58 兆し



「ふぃ~到着~」


 寝不足のせいなのか、最近怪我で動けなかったせいか、疲れが抜けないな……


 僕達は宿屋に戻り、隣の食堂に入った。

 食堂は、テーブルが20卓ほどあり、かなり広い。


 ……馬車を停める十分なスペースのある中庭、それに大きな馬小屋もあったし、宿屋もこの食堂も大きくて広い。

 繁栄していた頃からの歴史ある宿屋なのかもしれない……

 この世界の名優達が、20年前まではこの宿屋を利用していたのだろう。たぶんだけど……


「あっ、モリスさん、おはよーじゃないな、こんちゃ」


「シンさんに、ユウさん。いらっしゃいませ~」


「俺達昨日の昼から食べてなくて、お腹ペッコペコでさー」


「お好きなテーブルにどうぞ。ランゲで宜しければ直ぐにお出しできますよ」


 シンは椅子を引きながら、少し驚いた表情をした。


「ランゲ? それって、確か……」


「うん! シャリィさんが言っていたラーメンみたいな食べ物じゃない?」


「そうだよな!? この村でも食べれるんだ!! モリスさーん、ランゲを二つお願いしまーす!」


「はーい」


 注文を終えると、シンとユウはそわそわし始める。


「ラーメン食べれるのか…… 出汁は何を使ってるのかな?」


「やっぱり鶏じゃないかな? 鶏ガラ! この世界に来てまだ鶏肉は食べてないけど、鳥は飛んでいたり、木に留まっているのを何度も見たもん」


「だな~。う~楽しみ~。すきっ腹にラーメンなんて、すげー贅沢かもよ~。ウヒヒヒヒィ」


 フフ、シンが浮かれている。まぁ、その気持ちはわかるよ! 

 Sランク冒険者のシャリィさんでもお米を知らなかった。

 つまり、それはこの世界にお米は存在しないという事なのかもしれない。僕達日本人にとってお米とは、魚にとって水であり、木にすれば土と同じで、必要不可欠な食べ物といっても過言じゃない。

 ちょっと例えが大げさかもしれないけど、お米が無いのなら、せめて、せめてラーメンだけでも同じような物であって欲しい……


 厨房の方に目を向けると、ジュリちゃんがラーメンを、いやランゲを運んできてくれている。


「おっ! ジュリちゃん、お手伝い? えらいね~」

 

 シンがそう言うと、ジュリちゃんは恥ずかしそうに頬をピンク色に染めた。


「お待たせしました。ランゲです」


 そう言うと、シンの前にランゲを置いた。

 僕の分は、モリスさんがスプーンとフォークと一緒に、直ぐに持って来てくれた。


「お待ちどうさまです。どうぞお食べ下さい。料金はお連れの方が宿代と一緒にと言っておりましたので」


 うわ~、これがランゲ……

 良い匂い~。たまらない!


 ユウとシンは器の中を凝視し、覗き込む。


 うんうん、野菜と、それに麺だ! 麺が入っている! けど……

 あれれれ? 確かに細いけど短い…… 4、5センチぐらいかな?

 それに僕達の感覚からすると麺の量が少ない。

 

 シンに目を向けると、少し困惑しているような表情をしている。


 え~と…… 麺が短いのは良いとして……

 この匂い…… まさか!?


「モ、モゥ、モリスさん」


 厨房に戻ろうとしていたモリスさんが、シンの呼びかけに振り向く。


「はい。どうしたました? あー、お水ですね? 直ぐにお持ちしますね」


「あ、いや、うん…… ありがとうございます」


 ん? シンがぎこちない。どうしたのだろう?

 麺が短くて、気に入らないのかな?


「はい、どうぞ。お水です」


「あ、ありがとうございます。あの~」


「はい、なんでしょう?」


「この…… ランゲのスープって…… もしかして……」


「これはハンボワンですよ」


 やっぱりかよ!


「あ~、ハンボワンだったんですね~。どこかで嗅いだことある匂いだと思いました。これは期待できそうだねシン!」

 

「あっ…… そ、そうだね」 


「ごゆっくりどうぞ。厨房におりますので、何か必要な物あれば声をおかけくださいね」


「ありがとうございます……」


 モリスさんはジュリちゃんの待つ厨房に戻って行った。


「シン! ハンボワンだって! やったね!」


「……」


「……イプリモでも食べてなかったけど、嫌いなの?」


 ……正体を知ればユウも嫌いになるよ。


「うん? 何か言った?」


「……いーや」


「そう? けどこのランゲ。思っていたより麺が短いね」


「ああ、たぶん、すすれないんだろうな。だからこれでも長い方なんじゃないかな……」


「すすれない?」 


 そう言えばすするという文化は日本以外の国で聞いた事無い。そもそもマナーとして音を立てるのは駄目だし、世界中を知っている訳では無いけど、あるとしてもアジア圏内ぐらいなのかもしれない。だから、すすらなくて良いように短いのか?

