60 憤り


 

 ジュリちゃん、そして馬のランドまでも無事村に連れ帰ったが、ランドはまだ山賊のものだと思っているので、モリスさんの表情は冴えない。


 喜んでいるジュリちゃんを無下にも出来ず、モリスさんは苦悩の表情を浮かべていた。

 その表情を見た僕達は、事情を知らないモリスさんに打ち明ける事にした。

 本来ならこの村の村長さんから聞くのが筋だと思うけど、モリスさんの不安を解消するためには仕方ないと判断したからだ。


「という訳なんですよ」


「……」


 シンの言葉を聞いたモリスさんの表情は、けっして明るくはない。シャリィさんの正体を教えても、どちらかと言えば暗い表情で、不安が解消されたとは言い難い。


「この村を変える……」


「はい。詳細は俺達の口からより、近いうちに村長さんから村人全員に話をすると思いますので、そちらから……」


「そうですか……」


「とりあえずランドの事は任せてください。俺とユウで山賊達と話を付けてきます」


 えっ!? 話を付けるって、バンディートも幹部達も逃げたって門番の人が言ってたから、別に話を付ける必要は無いと思うけど……

 ランドをこのままここに置いていても、誰も文句は言わないはずだ……


「分かりました。宜しくお願いします」


「はい」


 返事をしたシンは、再び門に向かって歩いて行く。 

 僕もシンの後を付いて行った。


「ユウ、シャリィは役場に居なかった?」


「うん、モリスさんと一緒にだいぶ探したけど、もう役場には居なくて、それでもしかして宿に戻っているかと思って、僕達も……」


「そうか……」


 シンは、何かを思案しているようだ。


「ねぇ、シン!?」


「ん?」


「幹部達は逃げたって言っていたから、ランドの事はわざわざ言わなくていいんじゃない?」


「うん、確かにそうかもしれないな」


「何か考えがあるの?」


「うーん、考えと言うか…… 俺達はこれからこの村で大変な事をする訳だろ?」


「うん、そうだね」


「それなら、出来るだけ不満を持たせたくないんだ」


「不満?」


「あぁ、馬を取り上げるのは、今の俺達の立場なら簡単だろうな」


「うん」


「あいつらは今日から生活がガラリと変わる」


「いや、だって、それでも良い方だよね? この世界の法律をまだ知らないけど、本来なら刑務所みたいな所に入ったり、もしかしてそれ以上かもしれないよ!? イプリモでシンだって、強制労働させられるところだったし、村に残れて仕事出来るだけでも十分良い方だと思うけど」


 えっ、俺強制労働行かされる予定だったのかよ!?


「……うん、ユウの言っている事に間違いはない」


「だよね」


「だけど今の形は、山賊達が望んでこうなった訳じゃない。シャリィがいるから従っているだけで、これは強制なんだ」


「……だって、悪いことしていたのだから仕方ないよ」


「だな。けど、それでも不満は残る。だからこれ以上、些細な事でも不満を積み重ねたく無いんだ」


 うーん…… シンの言っている事は分かるけど、ちょっと甘いような気がする。

 あいつらはこの村で好き勝手やって来た山賊だ。

 村長さんの家に押しかけたり、子供を殴ったり、それに……シャリィさんにまで失礼な態度を取ったりしていた。

 僕は命令はしても、対等なんて、仲良くなんて絶対に出来ない!


 シンは門番に、溜まり場にしている酒場を教えて貰い、そこに向かった。


「あれみたいだね」


「っぽいな。入ってみるか」


 シンは入り口の大きなドアをノックした。


「誰だ!? いや、だ、どなたですか?」


 ……変な応対。


 シンは、ドアを開け中に入って行った。そして、僕も少し遅れて続く。


「おっ!」 「あっ!?」


 酒場の中に居た山賊は全部で8人。僕とシンを見て驚いた声を上げた後、全員が目を逸らした。


 ふふ~ん、怖がっている、怖がっている。僕達を怖がっているぞ。


「えーと、ちょっと相談があるんだけど、この中の誰に話をすればいいのかな?」


 シンの呼びかけに直ぐに返事はなかったが、奥に座っていた一人が声をあげた。


「あたいだよ」


 あたい~!?

