64 ヴォーチェ
「チュ~チュチュチュ~」
朝を告げる小鳥のさえずりが聞こえてきたが、ユウにまだ起きる様子はない。
それから1時間後に、ようやく目を覚ます。
「ん…… ん~」
ユウは軽い二日酔いになっており、ゆっくりと目を開ける。
すると、隣のベッドにいるはずのシンの姿が無い。
「……ス~」
二度寝をしそうになるが、ある事が頭をよぎる。
「あっー!? 何時? 今何時なの?」
……あれ?
「と、時計は?」
首にかけていたはずの時計が無くなっている。
「えー、どうして? 落としちゃったのかな?」
ユウは横になったまま、ベッドの下を覗き込むが見つからない。おまけに、やはりシンも居ない。
バニ室にも居なさそうだし、トイレかな?
「う~、身体がだるい~。み、水~」
ふとドアの方を見ると、テーブルの上に革の水袋が置いてあった。
「はぁ~水、水」
ベッドから起き上がり、テーブルに置いてある水袋を手に取り、栓を開け、ゴクゴクと音を立てながら飲む。
「ん~、美味しい~。はぁ~、目が覚める~」
……あれ? ……そういえば、昨日はどうやって部屋に戻って来たのかな? 記憶がまるでないや……
いや、それよりも、まさか僕だけ遅刻って事は無いよね!?
急ぎ廊下に出てシャリィの部屋をノックするが、応答はない。
まずい!? シャリィさんまでいない。これは完全に寝坊したんだ。
まだ寝ぼけているユウは、全力で走る事は出来ず、小走りでふらふらとしながら食堂に向かうが、そこにも誰も居ない。
「……ああ~、何処へ行ったのだろう?」
まさかもう野外劇場に!?
焦っていたユウの耳に、厨房の方から音が聞こえて来る。
「トントントン。ガチャガチャ」
モリスさんだ! 聞いてみよう。
ユウが厨房に駆けよると、そこにはモリスの他に、ジュリにシンもおり、シンはユウに気付いた。
「おぅ! 起きたかユウ。おはよう」
「……あっ、うん。お、おはよう」
「おはようございます」
「おはようユウさん」
「モリスさん、ジュリちゃん、おはようございます」
シンはユウを見ても手を止めず、野菜を切って鍋に入れたりして、モリスさんの手伝いをしているようだ。
ユウはその状況を不思議そうに見ている。
「……シン?」
「ん? どうした?」
キョトンとしたシンの表情を見て、ユウはある事を思い出す。
「あっー、ごめーん!」
「おぅ、びっくりした!? そんな大声で謝らなくても」
「ごめんなさい。すっかり忘れてた」
「いいよー。部屋で待ってなよ」
「いや、僕も少しでも手伝うよ」
「フフフ、まだ寝起きだろ? いいからバニでもしてこいよ。顔も洗ってないだろ、髪も寝癖が凄いぞ」
うっ!? 確かにまだ顔も洗ってないから、目がくっきりと開かないや。
「ごめん、直ぐにバニしてくるね」
「はいよ~」
「うふふふ」 「あははは」
モリスとジュリは、二人のやり取りを見てほのぼのとしていた。
「モリスさん、これは何処へ?」
「それはこっちの箱に入れておいてください」
「はーい」
「もうすぐ手伝いの者が来ますので、もう大丈夫です。シンさんもお時間まで休んで下さい」
「いいえー、まだまだお手伝いしますよ~」
「朝早くから、本当にすみません」
「いや~、俺達が頼んだ事だから、当然ですよ」
「……」
世界に6人しか存在しないSランク冒険者、そのシューラ。シンとユウは、その立場に在りながら偉ぶる事も無く、自ら率先して手伝いもしている。
その行為で、シャリィを含めた3人の印象が更に良くなってゆく。
「ジュリ、ハンボワンを取ってきてくれる」
「はーい、お母さん」
ハ、ハンボワン!?
