56 一縷の光
「チチチチィ」 「チュルルルル~」
清らかな小鳥のさえずり。
優しい陽の照る殺伐とした庭先で、一人の女性が俯き、一点を見詰め、呆然と階段に腰かけている。
山賊達との協定を破り、よそ者に村の内情を話してしまった結果得たものは、終わりの見えない絶望感だけ。
癒すはずの優しい小鳥のさえずりも耳に届かず、レティシアの心は壊れかけていた。
ふと何気なく門の方が気になり、ゆっくりと目を向けると、朝日を背に何者かが敷地内に入って来る。
あのバンディート達が報復に来ることは十分に予測できた。
しかし、この時、何故かレティシアは不思議と不安を感じていなかった。
その者は、いや、その者達は、座ったままのレティシアに近づいてくる。
朝陽が眩しく、目を細めていたレティシアの前で、その人物は、柔らかな陽を遮るように立ち止まる。
少し笑みを浮かべているその者は、レティシアを見詰め、ゆっくりと口を開いた。
「村長さん、俺の、俺達の話を聞いて頂けますか?」
無言で見つめるレティシアの瞳には、乾いた地表を満たすかの様な、沢山の涙が溢れ出てくる。
「俺達を信用して、この村を変える、その覚悟はありますか!?」
掌で涙を拭りレティシアは立ち上がる。
そして、その人物を真っ直ぐに見つめ、答える。
「……はい!」
シンはその言葉を聞いて、小さく何度か頷き、優しく微笑んだ。
昨晩
「ユウー!」
「うあぁぁ、何!?」
「あー、すまない驚かせたみたいだな。実はさ、シャリィにこの村を変える相談をしていたら、ユウと村長さんも協力するならシャリィもその話に乗るって言ってくれてよ」
「本当!? 僕はもちろん賛成だけど、いったい何をするつもりなの?」
「今からする話をこの世界で実現出来るのは、ユウ、お前だけなんだ!」
「えっ…… ぼ、僕だけ?」
「あぁ、そうだ。フフフフ」
シンは怪しい笑みを浮かべて僕を見つめている。
「ゴクリ」
その表情を見て、思わず生唾を飲み込んだ。
「な、何なの、僕にしか出来ない事って?」
「ユウ、実はな……」
「う、うん……」
「どうぞ、おかけください」
「すみません、ありがとうございます」
レティシアは、はやる気持ちを抑える事は出来なかった。
「申し訳ありませんが、さっそくお話を……」
「はい。この村がこの様な状態なのは……理由は色々……あると思います」
シンは、言葉を選んでいた。
「要は、産業と呼べるものが小麦とハーブしかない事も大きな問題です」
「はい」
「そこで、この村にしかない、唯一無二なものを作ります」
シンが、間違えずに言えた……
「唯一無二……」
「はい」
「……それはどのようなものでしょう?」
「それは……」
レティシアは真剣な表情をして、自然と身を乗り出す。
「ユウに説明してもらいます。ユウ、頼む」
「う、うん」
レティシアの視線はシンからユウに向けられる。
目の合ったユウは少し照れくさそうに頬を赤らめてしまう。
「そ、それは……」
この場に居る全員がユウを見詰める。
「あ……あ、あ……」
見つめるレティシアの視線のせいなのか、思った通りの声が出ないが意を決して声を張り上げた!
