63 幼心
悪路を進むのに慣れて来た僕達の前に、やっと建物が間近に迫って来た。
「シンさん、そこです。そこが入り口です」
「はい、ここですね」
シンは普通に受け答えしていたけど、僕は本当にここが入り口なのかと疑っていた。他の所より更に草木が複雑に絡み、まるで封印でもされているような感じだ……
う~ん、異様な屋根の形といい、まるでお化け屋敷みたいだ。
「とりあえず、草をむしりますね」
そう言うと、シンは長く伸びた草や枝を掴んで引っ張りだすが、いったい何時間かかるのだろうか?
だけど僕も……
「シン、どいていろ」
「ん? あぁ……」
僕も手伝おうとしていると、シャリィさんはシンに声をかけて退かした後、剣に手をかけ、ゆっくりと抜いた。
おぉ!? おおぉぉー、まさか、まさか!?
シャリィさんが剣を振るうと、入り口を塞いでいた草や枝がみるみると切り刻まれていく。
「はあぁー」
す、凄い! たぶん強化魔法を使っているのだと思うけど、レティシアさんを助けた時の、シンの手の動きが霞むほどのスピードだ!?
暗闇ではっきり見えなくても、その動作で伝わってくる。くぅ~、出来れば明るい場所で見たかったな~。
そのシャリィを見て、シンも驚きの声をあげる。
「うーわ」
これは、ただ切り刻んでいる訳では無い……
切られた枝や草が、まるで自ら遠ざかったいるかの様だ!?
草木を切り終え、剣を納めたシャリィは後ろに下がる。
「うぁあはあああああああ! す、凄い! ねぇ、見たシン!? あのスピード!?」
「あー、見た見た」
と、言っても、速すぎて、全部見えていた訳じゃないけどな。山賊を倒した時もそうだったが、凄まじいスピードだ。たぶん明るくても見えていなかっただろう……
こんな魔法を使う奴が、ゴロゴロいるんだよな、この世界には……
「く、草と枝が、入り口を避けている!? 凄い! そこまで計算して切ったのですねシャリィさん!」
ユウの興奮は止まらないが、シンは冷静に分析していた。
切られて宙を舞う枝や草が不自然な動きをしていた。恐らく、これも魔法だろうな……
「ありがとうございますシャリィ様」
お礼を言った後、レティシアさんは入り口に近づいて行く。
そして、大きな扉に手を当てると、何やら呟き始める。
「……アイドル」
うん? レティシアさんは何をしているのだろう? 最後のアイドルという言葉だけは聞き取れたけど、何て呟いていたのかな?
「ユウさん」
「はい!?」
「これをどうぞ」
レティシアは、ユウに指輪を渡した。
「これは?」
「プロダハウンの鍵です」
「プロダハウン?」
「あっ、はい。この建物の名前です。どうぞ、開けて下さい。鍵言葉はアイドルにしましたので」
……なるほど、最後に聞こえたアイドルは、鍵言葉だったのか。恐らく、僕の為に鍵言葉を書き換えてくれたのだろう。
扉にはノブらしき物が無いので、レティシアさんの真似をして、手を当ててみた。
「アイドル」
「ガタン」
何か大きな音がしたと思ったら、ゆっくりと扉が開いていく。
「ギギギギ、ミシ、ミシ」
「おーおー、開いてる開いてるぅ~」
シンが少し興奮している。
「ギギギ、ギギギィ」
ゆっくりと開いた扉の奥が少しずつ見えてくる。
「おおおおお」 「うわああああ」
二人はこの建物の中が気になり、つい歓声を上げてしまう。
そして扉は完全に開き、中を伺う事が出来たが!?
「真っ暗だな」 「真っ暗ですね」
期待していたのに、暗くて中の様子が分からず、思わずシンとハモってしまった。
「フフ」
レティシアは軽く笑って平静を装っていたが、この時、胸は高鳴っていた。
「ふう~」
軽い深呼吸をした後、唱える。
「ベナァ……」
いくつかの明かりが灯り始めるが、長い年月放置されていたせいなのか、全ての照明は点かない。
「おぉ~」 「あはぁ~」
二人は、驚きの声をあげた。
広~い! それに、舞台だ、大きな舞台が見える! しかも、この舞台…… もしかして…・・
この時シンも、同じ事を思っていた。
この舞台、野外劇場の舞台と同じ寸法に見える……
そう、シンとユウの予想通り、この稽古場の舞台は、野外劇場の舞台と同じ大きさであった。
……なるほどね、野外劇場専用の稽古場みたいなものだな。
それと、雨の日はこっちで公演していたのかもしれない。
舞台の他には埃をかぶった沢山の椅子や机、それに布の様な物が床に転がっている。
「このプロダハウンは、野外劇場と同時期に建てられ、歴史に名を遺した幾人もの名優達が、劇団の垣根を越えて一緒に稽古をしていた特別な場所です」
同時期…… もっと古そうに見えたけど、放置されていたからか……
「私は小さい頃、よくここに見学に来ていました。あの椅子に……」
レティシアは3人に目配せした後、床に転がっている埃まみれの小さい椅子に視線を向けた。
「あの小さな椅子に座って稽古を見ている私に、皆……皆優しくしてくれて、そんな名優達に憧れて…… いつか私もあの人達の様になりたい……そう思って、ここでこっそり練習していました」
レティシアは、感慨深い表情で舞台を見つめている。
「誰も見ていないと思っていたのに、俳優達が隠れて私の演技を見ていて、突然拍手が聞こえて来て…… 今でもあの時の気持ちをはっきりと覚えています。恥ずかしかったけど、とても…… とても嬉しかった……」
その想いは、シンとユウにも届いており、二人も優しい表情で舞台を見ている。
「ここを…… また使用する日が来るなんて……」
ユウはレティシアを見つめている。
大切な、大切な場所なんですねここ……プロダハウンは……
そんな建物を僕に使わせてくれるなんて……
レティシアさん、絶対に、絶対に凄いアイドルをプロデュースしてみせますから! 任せて下さい! うん!!
「……点いていない照明があるな。私が直しておこう」
その言葉を聞き、いつものレティシアに戻る。
「そ、そんなシャリィ様にそのような……」
「気にする必要はない」
「でも……」
……俺も手伝いたいが、魔法に関する事は俺達には分からないから、却って足手まといになるかも。
恐縮しているレティシアを見て、シンが口を挟む。
「村長さん、せっかくだからシャリィに任せよう」
シンにそう言われ、レティシアは目を伏せた。そして、再びシャリィを見て口を開く。
「……分かりました。宜しくお願いします」
シャリィは無言で頷いた。
全員でプロダハウンを後にしている時、何気なく振り返ると、レティシアさんは、立ち止まりプロダハウンを名残惜しそうに眺めていた。その姿を見て、ここは本当に大切な場所なんだと、僕は心に改めて刻んだ。
レティシアさんと別れ、僕達3人は宿屋に戻り、食事をするために食堂に来ている。
シンは
……時間かかり過ぎな感じもするけど、まさかとは思うけど、モリスさんを口説いている訳じゃないよね?
いくら女性好きでも、それぐらいの節操はあると信じたい……
「すみません、突然厨房を見学したいなんて言って」
「いいえ、全然大丈夫です。逆に見る物なんて何も無くて申し訳ないですけど……」
「いえ、そんな事無いですよ。厨房をあまり見た事無くて」
「そうなんですね? どうぞ、お好きなだけ見て下さい。私は皆さんの食事を作りますので」
「はい、忙しい中すみません。見させていただきます」
う~ん、基本的には俺達の世界のものと変わらないみたいだな。
鉄板もあるし、鍋もある。包丁と丸いまな板、それに食器類……
シャリィもそうだったけど、普通に火を使い料理をしている。
教会の無いこの村だからなのか、特別な魔法も使っていないみたいだし、これなら……
キョロキョロと見回していると、棚の上に置かれている、変わった大きな鍋を見つけた。
「モリスさん、あの上に置いている鍋、ちょっと変わってますね」
「あー、あれはハイス鍋ですよ~」
「ハイス鍋?」
「あれ? シンさんご存じないのですか?」
やべっ、もしかして子供でも知っているような物なのかな?
「いやー、それが俺凄い田舎者でして、色々あまり知らないみたいな~……」
「そうなんですね」
モリスは料理をしながらシンと会話をしている。
俺と話をしながらでも、手は止まっていない。手慣れたもんだな。
「あの大きな鍋はですね、簡単に説明すると、魔法のお鍋でして」
魔法の鍋……
「火を使わなくてもお鍋自体が熱をもって、煮たり炒めたり出来ます」
なるほど……
「今は使ってないんですね?」
「えぇ、あのお鍋を使うほど今はお客さんも来ませんし、それに……」
それに?
「大きいので、消費魔力も多くて、私一人ではちょっと……」
なるほどね~、魔力の多い者、もしくは、複数人の魔力で使用するって事ね…… ふ~ん……
シンは、モリスの言葉で何かを思案しているが、今考えるべき事に切り替える。
ハイス鍋かぁ、これは使えるな~。シャリィもこの鍋を使えばいちいち薪を拾わなくてもいいのにって、まぁ、使わない理由は思いつくけど……
他にも色々おかしな物があるけど、今は置いといて……
「あの、モリスさん。実はですね……」
シンは本題の一つに入る。
「えっ!? 明日からですか?」
モリスは、シンからの提案に驚いている。
「はい。急な話で申し訳ないのですが、お願いできますか? あーっと、
「えっ、わざわざシャリィ様が持って来てくれるのですか……」
モリスは申し訳なさそうな表情をする。
「それなら、大丈夫だと思います」
「良かったぁ、では、お願いしますね」
「……はい」
モリスは笑顔で返事をした。
ん~と、もう一つのお願いは、帰り道で言いそびれたから、後でユウに話をしてからにしよう……
シンがやっと厨房から戻って来た。
「どうだったシン?」
「うん、大丈夫だって」
「本当!? 良かった~」
「そうだな」
シンはシャリィを見て無言で頷くと、シャリィも一度頷いた。
シンとユウが安堵の表情を浮かべていると、モリスが料理を運んでくる。
「お待たせしました。どうぞ、お芋のスープです」
今日の夕食は、パンと芋のスープ。モリスさんのお薦めだ。
スープの中には少しだけど肉も入っている。
ん~、良い匂い~。
匂いを嗅いだ後、僕はスープを一口飲んでみた。
「ん!? このスープ美味しい!」
「うん、甘くて美味いな」
これはサツマイモかな? このスープ、出汁はハンボワンじゃなさそうだな。良かった。
「これ何の肉かな?」
まさか別の芋虫じゃないよな……
その時、モリスが話しかけてきた。
「すみません、飲み物をサービスするのを、私うっかり忘れていまして」
「あー、全然大丈夫ですよ、昨日の夕食に来なかった俺達のせいなので、気にしないで下さい」
「はい、シンの言う通りです」
「いいえ、お昼も来てくださっていたのに。今からお出ししますので、何が宜しいでしょうか?」
そうだな…… あまり酒を飲む気分じゃないし、それほど強くも無いしな俺。そういえば、ユウは酒を飲めるのかな?
「ユウ、お酒飲める?」
「う~ん…… 少しだけなら」
「そっか。シャリィは?」
「飲まない事も無いが、今は遠慮しておく。モリス、私は結構なので二人に頼む」
「はい、承知しました。いつでもおっしゃってくださいねシャリィ様」
「ん~と、じゃあ、少しだけ頂けますか」
「はい。何にしましょう?」
と言われてもな…… この世界の酒を知らないし……
「モリスさんにお任せします。あー、あのー小さいコップでお願いしますね」
「分かりました」
モリスは笑顔で下がって行った。
「ねぇシン。どんなお酒がくるのかな?」
「そうだな~。麦があるから、もしかしてビールに似たようなものかもしれないな」
「小麦から作れるのかな?」
「どうだろうな。あまり酒は得意じゃないけど、ちょっと楽しみになって来たよ」
「だね~」
二人の会話が弾んでいる時、お酒を手にしたモリスが戻ってきた。
「お待たせしました」
テーブルには、小さいコップではなく、ジョッキが二つ置かれた。それを見て、シンとユウは同じ事を思う。
……小さいコップって言ったのに、何故にジョッキで!?
モリスは満面の笑みを二人に向けている。
……もしかして、遠慮していると思われたのでは!?
「あ、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
二人は、詰まる所までもがハモる。
「これは、何のお酒です?」
「これは私が作ったお芋のお酒です」
「芋?」
「はい」
芋焼酎みたいなものかな?
「芋は畑で?」
「はい。裏の畑で育てています」
「へぇ~」
「このお酒の原料のアノマ芋は、何処でも採れていたので、わざわざ畑で育てる人も居ませんでした。けど、今は魔獣が多いので、森の奥には入れませんから、たまたま道端に生えているのを見つけて、畑に植え替えて増やしました」
魔獣のせいで行動が制限されるって、本当に大変そうだ……
「このスープのバタタ芋も、今は村内の畑で育てていますが、小さな畑なので多くは採れなくて…… 村の外にあった大きな畑は、魔獣退治が出来ないので、残念ながら放置されてしまって……」
バタタ芋?
