47 シンの願い
「……」 「……」 「……」
……部屋の中は非常に重苦しい空気だ。
あのクールでプライドの高そうなシャリィさんが、膝を揃えて椅子に座り、項垂れ時折上目使いでシンをチラ見している。
あの後、僕が必死に事情を説明し、シャリィさんは自分の勘違いを認めてからずっとこの状態だ……
シンは、シャリィさんと僕に背を向け、すっぽりと頭まで薄い掛布団をかぶり、横になりほとんど動かない。
これも最初に説明をしなかった僕のせいだ……
「シン、シャリィさんは悪くない。僕が説明をしなかったから……」
「す、すまないシン。わ、私の勘違いだ」
先ほどから何度か僕とシャリィさんは謝っているが、全く返事はない。
「シン、何か僕にできることない? 何でも言うこと聞くから機嫌直してよ」
「……シャリィは?」
やっと口を開いた……
「えっ、私? ……あぁ、私もシンの要求を飲もう。何でも言ってくれ」
その時シンがピクッっと動いたのが分かった。
「ほー、何でもねぇ」
……しまった、これは流石に過払いなのでは? 僕はともかく、シャリィさんは女性だ。将来、この世界一のエロ魔法の使い手になり得るかも知れない男に、さっきの台詞は不味いのではないか……
「ようし、じゃあユウはロビーにでも行って時間を潰してきてくれ」
ああああ、やっぱりゲスいこと考えてるよこのカス。
そう言えばちょっと前に時計の振動機能でニヤニヤしてたじゃん。
まさか、まさかシャリィさんに……
色々と僕のせいだ、僕が止めないと!
「シンが今何を考えているか分かるよ! いくら何でもそれは駄目だよ!」
「……はぁ?」
「嫌がる女性に無理やりそんな事するなんて最低だ! 僕は絶対にゆるさないから!」
「お、お、おまえ……」
「えっ? 私に何を……」
「ふ、ふ、ふざけんなっ! 俺は嫌がる女に入れた事なんて一度もないわ!」
入れたことってストレート過ぎでしょその言い方!?
駄目だ、ここで言い負けると僕のせいでシャリィさんが……
「じゃあシャリィさんには入れる前までするってことなの!?」
「え、えぇ!?」
慌てふためくシャリィ。
「バ、バ、バカ野郎! だからそんなことしねーよ! そういう意味でお前に席外せって言った訳じゃねーからっ! いったぁ、いててて。
あーいうのはな、お互いの了解があるからこそ楽しくて気持ち良いものなんだよ。いたたた」
「じゃあどういう意味で言ったの?」
「い、いいから席を外せー」
「ユウ、わ、私は大丈夫だ」
いや、シャリィさんどもってるし……
まぁ、いざとなったら重傷のシンよりシャリィさんの方が何千倍も強いだろうし大丈夫だと思うけど、責任感強そうだから、シンがしてきたら抵抗しない気もする。
やはり僕は居た方がいいのでは……けどなぁ。
「分かった、ロビーに行ってくるよ。ただし、10分で戻ってくるからね」
「へいへい、10分あれば十分ですよ」
「えっ……」
「えって、お前いつまで勘違いしてんだよ。俺そんなに早くねーし、だから違うって言ってんじゃん!」
「わ、わかりました。じゃあロビーに行ってきます」
「ったくよー」
僕は廊下に出てからも不安が消える事は無かった。
ロビーには行かないで、ドアの前で待っていようかと思ったけど、変な声が聞こえてきても困るのでロビーに行く事にした。
「はぁー、あいつ俺を何だと思ってやがるんだ」
「……」
「ちょっとシャリィ! 何で頬赤らめて上目使いなの? やめろよお前まで」
「じょ、冗談だ」
「冗談ってお前……」
「コホン、それでユウを外させた理由は?」
「聞きたい事があってな」
「なんだ?」
「今日の事だよ。俺が誰にやられたか知っているのか?」
「あぁ」
「ユウもか?」
