシャリィさんの戦いは凄まじかったし、それに、この村の事はまだまだ分からない事だらけで混乱しているのだろう。

 それと…… 戦いの最中にいきなり見ず知らずの男から告白された訳だし……


 僕も、レティシアさんにはまだまだ聞きたい事はあるけど、シャリィさんが戻るまで、またさっき見た戦いを思い出していようっと!

 

 ユウは、再び自分の世界に浸り始める。


 

「……あの~」


「は、はい。何でしょう?」

 

「……いえ、すみません、別にあの……」


「……はい。あっ、お茶を、ハーブティはお好きですか? 淹れてきますね」


「は、はい。ありがとうございます。あっ、手伝いますよ」


「お気になさらずに、座っていて下さい」


「……分かりました」

 

 レティシアは、ハーブティを淹れるため、部屋から出て行ってしまった。


「ふぅ~」

 

 とりあえず、皆が無事で良かった。

 シャリィが戻って来たら、恐らくまた話を始めると思うが、何処まで聞いていいのやら…… 答えてくれるかも分からないし……

 居なくなった山賊達は、何処に行ったのだろう?

 回復したら村長さんに報復しに来るかもしれない。

 この村に来た時、シャリィは服を着替えていた。それは今思うと、当然山賊達に冒険者だとバレない様にするためだ。

 無益な争いを避けるため……

 そして、さっきはわざわざいつもの冒険者の服に着替え直した……


 つまり、己の存在を隠すことなく圧倒的な力の差を見せるため…… だが、にも拘らず、山賊達の命を取る事も、拘束する事もしなかった。

 それは、この村を現状のままにするというメッセージなのか……


 あの山賊達がそれに気づいてればいいが、気づいていなければ無用にまたいざこざが起きそうだ…… が、確か馬に乗っていた男は逃げていたな。

 ただ単に、シャリィの強さに驚いたのか、それとも、正体に気付いた……

 

 はぁ~、結局今の事態を招いたのは…… やはり俺だろう。

 

 逃げた男の事もあるし、兎に角、もう放っては置けない……

 ユウ、村長さん、村の人達、すまない。シャリィの忠告通り、ジュリちゃんを送ったあと村を離れれば良かったのか……

 だけど、だけどそれだと……


「はあああぁあ、ふぁああああ」


「おわぁ!」


 深く考え込んでいたシンは、ユウの歓喜の声に驚いてしまう。


「良いタイミングで、声をあげるよな~びっくりしたよ」


「えっ? 何か言ったシン?」


「……いーや、何も言ってないよ」     


「あれ、レティシアさんは?」


「ハーブティを淹れに行ってくれているよ」


「えっ、そうなの? 全然気づいていなかった」


「ふっ、ふふふふふ、ほんとかよ?」


「あは……あははは。やばいね僕……ボケたおじいちゃんみたい」


「ふはははははは」


「あはははははは」


 ハーブティを持ってドアの前に立っていたレティシアは、二人の会話を聞き、心に落ち着きを取り戻し、少しだが微笑んでいた。が、ある決心を固めると、険しい表情に変化してゆく。





 シャリィさんも無事に戻り、先ほどの争いが嘘の様に4人でのんびりとハーブティを飲んでいる。


 いいのかな、普通にお茶なんかしてて?

 う~ん、しかしこのハーブティ、美味しいなぁ~。

 なんかさ、女性にウケが良さそうな感じだ……

 

 なんてね。


 女性に全く縁の無かった僕に、女の人の好みなんて分かる訳もない。

 だから、想像だよ、想像なんだけど…… シャリィさんが戻って来てから、これと言った会話も無く、口から生まれて来たようなあのシンも、無言でハーブティを飲んでいる。


「カチャ」


 ティカップを置いたレティシアさんは、僕達の方を真っ直ぐに見てきた。


「私の話を、聞いていただけますでしょうか?」 


 レティシアさんの表情は真剣だ。

 そして、シャリィさんの表情も同じ……


 シンは直ぐに返事をせず、僕の方を一度見て来た。


 僕にも分かる。この話を聞くと、もう引き返せない。

 いや、既にそこまで来ていると思う。

 僕は…… 僕は…… 冒険者だ!

 魔法はまだ使えないけど、冒険者として、もう知らないふりは出来ない!


