24 機密
ま、まさか…… まさかシンは!?
シンはSランク冒険者のシャリィさんですら知り得ないチート能力を持っているというのか……
どうしよう…… シャリィさんに、河原でシンが魔法を使えた事を聞いて良いのか判断に悩む。
隠していた方が良いのかな……
考え込んでいるユウに、シャリィは声を掛ける。
「ユウ」
「は、はい……」
「聞きたい事があるなら、言って良い」
……シャリィさんのこの言葉、何かを勘付いているのは間違いない。
僕に何かを言わせようとしている……
今僕が疑問に思っている事を口にすれば、何かを知っている証になる。
もし、シャリィさんがシンの事を疑っている段階で、今はまだ確信でなければ、僕の質問でそれが確信に変わってしまう。
それでも、それでも…… シンの秘密を知りたい。
シンには悪いけど、シャリィさんを信じて聞いてみよう。
ユウは、まだ出会って間もないシャリィへの信頼という不確かなものを口実にして、己の探求心を優先させてしまう。
それは、シンを軽んじていると言っても過言ではない。
「シャ、シャリィさん…… 制限と習得以外で魔法を使うことが出来ないと言いましたけど、それ以外で魔法を使用することは
その言葉を聞いても、シャリィには微塵も変化はない。
ユウの予測通り、まるでその質問を待ち望んでいたかのように……
ここは冒険者ギルド、イプリモ支部長室。
マガリの机には書類の山が出来ており、それを見たマガリがぼやき始める。
「はぁ~、さぼりすぎたか~。しょうがない、毎日根詰めれば5日ぐらいで追いつくだろう」
まずは、シャリィのシューラの登録からだな……
え~と、どこだウクエリ書は?
チッ、書類が多すぎて分からんな。
「おーい、居るか~?」
そう言って机を二度強く叩くと、その音と振動に気付いた人物が、数十秒後に隣の部屋からやって来てドアをノックする。
「コンコン」
「入れ」
「何か御用でございましょうか?」
部屋に入って来た女性は、イプリモ副支部長兼、マガリの秘書でもあるエメス・パース。
「あ~、シャリィのシューラのウクエリ書は何処だ?」
「……はぁ~」
エメスは大きなため息をした。
「流石にシャリィ様のご用件なら、お仕事をなさるようですね~」
……今日は嫌味から入って来たか。
「もちろん、その書類の山の中に入っていると思いますけど、私もシャリィ様の、シューラのウクエリ書がどれかまでは存じておりませんことよ~。オホホホホ」
……なんだ、その話し方。
今日は特に機嫌が悪そうだ……
「そ、そうか。なら下がっていい」
「副支部長の
ひゃっ!? 一応俺ここの支部長だけど……
「いや、自分で探すから……」
「そんな事は当たり前でございましょっ! その程度の事で呼び出して! 支部長が仕事をさぼるせいで、私たちがどれほど残業していると思ってるの!? まさか知らないとは言わせませんことよ!」
「いや、分かっている、分かっている。いつも感謝している」
「この前だって、デートだったのですよ
「な、何をだ?」
「商工ギルドですよ、商工ギルド、あそこの人達を知っていますか?」
「知っていますかって、そりゃ~、商工の連中は顔見知りだよ……」
「顔見知りなら分かるだろぉ! 居ねーんだよぉ!?」
「な、何がだ?」
「良い男に決まってんだろうがぁ!!」
そう怒鳴りながら秘書は、マガリの机に喧嘩キックを食らわした!
大きな音の後、書類の山が崩れ床に散らばってゆく。
あぁぁぁ、しょ、書類がぁ……
「何が悲しくて本来ならデートしてる時間にぃ、おっさん達の話を聞かないといけねーんだよ! てめーのせいだろがっ!」
「そ、そうだね」
「あーー、誰でも良いから、私の時間を返してぇ~」
「た、た、大変だったなうん。勿論、特別に休みを取っていいからな。俺が許可する。だからデートしてこい」
「……簡単にデートとおっしゃいますけど、デートには時間と他にも掛かるものがございますことよ」
「へぇ~、そうなんだ~。俺は忙しくて、デートできないから分からないな~、はははは」
「はぁ~、忙しいだぁ? ペッ!」
エメスは床に唾を吐いた!
あぁ、そ、そこは地下室への秘密のドアがあるところなのに……
「支部長~」
エメスは先ほどまでとは真逆に、甘ったるく話し始める。
「コレットに聞きましたけど~、今朝~、賭け拳闘でお勝ちになられたそうですね~」
くっ! コレットォ~!