「あの3人絡みだと気づいてはいると思うが、誰にやられたかハッキリしたことまでは分かってないだろう」
「そうか……。ユウには黙っておいてくれ。俺はユウに聞かれたらそこら辺りのチンピラにでもやられたと言っておくよ」
「……あぁ」
「あいつらも知っているのか?」
「拳闘の奴らか?」
「そうだ」
「私がシンを運んでいる途中、ユウと一緒に大勢で駆けつけてきた。
その中には誰にやられたんだと声を荒げたり、仇を打ちに行くと言ってる奴もいたがピカルが止めていた」
「そうか……ミラーとリアナさんに申し訳ない。それに、まだ昼までは時間があったのに、約束通り最後まで拳闘を教える事が出来なかった」
「仕方あるまい……」
「……あの男と戦っていた時、最初余裕だったが、何かぶつぶつ言いだしたと思ったら、俺は力にもスピードにもついていけなくなった」
「……それは肉体強化魔法だ」
「そうか……じゃあ、あいつが言っていた魔法や剣を使っても良い正式な対戦なら、俺には全く勝ち目が無かったって事だな……
本当に殺されていたかもしれない」
「……その為にウースに行く」
「ん?」
「昨日も言ったが、お前もユウもこの世界に本当の意味で馴染むには、最低半年ぐらいはかかると私は見ている。そして、すでに噂になっているお前達の前には、今日の相手など非じゃない奴等も必ずやってくる」
元の世界だと、ただのオタクと鳶に何の価値が……
まぁ、それは俺達が決める事ではない。相手がどう思っているかだ。
誰なのか気になるが、まだまだこの世界の事を知らない俺が今聞いてもな……
シャリィが口に出さないのも、理由があるのだろう。
まぁ、その理由は、何となく分かる。
意外と、
「その時は……俺はともかく」
「……」
「シャリィ、いざという時は俺の命より、ユウを助けてやってくれ」
シャリィは、鋭い瞳でシンを見つめる。
「今回の私のペナルティはそれか?」
「あぁ、そうだ。頼むシャリィ」
シンは、シャリィに頭を下げた。
「……分かった、頭を上げろ。約束しよう、私はこれから先、常にユウの命を最優先に考えて行動をする」
……ユウから聞いた話では、シンとは友人でも無く、会話した記憶もほぼ無い、職場でたまに会う程度の間柄と聞いていたが……
なぜそこまで大切に思う?
たった二人で別の世界に来て、情が移ってしまったのか……
確かに、真面目で誠実なユウを守りたいと思う気持ちは、私にも芽生えている。
「はぁー、これで安心したよ」
「……」
「コンコン」
「はいよー、ユウか!? いってぇ」
「入ります」
「はいはい」
「シャリィさん大丈夫でしたか?」
「おぃおぃ、一言目がそれか? どんだけ俺は信用が無いんだよ~」
「フッ、では私は部屋に戻る」
「シャリィさん、おやすみなさい」
「おやすみユウ」
シャリィさんは落ち着いた様子で部屋を後にした。たぶん僕が危惧していた事はなかったみたいだ……
「シン、身体の具合はどう?」
「シャリィが魔法をかけ直しても変わらず痛みはあるけど、大怪我や病気した時のケンタ感ってのがもう無いんだよ」
フライドチキンみたいな言い方しないで……
「い」が足りなかったね。
やっぱり、だいぶ頭を殴られたみたいだ……
「朝起きた時の寝ぼけて身体が動かないような状態が無くなってきて、意識がはっきりとしてきた。すげー治りが早いんだけど」
「それは魔法のお陰だと思いますけど、僕の知識のとは違ってて」
「ユウの知ってる魔法ならどうなるんだ?」
「魔法もそうだけど、回復薬があって」
「うんうん」
「それだと病気でも、かなりの重傷でも飲めば一瞬で治ります」
「一瞬で?」
「はい」
「その薬は錠剤か?」
……えっ、何の関係が?
