26 焦燥



 僕達三人は、食事を済ませた後、再び宿屋の部屋に戻った。



「さて、魔法の話に戻ろう」



 やったー! また魔法の話が聞けるぞ!



 また魔法の話か…… ちょっとお勉強みたいで面倒だな。



「魔法には攻撃、防御、回復、補助、召喚、産業、そして生活。さらに細かく分ける事もあるが、一般的にはこのような感じだ」


「はい!」


 う~、沢山あるんだな~。わくわくする~。


「例えば、攻撃にしても炎を使う者も居れば、水を使う者も居る」


 うんうん!


「それは防御も同じだ」


「はい!」


 

 ……勉強だなこれは。

 帰りたい……って、今の俺の家はここだった……



「つまり、攻撃や防御と一言で表しても、その種類は数多あまただ」

 

「はい」


「なので二人には説明より、感じてもらう」


「感じる?」



 おっ、何だ何だ、下ネタか?



「魔法というものは感じ取ることが出来る。二人がそれを出来ていないのは、魔法を使い始めてまだ日が浅い事が原因だ」



 はい、下ネタではありませんでした~っと。

 


 つまり、魔法を使って居れば、シャリィさんの言う感じるってことが出来るようになる……

 もしかしてそれは、数を、数をこなす事なのかな!?


  そう閃いた瞬間、ユウはシンを凝視する!


「おっ!? どうしたユウ? そんな怖い目をして」


「シン!?」


「何だよ?」


「指輪貸して!」


「ぁん? この宿屋の指輪か?」


「早く早く!」


 ユウはシンの左手を両手で掴み、無理やり指輪を取り上げた。


「痛い痛い痛い! どうしたんだよユウ!?」


 今のユウにはシンの言葉は全く聞こえていない。


 シンから強引に奪った宿屋の指輪を、直ぐに自分の指につけた。


「ベナァ! 暗く! 明るく! 消して! ベナァ! 暗く、明るく!」


「うぉーい! 何してんだユウ!? 落ち着けよ!」


「消して! ベナァ! 明るく、暗く!」


「ちょっ! チカチカするから。チカってるから止めて!」


 そう言って止めるシンを無視するかの様に、ユウの行動は止まらない。


「……よせ、ユウ」


 シンに続きシャリィまでもが止めるが、それでもユウに止める様子はない。


「ベナァ! 暗く、暗く、明るく、明るく! 消して! ベナァ!」


「よせと言っているだろう、ユウ!」


 シャリィが語気を強めると、それに気づいたユウがやっと魔法を止める。



 プッ! ユウがシャリィに怒られた。ククククゥ……


 シンは下を向いて笑っていた。



「だって、シャリィさん! 魔法を感じるためには数をこなすのでしょう!? そうですよね!? ぼ、僕は1日、いや1秒でも早く魔法を感じてみたいです!」


「……間違いではないが、数をこなすより重要なのは時間だ」


「時間ですか!? 数では無くて?」 


「あぁ、そうだ」  


 ユウは時間と聞いて目が泳ぎ始めた。



 うゎ! ユウがすげー焦ってる。フフフッ、ププププゥ。 

 

 すまないユウ。真剣なのは分かるけど、分かるけどさ。

 シャリィが少し怒ったのもツボってしまって、フフフフッ。


「この世界の人々は、物心つく以前から魔法を使うようになる。例えば、フータとか生活魔法などを」


「はい」


「魔法を使って生活していると、自然と魔法というものを感じ取る事が出来るようになる」


「こ、ここ、子供達は、いいいい、いったいいつから魔法を感じることが!?」


 ユウ、落ち着けって、ププッ。



「個人差はあるが、早ければ3歳、遅くても10歳ぐらいだ」


 あっ…… あぁ~、魔法を使い始めて数年から10年だって!?


 僕は今20歳だから、遅ければ30歳になるまで感じることが出来ないって事なのかな……


 お、お、終わった……

 どうせ僕には才能がないだろうから、もしかしたら10年以上かかるかもしれない。


 ユウの頭はガクッと折れた様に垂れる。


 

 シンの表情には何の変化はなく、やはり、魔法には興味が無いといった感じだ。

 


「ユウ、心配する必要は無い」


 シャリィのその言葉で、ユウは顔を上げる。


「この世界の全てに魔法が行き届いている訳では無い。つまり、田舎の方では、幼少期から魔法を使わず生活している者が稀に居る。その者達が、大人になってから魔法を使い始めた場合でも、数カ月で魔法を感じ取れるようになる事例が殆どだ」 


