46 憂虞
……だれだこの背中?
あ、そうだ、ユウか……
「ユ……ウ」
「あっ!? シン目が覚めたの、大丈夫?」
「あぁ、たぶんな」
「たぶんって、大丈夫なんだよね!? 良かったぁー、本当に良かったぁ」
ふっ、そんなに顔をくしゃくしゃにして……
「ううぅぅ、うわ~ん、ああああん、ああああああん。このまま、目が、目が覚めないんじゃないかと、うううぅぅ、しん、心配してたぁぁああん、良かったぁぁ」
ユウ……
「……すまない、本気で心配かけたみたいだな。本当に申し訳ない……」
起き上がろうと、身体を動かしたシンにユウが声を上げる。
「駄目! ぐすん、起きなくていいから横になってて!」
「……分かったよ、頭に響くから小声で頼むな」
「あ、ごめん」
「ふふ」
ユウは涙を拭い、ようやく落ち着いてきた。
「お水飲む?」
「あぁ、頼む」
テーブルに置いてある小さめの水袋を手に取った。
これは、少し前にシンのために汲んできたばかりの水で、シャリィさんが薬草を入れていた。
水がこぼれないように、そっと飲み口をシンの口に持って行き、3回ほどコクコクと飲んだのを確認してから口から離した。
「あー、美味い。ありがとう」
薬草に気付いていない……
そんなに変な味はしないのかな?
「お礼とかいいから、ゆっくり休んで」
「いや、話をするぐらいなら大丈夫そうだ」
「いいから、寝てて!」
……こわっ。
「ふっ、分かったよ」
ユウがここまで頑なになるなんて、かなりの重傷なのかもな。
けど、明日出発すると言っていたから、俺のせいで予定が狂わないようにしないと。
「ユウ、今何時だ? ああっと、すまない。つい癖で聞いちまった」
「もう、寝ててって言っているのに。今何時?」
「ん?」
「17時12分だよ」
「えっ?」
「今日シャリィさんと買い物に行ってた時に時計を買ってくれたよ。もちろんシンの分もね」
「そうか……俺の手首に似合うぐらいの時計ならいいけど。なんてな。はは」
「それが、僕らの思っている時計とは全然違くて……」
「ん?」
「魔法の時計なんだ」
「時計が魔法?」
「うん、発動型の魔法でこの首に下げてるのがそうだよ」
ユウは革紐で丸いコインのようなものを首から下げていた。
「これを身につけていれば、今何時って口にするだけで自然と時間が分かるんだ」
「へぇ~」
「はい、もぅおしゃべりはおしまい。元気になったら何でも説明するからさ」
「もう元気だよ。他に何を買ったんだ?」
「もぅー。色々買ったよ、馬と馬車もね」
馬車で移動するのか…… それなら大丈夫そうだな。
「シャリィは?」
「シャリィさんは出かけているよ」
「そうか。シャリィに話がある」
「宿に戻ってきたらこの部屋に来てくれるよ」
「そうだな。それならすまないけど、もう一度寝るよ」
「うん、そうして」
シンは直ぐに軽い寝息を立てて寝始めた。
……シャリィさんが血だらけのシンを抱きかかえて路地から出て来た時は、本当に驚いた。
肋骨が2本、右の鎖骨、左足の甲が骨折。
そして、裂傷は数えきれないほどしていて、内臓からも出血していると聞いた。
出血は、深くなればなるほど魔法でも止めるのは難しいらしく、外傷の出血は既に収まっているけど、内臓の出血を止めるのは容易ではないらしい。
かなりの重傷で、シャリィさんからシンが動かない様に見張っていてくれと頼まれている。
……シンは今も何も言わないし、シャリィさんも教えてくれないけど、たぶんあの三人組の仲間にやられたんだ。
つまり…… シンがこうなったのは僕のせいなんだ。
本当にごめんなさい……
シャリィさんは18時半頃に宿屋に戻ってきて僕達の部屋を訪ねて来た。
「コンコン」
「私だ」
「シャリィさん、どうぞ」
僕は鍵言葉を唱えシャリィさんを招き入れた。
「シンの様子はどうだ?」
「1時間ほど前に一度起きましたが、また直ぐに眠りました」
「そうか。薬は飲んだか?」
「はい、その時に薬を入れた水袋の水を三口ほど」
「分かった」
シャリィさんが部屋から出て行こうとしたその時、シンが声を掛ける。
「シャリィ」
眠っていると思っていたのに、起きていたのか?