 昨日までそんな風に自分を呼んでいなかったくせに、本当にもう隠す気ゼロなんだね……

 本人以外の7人全員が、同じ事を思っていた。


「ちょっと話があるんだけどさ」


「なんだい?」


 男は立ち上がり、シンの前まで歩いて来た。


 あっ!? こいつ昨日シンにプロポーズみたいな事をしていた奴だ! こいつのせいでシャリィさんの戦闘が最後変な感じにぃ!


 ユウは無意識にその男を睨んでいた。


「馬の事なんだけどさ~」


「馬?」


「あぁ、門に近い宿屋から馬を買ったと思うんだけど」


「あ~、あの馬かい。あたいが金を払ったからね、覚えてるよ」


「いくらで買ったか、金額を覚えてる?」


 金額? まさかシン……


「確か~、30万シロンだったよ。それがどうかしたのかい?」


 胸の前で女性の様な仕草で腕を組んでシンと話しをする男を見て、山賊全員が同じ事を思っていた。


 ……しばらくは慣れないな~、その話し方~。


「30万かぁ…… その金を返すからさ、あの馬を貰って良いかな?」


 シンと話をしていた男の目が、急に鋭くなった。


「貰っていいかなって、どうしてわざわざあたい達の許可をとるんだい?」


 あたい達って…… そんな言い方で俺達を一緒にするな……


「どうしてって、売買が成立しているんだから、お前達の馬だろ? それなら許可取るのは当たり前だろ?」


 キョトンとした表情でそう話すシンを、山賊達は少し不思議そうに見ていた。


「……ふっ、フフフフフ、あははははははは」


 シンと話をしていた男は、急に笑い出した。 


「おかしなことを言うよね~」


 男は振り返って、他の山賊達の同意を求めるような態度をとる。


 その話し方、止めてくれねーか……

 

 山賊達は同意より、男の話し方が気になって仕方が無かった。


「別にあたい達の許可なんてとらずに持って行けばいいじゃん! どうせあたい達は今日から奴隷と同じなんだからさ~」


「おっ、おい!」 「や、やめろぉ」


「あ、ああの~、俺はそんな風に思っていやせんぜ。ちゃんと言われた通り、仕事しやすんでぇ」


「わいも思っていません!」


 他の山賊達は慌てて自己保身に走る。

 どうやら、そう思っていても、声に出せるのはこの男一人だけの様だ。


 ……他の奴らは従順なのに、なんだこいつ!

 シンにフラれて根に持っているんじゃないかな……


「まぁ、そういうのをする奴もいるだろうけど、俺はちゃんと話し合いで解決したいんだ」


「……どうして~?」


「選択の余地はなかったのかもしれないけど、残ってくれた事に感謝しているからさ」


 真っ直ぐに目を見て答えるそのシンを見て、山賊達は最初とは違った意味で目を伏せた。


 山賊達は、問答無用で殺されていてもおかしくない状況であった。それなのに、制限はあるとはいえ、罪を免除されこの村に残れる。条件は悪いどころか、その反対である。

 死を真逃れても、行き場のない過酷な逃走生活、捕まれば強制労働行きなのは間違いない。それに比べれば、シャリィの設けた制限など、かなり軽い刑である。

  

 そして、現れたシンの態度を見て、山賊達の心境は、更に変化をしていく事になる。


「……金は返さなくていいよ」


「えっ? そういう訳にはいかないだろ?」


「頭も幹部達も勝手に逃げちまったし、誰が持って行ったか知らないけど、あたい達皆の金もない。そんな奴等に、もう義理立てする必要は無いからね! あの馬も、元は頭のだ。いない奴の馬だから、好きにしていいよ。それに、あたいはシャリィ様からここの代表をやれと言われたからね、あたいが決めて良いでしょ!?」


 こいつが代表かよ!? シャリィめ、わざとこいつを選んだな……って、ハッキリとものも言うし、俺への嫌がらせだけで選んだわけではないみたいだな……


「そっかぁ……」


「……ふふっ。こっちは良い事言ってあげてんのに、何か不服そうだね~」


「いや、別に不満がある訳じゃないけどさ…… まぁそっちがそれで良いって言うなら、お言葉に甘えようかな。ああっと、出来れば宿屋のモリスさんにその事を報告してくれないかな? その方が俺が報告するより、本当に話が付いたんだと納得できて安心すると思うんだ」