「こ、この村で……あ、アイドルを作ります!」
レティシアは、その言葉を聞き、神妙な表情をうかべる。
「……すみません、この様な村で過ごしている私は、外の情報に疎いもので…… あいどると申しますと?」
少し離れた場所に立ってその様子を伺っているシャリィは、昨晩のシンとの会話を思い出していた。
「あのりっぱな野外劇場、そして村長さんから少しだが演劇の話を聞いた」
「それが?」
「この世界にも演劇があって人々の娯楽になっているのだろ?」
「あぁ、その通りだ」
「それをこの村で復活させる」
その言葉を聞き、口を開きかけたシャリィを遮るように、シンは話を進める。
「分かっている。この村に協力をする劇団など皆無。だから、ここの村人を使う」
「……」
「勿論、そんなものが通用しないのも分かっている。例え通用しても、山賊が支配するこの村に客なんて誰も来やしない、そうだろ?」
無言で頷くシャリィ。
「そこでだ、俺達の世界で流行っていた事をこの村でやる」
「……それは、どういうものだ?」
「えーとだな、どう説明すればいいのかな? まぁ、ハッキリ言うとだな……」
シンは丁寧にアイドルの説明をした。
「そんなものでこの村に人を呼べるとは思えない」
アイドル…… その話は少しだがイプリモでユウから聞いた……
「あぁ、それは村長さんと初めて会った時の
シンの話は、机上の空論にしか聞こえず、そんな話に賛成する意味は一つもない。
「お前のやろうとしている事に、例えここの村人が賛成しても、教会や冒険者ギルドの助けが無いと無理だろう。当然ながら、お前はこの村の事をまだ理解していない」
「ああ、それも考えてある。その時はさっきシャリィから聞いた話を、どうしても表が無理な時は裏を使う」
「……それから?」
「だが、この計画は無論、表を重視しておく。裏と同じか……いやそれ以上に重要で、出来れば同時進行で進める。そして、表の計画を実行するには、シャリィ、お前の協力は不可欠だ」
「……」
「世界に6人しかいない、Sランク冒険者の威光をフルに使ってもらう」
「……何故私が何の縁も所縁も無いこの村の為にそこまでしないといけない? 己の立場を不味くしてまで」
「……お前は何の為に俺達を保護しているんだ!?」
「……」
「初めて会った河原では、芝居までして俺達の何を確認していた? まぁ、大体の想像は付くけど……」
「……」
「シャリィが今している事は、この世界の秩序に反している」
「……」
「世界最高ランクの冒険者であるお前は、己の組織を偽ってまで俺達を保護している。そしてこの村も、話を聞く限り、この世界の秩序から脱している…… 自分には縁も所縁も無いと言ったな!? お前は、嘘をついている」
何かを確信しているかのようなシンの投げかけに対し、シャリィに微塵の変化もみられない。
無反応なシャリィに、シンも何の反応もせず、淡々と話を進める。
「ただとは言わない。この村で、俺のやりたい事をやらせてくれたら、俺は大人しくウースに付いて行くと約束する」
無理やり連れて行く事など造作でもなく、シンの提案には何の効力も無い。
だが、シャリィはあえてそうしないでいる。シンもそれを理解した上での発言であった。
「……」
「だから頼む、納得したら協力してくれ」
「……話を続けろ」
「あぁ! それでな、人を呼び寄せる方法はだな……」
シャリィは三人のやり取りを、無言で見つめている。
「ユウ、アイドルを分かりやすく説明してくれ」
「う、うん」
ユウは、大きく息を吸い込み、一気に口を開く。
「アイドルとは、成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物の事です!」
「……は、はい?」
「歌やダンス・演劇・衣装などを用いて、人の持つ魅力を全面に押し出し、異性のみならず同姓世代も超えて虜にし、時には冷たく突き放し、時には家族の様に寄り添い、ファンとの距離感を微妙に保ちつつ、共に成長します」
「……はい」
「そしてアイドルはオタクの、いいえ、この世界でも、全ての人達の生きる糧となります!」
「お、オタク? この世界?」
レティシアは、思わず首を傾けてしまう。
やべー!
