61 意想外



「はぁ~~」


 ユウは、部屋のベッドで横になり、大きなため息をした。


 がっかり…… がっかりさせないでくれよ…… 


 この村を捨てた冒険者ギルド、そして村人を苦しめていたのは元冒険者達。

 レティシアさんからこの村の過去を聞いたあの時もかなりのショックだったけど、今回もちょっときついな……


 元の世界でも、政治家、警察、教師だったり、本来は人の手本となるべき立場なのに、逆にその地位を利用していた犯罪者も珍しくない。

 だけどさ……


「あ~、この世界は違って欲しかったな~」


 僕の想像する異世界であって欲しかった。

 まぁ、勝手な希望だけどね……

 

 そういえば、イプリモで会ったエヴァンスさんみたいな尊敬できる冒険者も居たけど、僕にちょっかいかけて来た奴等も冒険者だった……

 忘れていた訳じゃないけど、もしかして僕って、都合の悪い事に直ぐ蓋をしてきたのかな……

 目で見て、心で感じて、そして考えないといけないのに、蓋をして背けて来た…… シャリィさんの事だって…… いや、今は関係ない。関係ないんだ…… 


 そうやって、嫌なものから逃げて来たその性格が作りあげたもの、それが今の僕……

 結果、異世界に来ても何も出来ない、元の世界と同じ……


「ふぅ~」


 どうすれば…… どうすれば口先だけじゃなくて本当に変わる事が出来るのだろう……


 ユウが苦悩していたその頃、シンは馬小屋で馬の様子を見ていた。

 

「よーしよしよし。調子良さそうだな」


 怪我をしている馬を撫でると、もう一頭の馬にも挨拶をしたシンは、その後、ランドにも声をかける。


「ランドも、大丈夫そうだな。良かった……」


 ジュリちゃんを見つけた後に感じたあの気配……

 あれは俺の勘違いか…… いや、もしかしてやはり魔獣の気配だったのかもしれない。


「ブルゥブルル」


 声をあげたランドに目をやり、優しく撫で始めた。


 それにしても、足場が悪く、人でも歩くのが容易でない所に何故ランドは……

 魔獣に追われ、道から外れて逃げて来たのかもしれないが、かすり傷一つない。

 あんなに草木が生い茂る場所なのに……


「馬の毛や皮ってそんなにも丈夫なのか?」


 シンはランドの横腹をジッと見つめながら撫で始めた。


「ブルルルゥ」


「おっ、くすぐったいの? ごめんごめん」


 それにあの気配…… 今まで感じた事が無い不気味な感じがした。

 もし魔獣ではなかったとしたら…… 何者かが俺達を見ていたとしたなら、何故襲ってこなかった? そいつがランドを返してくれた? 何の目的で…… どうやってあの場所にランドを…… 


 考えすぎか…… もしかしてランドに乗ってこの村から逃げ出した山賊が、ランドを探していたジュリちゃんに気付き放したのかもしれない。ランドを見つければ、大人しく戻ると思って、そうすれば捜索されないと考えた、ただそれだけかも……


「はぁ~~」


 明確な答えを見いだせないシンは、大きなため息をする。


 それにしても、緊急事態なのにシャリィはいったい何処へ……

 まぁ…… それは後で聞いてみるとして、そろそろユウの所に戻ろう。


「またな、お前達」


「ブルル」


 シンは馬小屋を後にし、ユウの居る部屋に向かっていたその同時刻、シャリィは魔法を使い、凄まじいスピードである人物の元へと向かっていた。


「ん~、誰か来る……」


 こんな森の奥深くに…… いったい誰!?


 その者は、シャリィの気配に気づき警戒を高める。 


 あれれ…… もしかして……


 その者から数十メートル離れた所でスピードを落とし、ゆっくりと近寄る。


「あー、シャリィ~」



 その頃、レティシアは多忙を極めていた。



「全ての職員に話は通りました?」


「はい! 病欠の二人以外には」

 

 村長室には、職員が入れ代わり立ち代わり訪れており、その対処に追われていた。


「村長、村の様子がおかしい事に気づいた村民が後を絶ちません。村長に会わせて欲しいと皆が口々に」


「それは何度も言ってますが、明日の正午に説明すると伝えて下さい。それよりも、あの子達に連絡は取れているの?」


「はい、大丈夫です。全員が1階の待合室におります」


 レティシアはその言葉を聞くと頷いた。


「私は今からシャリィ様のシューラと会ってきますので、後は宜しくお願いします」


 村長室から出て行くレティシアを、一人の職員が追いかけてくる。

 

「村長」


「はい?」


報告・・はいかがいたしましょう?」


 レティシアは目を伏せ、何かを思案した後、口を開く。


「報告は必要ありません…… 今更ですし、私共の勝手と思われた方が、いざという時に迷惑をかけないでしょ」


 これが建前である事は、職員も理解していた。そして、その言葉で、強い決意を感じた職員は、去ってゆくレティシアの背中を見つめていた。






「コンコン」


「はーい、シン?」


 おっ!? 思ったより声が元気そうだ。


「そうだよ~、イケメンの俺だぜ~」


 どうしてイケメンをつける!?