「ほんの少しな! 少しだけだよ」
「デートの為の特別ボーナスを、支部長個人から出して頂けますか?」
「……そ、そうだな。少し出そうか、うん。いくら欲しい?」
エメスの瞳がキラリと光る!
「20万」
「……ほっ?」
「20万シロン出せや」
淡々と早口で答えるエメス。
「何を言っている!? 20万シロンも勝ってないぞ! 元金の10万を引くと、勝ったのは10万だ!」
「そんなの知るか。20万持ってんだろ!? 出せや」
「……」
「おらっ、さっさと出せや」
エメスは再びマガリの机に蹴りを入れた。
観念したマガリは、ガクンと首を折るようにして頭を垂れる。
そして、インベントリを開き、白金貨を2枚机に出したその瞬間!?
エメスが一瞬で手に取ってしまう。
は、速い! 魔法を使ってないくせに、今朝のあの兄ちゃんのパンチより速く見えた……
「支部長~、ありがとうございます~。お休みもくださるそうで。でわ、
「……好きにしろ」
「あっ! 思い出しましたわ~。シャリィ様のシューラのウクエリ書と申告書、私の部屋に置いておりました。直ぐにお持ち致します。それでは、ごきげんよう。休みから戻るまでに、その書類全部やっとけよ。ペッ!」
エメスは再び床に唾を吐いた。
だから、そこは……
「……ご、ごきげんよう」
マガリがか細い声でそう返事をすると、エメスは支部長室から出て行った。
……コレットのやろう~、チクリやがってぇ~。
「それ以外で魔法を使用することは
シャリィはユウの質問に直ぐに答えようとせず、二人の様子を見ている。
その
「この世界には、特異な者が存在する」
特異な者……
「その者達は」
「……」 「……」
「クレアトゥールと呼ばれている」
クレアトゥール……
「クレアトゥールは、制限も習得も必要としない。己の想像力のみで魔法を創り出す事が出来る」
そ、想像力だけで…… じゃあ、シンはそのクレアトゥール……
ユウの表情は沈み込み始める。
この世界で目覚めた時、自分こそ特別な存在だと信じて疑わなかった。
だが、シンと出会い自分では無く、シンこそが特別な存在だと、うすうす感じていた。
そして、先ほどのシャリィの言葉を聞き、それが確信へと変わってしまう。
しかし、シャリィの話はまだ終わりではない。
「いかにクレアトゥールと言えども、全ての魔法を創り出せる訳ではない。なので、本人すら自覚していない場合も多い」
「……」
「先ほども言ったが、人には得手不得手がある。それはクレアトゥールとて同じだ」
……シンは河原で炎の魔法を出した後、倒れ込んでしまった。
だけど、この町に来てから色々な生活魔法を使用しているのにも関わらず、河原の時の様に倒れたり疲労感を感じている様子もない。
もしかすると、炎系の魔法が苦手なのかもしれない。
シャリィさんの言う通り特異な存在だとしても、万能では無いのかも知れない……
ふっ、何だよこの思考は……
自分を慰めているつもりなのかな。
シンは凄いけど、万能じゃないとか勝手に決めつけてさ、僕は、僕は何をしたいんだ。何を…… いったいどうすれば納得するんだよ……
ユウはシンに目を向ける。
シンは河原の時のように手持無沙汰な様子で、魔法には特別な興味は無いとでも言いたそうである。
はぁ…… ユウは心の中でため息をして、シャリィに再び質問をする。
「シャリィさん…… 普通の人と、クレアトゥールをどうすれば見分けることができますか?」
「……それは」
えーと、これがシューラの申請書とウクエリ書……
あん、レトロの方は何処だよ?