「あーっと、ユウ、そこまでそこまで」
「えっ!? ちょっと待ってよシン! まだ1/3も語ってないよ」
「そうだよな。分かる、ユウの気持ちは十分分かっている。だけど、まずは要点を話して、村長さんに理解してもらおう」
ユウは、その言葉で少し冷静になる。
「あっ…… ごめん、つい興奮してしまったみたいで……」
「いや、全然大丈夫! その話も必要だもん。だけどまずは、なっ!?」
「うん、そうだね」
うつ向き、ユウの言葉を思い返すしているレティシアは口を開く。
「つまりは、俳優ということでしょうか?」
「はい、そうですね。だけど、ただの俳優ではありません」
シンは、ユウと二人でアイドルについて説明をした。
「それが……アイドル……」
ユウの熱弁を聞いても、レティシアの表情は冴えない。それどころか、逆に苦悩している様だ。
……無理もない。俺達の正体を知っているシャリィでさえ
突然こんな話を聞かされて、直ぐに納得するわけないよな…… そこでだ……
「村長さん」
「は、はい!」
考え込んでいたレティシアは、驚いた様に返事をする。
「今回のこの提案は、シャリィが全面的にバックアップしてくれると、約束してくれています」
その言葉を聞いたレティシアは、一人だけ立っているシャリィに目を向ける。
シャリィはレティシアと目が合うと、小さく頷いた。
その行為は、本当に小さく何気の無い物であったが、レティシアの心を奮い立たせるには、十分だった。
「分かりました! 詳細をお聞かせください」
その言葉を聞き、周囲には悟られない程度に、シンは微笑んだ。
「よし! ユウ、アイドルの話も再開だ」
「うん!」
ユウは自らの体験談を熱くレティシアに語る。
だが、言葉を選びながらの会話は、ユウにストレスを与えていた。
くぅ~、元の世界の事を隠さないといけないから、こんなのだと、上手く説明できないし、アイドルの魅力を十分伝える事が出来ないよ~。
「失礼ですが、その…… アイドルには何処かの国で実績のあるものなのでしょうか?」
「勿論ですよレティシアさん! にほっ」
シンは、素早くユウの言葉に被せる!
「あーっと、その実績についてはまだありません!」
「えっ!? そ、そうですか……」
ユウさんは今あるって……
「だけど、俺達を信じて下さい。このアイドル、今はまだユウの空想の産物でしかありませんが……」
頭の中の空想だけで、実績があるって言いかけたのかしら…… この人、ちょっと……
うっ!? そうだった、危なく日本のみならずっていう所だった……
「だけど、ユウの
シン…… うん! そうだ、その通りだ……って、妄想って言わないでよ、変態みたいじゃん!
けど、アイドルに不可能なんてない!
やってやる! 僕を…… アイドルの可能性を信じてくれているシンの為にも、この村の為にも、僕が……
ううん、僕の夢を叶える為にも、最高のアイドルをプロデュースするんだ!
ユウのやる気とは裏腹に、レティシアの不安は消えた訳では無い。
もし、見ず知らずの人物が、このような話を持ち込んできても、当然断っていだろう。
事実、この村には、幾度となくそのような人物が訪れている。
再び村に冒険者ギルドや教会を呼び戻してやる。村を復興しようなどと甘い話を囁き、村の公金や、残された小麦の産業を狙う一見で詐欺師と分かる人物の話を……そのような人物の話しでも、レティシアは一縷の望みを持ち耳を傾けて来た。
詐欺と分かっていても、村の現状を思い話に乗りかけたこともあった。
だが、今回の話は今までとは確信的に違う部分がある。
それはシャリィの存在だ。
自分の目の前に立っている人物は、佇まいだけでも本物と分かるオーラを発し、紛れもなく世界に6人しか居ないSランク冒険者だ。
その権限や世界に及ぼす影響力は、常人には理解しがたいほどである。
ユウの話が理解できなくても、空想でも絵空事でも何でも良い。二度と訪れる事の無いこのチャンスに乗らない手などない。
「分かりました。まだ沢山お話をお聞きしたい現状でありますが、私はユウさんの、
うんうん! まかせてレティシアさん!
「分かりました。ではまず最初に村長さんにして頂くのは……」
「はい!」
レティシアの意思を再度確認したシャリィは、用事を済ませてくると言い、その場を後にする。
その後、三人の話し合いは、いつまでたっても現れないレティシアを心配した役場の職員が訪ねてくるまで続ていた。
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