「ふふっ、開いてるよ~、って鍵持っているよね!?」


 シンはドアを開け入って来た。


「そうだった忘れていたよ~」


 椅子に座りユウを見ている。


「ん~と、大丈夫か?」


「……うん。全然大丈夫だよ」


「そっかぁ…… そろそろ村長さんの家に行こうか?」


「えっ、もうそんな時間なの?」 


「あぁ。なぁユウ?」


「ん? 何?」


 シンはユウの目を真っ直ぐ見つめ、少し間をあけて口を開いた。


「この村を復興させて、別の世界から来た俺達にも何かが出来ると証明しよう。そして、それは冒険者としての足掛かりにもなる」


「……プフッ!」


「おいおい、何笑ってんだよ~」


「ベ、別にぃ~」


 んふっ! 柄にもない事言っちゃって…… シンは冒険者の事よく知らないでしょ!?

 けど…… 僕を元気付けようとしてくれているんだよね……

 

 もしも冒険者ギルドが…… この世界が腐っているなら、僕が変えてやればいいんだ! 僕は、その為にこの世界に来たのかもしれない!? なら、まずはこの村から…… うん!


「行こうシン!」


「おぅ! だけど先にちょっとトイレ行かせてくれ」


 このタイミングで!? もぅ~、生理現象だから仕方ないけど、フフフ。


「わりぃな、長くなるけど待っててくれな」


 しかも大きい方なの!? こっそり先に行ってようかな…… けど、トイレから出て来て、僕が居ない事に気付いて右往左往するんじゃないかな…… ンフフフ、想像するとつい笑っちゃう。

 しかたない、待ってあげよう。


 シンはトイレに行く為に部屋を出て行った。


 それにしても、この村でアイドルかぁ……

 オーディションはいつ開こうかな?

 むふふふ、当然アイドルになる女の子は、プロデューサーのこの僕が選ぶんだよね~。横投タミちゃんのような逸材がこの村に居ると良いけど……むふ、むふふ。

 オーディションでは何をして貰おうかな……

 この世界の音楽を知る為にも、歌は外せないな~。

 それと~、可愛いメイド服が存在してたし、その服を着てもらって、ダンスの実力を見るのもいいな~。

 勿論僕の目の前のでね…… 

 むふ、むふふ、何人、いや、何十人ものアイドルの卵が、僕だけの為に歌とダンスを……

 そうだ! シンに頼まれている作詞も、お気に入りの子に手伝ってもらえばいいんだ!


「僕の特別な仕事を手伝ってくれるかい?」


「えー、だって私だけがそんな……」


「僕はプロデューサーとして、キミを高く評価しているんだ。この村の運命をかけた作詞も……お願いしたい」


「そんな…… 分かりました。でも、その代わり私のお願いも聞いてください」


「お願い?」


「はい。プロデューサーと、ううん、ユウさんともっと一緒にいたいです」


「ふっ、僕も……」


「えっ?」


「僕も同じ事を想っていたよ……」


「ユウさん……」


「とかなっちゃうんだよね~。いや~、まいったなぁ~。結婚かな~、そうなると直ぐに結婚だよね~。プロデューサーだけど、いいのかな~、むふ、むふふふ。あ~~、考えているだけで幸せ~。楽しみだな~」


「何が楽しみなんだ?」


 バニ石を忘れていたシンが、いつの間にか部屋に戻ってきていた。


「なぁユウ、楽しみって何? 何?」


 僕は、恥ずかしさから、シンの問いかけをフル無視した……


「何だよ~、教えてくれてもいいじゃんかよ~」


 シンはバニ石を持ってブツブツと言いながら、再びトイレに向かった。どうやら、最後の部分しか聞いていなかったようだ。 

 もし、もしも全てを聞かれていたのなら、この長い歴史がありそうな宿屋でも、今まで経験した事のない修羅場になっていただろう…… シンの記憶を消し去る為に!