 シンの目を見て、ゆっくりと頷いた。


「村長さん…… 是非、お聞かせください」


「祖父の跡を継いだ新しい組合長は、イドエに妨害工作を仕掛けてきました。新しい街道が造られたのも、全てその工作によるものです」


 やはりそうか……


「その煽りを受け、旧街道沿いにあった他の村も人口が減り、その結果セッティモに移り住む人達が増え、セッティモは前以上に大きな町となりました。お話した通り、私の両親も私を連れ、そちらに移り住みました」


 レティシアさんの両親が移り住んだのは仕方ない事だけど、関係のない他の村までもが……

 可哀そうな話だ。


「イドエに残った人達は、勿論抵抗致しました。不正な圧力に関しては、冒険者ギルドや警備に報告をし、教会にも助けを求めました。

 ですけど、新しい街道沿いの村や町に、冒険者ギルド支部の移転が決まりました。警備も同じです。

 冒険者、警備、そして教会の人の中には、この村側に立って最後まで残ってくれた人達も居たと聞いております。私も小さい頃でしたが、数人覚えております……」


「……」


「その人達は、今どこで何をしているのか…… 行方が知れないそうです」


 ……そ、そんな。


「そして、最後には教会までもが、イドエから離れて行きました」


 いったいどういう事なんだ……


「そんな事もあり、イドエを訪れる人は激減致しました。その結果はお話した通りです。仕事が無くなり、かつての町民たちはイドエを去って行きました。だけど、去る者が居れば、訪れる者も居ました……」


「それが、山賊や犯罪者達ですか?」 


「……はい」


「……」


 酷い話だ…… 冒険者ギルドまでもがイドエを捨てて離れて行くなんて。その結果、取り締まる側が居なくなったこの村に、犯罪者が押し寄せて来た。

 その新しい組合長は、街道を造らせたり、冒険者ギルドまでをも動かせる権力を持っているのか……

 冒険者ギルドは、本来なら助けないといけない困っている人達を見捨てた。

 僕は、自分が……自分が冒険者になれて本当に嬉しかった。

 けど、今は、複雑な心境だ……


 それに、こんな事を考えたくは無いけど、シャリィさんもこの村の現状を知っていたのは間違いない。

 それなのに…… それなのに……


 いや、この世界を知りもしない、浅い考えしか出来ない僕がそれを決めるのは早すぎる。

 シャリィさんにはシャリィさんの理由わけがあるはずだ。


 それに、結局さっきは山賊達を倒してくれた。

 拘束はしなかったけど…… 


 少し沈黙が続いたあと、シンが口を開いた。


「あいつらは……この村に金を落してくれていましたか?」


 えっ、どういう意味だろう?


「……はい。この村には、先ほどのバンディート以外にも沢山同じような人達が居ます。入れ代わり立ち代わりやって来て、争いも多くおきましたが、村に居座ったあの人達は、この村で生活をし、例外なくお金を落とし、経済的な影響、そして労働力としても……」


 そういう事か……

 つまり、産業の無くなったこの村は、そういう連中のお金も、生きて行く為には必要な資金と言う訳か。

 犯罪者だから追い出せば良いなんて、単純な話ではない。

 だから、シャリィさんはあいつらを拘束しなかったのかな……


「この村の、今の産業を聞かせていただいて宜しいでしょうか?」


「はい。この辺りは標高が1000メートル以上あります。高地でしか育てる事の出来ない品種の小麦は成長が早く、病気にも掛かりにくく、味の評判も良いです。

 それにこのハーブも同じく高地でしか栽培できない物で、小麦と並んで栽培しております。そして、収穫した小麦を製粉した物をセッティモなどに卸しており、それが今現在、この村の主な産業です」


 この辺りにしか出来ない産業がまだあったんだ!?

 だったら……


「そ、その生産を増やす事は出来ないのですか?」


「この辺りは、平野が少なくて、農地を広げるのが大変でして……

それに、魔獣を退治できる者も居ないので、今ある農地を守るのが精いっぱいで……」


 そうだった、味方してくれる冒険者がいないし、魔獣も存在しているのだった。

 さっき聞いたばかりなのに、馬鹿か僕は……


「……農地や町に運ぶまでの道中を守ってくれているのも、山賊達って事ですか?」


「……はい」


 つまり、この村にとってあいつらは無くてはならない存在。門番をしていたところを見ると、この村の治安も山賊達が守っていたということか……

 それはもう、本当に元山賊と言った方が良さそうだ。

 だから、バンディートが逃げてもシャリィさんは気にしていなかったのか……

 