 シンの言う通り、すする文化のない人達にすれば、この短さでも、十分長く感じるのかも……


「兎に角、食べてみようよシン!」


 困ったぞ…… 食べない訳にはいかない。かといって出汁が芋虫かよ!

 出来るだけスープを切って食べるか…… それしかないな……


 シンはスプーンに麺と野菜をのせると、大きく息を吸い、具が飛び散るほど息を吹きかけ始めた。


「スゥ~、フゥーーーーー!」


「あつっあつっ! 何するのシン! 僕にスープを吹き飛ばさないでよ! 熱いじゃん!」


「んぁ、ご、ごめん!」


 出汁がハンボワンだと思うと、つい力が入っちまった……


「ったくもう~」


 ユウはスプーンですくったランゲを、ゆっくりと口に入れた。


「……」


 味はイプリモで飲んだスープに似ているけど薄いし、圧倒的に塩分が少ないし、他にも何かが足りない感じがする。

 それにこの麺、伸びている……


 シンを見ると、すくったランゲを凝視して、まだ口に運んでいない。


 ……食うしかない、諦めて口に入れろ。


「ええい!」


 変な掛け声とともに、シンがランゲを口に入れた瞬間。

 表情がどんどんと冴えなくなっていく。


 ……やっぱりそうなるよね。

 

 ユウは、ランゲが期待外れでシンの表情がさえないと思っている。


 うぅー、芋虫を思い出すな! 出すなって言ってるだろう! 何故頭の中に芋虫が出てくる! やめろ!


 この後、僕は10分ほどで食べ終わったけど、シンは倍の20分ほどかかっていた。


 そんなにも猫舌だったかな~。ずいぶんフゥーフゥーしてるけど……


「ふぃ~、やっと終わった」


 厨房の方を見て、モリスさんがこちらを見ていないのを確認してから、シンに声をかけた。


「残念だけど、思ってたのと違うかったね」


「ん? あー、そうだな……」


「ハンボワンの味はするけど、全体的に薄味だね」


 ハンボワンの名前を出さないで!


「たぶんだけど……」


「何?」


「この辺りでは塩も貴重品なのかもしれないな」


「……確かにそうだね。標高が高いって言っていたし、この村の事情もあるからね……」


「だな…… 麺が柔らかかったのも、こういう物なんじゃないかな」


「うん、僕達の感覚とは違うよね……」


 その時、モリスさんが僕達の所にやって来た。


「いかがでしたか本場のランゲは?」


「本場?」


「えぇ、ランゲは元々このイドエが発祥の地なんですよ。イドエから離れて行った人達が、他の町や村に広めていきましたの。ですから、今は色々な所で食べる事が出来ますけど……」 


「へぇ~、そうだったんですね。美味しかったですよー」


 モリスさんはニコっと笑顔を作った後、食器を片付け始める。


「モリスさん」


「はい?」


「ランゲに使う食材って、何処の町や村で食べても同じでなんですか?」


「うーん、そうですね。基本は同じだと思いますが、その土地土地で取れる食材なんかも使ってると思いますよ。私、他の町や村のランゲは見た事ありませんが、主人が言うには基本変わらないと言っておりました」


「あー、そうなんですね。ありがとうございます」


「いいえ~」


 僕はモリスさんが、離れたのを確認してシンに話しかけた。 

  

「何か気になったの?」


「う~ん、そうだな……」


「何かを含んだような言い方~」


「あはははは、今は内緒にしておこうかな~。ユウを驚かせたいからさ~。楽しみにしておいてくれ」


「……うん。良いことなんだよね?」


「勿論!」


「ねぇ、何のお話してるの?」


 周囲に人が居ないと思っていた僕は、その声に驚いて身体がビクッと反射的に動いてしまう。


「あはは、あははは」


 笑い声の主は、ジュリちゃんだった。


「フフフ、何が可笑しいのジュリちゃん?」


 シンが微笑みながら話しかける。


「だってね、ユウさんが、私の声に驚いてビクってなってたの」


「あはははは、確かになってたね」


「ふっ、フフフ。本当に? 僕ビクってなってた?」


「あはは、なってたよ~」


「フフフフ」


 あー、ジュリちゃん。可愛い子だな~。

 自然にお話が出来て嬉しいよ~。良くやった、僕の身体よ。


 その時、ドアが開いて、シャリィさんが入って来た。


「あっ! シャリィさん」


「ユウ、食事はすんだか?」


「はい、さっき食べ終わりました」


「そうか。ちょっとシンを借りるが構わないか?」


「全然大丈夫です」


 むしろ連れて行って下さい。

 そうすればジュリちゃんと二人っきりでお話が出来る。


「シン、表で話そうか」


「あぁ、良いよ。何の相談かな? ゴムを使いすぎて、貸して欲しいとかかな?」


 ジュ、ジュリちゃんの前で何て事言うんだこの変態!