「チッ、しょうがない。またシロンをふんだくられても嫌だから、自分で取ってくるか」
そう言うと、マガリは隣のエメスの部屋へと向かう。
ノックもせず勝手に入っても、エメスはマガリを一瞥しただけで驚かない。
自分の机で淡々と仕事をこなしている。
ドアを閉めたマガリは、壁に向かい何やら呟いている。
すると、魔法で隠されたドアが現れる。
そのドアに掌を当て、鍵言葉を使い開錠し、中に入って行く。
イプリモ支部で、この特別な部屋に入れるのは、マガリとエメスの二人だけである。
ある一定以上の地位がない人間は、この部屋に入るどころか、存在すら知らされていない。
当然、部屋の中に
マガリが入った小さな個室には、ウクエリ石板に似たレトロ石板が、同じように台座に載せられている。
マガリはその石板に両掌を置き、唱えた。
「レトロ! シン・ウース、80750146、ウース」
更に続ける。
「レトロ! ユウ・ウース、80750145、ウース」
更に同じように、数人の名と番号と出身地を続けて言う。
ウクエリ石版の時と同じように、魔法で作られた紙が述べた枚数現れ、マガリは手に取り読み始める。
「なになに? 鍵言葉、フータ、ベナァ、バニエラ、ビンツ……」
なんだこりゃ。小さな子供でももっと魔法を使ってるぞ。
習得魔法はウクエリのみ…… 犯罪歴は無し。
父親はワイアット・ウース 死亡
母親はベリンダ・ウース 死亡
そして…… クレアトゥール……ではないな。
「普通のウクエリ書とたいして変わらないじゃねーか。馬鹿らしい」
もう一人は……
はっ!? なんだこりゃ、フータだけ?
「汚ねーな。バニ
こいつも習得魔法はウクエリだけか。犯罪歴は無し。
父親はレオ・ウース 死亡
母親はコーリー・ウース 死亡
クレアトゥールは違うっと。
「はいはいはい」
読み終わったシンとユウの魔法紙を、ゴミ箱のような物に入れると、一瞬で消滅する。
部屋から出ると、ドアは自然と元の壁に戻る。
マガリは、他の魔法紙をエメスの机に恐る恐る置く。
それを見たエメスは、突然咳払いする。
マガリの身体が一瞬ビクつき、大きな大きな身体を小さく丸めて、エメスの部屋から出て行き、支部長室に戻った。
椅子に座るとシューラの申請書に目を通す。
……二人共犯罪歴も無いし、特別に報告する項目も無い。
不許可にする理由はねーな、承認しておくか。
おっとっと~、忘れる所だった。二人と面接して、俺のご感想を添えないとな。
「……面倒くせー、知るかっ!」
シンとユウの申請書に手を翳すと、マガリの署名が現れた。
「はい、おしまいっと~」
はぁ~、シャリィ…… こんな子供騙しの書類、どうなっても俺は知らねーぞ……
「シャリィさん…… 普通の人とクレアトゥールをどうすれば見分けることができますか?」
「……それは、ウクエリ石板だ」
ウクエリ……石板…… イプリモ支部で手を置いたあの石板……
じゃあ、あの時僕が考えていた通り、本人達には見る事が出来ない項目が存在するという事なのか……
いったい何の為に隠しているのだろう……
いや待て! そもそも、ウクエリ石板でどうやって名前や出身地などが分かるのだろう。
聞いてみるしかない……
いや……僕は馬鹿か。シャリィさんがその仕組みを知っていて、教えてくれたとしても、そんなの僕が理解出来るはずもない。
そもそも元の世界でも、科学の全てを理解している訳では無いのに、この世界の魔法や不思議な事を解るはずもない。
それに、今はそんな事よりも先に考えないといけないことがあるじゃないか!?
ここはゲルツウォンツ王国にある広大な森林。
この森林は、自然保護区に指定されており、許可なく立ち入る事は禁止されている。
そこに1軒の建物があり、魔法によってカモフラージュされている。
例え目の前を通過しても、その存在を知らなければ、気付く事すら出来ない。
表向きは、希少野生生物の観察や保護を目的として作られているが、その実態は全く異なる。
建物の地下深くにある部屋の一室に、ウクエリ石板でもレトロ石板でも、どちらでもない石板が台座に据えられており、その石板から光が放たれると、魔法紙が現れた。
その魔法紙には、いつ、何処で、誰が、何の情報をレトロ石板から引き出したのか、詳細に描かれている。
一人の人物が魔法紙を手に取る。
イプリモのマガリ…… シャリィのシューラ……
……あ~、そういえば、シャリィが受付嬢を何とかって言っていたな。
えーと、どれだぁ? まだその書類はあがってきてねーのか?
「あぁ、これか……」
なになに、受付中突然泣き始め、その後男にキスを催促していた。
「……」
ロビーにて大声で私のダーリンと喚き、それを見ていた冒険者達に対し笑って誤魔化していた。
「……なんだこりゃ!?」
結局アグノラは、マガリの鶴の一声で降格を免れる。
その後、マガリとアグノラはデキているという噂が流れることになった……
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