 モリスさんと山賊を会わせるだって!? それは必要無いと思うけどな…… 僕達が報告した方が良さそうな気がするけどなぁ……


 その男は、シンの言葉を聞いて少し微笑んだ。


「いいけど~、頭の馬の件と違って、それはあたいへの仕事ってことだよね?」


「あぁ、そうだな」


「じゃあ、お礼に2つあたいのお願いを聞いて貰うからね。それでもいい?」


「お、お願い?」


 シンはその言葉でたじろいでしまう。


「そんな難しい事じゃないさ~、善は急げだね。直ぐ行こうよ~」


 そう言うと、男はさっさと宿屋に向かって歩いて行ってしまう。


「お、おい、ちょっと待てよ」


 男を追いかけて、シンも酒場を後にする。


 シンはまだお願いを聞くとも言ってないのに……

 フフフ、けど、何のお願いか気になる。もしかして〇※△※×□△してとかかな? プッハハハハハ、シンには悪いいけど、面白そう!

 って、見たくはないけどね! クク、ククク、あはははは~。


 ユウは高笑いしながら、男とシンの後に付いて行った。



 さかのぼる事数時間前。


「少し良いか?」


「シャリィ様!? どうぞ、こちらにお掛け下さい」


 村長室に居た数人の職員は、シャリィが訪れたのを見て席を外す。


「長居はしない、要件に入って構わないか?」


「はい!」


 シャリィはシンと別れた後、役場にある村長室に居るレティシアを訪ねていた。


 机の上に手を翳すと、そこに革の鞄が突如現れ、レティシアは、目の前で起こっている事に少し驚く。


「あ、あの、この鞄は?」


「この中に5千万シロン入っている」


「5千万シロン……」


 レティシアは、静かに復唱した。


「そうだ。これを今回の資金にしてくれ」


「資金……」


 呆気に取られていたレティシアだが、直ぐに正気を取り戻す。


「いえ、そんな大金を頂くわけにはまいりません。この村の復興なので、費用は公金で賄います」


「……無理はしなくて良い。それに、私のシューラが始めた事だ。私が資金を出すのは当然だ」

 

「で、ですが……」


「足りなくなれば、その時はまた追加する」


 シャリィはそう言うと、部屋から出て行ってしまう。


「シャリィ様…… ありがとうございます」


 レティシアは目を閉じ、シャリィに感謝の言葉を述べた。





 シン達は宿屋に着くと、さっそくモリスさんを呼び、客の居ない食堂のテーブルで話を始めた。


「モリス~、久しぶり~」


「え、えぇ…… お久しぶり。お互い村に居るのにしばらく会ってなかったわね」


 山賊と会話を始めたモリスを、シンは観察するかの様に気にかけていた。


「馬の件だけどさ~、あたい達にはもう必要ないから返すね」


「……本当に良いの?」  


 モリスさんのこの話し方。もしかして二人は前々からの知り合いなのかな?

 

 ユウは、違和感を感じていた。 


「良いも何も、持ち主の頭は逃げてシャリィ様が居る限り絶対帰ってこないし~、幹部達もよ~。だから馬は返すよジュリちゃんにね」


 ジュリちゃんの名前まで知っている…… やっぱり知り合いなんだ……

 