「ゴム?」


 ジュリは不思議そうな顔をする。


「ジュリちゃん! ぼ、僕とお馬さん見にいこうか?」 


「お馬さん!? うん、行きたい!」


 うぉおおおお!? ゴムを誤魔化すために思わず言ってしまったけど、やったー! 後でシンを怒鳴ってやろうかと思ったけど、許してつかわそう。



 表に出たシンにシャリィは直ぐに話しかける。


「さっそく問題が起きた」


「どんな?」

 

「残った山賊達は、予定通り条件を飲んだうえで、全員がこの村の残るそうだ。だが、バンディート、そしてもう一つの集団のガルカスも、幹部も既に逃げていた。残った下っ端は攻撃魔法をろくに使えない連中が殆どで、魔獣の相手をするには戦力不足だ。せいぜい盾にし、時間を稼ぐことしかできない」


「そうか……」


「無論この事態になった時の考えもあるのだろう? 聞かせてもらおうか」


 シンは、シャリィの目をチラ見してから口を開く。


「あぁ、簡単さ」


「と、言うと?」


「俺が魔獣を倒してくる!」


「……」


 シンはそう言うと門の方向に歩き始める。


 しかし、途中で足を止めたり、後ろをチラ見したりして、その歩みは遅い。

 

「……」


 そんなシンをシャリィは無言で見つめている。


「……だぁー! いい加減止めろよ! 本当に行っちゃうぞ!」


「……フッ」


 シャリィは、少し笑ってしまう。

 それを見てシンは嬉しそうに引き返してくる。


「今笑ってたよね? ねぇ?」


「……つまりお前の対策は、自分で魔獣を退治すると言いだせば、私がそれを止めて手を貸す事になると、そうだな?」


「そうだよ! 知ってて黙って見てたのかよ!? 性格悪いなぁ~」


 イプリモでは私を避けていたくせに、今回は話が別のようだな。

 魔法が存在するこの世界では、強者に性別など関係ない。それに気づき己の価値観を変え、プライドや信念を曲げてまでこの村を救いたいのか……

 それとも…… この世界に順応しようとして、ただそれだけの為に、この村を利用している……まさかな。


「で、引き受けてくれるの?」


「……心配するな。村と畑周辺の魔獣は既に処分してきている」


「えっ!? もう? だから戻ってくるの遅かったのか?」


「あぁ、ちょうど死体の・・・ある魔獣がいた。今頃あいつらが村の周囲で解体した物を引きずっている」


「引きずる? もしかして、そうすれば他の魔獣が寄り付かなくなるとか?」


「そうだ。多少なりとも効果はあるはずだ」


 死体がある? どういうことだ……


「……と、兎に角助かったよ。ありがとう」


「……」


 色々と思う所のあるシャリイは、シンの礼に無反応だった。


「ん? 言葉だけのお礼だと不満そうだな~。そうだ! 俺の身体で払うよ! 今から直ぐでもいいぜ! ゴムは持ってないけどさ」


 先ほども言っていたゴムとは何の事だ……

 私が思うゴムとは違うようだし、後でユウに聞いてみるか……


「……」


「……その無反応は辞めてくれよ。まだ殴られた方がましだよ!」


 つまり、私が怒りだすような物だと言う事か……

 ユウに聞くのは辞めておこう。 


「……」


「分かった分かった、俺が悪かった」


 話を変えるか……


「つかさ、山賊のかしら達も酷い奴らだな。子分を置いて逃げるなんてよ」


「……あたまと幹部の殆どがファレンだからな。なりふり構わず逃げたのだろう」


「ファレン? 何だそれ?」


「……落ちた者だ」


「落ちた?」


「そうだ、ファレンとは落ちた冒険者だ。奴らは元々冒険者だったが、悪事に手を染め逃亡している者達だ」


 ……それがファレン。


 なるほどね。何人かはただの山賊じゃなかった事か……

 昨日シャリィの戦いで、俺が時折目で追う事すら出来なかったのはそういうことなのかもな……


 そう、ファレンは元冒険者。彼らの中には攻撃魔法を使える者も多い。

 シャリィの強さに驚き、魔法を使おうとしていた者達が居た。

 シャリィは、その者達に対し、瞬間的にスピードをあげて対応しており、シンですら目で追う事が出来なかったのだ。


「居心地の良い村から子分を置いて急いで逃げた……つまり、そいつらは捕まると……」