 先程までとは違い、ユウの表情が一瞬で明るくなる。


「そ、それは僕達にも当てはまるのですか?」


「はっきりとは言えないが、二人には魔力もある。今の所、この世界の人間との違いが見えない。恐らく同じように数カ月で大丈夫だろう」


「あぁぁぁぁ~、良かったぁ~~~」


「フフ」


 声を上げ歓喜するユウを見て、シャリィは微笑んだ。


 一方シンは、我慢の糸が切れてしまうと、大声で爆笑しそうで、ユウに気を使いずっと笑うのを耐えている。


 フッ! フッ! フフフゥ。



 だ、駄目だ。これ以上ここにいたら大声で笑いそうだ。それに、魔法の勉強も勘弁してほしい。

 何とか理由をつけて抜け出さないと……


「コホンコホン! え~と……」


「……どうした?」


「ちょっと魔法のお勉強中に悪いんだけどさ、俺は昼間の奴らと拳闘でもしてきていいかな?」


「……」


「えっ? シン大切な話だよ。それなのに出かけるの?」  


「あぁ~、ちょっと約束してたからな~。この世界に来たばかりだからこそ、ここの連中との人間関係を大切にしたいしな~」


 って、ちょっとバレバレだよな~。ユウとシャリィのやり取りが面白くて、他の言い訳が思いつかなかったよ。



 そんな事言ってぇ、本当は魔法の勉強したくないのかな。

 まぁ、僕は良くてもシャリィさんが許す訳ないか……



「構わない」


「えっ!?」 「ほっ!?」


「出かけても構わない。ただし、あまり遅くならない様に」


 おっとっとぅ、意外な返答だ。


「あっ、ああ。遅くならないよ~。直ぐに、直ぐに戻って来るさ~」


「では、拳闘の分け前を先に渡しておこう」


 うわ~、めっちゃ気が利くなぁ~。


「ああ~、助かるよ~。素敵だなシャリィは~」


 シャリィはシンの言葉が聞こえていないかの様に、無視をする。

 

 そして、インベントリーからテーブルの上に革の小袋を出した。


「30万シロン入っている。白金貨2枚と、金貨を8枚、銀貨を18枚、銅貨20枚入れてある」

 

 分けたシロンを入れた小袋を、直ぐにインベントリーから出せたという事は、シャリィさん用意してくれていたのか…… 優しい人だなぁ。


「シャリィ、助かるよ。ありがとう」


「拳闘で勝利したから手に入った金だ、気にする必要はない。今日までの食事代や買い物代も、すでに差し引いている。ユウはどうする?」


「僕はシャリィさんに預かっていて欲しいです」


「分かった」


 シンは元気良く椅子から立ち上がった。


「良し、俺は出かけてきまーす」


「シン気を付けてね」


「あぁ、ユウは先に寝ててくれ」


 寝ててくれって、いったいどれだけ遅くまで帰ってこないつもりなのだろう。

 シャリィさんに遅くならない様に言われたばかりなのに……


「鍵は合鍵を受付に頼んでおく。戻ったら受付に寄るように」


「はいよ」


 シンは鞄にお金の入った小袋を入れ、ドアを閉めそそくさと出かけていった。


「では、続きを話そう」


「はい、お願いします」



 フフフフ。

 悪いけど、お勉強はユウにまかせて、ここからは大人の時間だ!


 この俺に抜かりはない。コレットとのデート中にあくまで、たまたま目に飛び込んできたハートの形の看板を見つけた。

 しかも良く見るとハートの中で男女がキスをしているかのような看板。


 あの店は、いかがわしい店に間違いない。

 俺の勘がそう言っている。


 シンは宿屋から外に出ると、人通りの少ない裏路地に入って行く。

 

 そこで何をするのかと思えば、鞄からバニ石とビンツ石を取り出し、少し離れた所に鞄とビンツ石を置いた。


「バニエラ!」


 朝と同じように、シンの身体を水の竜巻が包み込む。


「うぃ~、これは本当に便利だなぁ。服を着たままってところが本当に手間が省けて良い」


 シンはバニ石を地面に置き、先ほど置いたビンツ石を手に取る。


「ビンツ~」


 シンの服と身体は直ぐに乾いてしまった。


「ほんと楽だわ~って」


 髪型を直さないとな。 

 こんなソフトクリームみたいな髪型で、女性の居る店には行けないよな。


「まぁ、手櫛だからこんな感じかな?」


 窓ガラスを見て、髪型を整えたシンは魔石を鞄に入れて、トコトコと歩き始めた。


 えーと、確か市場はこっちだったよな……




 しかし、そのシンを監視している一つの影があった。



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