 一方、街道から少し外れた森の中である人物と会っていたシャリィは…… 



「ということだ……」


「……ふ~ん。あのイドエでそんな事を……」


「リスクを承知で手伝ってもらえるか?」


「……」


 シャリィの問いかけに、直ぐに返事はない、が……


「うふ! 面白そうね~、勿論手伝うわ! だけど……受けた依頼をほっぽって行く訳にはいかないから、数日待ってくれる?」


「あぁ、それで構わない。終わり次第イドエに来てくれ」


「分かったわ~、シャリ~ィ~」

 

 返事を聞くと、シャリィはイドエに戻って行った。


「……」

 

 その者は、シャリィの戻って行った方向を見つめている。

 

「うふふ~、あの子ったら~、本当に困ったちゃんね~。だ・け・ど…… そこに痺れちゃう~」




 長い長いトイレが終わったシンと一緒に、レティシアさんの家にやって来た。


 シンがドアをノックしようとすると、先にレティシアさんがドアを開けた。

 恐らく、今か今かと待ち兼ねていたのだろう。

 もしかしたら、僕達が来ない可能性もあった訳で、その表情は、笑顔と安堵が入り混じっていた。


「ようこそ。どうぞ中へお入りください。どうぞ」


「は、はい。すみません、お邪魔します」


 ふふ、先にドアを開けられてシンが少し驚いている。


「お邪魔します」 


 朝とは違うざわついた室内に入ると、沢山の視線が僕達に向けられた。

 その視線は……

 シンと僕を襲った不良達の視線だ。


 今朝、レティシアさんと話し合っていた時、シンはこの少年少女達と話がしたいので、呼んで欲しいと言っていた。

 そのシンの要望に応じて招いているのだと思うけど、シンはいったいこの子達に何をやらせるつもりなのだろうか?

 ん~、もしかしてアイドルのSPかな? いや、それなら大人の方が向いていると思うし…… たぶん出来るのは、せいぜい荷物運びとか雑用……ぐらいかな。

 ……それにしても、この子達。馬鹿にしている訳じゃないけど、今日もかなり汚れていて、お世辞でも清潔とは言えない。髪の毛もバサバサだし、もしかして、魔法石を使っていないのかな…… それとも魔法石は貴重で、1週間に一度とか制限しているのかもしれない。


「おら達、どうして呼ばれたっぺぇあ?」


「ナナの言う通り、本当にSランクの冒険者のパシリを襲ったなら、おら達…… ゴクリ」


 ぱ、パシリ!? 俺はシャリィに焼きそばパン買って来たことねーよ!

 パシリって!? 僕達はシューラだ!


「し、死刑だっぺぇ……」


 いや、あれだけで死刑とか、厳し過ぎでしょ、いくらなんでも……

 あり得るのかな、この世界は……


「それなら……バーちゃんに、別れを言ってくるんだったぺぇ……」


 その言葉を聞いた一番幼いであろう少女が怯え始める。


「クルクル、クルどうなっちゃうの?」


 その少女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「大丈夫だよ…… お姉ちゃんがクルを守るからね」


 ど、どうして、どうして僕達は悪者の様になっているのだろう

か。これからこの村を助けるはずなのに……  


「コホン」


 レティシアさんが咳払いをした。


「今からシンさんが皆さんを呼んだ理由わけを話してくれます」


 レティシアさんの紹介で、皆の視線が僕達に向けられ、僕と横並びになっていたシンは一歩前に出た。


「俺の名はシン。シン・ウースだ。今から俺が言う事をよく聞け!」


 シンのその言葉で、全員が口を閉じ静まり返ったが、その時、僕は驚いていた。

 