「私は……祖父が大好きでした。皆から慕われていた祖父が誇りでした。

 イドエは私の故郷です。何か力になれないかと戻って来て、村長になりましたが、何も、何も出来ません。あいつらの言いなりになる事しかできないのです」


 レティシアは俯き、膝の上に置いている手を強く握っている。


「……」


 それは、仕方のない事だ。冒険者ギルドも警備も居ないこの村で、いったい何を頼りにして村を変える事が出来るというのだ。

 現状を守り、これ以上村人が減る事を防ぐ以外ない。

 だから、レティシアさんが責任を感じる必要は無いのだ……


「シン」


 それまで黙っていたシャリィさんが、シンの名を呼んだ。


「ここまで話を聞いて、お前の知識と力でこの村を変える事が出来るのか?」


 シャリィさん、それは、かなりきつい言葉です。


「この村の話にはまだ続きがある。だが、もう聞く必要あるまい。昔に何が起きたのかは関係ない。今、この現状を見るべきだろう」


 ……確かにこの村の話の根はさらに深そうだ。

 そして、シャリィさんの言う通りだ。

 全ての山賊達を追っ払えば、残った小麦の産業はどうなる……

 守っていた山賊が、今度は襲う側になる。

 それに魔獣対策も出来なくなってしまう。

 そうなれば、この村の最後の産業迄奪う事になるかもしれない。

 他に選択肢が無いとはいえ、今は山賊とこの村、両者の利害が一致している。


 何の保証も無いのに、暴力でそれを壊すのは…… 間違っている……と言わざるを得ない……


 だけど…… レティシアさんがよそ者の僕達にここまで話してくれているのは、助けて欲しいからだと思う。

 何とか、この村を昔の様な、活気のあり平和だった村に戻したいのだろう。

 

 助けてあげたいけど…… けど…… 僕は何て無力なんだ。


 異世界に来ても元の世界の僕と何の変わりはない。

 全く役立っていないじゃないか……

 世界が変わっても、僕が変わった訳では無いのだ……

 浮かれて、それを、それを忘れるな。


 ユウは項垂れ、言葉を発しなくなった。




 僕達はレティシアさんの家をあとにして、宿屋に戻って来た。

 一縷の望みを掛けて話してくれたレティシアさんには、本当に申し訳ない。

 何の策も打ち出せず、シャリィさんに従って家をあとにしている時の、レティシアさんの表情を忘れる事が出来ない。

 そして、シンも同じぐらい打ちひしがれた表情をしていて、宿に戻ってから、ベッドで横になり、一度も言葉を発していない。

 

 食事に来ない僕らを心配していたモリスさんに断りを入れ、シャリィさんは、当初の予定通り明日この村を出発すると伝えていた。


 そして、レティシアさんや村人に再び危害を加えるような行為をしないよう、出発前に山賊達と話をつけるらしい。


「ユウ……」


「……はい」


「俺は、無用な波風を起こしてしまったんだな……」


「……シンのせいじゃないよ。シャリィさんがあの子達から聞いた話だと、山賊達が勝手に勘違いしたって言っていたし……」


「そうかもしれないが、元はと言えば、俺が馬を買いかえる事を反対して始まった話だ」


「それは…… それは違うよ!」


「うん?」

  

「だって、ジュリちゃんを、あそこに一人で置いておけるわけないし、そこに間違いは1ミリも無いよ! もし仮に、あのまま置いて行くなんて話になっていたら、僕は…… 僕はウースに何て行かない! あんな小さい子を助けないなら、冒険者になる意味もない!」


 ユウ……


「それに、馬のケガに気付かなかったのは僕のせいなんだ! 

 馬の事を思えば、この村に留まったのも間違いじゃない!」


「……」


「今はまだこの世界の事を知らないし、僕には何の力もない…… この村の手助けも出来ない! 悔しくて、悔しくてたまらないんだ。僕は、冒険者だけど、冒険者じゃないのと同じだ! だって、何も出来ないんだよ、この村の為に、何も、何もできないんだぁ」


 ユウ…… それは違う。俺達は出来る事がある…… あるんだ!


「二人で……」


「えっ?」


「よーし!」


 シンはそう言うとスクッと立ち上がった。


「すまないが、ちょっとシャリィと話をしてくるよ。ここで待っていてくれ。戻ったら直ぐに説明をするからさ」


「えっ? うん、それは全然大丈夫だけど……」


 二人でって何だろう?


 シンは部屋を出て隣のシャリィさんの部屋に向かった。


 おしっ! まずはシャリィを口説かないとな!


 シン…… もしかして落ち込んでいたのじゃなくて、この村のために出来る事をまだ模索していたのかな。


 ユウは優しく微笑んだ。


 ……何故だろう、シンの気持ちに触れられると気分が良い。

 僕も…… 僕も何か役に立たないと! この村を離れるギリギリまで、浅くても良い。少しでも少しでも考えるんだ!