「モリスさん、これで安心ですね。ランドリーじゃなかった、ランドはまた家族の一員ですよ」


「……はい」


 シンがそう声をかけても、モリスの表情が晴れる事は無かった。


「はい、これであたいの仕事は終わりだよね~。報酬は頂くからね~」


「報酬っておい。俺はまだ受けると言ってなかっただろ?」


「あー、それなら止めればいいでしょー? やらせておいて今更~~」


「うっ!?」


 モリスは不思議そうに二人の会話を聞いていた。


「いったい、何の話ですの?」


 訳が分からず、キョトンとしているモリスにユウが耳打ちをする。


「実は…… ゴニョゴニョで、ゴニョゴニョなんですよ」


 ユウの言葉を聞いたモリスの表情は、一気に明るくなった。


「まぁ~、そういう事なのね~。どうぞ、どうぞ。私達の事はお気になさらずに、ガツンと是非やっちゃって下さい!」


「モ、モリスさん、何を言っちゃってるの!?」


 モリスの言葉に驚くシンの目には、まるで昼ドラか、恋愛ドラマの続きを楽しみにしていたかの様に、瞳をキラキラとさせているモリスの姿がそこにあった。


「ふふ~ん。じゃあね、一つ目のお願いは~」


「うんうん、お願いは?」 「お願いは?」


 モリスとユウが復する。


「……あんたの名前を教えてよ」


「名前……」


 それを聞いたモリスはガッカリして不満の声をあげる。 


「ぶ~~~」


「いや、モリスさん。ぶ~って……」


「早く~、名前は?」


「シンだ。シン・ウースだ」


「シン・ウース…… ふ~ん、良い名前ね~。次のお願いは~」


「ゴクリ」 「ゴクリ」


 今度こそはと、モリスとユウは生唾を飲む。


「……歳はいくつなの?」


「に、22歳……」


 こいつ、シンの名前と歳を聞いていったいどうするつもりだ……

 まさか!? 今から魔法を使った占いでも始めるつもりなのでは!?

 

「ふ~ん。若いね~。はい、お願い二つ終わりね~」


 そういうと、さっさと酒場に戻って行った。


 な~んだ、魔法は使わないのか……ちぇっ!


「……なんだか、拍子抜けだったねシン」


「まぁ、そうだけど、上手いな……」


 上手い? いったい何の話なんだろう。それは置いといて……


「モリスさん!」


「は、はい!?」


 ユウの声の大きな呼びかけに驚くモリス。


「モリスさん、今の山賊とは知り合いなんですか?」


「……えぇ、知り合いと言いますか、私は生まれてからずっとこの村に、メンディシュはこの村に来てたぶん……10年ぐらいになりますからね」


 あいつメンディシュって名前なのかよ!? 少しかっこいい!

 あいつメンディシュって名前なの? ちょっとかっこいいな……


「複数人の時にあの話し方なのは初めてですけど……」


 つまりは、嫌でも顔なじみになるって事なのかな……

 僕の想像と違って、普通に話をしていたし、あいつに対しては嫌悪感を持っていない様に感じたけど……

 それに、僕達がこの村を変えると言っても、モリスさんはそれに対してあまり良い感じでは無いみたいだし……


「モ、モリスさんは、山賊達を嫌いでは無かったのですか?」

 

 シンは、そのストレートな質問を投げかけたユウを横目で見た後、モリスに視線を向けた。


「……あの人達に対して、好きとか嫌いとか、そういう感情は持っていません。ただ、この村には必要であったのは間違いのない事実だったので……」


 シンは自分達に対して、モリスがここまで正直な感想を言っても少しも動揺していない。だが、ユウはシンと違い驚いていた。


 必要!? 確かにレティシアさんと話した時に、必要なのは分かった。けど、普通の村人のモリスさんまでもそんな風に言うなんて…… それに、あえてそれを僕達に言うって事は、モリスさんは変化を望んでないのかもしれない!?

 僕達によけいな事はするなとでも言いたいのかな……


「さっきのメンディシュもそうですけど、村人と普通に接する人も沢山居ますし、その……」


 モリスは言葉を詰まらせた。


「ぼ、暴力的なのは、殆どがファレンの人達ですから……」


 ファレン!? またその言葉……


 シンは、シャリィからファレンの話を聞いて、この事実を予想していた。

 何故ファレン達がこぞって暴力的なのか、その理由も分かっていたからこそ、だからこそ、ファレンの事をユウに伝えるか悩んでいたのだ。

 

「モリスさん、ファレンっていったい何なんですか!?」


「……はい!?」


 シャリィのシューラであるユウがファレンを知らない。まさかそんな事がある訳ない。全く予想していなかったモリスは、驚きの声をあげてしまう。

 そして、ユウを見た後、もしかしてあなたも知らないのという表情を浮かべシンを見る。

 シンはその視線に目を合わせ、小さく頷くと、モリスはユウの質問に答え始める。


「ファレンとは…… 元冒険者の人達です」


「冒険者……」


「えぇ…… 冒険者でありながら悪事に手を染めた……犯罪者です」


 そ、そんな…… じゃあ、この村で一番悪い奴等は皆元冒険者だったって事なのか……

 この村を助けずに去って行った冒険者ギルド…… そして、この村を苦しめていたのは元冒険者……


「な、なんだ…… 何なんだ冒険者って!?」


 ユウは思わず口から本音の疑問が出てしまう。


「何なんだよー!」


 感情的になったユウを、シンはただ黙って見ていた。



 

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