57 発起



 村長宅を後にしたシャリィは、大きな建物の前で足を止める。

 ここはバンディード達がたまり場にしていた酒場。

 まだ朝早くだというのに、中からは大勢の声が外に漏れてきている。

 シャリィがノックもせずにドアを開けると、それに気づいた一人が腰を抜かし、床に座り込んだ。


「た、頼む! 許してくれ! この村から出て行けばいいのか!? そうだよな、直ぐに出て行く!」


 その場にいる全員がシャリィを凝視する。


「い、今皆で準備をしていたところなんだ! 見逃してくれ、命だけは、命だけはー!」


 ひたすら懇願する者、その様子をなす術もなくただ呆然と見守っている者。

 そして、こっそりと逃げようとする者もいた。

 

 シャリィはその者達に対して、軽く手を掃うような仕草をする。


 その瞬間、逃げようとしていた者達は、その場で動けなくなってしまう。


「ひぃひぃひぃー。逃げない、逃げたりしないから許してくれー!」


 全員を一瞥いちべつした後、シャリィが口を開く。


「バンディートは何処だ?」


 その場に居る誰もが、シャリィへの恐怖から答えられずにいた。

 シャリィは、昨晩シンにプロポーズしていたかのような男に目を向ける。

 目が合った男は、ゆっくりと口を開いた。

 

「あ、あなた様の事は、村のガキ共が噂をしていたので聞きました。か、頭は昨日逃げてから戻っていない……です。幹部たちもです。逃げた頭も数名の幹部も……ファレン・・ですから、あなた様がこの村に居る限り、絶対に戻ってこないと思います……」


「……そうか。では、お前がここの代表をやれ。今から言う私の話を黙って聞け」


 この場に居る全員が、シャリィを見る事も出来ずに、頷くしかなかった。







 シンとユウの二人は、レティシアと別れ、戻ってこないシャリィを待つ為、宿屋に向かっている。


「シン!」


「どうした?」


「アイドルを……アイドルをこの手で作れるなんて…… これは冒険者になるのと同じぐらいの、ぼっ……僕の夢の一つなんだ……」


 ユウは感慨深げに語る。

 

「そうか…… だけど簡単じゃないぞ」


「うん、分かってるよ! けどさ、僕達の世界で流行っていたことをやれば、この世界でも成功は間違いないよね!? だって、アイドルは日本のみならず世界中にファンが居たんだよ!? 絶対成功するよ!」


「……あぁ、その可能性は、確かにある」


 ……何か歯切れが悪い返事だな~。アイドルの本当の価値を、シンは分かってないんじゃないかな……


「そうそう! ねぇ、使う曲は何にする!? 僕の推しだった下り道13の曲を使う? それなら歌詞もバッチリ覚えているし、ダンスも完璧だよ! 衣装だって全部覚えているから、まかせておいて! そうだね、恋はナックルも捨てがたいけど、やっぱり下ってなんぼだよねぇ」


 ……あの曲かよ!?


「う~ん…… その曲はな~」


 何だよ、その返事は…… 僕のクダミサを批判しているのか!?

 ん? その曲って……シンは知っているの?


「シン、クダミサを知ってるの?」


「んっ!? クダミサ?」


「下り道13ってアイドルグループの略だよ」


「い、いや、し、知らないかな~」


 ……なんか怪しいな~。

 そういえば…… 僕がアイドル好きってシンに話したっけ?



 ……メンバーの一人が元カノなのは黙っておこうっと。


「ああっと、ユウ!」


「何?」


「昨日、村長さんと初めて会った時、村長さんの一言目を覚えてる?」

 

「一言目…… 確か…… シンの唄を褒めていたよね」


「あぁ、だけど唄が上手ですねとは言わなかったよな」


「あっ!? 確かにそうだ、思い出したよ! 僕も変だと思っていたんだ。シンは唄っていたのに、詩を褒めていたよね!?」


「そう、つまりそれは……」


「何!? どういうこと?」


「まだ村長さんのあの言葉だけの判断だけどさ……」


「何? もったいつけないでよ」 


「この世界の建物や服装、魔法は別として、移動手段など見ても、最初ユウに聞いていた通りだ」


「うん?」


「ボクシングにしてもそうだ。文化的には、この世界の方が俺達の世界より大分遅れている」


 ……確かにそうだ。僕の異世界の知識でもそうだし、この世界も僕の異世界知識と同じような感じだ。


「俺が唄っていた曲は、俺があの時即興で作った俺達の世界の曲だ」


「う、うん」


 やっぱりシンが作った曲だったんだ……


「つまり、村長さんからすれば、異様な曲に聴こえてたのかもしれない」


「えっ? それっても、もしかして……」


「そう、文化に差がありすぎて、元の世界の現代の曲は、通用しないと考えた方が良いだろう。俺達だって100年後200年後の音楽を突然聴かされても、直ぐに良い曲だなんて理解できるとは思えない」