「いえ、だいたいが液状だったと思うけど……」
「うーん、もしそんな便利な薬があるなら、戦う時に口に含んだまま戦えばいいよな?」
「えっ……あっ!?」
「そして刺されたり殴られたりしたら飲めば一瞬で回復するんだろ?」
「そ、そうなりますね」
「そしたらさ、相手も薬を口に含んで戦ってくるぜたぶん」
「うふふふ」
「あははは、先に口に含んでる薬を噴出させる戦いになるぜ」
「はははは」
「相手を笑わすのもいいよな。そしたらぶーって吐き出させたら勝ちだよ」
「ふふふ、だけど、それなら予備を持っていて、直ぐにまた口に含めばいいですね」
「それを言うならさ、回復薬の入ったタンク背負って、そこにホースを繋げて飲みながら戦えば無敵だよな」
「うふふふふ、やめてよシン」
「だってそうじゃんかよー、あははは。いててててて」
「あっ、シンが妙に元気だからつい。話は終わりましょう、横になって休んで下さい」
……どうやら元気に馬鹿話をする俺を見て、落ち込んでいたのがましになったみたいだな。良かった……
ユウは、あまりにも責任を感じ過ぎだ。
俺がやられたのは、単純に弱いからで、ユウに責任は無い。
いててて、まだ眩暈もするけど 俺には今日中にやらないと行けない事がある。
「うーん。けど、もしかしたらファブラリスにそんな魔法があるのかもしれないね」
「……伝説の魔法の話か?」
「うん」
……確かにその通りだ。この世界を、俺の常識や知識で計るのは間違っている。
ユウの様に、柔軟に考えないと、決めつけた価値観は、死に直結してしまう……
「あぁ、その通りだ。この世界には俺達の想像も及ばない様な魔法があるかもしれない。さっきの馬鹿話は忘れてくれ」
「冗談って分かっているから大丈夫ですよ」
本当に病気も怪我も一瞬で治ってしまう魔法があるなら俺は……
のぼるさん……
「さぁ、寝て寝て」
「いや~、少し良いかな?」
「どうしたの?」
「ユウ、さっきの何でもっていうの」
「はい」
「今その願いを聞いてくれるか?」
「良いですけど、出かけたいから手を貸せとかは駄目ですよ」
「あぁ、そうじゃないんだ。実は、えーと……書くものあるかな。紙とペンみたいな?」
「僕は持ってないけど、シャリィさんに聞いてきます」
「そうだな、さっき聞けばよかったな。わりぃ二度手間だ」
「いいです、行ってきますね。どれぐらい紙は欲しいの?」
「うーん……沢山だな。あの~何だっけ……C4とかいう大きさの紙を数十枚は欲しいかな」
……たぶんA4ことかな? C4って爆弾だよシン。
やはり頭を沢山殴られて……
「分かった、聞いてくるね」
「わりぃな」
「ううん、願いを聞くって約束しましたからね」
シャリィさんを訪ね、シンに頼まれたと説明をして、紙と書く物が欲しいとお願いしたら、インベントリから細く硬いチョークのような物と、紙を数十枚出してくれた。
紙の質はかなり良く、元の世界の紙と大きな差が無いように感じた。
部屋に戻ると、シンは喜んでいた。
「おー、あったか!? いってぇ……」
「はい、シャリィさんが持ってました」
「じゃあ、ちょっと面倒だけど今から俺が言う事をその紙に書いてくれるか?」
「良いですよ」
「えーと、まずはだな。1、練習を始める時は必ず柔軟体操から始める事」
なるほど、ボクシングの練習方法を書いてピカルさんに渡すつもりか……
「書けたら言ってくれ」
「はい、ちょっと待ってくださいね。えーと、書けました」
「よーし、柔軟体操は慌てず、時間をかけゆっくりとやること」
「ふむふむ、書きました」
「よし、次はな……」
その後、2時間ぐらいかけてシンの話を書き止めた。
「終わったかー。けっこう時間かかっちゃったな。ユウ、ありがとう」
「いいえ、何でも聞くって約束しましたので」
「本当にありがとう。これであいつらにも少しは足向けできるよ」
それは向けちゃダメな方です。
やはり頭を……
「さて、もう寝ましょう」
「あぁ、明日早いしな、もう寝ようか。すまないがいつもの様に照明は全部消さないでくれ」
「分かりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
ベッドに横になってみたものの、色々な事が頭をよぎって眠れない。
僕がロビーに行ってた時にシンとシャリィさんが何をしてたのか凄く気になる。
それにシンにケガをさせた奴の事も気になるし……
明日からの旅は楽しみだけど、不安も多い。
コレットちゃん…… 明日最後に会えるかな……
ールでプライドの高そうなシャリィさんが、膝を揃えて椅子に座り、項垂れ時折上目使いでシンをチラ見している。
あの後、僕が必死に事情を説明し、シャリィさんは自分の勘違いを認めてからずっとこの状態だ……
シンは、シャリィさんと僕に背を向け、すっぽりと頭まで薄い掛布団をかぶり、横になりほとんど動かない。
これも最初に説明をしなかった僕のせいだ……
「シン、シャリィさんは悪くない。僕が説明をしなかったから……」
「す、すまないシン。わ、私の勘違いだ」
先ほどから何度か僕とシャリィさんは謝っているが、全く返事はない。
「シン、何か僕にできることない? 何でも言うこと聞くから機嫌直してよ」
「……シャリィは?」
やっと口を開いた……
「えっ、私? ……あぁ、私もシンの要求を飲もう。何でも言ってくれ」
その時シンがピクッっと動いたのが分かった。
「ほー、何でもねぇ」
……しまった、これは流石に過払いなのでは? 僕はともかく、シャリィさんは女性だ。将来、この世界一のエロ魔法の使い手になり得るかも知れない男に、さっきの台詞は不味いのではないか……
「ようし、じゃあユウはロビーにでも行って時間を潰してきてくれ」
ああああ、やっぱりゲスいこと考えてるよこのカス。
そう言えばちょっと前に時計の振動機能でニヤニヤしてたじゃん。
まさか、まさかシャリィさんに……
色々と僕のせいだ、僕が止めないと!
「シンが今何を考えているか分かるよ! いくら何でもそれは駄目だよ!」
「……はぁ?」
「嫌がる女性に無理やりそんな事するなんて最低だ! 僕は絶対にゆるさないから!」
「お、お、おまえ……」
「えっ? 私に何を……」
「ふ、ふ、ふざけんなっ! 俺は嫌がる女に入れた事なんて一度もないわ!」
入れたことってストレート過ぎでしょその言い方!?
駄目だ、ここで言い負けると僕のせいでシャリィさんが……
「じゃあシャリィさんには入れる前までするってことなの!?」
「え、えぇ!?」
慌てふためくシャリィ。
「バ、バ、バカ野郎! だからそんなことしねーよ! そういう意味でお前に席外せって言った訳じゃねーからっ! いったぁ、いててて。
あーいうのはな、お互いの了解があるからこそ楽しくて気持ち良いものなんだよ。いたたた」
「じゃあどういう意味で言ったの?」
「い、いいから席を外せー」
「ユウ、わ、私は大丈夫だ」
いや、シャリィさんどもってるし……
まぁ、いざとなったら重傷のシンよりシャリィさんの方が何千倍も強いだろうし大丈夫だと思うけど、責任感強そうだから、シンがしてきたら抵抗しない気もする。
やはり僕は居た方がいいのでは……けどなぁ。
「分かった、ロビーに行ってくるよ。ただし、10分で戻ってくるからね」
「へいへい、10分あれば十分ですよ」
「えっ……」
「えって、お前いつまで勘違いしてんだよ。俺そんなに早くねーし、だから違うって言ってんじゃん!」
「わ、わかりました。じゃあロビーに行ってきます」
「ったくよー」
僕は廊下に出てからも不安が消える事は無かった。
ロビーには行かないで、ドアの前で待っていようかと思ったけど、変な声が聞こえてきても困るのでロビーに行く事にした。
「はぁー、あいつ俺を何だと思ってやがるんだ」
「……」
「ちょっとシャリィ! 何で頬赤らめて上目使いなの? やめろよお前まで」
「じょ、冗談だ」
「冗談ってお前……」
「コホン、それでユウを外させた理由は?」
「聞きたい事があってな」
「なんだ?」
「今日の事だよ。俺が誰にやられたか知っているのか?」
「あぁ」
「ユウもか?」
「あの3人絡みだと気づいてはいると思うが、誰にやられたかハッキリしたことまでは分かってないだろう」
「そうか……。ユウには黙っておいてくれ。俺はユウに聞かれたらそこら辺りのチンピラにでもやられたと言っておくよ」
「……あぁ」
「あいつらも知っているのか?」
「拳闘の奴らか?」
「そうだ」
「私がシンを運んでいる途中、ユウと一緒に大勢で駆けつけてきた。
その中には誰にやられたんだと声を荒げたり、仇を打ちに行くと言ってる奴もいたがピカルが止めていた」
「そうか……ミラーとリアナさんに申し訳ない。それに、まだ昼までは時間があったのに、約束通り最後まで拳闘を教える事が出来なかった」
「仕方あるまい……」
「……あの男と戦っていた時、最初余裕だったが、何かぶつぶつ言いだしたと思ったら、俺は力にもスピードにもついていけなくなった」
「……それは肉体強化魔法だ」
「そうか……じゃあ、あいつが言っていた魔法や剣を使っても良い正式な対戦なら、俺には全く勝ち目が無かったって事だな……
本当に殺されていたかもしれない」
「……その為にウースに行く」
「ん?」
「昨日も言ったが、お前もユウもこの世界に本当の意味で馴染むには、最低半年ぐらいはかかると私は見ている。そして、すでに噂になっているお前達の前には、今日の相手など非じゃない奴等も必ずやってくる」
元の世界だと、ただのオタクと鳶に何の価値が……
まぁ、それは俺達が決める事ではない。相手がどう思っているかだ。
誰なのか気になるが、まだまだこの世界の事を知らない俺が今聞いてもな……
シャリィが口に出さないのも、理由があるのだろう。
まぁ、その理由は、何となく分かる。
意外と、
「その時は……俺はともかく」
「……」
「シャリィ、いざという時は俺の命より、ユウを助けてやってくれ」
シャリィは、鋭い瞳でシンを見つめる。
「今回の私のペナルティはそれか?」
「あぁ、そうだ。頼むシャリィ」
シンは、シャリィに頭を下げた。
「……分かった、頭を上げろ。約束しよう、私はこれから先、常にユウの命を最優先に考えて行動をする」
……ユウから聞いた話では、シンとは友人でも無く、会話した記憶もあまり無く、職場でたまに会う程度の間柄と聞いていたが……
なぜそこまで大切に思う?
たった二人で別の世界に来て、情が移ってしまったのか……
確かに、真面目で誠実なユウを守りたいと思う気持ちは、私にもある。
「はぁー、これで安心したよ」
「……」
「コンコン」
「はいよー、ユウか!? いってぇ」
「入ります」
「はいはい」
「シャリィさん大丈夫でしたか?」
「おぃおぃ、一言目がそれか? どんだけ俺は信用が無いんだよ~」
「フッ、では私は部屋に戻る」
「シャリィさん、おやすみなさい」
「おやすみユウ」
シャリィさんは落ち着いた様子で部屋を後にした。たぶん僕が危惧していた事はなかったみたいだ……
「シン、身体の具合はどう?」
「シャリィが魔法をかけ直しても変わらず痛みはあるけど、大怪我や病気した時のケンタ感ってのがもう無いんだよ」
フライドチキンみたいな言い方しないで……
「い」が足りなかったね。
やっぱり、だいぶ頭を殴られたみたいだ……
「朝起きた時の寝ぼけて身体が動かないような状態が無くなってきて、意識がはっきりとしてきた。すげー治りが早いんだけど」
「それは魔法のお陰だと思いますけど、僕の知識のとは違ってて」
「ユウの知ってる魔法ならどうなるんだ?」
「魔法もそうだけど、回復薬があって」
「うんうん」
「それだと病気でも、かなりの重傷でも飲めば一瞬で治ります」
「一瞬で?」
「はい」
「その薬は錠剤か?」
……えっ、何の関係が?
「いえ、だいたいが液状だったと思うけど……」
「うーん、もしそんな便利な薬があるなら、戦う時に口に含んだまま戦えばいいよな?」
「えっ……あっ!?」
「そして刺されたり殴られたりしたら飲めば一瞬で回復するんだろ?」
「そ、そうなりますね」
「そしたらさ、相手も薬を口に含んで戦ってくるぜたぶん」
「うふふふ」
「あははは、先に口に含んでる薬を噴出させる戦いになるぜ」
「はははは」
「相手を笑わすのもいいよな。そしたらぶーって吐き出させたら勝ちだよ」
「ふふふ、だけど、それなら予備を持っていて、直ぐにまた口に含めばいいですね」
「それを言うならさ、回復薬の入ったタンク背負って、そこにホースを繋げて飲みながら戦えば無敵だよな」
「うふふふふ、やめてよシン」
「だってそうじゃんかよー、あははは。いててててて」
「あっ、シンが妙に元気だからつい。話は終わりましょう、横になって休んで下さい」
……どうやら元気に馬鹿話をする俺を見て、落ち込んでいたのがましになったみたいだな。良かった……
ユウは、あまりにも責任を感じ過ぎだ。
俺がやられたのは、単純に弱いからで、ユウに責任は無い。
いててて、まだ眩暈もするけど 俺には今日中にやらないと行けない事がある。
「うーん。けど、もしかしたらファブラリスにそんな魔法があるのかもしれないね」
「……伝説の魔法の話か?」
「うん」
……確かにその通りだ。この世界を、俺の常識や知識で計るのは間違っている。
ユウの様に、柔軟に考えないと、決めつけた価値観は、死に直結してしまう……
「あぁ、その通りだ。この世界には俺達の想像も及ばない様な魔法があるかもしれない。さっきの馬鹿話は忘れてくれ」
「冗談って分かっているから大丈夫ですよ」
本当に病気も怪我も一瞬で治ってしまう魔法があるなら俺は……
のぼるさん……
「さぁ、寝て寝て」
「いや~、少し良いかな?」
「どうしたの?」
「ユウ、さっきの何でもっていうの」
「はい」
「今その願いを聞いてくれるか?」
「良いですけど、出かけたいから手を貸せとかは駄目ですよ」
「あぁ、そうじゃないんだ。実は書くものあるかな。紙とペンみたいな物とか?」
「僕は持ってないけど、シャリィさんに聞いてきます」
「そうだな、さっき聞けばよかったな。わりぃ二度手間だ」
「いいです、行ってきますね。どれぐらい紙は欲しいの?」
「うーん……沢山だな。あの~何だっけ……C4とかいう大きさの紙を数十枚は欲しいかな」
……たぶんA4ことかな? C4って爆弾だよシン。
やはり頭を沢山殴られて……
「分かった、聞いてくるね」
「わりぃな」
「ううん、願いを聞くって約束しましたからね」
シャリィさんを訪ね、シンに頼まれたと説明をして、紙と書く物が欲しいとお願いしたら、インベントリから細く硬いチョークのような物と、紙を数十枚出してくれた。
紙の質はかなり良く、元の世界の紙と大きな差が無いように感じた。
部屋に戻ると、シンは喜んでいた。
「おー、あったか!? いってぇ……」
「はい、シャリィさんが持ってました」
「じゃあ、ちょっと面倒だけど今から俺が言う事をその紙に書いてくれるか?」
「良いですよ」
「えーと、まずはだな。1、練習を始める時は必ず柔軟体操から始める事」
なるほど、ボクシングの練習方法を書いてピカルさんに渡すつもりか……
「書けたら言ってくれ」
「はい、ちょっと待ってくださいね。えーと、書けました」
「よーし、柔軟体操は慌てず、時間をかけゆっくりとやること」
「ふむふむ、書きました」
「よし、次はな……」
その後、2時間ぐらいかけてシンの話を書き止めた。
「終わったかー。けっこう時間かかっちゃったな。ユウ、ありがとう」
「いいえ、何でも聞くって約束しましたので」
「本当にありがとう。これであいつらにも少しは足向けできるよ」
それは向けちゃダメな方です。
やはり頭を……
「さて、もう寝ましょう」
「あぁ、明日早いしな、もう寝ようか。すまないがいつもの様に照明は全部消さないでくれ」
「分かりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
ベッドに横になってみたものの色々な事が頭をよぎって眠れない。
僕がロビーに行ってた時にシンとシャリィさんが何をしてたのか凄く気になる。
それにシンにケガをさせた奴の事も気になるし……
明日からの旅は楽しみだけど、不安も多い。
コレットちゃん…… 明日最後に会えるかな……
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