「このスープのバタタ芋もお酒にするんですか?」
「いいえ、バタタ芋は焼いたり、このスープみたいに煮たりして食べます。お口に合いましたか?」
「はい、美味しいです。これって珍しい芋ですか?」
「高地だと何処にでもあるので、それほど珍しくはないと思います。あっ、どうぞ飲んでみてください」
「はい、では……」
僕とシンはジョッキを手に取り、一口飲んでみた。
……こ、これは!?
「お、美味しい!」
口に入れた瞬間、芋の甘みと、アルコールの辛みが程よく混ざった味が口いっぱいに広がっていく。
フルーティーなので後味も爽やかで癖が無い。
「これは美味しいですね~。お酒苦手な人も全然飲めそう」
シンも笑顔で答えている。
うんうん。シンの言う通りで、お酒の苦手な僕でも何杯かは飲めそうだ。
「ありがとうございます」
この時モリスは、心の底から喜んでいた。
シンとユウに出された酒はモリスの秘伝で、売り物ではなく、出稼ぎに行っている夫の為に作られていた。そもそも原料の芋は少なく、子育てと宿の管理を一人でしているモリスには、作れる量はたかが知れており、人に振る舞うほど多くはない。
夫は、戻ってきた時、モリスと二人で飲む事を楽しみの一つにしている。そんな大切な酒であったが、美味しいと言って笑顔で飲むシンやユウを見て、ジュリを助けて貰った恩を、少しでも返せたかもしれないと感じていた。
「お代わりもありますので、遠慮しないで言って下さいね」
そう言うと、モリスは厨房に下がって行く。
「美味しいけど、アルコール度数が高いかもしれないから、ゆっくり飲もうな」
「うん、そうだね、明日は遅くても8時には起きないといけないからね」
20分後……
「ら、らめら~。立てないよ僕~」
ユウ酒よっわ!
あまりの美味しさにがぶ飲みをし、お代わりまでしたユウは、酔っ払っていた。
その頃レティシアは、シン達と別れた後役場に戻り、職員たちと夜遅くまで、明日の打ち合わせをしていた。
「村長……」
「どうしました?」
「その…… 明日はあの二人が……」
「ええ、恐らく来るでしょうね。その件は私に任せて下さい」
「分かり、ました……」
レティシアの力強い言葉を聞いても、職員の表情は冴えなかった。
「よいしょっと!」
シンはユウを部屋まで運んできて、ベッドに寝かせた。
「ふう~。ユウ起きてるか?」
「ん~、起きゅてるよ~」
う~ん、酔っぱらってるけど、大丈夫かな? とりあえず今言っておくか。
「実はな、アイドル以外にもこの村に人を呼ぶ方法を考えていて」
「うー、なにそれ~?」
「食い物さ」
「はへ~、食べー物~?」
「あぁ、さっきの芋のスープも美味かったし、この世界のメシは悪くない。だけど、流石に俺達の世界に比べれば、味は落ちるよな?」
「ん~、そうらね~」
ププッ、舌が回ってねーじゃん。
「そこでだ、俺達の世界にあった食べ物をこの村で作ろうと思っているんだけど、お薦めの料理はないかな? まぁ、いくつかの候補は既に考えてある。それについても、ユウの意見も聞きたい」
「……かったんだから」
ん、なんて?
「何だって?」
「いらかったんだからね、なぎゅられた時!」
料理の話じゃないのかよ!?
「そ、そうか。俺が先に伝えなかったせいだ。すまなかった」
「あのねーー、僕はー!」
おっ!? 料理のアイデアかな?
「僕は何だ?」
「僕はパシュリじゃないからねっ! シューラだ!」
また違うのかよ!? って、フフフ、ユウにも聞こえてたのか。
「そうだな、俺達はシャリィに……」
シャリィに…… そうだ! これは使えないか!?
「ユウ、休んでいろ。俺はシャリィに話があるから!」
シンはそう伝えると、走ってシャリィの部屋に向かった。
「ぼ、僕はー、シューラだからねー! パシリ…… むにゃむにゃ……」
ユウはそのまま、朝まで爆睡した。
「スーヤ~」
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