 ……そうか、確かにそういうことかもしれない。

 だからレティシアさんはシンの唄ではなく、詩を褒めてんだ! それなら納得がいく……


「もし、この世界に俺達の世界の曲を直ぐに理解する、そんな感受性を持ち合わせている奴がいたなら……」


「いたなら?」


「是が非でも会ってみたいね~」


 シンはそう言うと、微笑んでいた。



 その頃…… 

 シンとユウが一夜を過ごした河原では……



「どうやら、アレ・・以上のおこぼれは無しのようね?」


「あぁ、そうだな…… んーふ~んふふ~ん♪」


「まーた、変な音楽を口ずさんでる~。 ……けど、何度も何度も聴いていたら、私も不快でなくなってきたわ……」


「そうだろ? 凄く良い曲だったよ。イフトも感じない変な板から音楽が聴こえてきた時、少し驚いたけど思わずリズムに乗ってしまって、一瞬で虜になったよ……」


「うふふ、良かったねヒース」


「そうだな、それだけでも来た甲斐があったよ。それに、魔法を使わずに、その石組で魚を捕るのも楽しかった」


「えー、私は疲れた~」


「けど、面白かっただろ? ウーフーンフンフ~♪」


「そうね……」


 レリは、鼻歌を口ずさんでいるヒースを優しく見つめる。


「ねぇ、ヒース。次は何処に行くの?」


 その言葉を聞くと、ヒースは右脚の靴を半分だけ脱ぎ、軽く蹴り上がる。

 すると、靴は足から脱げ宙を舞う。


 回転しながら落ちて来た靴を見た後、その先が示す方向に、二人はゆっくりと目を向ける。


「あっち」


「うふふふ、はいはい」


 ヒースは、靴を履き直すと、笑みを浮かべていた表情から険しい表情に 変化していく。

 そして、レリと一緒に凄まじいスピードでその場を去って行ってしまった。

 少し遅れて、爆風にも似た振動が辺りに響き渡り、ユウとシンの作った釜戸や魚を捕るための石組は崩れていき、自然な形へと戻っていった。




 再びイドエ村では……



 現代の曲は通用しないか…… けど、それなら……


「じゃあさ、この世界の雰囲気と合わせて、僕達の世界で流行っていたクラシックでやってみる? クラシックとアイドルをどうやって結びつけるか、そのアイデアは今直ぐには思いつかないけど、何とか頑張って考えてみるよ」


「うん、その意見に賛成だ」


「本当!? クラシックなら何がいいかな~。僕が良く耳にしたのは、ショパンかな? それともパッヘルベルのカノンなんかも良いよね?」


「そうだな…… う~ん、ユウ」


「何?」


「今の時点では、クラシックも通用するかは分からない」


「そうだね…… シンは唄凄く上手だったから、レティシアさんの前で口ずさんでみて、それで評価を聞いてみる?」


「それも有りだけど……」


「だけど?」


「何が通用して通用しないか分らないならさ、俺達で作ってみないか?」


「……えっ!?」


「曲をさ、俺達で作るんだよ」


 そう言ったシンは、まるで子供の様な屈託ない笑顔を僕に向けて来た。

 その笑顔は……


「ちゅ、ちゅくるって言っても、僕は楽器は何も出来ないよ」


 ちょっとドキドキしちゃった……


「それなら、曲は俺が作るからさ。ユウは作詞を頼むよ」  


 作詞…… 作詞なら、音が分からない僕でも出来るかも……


「出来上がったものがこの世界で通用するかは、シャリィに判断して貰おう」


「シャリィさんに……」


「あぁ。プレッシャーになると思うけど、曲が通用しないとなると、曲は飾りでしかない。重要なのは詩だ」


 そ、そんな…… 重要なのは作詞って…… それだと僕に大きな責任が……


 その重さに気付き、俯いてしまうユウにシンは声をかける。


「頼むぞ、大石P」


 ……P 今僕の事を大石Pって……


「い、今なんて?」


「ん? 頼むぞ大石Pって言ったよ」


 聞き間違いじゃない。大石Pか…… 大石P……


「……フッ、フフファあはははははははは! まかせてよシン! 最高の詩とアイドルを作って、絶対にこの村を救ってみせるよ! 冒険者として、Sランクのシャリィさんのシューラとしてふさわしい活躍をしてみせるよ!」


