62 憤怒



「……」


 ユウは大口を開け、無言のシンを見ている。


 い、今シンは何て言った!?

 こ、こここー、この女の子達をアイドルに!?


「ちょっ、ちょっと待ってよ!?」


「……」


「こ、この子達をアイドルにするって本当なの!?」


 アイドル? なんだっぺぇそれ……


 シンは、無言のまま頷いた。


 どういうことだよ!? ……シンの事だ、何か裏があるはずだ! 考えろ、シンの本心を見抜くんだ……

 もしかして、僕のプロデューサーとしての手腕を高く評価してくれていて、誰であろうと完璧にプロデュース出来ると信じてくれている、だから、こんな・・・女の子達でも…… そうだ! きっとそうに違いないって、んなわけあるか!? 僕の事をそこまで知らないよね!

 そ、それに、お、おおお、おーでっ、僕が考えていたメイド服を着せて目の前で踊って貰い、しかも、結婚を前提とした華やかなオーディションはー!?

 もしかして、僕の婚活のチャンスが無くなるってことなの!? 

 う、嘘だよねシン……


「……、む、むむむ」


「どうしたユウ?」


「無理だよ!!」


 この場に居た全員が、当然大声を張り上げたユウに驚いた表情で見ている。


「……」


「シンはアイドルを知らなすぎる! こんな…… こんな」


「……」


「こんな薄汚れた女の子では駄目なんだ! アイドルは、アイドルっていうのはもっとこう純潔で清潔感がないと駄目なんだよ! 突然訳の分からない無茶言わないでよ!」



 ピクッ!



 その時、一人の少女がユウに近付いて来た。


「な、なに?」


 無言で近づいてきた少女はユウの目の前に立つと、力いっぱいの右パンチをユウの左頬に叩きつける。


「バギッ!」

  

 殴られたユウは、後ろによろけながらも咄嗟に床に手を付き、尻もちをついた。


「誰が~、誰が~薄汚いってぇ! ふ、ふざけるでねぇっぺぇあぁ!! ふぅーふぅー」


 どうして…… どうしてこんな奴が……


「ふぅふぅ」


 これで、あたしは強制労働行きか…… ちきしょー! 


 ナナの瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。


 ……えっ? いったい何が起きたの?

 僕どうして尻もちをついているの…… 痛い……左頬と口の中が痛い。

 もしかして、殴られた……


 シンをはじめレティシアも、その場に居た全員が無言でその状況を見ていた。

 

 どうして良いか分からずシンに目を向けたレティシアは、違和感を覚える。


 シンさん!? 今薄っすら微笑んで……

 いや、気のせいよね……

 

 レティシアがそう思っていると、ノックの音が聞こえて来る。


「ドンドン」


「はっ、はい。少しお待ちを……」


 ノックに反応したレティシアはその場を離れ、ドアを開けに玄関に向かった。


「ユウ、立てるか?」


 シンはユウに手を差し伸べた。


「う、うん……」


 ユウはシンに手を借りてゆっくりと立ち上がった時、レティシアの声が聞こえてくる。


「シャリィ様、ようこそ。どうぞ中にお入りください」


 どうやらノックの主はシャリィの様だ。

 


 シャリィ様……

 ナナは、入って来たシャリィを見ると、下を向いてしまう。

 