「明日出発するんだよな?」
「……」
「俺は大丈夫だ、予定通り明日出よう」
「そのざまでか?」
「はは、めんぼくない。色々手伝う事は出来ないが荷台に乗っているだけなら問題ない。それでもいいなら頼む、予定通り明日出発しよう」
こんなにも重傷なのに、予定の事を心配して……
鳶の会社の社長だった訳だし、責任感は強いんだろうな。
「荷物は全て馬車に積んであるので手伝いは不要だ。シンのサイズに合った買い物は私がだいたいで買ってきた。ぴったりとはいかないと思うが我慢してくれ」
「あぁ。それじゃ?」
「明日の早朝、予定通り出発する」
「分かった。安心したよ」
「もう少し休んでいろ」
「いや、座るぐらいなら問題なさそうだ。さっき試してみた」
さっきって僕がトイレに行ってた時に……
「晩飯はここにも持ってきてくれるようアロッサリアに頼んである。具の無い薬膳スープだ。わずかだが出血を止める作用があるので、少しでも飲むように」
薬膳!? すげぇ不味そう……
「ユウは今から私と普段通り店に食べに行こう」
「はい、分かりました」
「シン、食事が届くまで寝ていろ」
「大丈夫、二日分は眠ったよ」
「好きにしろ」
「シン、絶対に動いちゃ駄目だからね! 約束して!?」
……はは、すげぇ迫力。
「あぁ、わかった」
「あとね、腰の横に携帯トイレ置いてあるからね、使い方は同じだから」
さっきから、何か当たっていると思ってたけど、これか……
「板ばりにつく蝉だな、ありがとう」
えっ? もしかして至れり尽くせりって言いたかったのかな?
だいぶ頭を殴られているな……
ユウとシャリィは晩飯を食べに部屋から出ていった。
そして10分ほどして誰かがドアをノックする。
「コンコン」
「はい、鍵開けたよ」
ドアがゆっくりと開き、スープをのせたトレイを持ったアミラが入ってきた。
「アミラ……」
「ひ、ひっ、ひっく。うわぁぁぁぁん」
アミラは俺の顔を見るなり大声で泣き始めた……
そしてスープを載せたトレイをテーブルに雑に置き、ベッドに寝ている俺に抱き着いてきた。
痛ったぁたぁたぁー!
10代の頃、元の世界でも喧嘩ばかりしていた俺は、その当時の彼女にも同じようによく泣かれていた。
「シン君が血だらけで運ばれてたって聞いて心配したんだからねっ! うわぁぁぁん」
「ごめんなさい」
こういう時は素直に謝るのが一番だ。
以前、お前には関係ないだろと言ってしまった事があったが、その時は喧嘩以上のケガを負わされた。
「本当にごめん」
「えーん、うぇーん」
どうしよう……
泣かれたついでに明日出発するのも伝えておくか……
あまり人に話さない方が良いのかもしれないけど、どうせ毎日居た奴が急に居なくなるんだから遅かれ早かれ分かる事だ。
それに、この優しい子に黙って出て行くなんてな……
「アミラ、そのまま聞いてくれ」
「ひっくひっく……」
「俺は今シャリィの……シャリィの……」
あれなんだっけ? シュートだっけかな?
いや、シュール……じゃないよな。
「ひっく、グスン。シューラ?」
「コホン。俺は今シャリィのシューラだからさ、自由は無いと同じだ」
「うん。グスン」
「実は明日この街を出て行く」
「……グスン」
「突然ですまない。アミラと離れるのは淋しくて辛い。けど、早く一人前の冒険者になるためには……」
冒険者ってどんな仕事するのかイマイチ分かってないけど……
「クスン、グスン。一人前になったら迎えに来てくれる?」
……そうなっちゃうよねー。やっぱ黙って出ていくべきだったか……
アミラの顔を見ると大きな瞳に涙をいっぱい溜めていた。
「あぁ、一人前になったらな」
そう言うとアミラは目を閉じた。
その瞬間、溜めていた涙が零れ落ちた……
俺はアミラにそっとキスをした。
かさねた唇を解くと、アミラは大きな瞳で俺の瞳を見つめていた。
……この次に来る台詞が確信的に分かる。
「私待ってるね」
だよな……
こんな優しくて可愛い子にここまで言わせて、待たなくていいよ何て絶対言えない。
「俺はいつ死ぬか分からない仕事だ。それを忘れないでくれ……」
仕事内容詳しく知らんけど……
「うん、分かってる」
そう言うとアミラは俺を強く抱きしめて来た。
正直身体の芯が……背骨がへし折れそうな痛みを感じている。
しかし、男たるもの、ここで痛がるそぶりを見せたり口に出すなんてとんでもない!