「あぁ、その意気だユウ!」


「あーははははははは! この大石Pに、アイドルに不可能はない! あーはははははっははは!」


「フッ、フフフ」


 高笑いするユウを見つめ、シンは優しく笑った。


「ようし、とりあえずメシを食いに行こうぜ。シャリィも先に食っておけって言ってたし」


「そうだね。けど、シャリィさん何処に行ったのかな? 遅いね~」


「ん~、そうだな…… たぶん男と会ってるんだと思うぜ」


「男!? 何か聞いているの?」


「聞いてはいないが、こんなイケメンといつも一緒に居るんだぜ。そりゃ我慢できなくなって男を欲しがっても文句は言えまい」


 ……まーた始まった。何だよその理論は……


「俺は立場上シャリィの弟子みたいなもんだからな。俺に手を出したくても出せなくて、ストレスも溜まるだろう。シャリィが戻ってきても、知らないふりしてあげような。いや~、師匠思いな弟子だな俺達ってさ」




 ……何を……言ってやがる




 ったく、いつも突然変な事を言いだすよ~。


「ふぁ~」


 シンは大きなあくびをした。

 昨晩から今日の朝方までシャリィさんと話をしていたみたいなので、睡眠時間が足りていないのだろう……


「さぁ、ユウ。ちょっと急ごうぜ。メシメシー、腹ペコだよ~」


「う、うん……」






 酒場では……



 シャリィは酒場で立ったまま、ある人物の到着を待っていた。

そんな中、一人の山賊が、意を決してシャリィに話しかける。


「あ、ぁ、あの~、もしよかったら、いや、よろしければ、この椅子を使ってください」


 そう言うと、シャリィに椅子を差し出そうとした。


「……私が口を開いて良いと言ったか?」


 その言葉を聞いた瞬間、男の顔面は蒼白になり、手足が小刻みに震え始め、手で掴んでいた椅子が床と当たり音を鳴らす。


 それを見ていた他の者達も中にも、ガタガタと同じように震え始める者が現れる。

 その時、シャリィに代表をやれと言われた男が、酒場に戻って来た。


「はぁはぁはぁ、お、遅くなりまして申し訳ありません。ガルカスの奴らを連れてきました。……ですが、ガルカスは幹部の連中ともう逃げていて、俺達と同じで、どうしたら良いか分からない子分共しか残ってませんでした」

 

「分かった。全員を中に入れろ」


 あの・・シャリィがこの村に居るという噂はガルカス達にも既に広まっていた。

 その結果、ここに残っている者達と同じ現象が起きていた。


 ガルカスの子分たちは、恐れをなし俯きながら酒場に入って来る。

 たぶん俺達は今から殺される。

 そう思っている者は少なくなかった…… 


 元からこの酒場に居た者、そして新たに来た者達を合わせ、総勢66名。

 その者達を前にして、シャリィは口を開く。


「この話は一度しかしない」


 誰一人返事をしたり、無駄口を叩く事は無い。

 全員がシャリィの言葉を聞き逃さないように、聞き耳を立てている。


「この村は今日から他の街や村と同じように生まれ変わる。つまり、本来ならお前達の居場所は無くなるという事だ。だが、条件を飲みこの村に残るというのなら、私の権限で恩赦をくれてやる」


 この場に居る全員が息を呑み込む。


「一つ、今まで通り、この村の警備の仕事をする事。労働時間は村が決め交代制だ。無論、職務中に酒を飲んだり、寝たり、さぼる事は許さない。

 二つ、職務以外で村の外に出る事は出来ない。

 三つ、衣食住は真面目に仕事をしている限り村が保証する。ただし、住む家は村が指定する。指定された家以外で住んではいけない。

 四つ、武器を所持するのは、仕事中のみだ。

 五つ、仕事以外の時間は自由にして良いが、今までとは違い、この村の法律に違反すれば恩赦は消え、罰を与える」


 山賊達は耳を澄ませてはいるが、恐れからの緊張で頭に入ってこない。


「最後に…… この条件を拒否し村から出て行きたい者は手を上げろ。その時点で、私自ら罪に相当した罰を与える」


 ……最後の言葉だけは、直ぐに理解できた。


 シャリィは駄目押しともいえる一言を付け足す。


「この村の規模からしてもお前達の数は少なすぎる。

 つまり、後から入ってこようとしたお前達の様な輩を排除してきたのだろう? これからは法の下で同じ仕事をするだけだ。多少の自由を失ったとしても、選択の余地はあるまい」


 そう、シャリィの言う通り、山賊達に選択の余地などない。



 昨晩……


「この村に居る山賊達をどうするつもりだ?」


「勿論残ってもらう」


「……」


「今のところ、魔獣に対抗できるのはあいつらだけだろう? 現時点で、貴重な労働力を失う訳にはいかない」


「……」


「俺はまだこの世界の法律を知らない。だからそこはシャリィに任せて良いか? 衣食住を保証して、あいつらがこの村に残るように仕向けてくれ」


「……分かった」



  

 山賊達の中に、手をあげる者など、誰一人として現れなかった。


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