「も、もしかしてぇ、やっぱりこの人がSランクのシャリィ様だっぺぇか?」


「昨日の人だっペぇ!? おら達、知らずにSランクと会っていたっぺぇ~」


 数名の少年達が、シャリィを目にすると、ヒソヒソと話している。


 昨日? そうか、シンと揉めた後、シャリィさんが話を付けていた。その時の事かな…… それより、歯は折れてないよね……


 ユウは口の中で舌を動かし、傷と歯が折れていないか確認をしていた。


 うっ、血の味が……

 歯は折れてないけど、切れているみたいだ。


「どうした?」


 ユウのその動きを見たシャリィが問いかける。


 くっ……


 シャリィの言葉で、ナナの首は更に深く折れ、ガクッと下を向く。


「別に…… 何もないさ」


 そう答えたのは、シンだった。


 ナナは、シンの声で一瞬身体を強張らせる。

 だが、何もないと言ったその言葉で、緊張は少しだけ解けシンに目を向ける。

 その後、ユウを少しだけ見て、再び下を向く。


 シャリィはユウに目を向けるが、ユウはその視線に気付くと、わざと目を合わさなかった。


「な、何もありません……」


「……そうか」


「……」


 ナナが、ナナが殴った責任は問わねぇっぺぇか……


 静まり返ったこの何とも言えない空気の中、シャリィを見た少年達は思いを口々にし始める。

 

「ヒソヒソヒソ」 「ヒソヒソ」 「フォワ~」


 それに気づいたシンとレティシアは、少年達の話に耳を澄ます。


「……と違って、随分色っぽいかっこうだっぺぇ」


「本当だっペぇ…… あんなエロいかっこうした女、初めて見るっぺぇ」


「アレッタより、エロい身体してるっぺぇよ~」


「フォワ~」

 

 ……この空気の中その話かよ!?


 あ、あなた達、お願いだから今その会話をしないで……


 シンは突っ込み、レティシアは、凄く、凄~く困っていた。

 その会話は、シャリィや他の者達にも聞こえていたが、全員が暗黙の了解で聞こえないふりをする事にした。


 俺は知~らない。

 私は何も聞こえていません。


「……」


 んぷぷ、シャリィが困ってやがる。


 その時ナナは、ゆっくりと少しだけ頭を上げ、一度シャリィをチラ見してから皆の元へと下がって行く。


「んんうん!」


 突然咳払いをしたシンが、話を元に戻す。


「えー、まだ説明が足りていないので不安もあると思う。他に質問があれば言ってくれ」


「ヒソヒソ……」


「ん?」


「このパシリ、シャリィ様のスリーサイズ知ってるっペぇか?」


「聞いてみるペぇ……」


 ……今その質問は止めろ!

 

 シンがそう思っていると一人の少年が質問をしてきた。


「あるっぺぇ、聞きたい事あるっぺぇ」


 声をあげたのはモヒカン刈りの少年。


「どうぞ」


「さっき、この村の為にって……」


「あぁ、そうだ。だが、兎に角お前達には、強制的に俺達の言う事を聞いて貰う。それは忘れるなよ」


「……分かったぺぇ。それより本当にこの村は変わる事が出来るっペぇか?」


「俺は……」


 少年は……


「そう信じて行動する」


 レティシアや自分達を守る為に山賊に立ち向かい、今もこの村を変えると口にするシンに、不思議な魅力を感じ始めていた。


「……」


「他に質問が無ければ、話を進めるが構わないか?」


 誰からも質問の声は上がらず、数人の少年達は頷いている。


「明日の予定だが、野外劇場に朝9時、全員で来るように。いいな?」


 さほど嫌がっている様ではないが、不安は拭えない。


「今日はもう帰っていい」


「わかったぺぇぁ」 


 モヒカンの少年が返事をして玄関に向かって歩き始めると、その後を少年少女達が付いて行く。

 シャリィの横を通る時、数人の少年が目をやり、笑みを抑える事が出来ないようだ。

 ニヤニヤとしながらも、照れ臭そうに小さな声で笑っている。


「ウヒヒ」 「シシシシィ」 「フォワ~」


 少女達も、Sランク冒険者のシャリィを見ながら去って行くが、ナナだけはシャリィを見ずに、横を通り過ぎて行った。


 

「村長さん」


「は、はい。すみません、あの子達が……」


「いえいえ、そんなの大丈夫です」


 大丈夫って、そりゃそうだよ。殴られたのは僕なんだし……


「今からあいつらの責任は俺とユウにあります。それよりも……」


 僕の責任って、何だよそれ……


「ユウと女の子達に部屋というか、稽古場を提供してもらえますか?」


 稽古場…… あの子達をアイドルにするのは決定なんだ……

 僕の意見は聞いてくれないのか!?