 

「コンコン」


「入れ」


 ドアを開け部屋に入ると、シャリィは俺を真っ直ぐに見つめていた。


「話があるのだろう。座れ」


「あぁ」


 椅子に座り、さっそく話を始めようとしたが、先に用事があるようだ。


「医療魔法をかけ直す」


「あー、そうだった。頼む」


 ……昼と変化はない。

 あれだけ動き回ったのに、非常に順調だ。

 

「終わった。それで?」


「ありがとう。どうしても聞きたい事があってさ」


「……分かった。どのような事を知りたい?」


「この世界の事だ……」


「……私から聞いていいのか?」


「……」


「お前がイプリモで私の話をろくに・・・聞かなかったのは、この世界に来たばかりで何も知らない状態で、偏っているかもしれない私の話を聞くのを恐れていたからだろう」


「あぁ、行動だけじゃなく、そういう面も自由にさせてもらって感謝している」


「……それで?」 


「聞きたいのは、表からは見ることの出来ないものだ……」


「……」


「教えてくれるか?」


「いいだろう」


 シャリィは、シンの真っ直ぐな瞳を見つめ返していた。







 ……なるほど、異世界と言っても人間の作った仕組みだ。大きな差はない。

 しょせん人は、世界が違っても人の域から出る事は出来ない。

 他種族が存在するこの世界で、ここは幸いまだ人が作り上げた国だ。それなら、俺の考えは、通用するかもしれない……


「シャリィ、それなら…… この村を変えるために、手伝って欲しい」 


「……」


「村長さんの家での話を忘れた訳じゃない」


「なら変える必要は無い。それにレティシアが変化を望んでいるとしても、他の村人はどうだ? 全員が同じ方向を向くなんてありえない話だ」


「そうだな…… だけど、この村に戻って来て、たった数年であの人が村長をしてるというのは、そういう事だろ? 村長さんが協力してくれるのなら、村人も……」


「……私が何故争いの前に服を着替えたか分かっているのだろう? 暗に身元を明かし、一度抜かれた剣を、元の鞘に納めるためだ」


「あぁ…… 分かっているよ」


「私がお前に言いたいのは一つだけだ。己の立場を忘れるな!」


 シャリィのその一言は、全てを物語っている。


「……忘れてなどいない!」


「……」


「俺は何の為にこの世界に送られて来たんだ? 今はその理由は分からない。だけど…… それを知りたがっているのは俺だけじゃない! お前もだろ、シャリィ!」


「……」


 シャリィは、鋭い眼で、シンの瞳を見つめている。


「俺とお前が今一緒に居る事が…… それ自体が指し示している」


 無言でシンを見詰めるシャリィ。


「俺は、この世界での己の価値を、この村から見出してゆく!」


 まだ早い。そう言いかけたシャリィは、開いた唇を閉じた。


「俺の話を聞いてくれ。聞いたうえで、それでも浅知恵と思うのなら反対してくれていい。その時は、シャリィに従い黙ってこの村を出てゆく」



 二人は互いを見つめ合い、無言の時間が流れる。

 


「……いいだろう。話を聞こう」


「ありがとう」


「それで?」


「まず、当然ながらこの村で新しい事を始める。それは俺達の世界の……」


 シンは丁寧に、言葉を選びながら、丁寧に細部まで説明をした。


「……その話は私には理解できない。で、その時点で上手くいかなかった時は?」


「あぁ、理解できないのは仕方がない。勿論上手くいかなかった時の案も考えてある。まず、こう例えて考えてくれ……」 



 話のやり取りを数時間したシャリィには、シンのやりたい事は理解できたが、シンの言う通りに成功するのかは、今の時点では分からなかった。

 それがシンの話を聞いて導き出した答えだったが……


 

「どうかな…… この話の要点を汲んでみて、見込みはあるかな?」


「……」


 辻褄は合わせたと思うが、未知数な部分も多々ある。 駄目か…… 断られても仕方ない……

 シャリィには、いや、この世界の者達には理解しがたい話もあるし、この計画には、時間も資金も、他にも沢山のものが必要だ。

 

 それに……


 

 シャリィは決断を迷っていた。


 何故ここまで必死になっている……

 自分のわがままでこの村に滞在し、今のような状況になった事を後悔しているからなのか。

 それとも、レティシアに対する好意からか……

 いったい何処までを自分の責任だと背負うつもりだ。


 それとも、まさか本当に、己の存在価値を見出し試したいのか……


 先を急ぐ私達は、本来ならそんなものに付き合ってはいられない。

 だが…… 二人がこの世界に来たことで、既に始まっている。

 それなら、最初はこの村がうってつけかも知れない……

 

「良いだろう」


「えっ!? まぢで? 本当に良いの?」


「ただし、ユウとレティシア、二人が賛成し、協力するのであれば、私も手を貸そう」


「おぉ、本当か!? よーし、さっそくユウに言ってくるよ! あぁっと、ユウには……」


「分かっている。表向きな話しかしない」


「助かるよシャリィ!」


 シンは、大急ぎで部屋に戻って行った。


「……フッ」


 一度軽く笑ったシャリィだが、その表情は直ぐに険しくなる。


 一人で来たのはユウに聞かせたくない話があったのは分かるが、過保護すぎる。

 美しいものばかり見せた子供は、どういう風に成長するのか、誰にでもわかるはずだ……

 馬に肩入れする今の様な甘い思考では、二人は必ず命を落とす事になる。



 だが、それも、遅かれ……早かれ……か……



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