「ああっと、俺バタタ芋のスープをテーブルに持って行って、そのままユウの様子見てきますね」
「はい、分かりました」
シンは厨房から風の様に去って行く。
あぶねー。ハンボワンの調理を目の前で見るとこだったよ。
部屋に入ると、ユウはバニを終え、身支度をしていた。
「ごめんよシン、手伝えなくて」
「全然大丈夫。それより、二日酔いになってないか?」
「うん、ちょっと身体がいつもより重いけど、大丈夫」
「そか。それぐらいなら汗かけば直ぐに調子戻るよ。あーっと、水を飲むのを忘れずにな」
「うん。この水はシンが?」
「あぁ」
「ありがとう。美味しかったよ」
「いいよ、それぐらい。それよりも昨日この部屋に戻って来てからした話だけど…… もしかして覚えてない?」
「えっ、話? う~、実はどうやってこの部屋に戻って来たのかも覚えてなくて……」
ガチで酒弱いんだな……
「そうか。この村にどうやって人を呼ぶかって話だけど」
「うん」
「アイドルと言ってもこの世界の人達は分らない訳だし」
「うん、そうだね……」
「だから、俺達の世界の食べ物を作って、そっちでも人を集めようと考えててさ」
「あー、なるほど。シン、それは良いアイデアだよ! 僕の異世界知識にも同じのがあるよ」
「そうか!? この世界のメシも美味しいけど、俺達の世界に比べるとさ」
「うんうん、そうだね。ねぇねぇ、何を作るつもりなの?」
「フフフ、もう決めてるぜ! とりあえず、候補は三つだ!」
「三つ!?」
うー、ちょっとドキドキしてきちゃった……
「って、それは俺の仕事だから、出来上がりを楽しみにしておいてくれ」
「えぇー!? 内緒なの?」
「あぁ、ユウに相談しようと思っていたけど、気が変わった」
「なにそれー」
「まぁまぁ、お楽しみって事で。けど、出来上がったら試食は頼む」
「うーん、分かったよ~」
ユウは唇を尖らして、残念そうに返事をした。
「そうそう、シャリィから鍵を預かってるぞ」
「鍵?」
「あぁ、ほい!」
シンはユウがうけやすい様に、ある物をふわっと投げた。
「ありがとう……ってこれ僕の時計じゃないの?」
「そうだよ。それに鍵の魔法もまとめたらしいぞ。よく分かんないけど」
「え? どういうこと?」
「長期滞在する事になりそうだから、一つにまとめた方が良いだろうって。因みにこの時計は高価な物で、そういう機能…… で、いいのかな? 魔法って言った方が良いのか分からないけど、出来るみたい。俺のも一緒にして貰ったよ。ああっと、モリスさんの許可は貰ってあるから勝手にした訳じゃないからな」
つまり、これは時計でもあり、鍵言葉の鍵でもある。
何か法則がありそうだけど……
「あとさ、昨日村長さんと行った、なんとかって稽古場」
「うん」
なんとかって、レティシアさんの大切な場所なのに失礼な。
「その鍵も一緒に出来たらしいけど、しない方が良いって話になってさ。村長さんの大切な思い出の場所、その鍵をユウに託したのだから、そのままの方が良いんじゃないかってね」
ユウは、ベッドの脇に置かれている古い指輪に目を向けた。
「……うん、そうだね。この鍵はこのまま使わせて貰うね」
「……あぁ、それがいい」
シンはそう言った後、ポケットに手を入れ何やら取り出した。
「ユウ、あとこれ」
シンはユウに向かって、また何かを投げた。
「おっと。何これ?」
「ヴォーチェ」
「ヴォーチェ!?」
ユウは少し思案した後、思い出したかのような声をあげる。
「……あー! 確か、アミラさんから貰った魔法石!?」
「そうそうって、アミラから貰った石は結局何も入ってなかったけどな」
「そういえば、そんな事言ってたね」
「アミラ、おっちょこちょいなとこあったし、上手く録音出来てなかったのかもしれない……」
イプリモから出発したその日の夜。
宿泊の為に立ち寄った村の宿屋で、ユウはグッスリと眠っていた。重傷を負っていたシンも、シャリィの魔法の効果で、熟睡している。
深夜、鍵を掛けているはずのドアがゆっくりと開き、何者かが音も立てず二人の部屋に入って来る。