し、しかし、これは本当にい、い、痛い!
その時ドアをノックする音が聞こえた
「コンコン」
その音でアミラはベッドから降りて、乱れた服を整えていた。
「はーい」
「ユウです」
「あー、開いてると思うよ」
「ゆっくり休んでね、シン君」
「あぁ、またなアミラ。スープ運んでくれてありがとう」
「うん」
アミラはもう一度俺にキスをした後、ユウと入れ替わりに部屋を出ていった。
もしかして、だいぶ邪魔をしちゃったのかな僕……
「シン、邪魔しちゃったかな」
「いや、逆に良いタイミングだったよ。背骨がへし折れそうだった」
「えっ?」
「いや、こっちの話だよ、メシは食ってきたか?」
「うん、シャリィさんは部屋に戻ったよ。明日の朝6時に馬車を宿屋の前に着けておくから、それまでに食事も済ませて準備しとくようにって」
動くなと言ったり準備しとけと言ったり、初めて見た時からSっけ丸出しだと思っていたけど、そのまんまだな……
「分かった。ところでその時計には目覚まし機能は付いているのか?」
「うん、音じゃなくて振動するみたいだよ」
振動だと…… 振動…… 振動ねぇ~。
「ふぃふぃふぃ」
シンが突然気持ち悪い声で笑った。
は、はは、まさかエッチな事に使えるとか考えているのでは……
「シン、スープ飲んでないじゃん」
「あぁ、わりぃ。今から飲む。少し座るよ」
「動いていいのかな? ああっと手伝うよ」
ユウの力を借りて、なんとか座る事が出来たが、眩暈がする。
出血が酷かったのかもしれない……
「はい、どうぞ」
「すまないな取って貰って」
クンクン、匂いは悪くないな。
あまり食欲は無いけど、少しだけでも飲んでみるか……
シンはスプーンで少しだけすくい口に運んだ。
「……うげぇ、まっずぅー! 飲めないよこれ」
「シン、駄目だよ。薬と同じなんだから飲んで」
「いや、むりむりむりむり」
「我がまま言わないで! 怪我を治すためだよ!」
さっきから妙に怖いな……
まぁ、それだけ必死さが伝わって来るけどな。
「いや、よけい悪くなるから」
「シャリィさんがそんな物を飲ますわけないでしょ!?」
「いや、まぢまぢまぢ! じゃあユウが飲んでみろよ。とても飲めたもんじゃない。たぶん別の世界から来た俺達の口には合わないんだよ」
「……分かった。じゃあ僕が飲んだらシンもちゃんと飲んでくれる?」
彼女みたいなこと言って…… まぁ、それぐらい心配をかけてしまったって事だ。素直に従おう。
「うん、分かったよ。ユウが飲めば俺も飲むよ」
「いただきます」
「あぁ……」
僕は一口分をスプーンですくい口に運んでみた。
ぐ、ぐぉー、予想を遥かに超える不味さだ!
駄目だ、顔に出してしまうのは駄目だ、我慢しろシンが見ている!
「ん-、ゴクッ! あー美味しい!」
「うそうそうそうそぉー! 絶対嘘ついてるじゃんお前!」
「嘘なんてついてないよ、美味しかったもん」
「じゃあもう一口飲んでみてよ。いててて」
「飲みたいよ、飲みたいけどこのスープはシンのお薬なの! シンが飲んで!」
「ほらー、やっぱ不味いんでしょ? 正直に言えよユウらしくない」
「そもそも、美味しいとか美味しくないとかは薬なんだから問題じゃないよ。それに僕らしく無いとかも関係ないの。
さっき僕が飲んだら飲むって言ったでしょ!? シンこそ約束守らないなんてらしくない」
「あー、わかりましたよ! 飲めばいいんでしょ! 飲むよ、スプーンなんていらねーよ、皿ごと一気してやるわ! 貸せ!」
ぷぷぷ、キレてる……
「別にお皿ごと行かなくてもいいよ、ゆっくり飲んで」
シンはお皿に直接口をつけてゴクゴクと飲み始めた。
「……ぶぅぅぅぅぅー!」
「汚っ!」
「ぐぇーゲホッゲホッゲホッゲホッ! 痛い」
「はい、吐き出したから店行ってもう一皿貰ってきまーす」
「ぶ、ぶざげんなー、ゲホッゲホッ、ゲホッ! いてぇ咳すると身体中いてぇー」
「待っててねー」
「いや、待て、お前が待て! 頼む、これは拷問だ。大人しく寝るから勘弁してくれ。なっ!?」
「……分かったよ。シャリィさんには内緒にしておくね」
「そうそう、それも頼む。さすがユウ気が利くな」
「じゃあ横になって」
「はい! もうなってます!」
ったく……
……まだ数時間なのに身体の回復が早いのが分かる。
元の世界なら完全に集中治療室送りだっただろう。
フラフラするし、痛みもあるけど、我慢すれば少し動くのは問題ない。
確かシャリィが医療魔法を何種類とか言っていたけど、凄いんだな、魔法って……
まぁそれと、膝枕と、さっきのアミラのキスのお陰もあるな。
やはり俺は女性が居ないと生きていけない。
今まで以上にもっともっと女性を大切にしよう。
そういえば、ミラーとリアナさんにとって大切な日だったのに、俺がやられたせいで嫌な気持ちになっていなければいいけど……
僕のせいでシンはこんな目に……
僕は、少しでも早く、早く強くなりたい。
誰にも手を借りることなく、この世界で生きて行けるようにならないといけないんだ!