「……稽古場ですか? そうですねぇ…… あっ!?」


 レティシアは何かを思い出したかのような声をあげたその時、被せる様にユウは呟く。


「……てよ」


 小さな声だったが、そのトーンから普通でないと分かり、シンとレティシアは話を止め、ユウを見る。


「どうしたユウ?」


「ちょっと待ってよ……」


「……」


「僕が、僕がプロデューサーだよね!? この村の復興の為に、僕がアイドルを作るんだよね?」


「あぁ、そうだよ」


「それならどうして…… どうして僕に決めさせてくれないの? あの子達をアイドルにするなんて一言も聞いていないし、僕には僕の考えがあったんだ! それなのにどうして……」


「……」


 少し間を置いてから、シンは答える。


「事前に報告しなかったのは申し訳ない。勿論、募集して、それでも良かったけど、あいつらの起こした事を利用しない手はない」


「起こしたって、僕達を襲った事?」


「あぁ、そうだ」


「それとアイドルに、何の関係があるの?」


 シャリィとレティシアは、黙ってシンとユウのやり取りを見ている。


「出来るだけ、巻き込みたくないからさ」


 ……どういう意味だよ?


「アイドルをする少女や女性を募集してもいいけど、アイドルを知らないこの村で、応募があるとは思えない」


 確かにそうかもしれないけど…… 


「それに……」


「それに、なに?」


「俺達がやろうとしている事は、強制的にやらされていたというていでなければいけない」


「……」


「レティシアさんの様に立場ある人が、命を懸けた決断とは違う」


 命を…… それもどういう事だ?


 話を聞いているレティシアの表情は真剣そのもので、シンの話を否定をしない。そのレティシアを見て、ユウの心境も変化する。


 それほどの事なのか、僕達がしようとしているのは……


「アイドルをやる子供達は、自ら望んでやったというのでは駄目なんだ、強制じゃないと」


 それってあの子達が責任を取らされない様にって……

 だけど、いったい誰に?  

 この村を落し入れた連中…… まさか冒険者ギルドじゃないよね!? シンはそいつらを知っているのかな? シャリィさんに聞いたのか…… それならそれで、僕にも教えてくれてもいいじゃん。

   

「村でアイドルを出来そうな子を探し強制的やらせる事も出来る。だが、そんな人の集め方をしていると、村人の反感を買うのは間違いない。あの子達なら……」


「罪を償わす意味で…… そういう事だね」


「あぁ、そうだ。本人達の責任もあるから、村人達も幾分かは納得するだろう」


「……」


 シンが威圧的に話していたのは、表面的な形だけでも作りあげたかったからだ。それは、レティシアの推測していた通りだった。


「……分かったよ。けど……」


「うん?」


「次からは先に教えてよ」


 教えてくれていたなら、僕が殴られる事も無かったのに……


「悪かったよ、すまない。それに……」


「それに?」


「俺はユウのプロデュース力を信じている。アイドルに関してはただのオタクではない。昨日も言ったが、ユウにしか出来ない事なんだ」


 オタク? 確か今朝もその言葉を……


「……フッ、フフ」


 ユウは、呆れて笑っていたが、まんざらでもなかった。


 その可能性も考えたけどさ~、ったくぅ。

 まぁ確かに、この世界では僕にしか出来ないと思うけど…… 


「本当に悪かった、機嫌直してくれ。村長さんもユウには期待している」


「は、はい! 素晴らしいアイドルを私に、いいえ、私だけではなく、沢山の人に見せて下さい! そして、この村を…… お願いします!」


 ちょっ、ちょっと、やめてよ急に~。こんな美しい人に期待されるなんて初めてだよ…… 恥ずかしいなもう~。


「わ、分かりました。頑張ります!」


 やる気を取り戻したユウを見て、シャリィは少しだけ微笑む。


「村長さん」


「はい?」


「さっきの稽古場の件なんですけど」


「あっ、はい! 宜しければ今から見に行きましょう!」


 その時僕は、積極的に誘うレティシアさんに少し驚いた。





 レティシアの家から徒歩5分ほどの場所にその建物はあった。


「ここです、この建物になります」


 その建物を見て、ユウは思わず声を上げてしまう。


「うゎ~」


 なんだあの屋根の形は!? 何とも奇抜な建物だけど、かなり広そうだ。それに、古いぞこの建物は…… 歴史がありそうな感じがする。

 だけど、たぶん何年、いや十年以上使用されていないのでは!? 大丈夫かな?