その者は、真っ直ぐにシンの鞄に近づき、中に手を入れ、アミラが渡したヴォーチェを取り出す。
そして、代わりのヴォーチェを鞄に入れ、部屋から出て行った。
その直後、何かを感じたシンは、一度目を覚ます。怪我の為、ゆっくり頭だけを動かし、部屋にユウ以外誰も居ないのを確認すると、再び眠りにつく。
宿の外で、掌にのせているヴォーチェを見つめるシャリィが立っていた。
「……」
手の指を強張らせると、ヴォーチェは粉々に砕け散り、シャリィの掌から流れ落ちてゆく。
全ての破片を地面にばら撒いたシャリィは、自分の部屋へと戻って行った。
「これどうしたの? もしかしてアミラさんの?」
「いや、アミラのは鞄に入れてあるよ。それは昨日シャリィから貰って、作った曲を録音しておいた」
「曲!? もう作曲したの?」
「あぁ、ユウが酔っぱらって寝てる間に」
一晩で作っちゃったんだ……
「ヴォーチェの使い方はよく分からないから、録音はシャリィに協力してもらった。あーっと、楽器もPCも無いから、俺の鼻歌だから。歌詞の文字数は、こんな感じだ」
シンはユウに紙を手渡した。
「文字数はピッタリにする必要は無いからな。多少なら増やしても減らしても修正できる」
「……うん」
「兎に角キャッチーに」
「キャッチ?」
「あーと、シンプルにする事を心がけて作ったよ」
「シンプルに……」
「あぁ、出来るだけこの世界の人達に理解して欲しくてね。まぁ、無理なのは承知だけどさ。それの鍵言葉はプロダハウンだ」
プロダハウン…… なーんだ、覚えてたんだ。
「じゃあ、さっそく」
「ちょっと待てぇー!」
「な、何!? 大きな声だして?」
「流石にちょっと恥ずかしいかな~、目の前で聴かれるのは~」
……プッ、照れちゃって。シンらしくない。
「一人の時に聴いてくれ」
「フフフ、分かった」
「あぁっと!? スープをテーブルに運んでたの忘れてた! 冷めちゃったかな。早くメシ食いに行こうぜ」
「うん! シャリィさんは?」
「用事があるって。メシメシ~」
……用事? なんだろう一体。
「ガラガラ…… パカッパカッ」
静まり返っている旧道で、門番の耳に馬の肥爪、そして、馬車の車輪の音が遠くから聞こえてくる。
あの馬車は確か……
その馬車は、シン達の幌を被せただけの馬車とは違い、ドアが付いており、一目で高級だと分かる見た目をしている。
その馬車の周りには、馬に乗った屈強な人物が数名おり、どうやら護衛の様だ。
「止まれ~」
張り詰めた門番の言葉に従い、馬車と馬は停まる。
「どちらさんで、何の用事でこの村に来た!?」
馬車のドアがゆっくりと開く。
「私だ」
従者らしき馬車を操作している人物は黙って前を向いており、中に乗っていた人物が答える。
「どうぞ」
「ガラガラガラガラ」
「パカッパカッ」
門番の許しを得た馬車と護衛達は、村の中へと入って行く。
やっぱりあいつか……
この時間に着くって事は、まだ暗いうちに出発したな。
「こりゃ揉めるぞ~」
一人の門番が、ニヤニヤとしながらそう口にした。
「……まぁ俺等には関係ない。言われた仕事をこなしとけばいい」
「そりゃそうだ」
そう答えた門番が振り向くと、馬車は村の中心目掛け進んでいる。
「モリスさーん、また後で~」
「はーい。お待ちしております」
時刻は8時25分。シンとユウの二人は、朝食を済ませ、野外劇所へと向かっている。
う~、緊張してきた~。今日から…… 今から僕は本格的にアイドルをプロデュースするんだ! 頑張るぞー!
ユウの胸が高鳴り始めた時、レティシアの家の前に、先ほどの馬車が停車し、一人の男性が降りて来た。
レティシアは、馬車の音に気付いていて、玄関脇の窓からその様子を見ている。
「来ましたか……」
そう呟くと、男性が向かってくる前からドアを開け、迎え入れようとしている。
それに気付いた男性は、じっとレティシアを見つめ、しばらくその場から動かずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます