25 苦悩と至福




 それに、今はそんな事よりも先に考えないといけないことがあるじゃないか!?


 今…… 僕はシャリィさんに恐怖を感じている。


 この人に、何か裏があるのは分かっていた。

 けど、その事を隠したりうやむやにするどころか、僕等に匂わせてきている。


 どうして…… どうしてなのだろう。 



 ……落ち着いて、今分かっている事を整理してみよう。

 

 シャリィさんは、別の世界から来た僕達を、冒険者ギルドに報告する訳でも無く、それどころかシューラという弟子のような関係に置き、保護してくれようとしている。


 そして、肝心な事は…… ウクエリ石板!


 ウクエリ石板には、僕達の出身地や名前、そして年齢も表示されていた。


 だけど、年齢以外は嘘だ。

 

 つまり、ウクエリ石板は改ざんすることが出来る。


 だけど、この世界の冒険者ギルドが、恐らく身元調査の為に使用しているウクエリ石板。

 それなりに信用が置ける石板って事になる。


 なのに…… それなのに、改ざん出来るなんて……


 改ざんしたのは、誰なんだろう?

 

 シャリィさんが関わっているのは間違いない。

 もしかして、冒険者ギルドの誰かに頼んで改ざんしたのかな……


 そして、その理由は何なのだろう……

 

 う~、頭痛がしてきた。

 この世界に来たばかりなのに、講習でもあんな事もあったし……


 あ~、また思い出してしまった。魔法の話で忘れていたのに…… 


 質問の止まったユウを見て、興味の無さそうだったシンが代わりに質問をする。

 

「シャリィ、そのクレ何とかって奴らは珍しいのか?」 


「あぁ、正確な人数は分からないが、恐らく存命している者は数十人だろう」


 数十人…… この世界の人口が分からないけど、少ないのは確かだ。

 ということは、シャリィさんの目的はクレアトゥールのシン!


「そいつらは冒険者なのか?」


「クレアトゥールは、ほぼ全ての者達が教会に従事している」


 ……また教会。

 

「む、無理矢理にですか?」 


 ユウが再び質問をする。


「いや、強制的ではない。この世界では教会に従事するのは非常に名誉な事で、本人は勿論の事、親族も望んでいる場合が多い」


「中には望んでいない人も居るんですね?」


「稀に王族や貴族の中にクレアトゥールが生まれる場合がある。その者達の中には、教会に従事しない者も居る」 


 なるほど……


 たぶん、クレアトゥールと分かった時点で冒険者ギルドや教会から何らかのアクションがあるはずだ。


 だけど、シンにはまだ何も起きていない。

 つまりそれは、ただ単にまだその人達の耳に届いてないだけかもしれない。


 もしくは、それも改ざんされているのかも。



 何のために……


 駄目だ、考えがループしてしまう。


 分からない、全然分からない……


 

 ユウが苦悩していると、シンが再び口を開く。


 

「へぇ~、王族とか教会とか、この世界に来たばかりの俺達・・には分からないことだらけだな~」



 その一言で、ユウの苦悩は止まる。



 そうだ…… シンプルだけど、その通りだ。

 今の僕達に分からないのは当然だ。



 そして、ユウの苦悩を更に忘れさせる一言が、シャリィの口から放たれる!



「今話をしたのは人間の場合だ」


 その言葉を聞いたユウの目が、大きく見開く!


「シャ、シャリィさん。そ、それって……」


「あぁ、エルフは人間とは違い、ほぼ全員がクレアトゥールだ」



 えっ……え、え、エロフ! いや、エルフ!


  

 いるんだ! この世界にはやはり人間以外の種族が!?


 ああ~、異世界だ。まさにここは異世界なんだ!


「獣人とドワーフのクレアトゥールの確率は、ほぼ人間と同じだと言われている」


 じゅっ、獣人! それにドワーフ!



 うぁあああああ、会ってみたい! エルフに、獣人に、ドワーフに、人間以外の種族に会ってみたい!

  

「ふぁあああああああん」


「おぉっ、びっくりしたぁ! 急に変な声出すなよユウ。あはははは」


 そう言ってシンは笑っていた。


「ごめんごめん、つい興奮しちゃってぇ」


「まぁでも分からなくもないな。人間以外の種族がいるなんてな。俺には想像も出来ないよ」



 人間以外の種族の話で驚いている二人を、シャリィは静かに見つめていた。



 そうか…… シンはたぶん異世界の漫画とか読んでないからエルフの事とかあまり詳しく分からないのかもしれない。


 ふふふ、少し情報を与えておこうかな~。


「シン」


「ぁん? どうしたユウ」


「エルフって種族は、絶世の美女ばかりなんだよ」


「絶世の美女!? まぢで!?」


 僕はシャリィさんに目を向けると、シャリィさんは少し微笑んで答えた。


「あぁ、その通りだ。エルフには男女問わず美形が多い」


「へぇ~~、男もイケメンだらけなのかぁ~。それは俺とどっちがイケメンなのか、勝負しないとな!」


 そっちなんだ!?

 美人が多いの方に拘ると思ってたけど……ふふふ。


 この町に着た時みたいに、シンがはしゃいでる。


 あの時みたいに、気持ちは分かるよ~。


 はぁ、さっきまで悩んでいたのが嘘みたいだぁ~。

 本当に、夢みたいだぁ~。


「もしかしたらピカルは人間じゃないのかな?」


「いやいやいや、あの人は人間だよ! ハゲてるけどね」


「ぷっ! ユウが毒吐きやがった! あはははははは」


「フフ」


 シャリィさんも笑っている。


  

 だけど、浮かれていた僕達は、この後のシャリィさんの一言でもう一度、現実に引き戻されることになる。



「この世界には、先ほど言った以外に、もう一種族が居る」 


 もう一種族……

 そうだ! 肝心な、その種族を忘れていた。



「それは、魔族だ」


  

 やっぱり……


 まだ見てはいないけど、魔獣がいるこの世界に、魔族がいるのも当たり前か……


「マゾ?」 


 いやシン、それは違うから。



「先ほどのエルフの話と同じで、魔族の殆どもクレアトゥールだ」


 

 えっ!?

 ……ま、魔族の殆どがクレアトゥールだって!?

 それなら、人間は魔族に対抗できないって事になるのでは!?


 どうして人間は今まで滅びずに、生きてこられたのだろう!?


 もしかして、この世界の魔族はもの凄くフレンドリーで、別に人間とは敵対していないとかかな?

 聞いてみよう。


「シャリィさん。魔族は人間の敵ですか?」


「あぁ、そうだ。だが、人間だけではない。エルフ、ドワーフ、獣人にとっても魔族は敵だ」


 ……僕の知識と同じだ。



「殆どがクレ何とか……」


 シンだけは会話が遅れているかの様に、ぼそっと呟いた。



   

 魔族は全種族の敵……


 つまり、魔族以外の種族は団結して魔族に対抗していると言う事なのかな?


 それなら!?


「シャリィさん、もしかしてこの町にも人間以外の種族がいるのですか?」


「あぁ、この町にも獣人族とドワーフがおり、彼らは対魔族の為にこの国はもとより人間の8つある国全てに駐在員が滞在し、情報を共有をしている」


 この町にもいるんだ!

 そして、この世界には8つの人間の国があるのか……


「エ、エルフはこの町にいますか?」


「エルフは他種族に興味は無い。他種族が魔族と大規模な争いになった時や、己の領土を侵略された時のみ他種族と関わる」


 そうなのか…… 残念だけどエルフには簡単に会えそうもない……



 ユウとシャリィの話は盛り上がってるけど、昼も食べてないし、腹減ったなぁ。もう夕方じゃないのか…… まだ話は続くのかな?


「えーと、ちょっといいかな?」 

 

 シン…… 何か聞きたい事があるのかな?


「どうした?」


「メシを~」


 なんだ、魔族とかの質問じゃないのか……


「そうだった。食事を忘れていたな。夕食にはまだ早いが、昼食を抜いたので、食べに行こうか」


「あぁ、行こう行こう!」


 ……僕は悩んでいたのと話に夢中で、全然お腹すいてないや。

 けど、まだこの後も話を聞きたいから、今のうちに無理にでも食べておこう。


 三人で宿屋の隣のアロッサリアに向かい、朝と同じテーブルに座った。


 店に入ると良い匂いが漂っており、その匂いを嗅いだせいなのか、僕も急に空腹感を感じ始めた。


 コレットちゃんが飲んでいたあのスープがとても気に入ったので、シンが朝に食べてた漫画肉とパンと一緒にスープも注文した。


 シンも朝と同じで漫画肉に、あとシチューとパンを注文していた。


 漫画肉は想像以上に美味しくて、マナーを気にすることなく、ついガツガツと食べてしまった。 


 スープも本当に美味しくて、元の世界では食べた事のない味だ。

 

 気のせいかもしれないけど、スープを飲んでいる僕をシンがジロジロ見てくるような……

 

「食事が終わったら、また部屋で話をしよう」


「はい!」


 僕は元気よく返事をしたけど、シンはあまり乗り気ではないのか、返事をせずに食事に集中していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る