「あぁ、ファレンの冒険者だった頃の実績いかんでは情状酌量もあるが、殆どの刑は死以外にあり得ない」


 実績いかんでは情状酌量ねぇ……

 なるほど、もしもの時の為に、冒険者は馬車馬のように働いとけって事ね。


「私は今からレティシアに会ってくる。二人の予定は?」


「夕方にまた村長さんの家で会う事になっている」


「そうか。ならそれまでは好きにしていろ。ただし、己が怪我人だと言う事を忘れるな」


「あぁ、無茶はしないよ」


「村からは出るな」


 シャリィはそう言い残し、レティシアに会いにその場を離れて行く。その背中を見ながら、シンは先ほどの話を思い返していた。


 ファレンの刑は死…… なるほどねぇ、元冒険者だけに、普通の罪人より重罰になるのは分かるが、それにしても死刑とは厳しいね~。

 

 ……まてよ

 

 ファレンは元冒険者だ…… と、いうことは、当然魔法も使えるのだろう? 攻撃魔法を使える者を監獄などに大人しく閉じ込めておく、そもそもそんな事は無理なんじゃないのか?

 だから、攻撃魔法を習得しているファレンは殺すしかないって事なのかもしれない。

 いや、情状酌量もあると言っていたから、それなら強制的に魔法を使わせない方法があるのか? 

 習得させることが出来るなら、使えなくさせる事も出来る……

 そうなのか……


 しかし、厳しい刑を科せるくせに、ファレンがのさばっているようだと、冒険者ギルドの威信にかかわるはずだ。

 なのにこの村ではファレンが平然と暮らしていたようだ。

 20年前に何があったのか詳しくは分らないが、もしかして、この村には役割があるのかもしれない。


 俺の仮説が正しければ、この世界にイドエの様な村は一つではない。


  違う…… やめろ…… 俺は何の為にイプリモでシャリィの話を聞かなかった。現段階の知識で、確信に近いような仮説を立てるべきではない。

 それよりも、俺とユウも魔法を覚えれば落ちた時は同じだって事が問題だ。

 例えば、俺達は正義と認識していても、ハメられてファレンにされる……そんな事態もあるかもしれない。

 イプリモで俺をボコった奴の様に、冒険者ギルド内に敵がいるのなら、たぶんこれから先に起こりうることだ。

 ……いや、先とは言い切れない。今やっているこの村を救済する、もしかしてその事でも…… 

 そうなると、シャリィは自分がファレンにされる可能性があるのに、俺の案に乗った。

 そこまでのリスクがあるのに、今回の事でシャリィはいったい何を得るというんだ……

 世界で6人のSランク…… 絶対にファレンにされない保証があるのか? それならシャリィの弟子の俺達もって話か……

 だから最終的に俺の好きなようにやらせてくれているのかもしれない。

 

 どちらにせよ、どうやらこの村は…… 俺が考えていた以上に大事おおごとのようだ。


 それにしても、冒険者、そしてファレンか……


「ふぅ~。ったく、俺達にやっかいな鎖を付けてくれたな」

 

 ……いや、鎖とは言い切れないか。



 その頃、イドエ村から逃げたガルカスは……



「ガツガツ」 「バギュ」 「ゴリゴリゴリ」


「……ん~、美味しそうに食べるねお前達~。どれどれ」


 そう言うと、その者は、魔獣が食べているガルカスの死体を覗き込む。


「……うゎ~、グロォ~」


 その人物は、顔をしかめる。


「う~ん、けど、そんなに美味しいなら、僕も食べてみようかな~……なんちゃってね~」


「ガウガウ!」 「ガルガルガルゥ!」


 二匹の魔獣が、肉を取り合い、喧嘩を始める。 


「もぅ~、喧嘩は駄目だよ~」


 その者が喧嘩を止めている間に、別の魔獣数匹がその場を離れようとする。  


「あー、駄目駄目~。そっちはコレを皆で跡形もなく食べてから~。ほらほら戻って戻ってぇ」


 数匹の魔獣が向かおうとしたその先には、山賊の死体がいくつも、いくつも転がっている。その数、数十体。イドエ村から逃げた山賊の殆どである。


「よしよし、お前達~。まだまだ沢山あるから頑張って全部食べてくれよ~。そうじゃないと…… 僕が怒られちゃうんだ~」 

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