 ユウの心配をよそに、レティシアは上機嫌だ。


「さぁ、こちらですよ! あっ!?」


 長い年月放置され、外灯も無い建物の敷地はかなり暗く、木や草が生い茂っている。通路もかなり痛んでいて、レティシアは躓いて、よろけてしまう。

 その瞬間、シンはすかさず手を差し伸べ、レティシアのお腹に手を回す。そのお陰で、転倒せずにすんだ。


「あ、ありがとうございます……」


「いいえ。先に俺が行きます。こっちですよね?」


「はい……」


 ……流石にボクシングが強いだけはある、凄い反応スピードだ。この暗さでは、シンが差し出す手は全く見えない。それぐらい素早かった。

 あれがスマートに出来る男の株が上がるのは間違いない……

 

 これは使える!


 僕も、僕も真似してみたい。次にこの様なシチュエーションがあったら、僕が手を差し伸べてみよう。


 サッ! 

 

 ユウはシンとレティシアの後ろを歩きながら、先ほど見たシンの動きを忘れない様に、右手を素早く差し出す練習を始めた。


 女の子がこう倒れそうになったら、こうか!? サッ!

 うん、良い感じだ~。

 レティシアさん…… もう一度躓いてくれないかな。今度は僕が…… 


「……」


 ユウは、シンの後を歩いているレティシアを凝視する。

 

 う~ん、シンが先導しているから、残念ながら躓きそうにないな……

 それなら、もう少し練習しておこう。


 こうだ! サッ!


「ガツッ!」


 暗闇の中差し出したその指先が、木の幹に当たってしまう。


「いっ~~~!」


「ん? どうしたユウ?」 


「うっ、ううん、何でもないよ」


「お~け~、足元悪いから気を付けろよ」


「うん……」


 い、痛い~、ゆ、指先ぃ~。


 後ろを歩いていたシャリィが、突然ユウの右手を手に取る。

 驚いたユウはシャリィを見るが、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。


 シャリィは、掌にユウの指を置いた状態で、ドロイの魔法をかけた。


 あ…… あれ? 痛みがゆっくりと引いて行く……

 もっ、もしかして、もしかしてシャリィさん、僕に魔法をかけてくれたのかな!?

 シャリィに目を向けると、ユウを見て優しく微笑んだ。


 その微笑みを見てユウは確信する。


 やっぱりそうだ!

 あ~、嬉しい~。回復魔法をかけて貰えるなんて、失敗してみるものだな~。だけど、贅沢な事をいえば、ちゃんと心の準備をしてから魔法をかけて欲しかったなぁ~。


「……」


 この時ユウは、悪い企みを思いついてしまう。


 いいよね? もう一度…… もう一度ぐらいなら……


 サッ!

 

「カツッ!」


 今度は、左手をわざ木の幹にぶつけた。


 い~たい! けど、これでまた魔法を!

 シャリィさんお願いします。

 

 ユウは、満面の笑みでシャリィを見るが、シャリィは立ち止まることなく、そのまま横を通り過ぎて行ってしまった。


「……え~、そ、そんなぁ…… いた~い」


 ユウに背を向け、脚を止めることなく歩き続けているシャリィは…… 


 笑っていた。


 シャリィのフォローで完全に機嫌の直ったユウだが、更なる問題が起ころうとしていたのを知る由も無い。


 数時間前、まだ明るい時間帯に、馬に乗った人物が、門番の許可を得て村の外へ。

 旧街道を、新しい街道目掛け駆けゆく。


「勝手な…… 勝手な事をさせてたまるか!」


   

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