……そうだ! お金を払ってシンに身体を鍛えてもらう提案をするの忘れていた。
怪我で動けない今ならお金を渡しても無駄遣いは出来ないし、旅先にエッチな店があれば行きたい気力で少しでも早く治るかもしれない。
うん、これは良いアイデアだよ!
「シン、僕ちょっと出かけてくるね」
「分かった。けど外は辞めとけよ」
「うん、宿屋の中からでないよ」
いったいどこ行くんだろう?
「コンコン」
「どうしたユウ?」
「はい、お時間良いですか?」
やっぱりノックだけで僕って分かっている。
「入っていい」
「失礼します」
シャリィさんの部屋の中で会うとドキドキしちゃうな……
「どうしたユウ?」
「実はあの~、じゅ、10万シロンを先にいただきたくて」
「かまわないが、使い道は?」
えっ、使い道? シャリィさんに聞かれると思ってなかったから考えてなかった……
うーん、シンに言われた訳ではないけど、結果的にシンに10万シロンが渡るとなれば駄目と言われるかもしれない……
どうしよう、困ったけど、正直に言うしかなさそうだ。
「シンが怪我を治す為には風俗に行かないとけないから金を貸してくれとでも言われたのか?」
「えっ!?」
まぁ、言われた訳では無いけど、シロンを渡せば恐らく使い道はそんな感じになるのではないかと思われるけど……
シャリィさんは突然立ち上がりドアを出て階段へ向かって走って行った!
「あっれぇ? シャ、シャリィさん!?」
まずい、僕が直ぐに否定しなかったから勘違いしている!
追いかけないと!
「ドカッ」
「あいてててぇ。テーブル、テーブルの脚に僕の足の小指がぁぁぁぁ」
ユウは足を抑え、痛みで床を転げまわっていた。
ドドドドドドドド!
「なんだぁ、地震かぁ?」
バンッ!
「おぉ、びっくりしたぁ。なんだシャリィかよ、あれ鍵かけてたよな?」
「お前のやり方でこの世界を知ろうとしていたのは理解できる」
「はぁ?」
「だからリスクを承知で自由な時間も与えた」
「いきなり来てな、何言ってんだお前? いててて」
「ユウが自分のせいだと落ち込み、泣き喚き、どれほどお前を心配をしていたか分かるか?」
「えっ? いや、心配をかけたのは本当に申し訳ないと思っているけど、さっきから何をい……」
シャリィはシンの言葉に被せてきた。
「そのユウの気持ちを理解しておきながら、これ見よがしに金銭を要求するなど…… どうやら私は、お前を過大に評価していた様だ」
「だから、何? いったい何の話なの? そこだけでも説明しろよ! いたたた」
「医療魔法で痛みを緩和出来ても、全て取り去る事は出来ない。今、その程度の痛みなのは、私の魔法のお陰だ」
「だからぁ! 話が見えないって!」
「ユウの心を無下にするお前のような奴には、魔法で痛みを和らげる必要は無い」
「はぁ?」
シャリィは痛みを抑える魔法を解いた。
「ぎぃやあああ。いってぇぇぇぇ! いだだだだだぁ」
「シャ、シャリィさん!」
あー、間に合わなかった……
僕のせいだ。本当、ごめんなさいシン。
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