「お前達は旅人の俺達に言いがかりをつけ、金を巻き上げようと、突然襲ってきた」


 その言葉で、数名の少年少女は目を伏せた。


「その罪に対して、それ相応の罰をお前達は受ける必要がある」


 幼い女の子が、隣のお姉さんと思われる子に抱き付いてシンの方を見なくなった。

 僕が驚いたのは、シンの高圧的な言い方だ……

 女の子が怖がるのは当たり前で、どうして、どうしてそんな言い方を…… 

 何も聞かされていない僕は、この少年少女達と同じ様に、不安を感じていた。


「この村を離れて強制労働を受けて貰う」


 幼い女の子は、ついに泣きだしてしまう。


「うう、うえ~ん、え~ん」


 シン…… 何を企んでいるのか知らないけど、いくら何でも可哀そうだよ……


 女の子が泣き出すほどの高圧的な態度を取るシンに、レティシアは少し戸惑いながら目を向ける。

 しかし、止めようとはしなかった。

 その理由は、何となくだがシンの意図を汲み取っていたからだ。


「ちょっといいっぺぇか?」


 その時、一人の少女が声をあげた。


「どうした?」


「どうしたもこうしたもねぇっぺぇあ!」


 その少女は突然大声を張り上げた。


「強制労働はここに居る全員が行く必要ないっペぇ! この子達は」


 そう言うと、泣きだした幼い子と、その姉を見た。


「あの場に居て、ただ見てただけだっぺぇ! 関係ないっぺぇ!」


 そう声を荒げ抵抗を始めたのは、昨晩この家に駆けこんで来た少女。


 あの子確か、ナナって名前……

 シンの言い方もあれだけど、この子の言い方は更に酷い。

 やだな、怖いよ……


 ナナはシンを激しく睨みつけている。

 シンも目を逸らさず、その少女をずっと見ている。


「確かにそうかもしれない。だが、止めていなければ同意があったとみなす。つまり、同罪だ!」


「ふっ、ふふ、ふざけるでねぇっぺぇ! なーにが同罪だっぺぁ!」


 シンの言葉で、怒り震えるナナを一人の少年がなだめる。


「待つっペぇナナ」


 それは、シンに殴られたモヒカン刈りの少年。

 昨晩、バンディートに複数回殴られ、シャリィに回復魔法をかけて貰っていたが、まだ顔は腫れたままだ。


「やったのはおらだっぺぇ。止めなかったのは同罪かもしれないけど、それはおらの事が怖くて止められなかったペぇ。だから他の奴らには罪はないっペぇ。強制労働には、おら一人で行くっペぇ」


「……」


 シンは黙って聞いている。


「そうだっぺぇ! 強制労働はあたしも行く! 二人でいいっぺぇ!」


 ナナが再び口を挟む。


「なるほど…… まぁ聞け、話には続きがある」


 全員が再びシンに注目する。


「……なんだっぺぇあ?」


「さっき話したのは、本来の話だ」


「本来?」


「あぁ。本来なら強制労働行きだ。だが、お前達は歳も若いし、結果的に強盗は未遂だ。なので、俺達の言う事を聞くなら強制労働は無しにしても良い」


「……言う事ってなんだっぺぇあ?」


 そう質問をしたのは、ナナだ。


「恐らく全員がこの村の変化にもう気づいているだろ」


「……」


 ここに居る全員が、山賊達の幹部が消え、村に残った山賊は真面目に警備の仕事をしているのを知っている。 

 それに少年少女達は、ナナから昨晩の出来事を聞いていた。


「この村は今日から生まれ変わる」


「……」


「お前達の罪は許す」


 少年少女は安堵の表情を浮かべる。ナナとモヒカン刈りの少年以外は……


「だが、勿論タダではない」


「……どうすればいいぺぇあ?」


 少年は不安そうに質問をした。


「この村を変える手伝いをしてもらう。無論、これは強制・・だ」


 少年少女たちは再びざわつき始める。


「強制なら同じだっペぇ!?」


 声を荒げたナナの質問にシンは答える。


「確かに同じ事かも知れない。だが、全員がこの村に残れるだけでも全然違うだろ? それに、さほど辛い労働でもない」


「……具体的にあたし達は、何をすればいいっぺっ?」


「それは追々教えていく。取りあえず、女の子と男に分かれてくれ」


 くぅ! 女と男に別れろって…… こいつ、ふざけてるっぺぇ!


「ギリギリギリ」


 ナナは、その言葉で何かを察し、歯を食いしばりながらシンを睨みつけていた。


 シンはその視線に気づいていたが無視をして、訳も分からないまま男だけに別れた少年達の前に移動した。


「ユウ」


「な、何?」 


「女の子達の前に立ってくれるか」


「う、うん。分かったよ……」


 いったい、何をするつもりなんだろう?


「いいか、男は俺の言う事を、そして、女の子は今前に立っているユウのいう事を聞くんだ。分かったな?」


 えっ!? どういう事だ? 僕は何も聞いてないよ!


「ユウ、頼むぞ」


「た、頼むっていったい何を?」


 シンの答えは……僕には全くの予想外の一言だった。


「この女の子達……くれ」


 ん?


「え……えっ? な、なんて言ったの今?」


 シンはゆっくりと僕の方を向いて、もう一度答えた。


「この女の子達を、アイドルにしてやってくれ」


 は…… は、はっ……



「はぁ~~?」 



 ユウは目を見開き、その口は、顎が外れるほど大きく開いていた。

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