27 恩情


 

 宿屋から一人で出かけるシンを監視している影があった。


 その人物は、警戒心の強いシンヤンキーに気付かれることなく、後をつけていく。


 時折シンは急に立ち止まり、後ろや周囲を確認して、また歩きはじめる。


 そして、今度は長く立ち止まり、後ろから来ていた同じ方向に進む人達を先に行かせる。


 元の世界でヤンキーだったシンは、突然敵対する者に襲われたり、警察に尾行されたことが多々あった。

 そういう経験から、自然に身に着いた技と・・言っても過言では無い。



 しかし、監視している人物は、そんなシンを嘲笑うかのように気付かれず尾行をする。

 


 ん~と、おっ!? 人が多くなってきたぞ。

 確かこの……あった市場だ、さすがに閉まっている店も多いな。


 けど、いいね~、昼間とはまた違うこの感じ~。

 繁華街って雰囲気が出てきてるね~。照明の薄暗さが一役買っているな。


 ユウはシャリィからお勉強をしているが、俺はこの世界の女性・・から教えて貰うことにしよう。


 あーゆー店で働いている女性は、驚くほど情報を持っている人も居る。

 つまり、趣味と実益を兼ねたお勉強をしますかね~。ウッシシシシ。


 さてと、この辺りのはずだけど…… 看板、看板っと。


 おぅ、あったあった!


 昼間は点いていなかった照明が点いている。

 ただ単に、暗くなったからか、それとも営業している証なのか……

 まだどういう店か確信は持てないし、しばらく観察してみるか。


 

 ……そういえば前に出張で大阪に行った時、地元では誰かに見られると恥ずかしいという理由で、行きたくても行けなかったメイド喫茶に行った事があったな。


 キャバクラや、いかがわしい店などは自分の庭の様なものだが、畑違いのメイド喫茶に入るのには勇気がいったのを思い出す……


 あの時は入る決心がつかずメイド喫茶の前を5往復はしていたから、不審者と思われメイドさんが窓から俺を覗いてたな。フフフ、そのてつを踏まえ、今回はウロウロするのはよそう。


 と言ってもだな、スマホでもあれば操作してるフリでも出来るのに、ボーっと立っているのもな……結局不審者に思われそうだ。


 さて、どうするかな……


 その時、悩んでいるシンにある人物が後ろから声を掛けてきた。



「おにいちゃん……」


 

 ん!? コレットか!?

 いや、けど…… 声が……


 振り返ったシンが見た人物とは。


「おにいちゃん、お花を買ってくれませんか?」 


 子供…… 

 

 一瞬何事かと呆けてしまったシンだが、直ぐに返事をする。


「あっ…… お花を売っているのお嬢ちゃん?」


「うん。一束で良いから買ってください」


 こんな小さい子が、もう薄暗いのに物を売っているなんて……

 魔法のお陰で全員が幸せって事も無いんだな。


 まぁ、当然か……


 花束を持っていれば、デートの待ち合わせかと思われて、同じ場所に立っていても不自然じゃなくなるな。

 つまり、この場所であの店を見張れるわけだ。


 それに、こんな小さい女の子に買ってと言われて買わない訳にもいかないよな。



「うん、いいよ。いくらだい?」


「一束500シロンです」


 500シロン? 確か、銅を5枚でいいと思うけど…… うーん、めんどくせえ銀を1枚渡そう。


 シンは鞄の中にある革の小袋から銀貨1枚を取り出した。


「えーと、これで足りるかな?」


「あ、足りますけど、お釣りを持ってなくて……」


 少女は申し訳なさそうに小声でそう答えた。


「いいよいいよ、お釣りはいらないよ」


「ほんと? ありがとうおにいちゃん」


 シンは、花束を渡して走り去る花売りの少女の後ろ姿を見ていた。


 まだ6.7歳ぐらいじゃないのかあの女の子……

 この世界の治安の事は全然分からないけど、ユウの話では法律も無いに等しいかもって言っていたな……


ん~、外灯も無い暗い路地に向かっているぞ、大丈夫かよ?


 ……えーい気になる! 様子を見に行ってみるか。


 シンは女の子の後をつけていく。


 シンを監視していた人物も、その後をついてゆく。


 女の子は路地裏の外灯も無い暗闇で、そこに待っていた女性に話しかけていた。


「お母さん、売れたよ。花束ちょうだい」


「ゴホッゴホッ。ほんとかい、えらいね」


「うん、お釣り要らないって銀貨くれたよ。はいこれ」


「ゴホッゴホッ」


「大丈夫お母さん?」


「大丈夫だよ。ごめんね、お母さん咳が止まらなくてお客さん逃げていくから。あと二つ売れたら帰ろうね」


「うん、頑張って売ってくるよ」


 シンは建物の角に隠れ、聞こえてくる会話に耳を傾けていた。


 女の子が新しい花束を持って小走りで角を曲がると、そこにはシンが立っていた。


「あれ? さっきのおにいちゃん」


「ん? あぁ…… 実はお花もっと欲しくてね」


「ほんと? お母さん、さっきお花買ってくれたおにいちゃんだよ、もっとお花欲しいって」


 嬉しそうに母親に報告する少女。


「あ、ありがとうございます」


「あ、あの~、花束はいくつあるの?」


「……全部で10束あります」


「じゃあー、そうだな、全部もらおうかな」


 シンの言葉に驚く母親。


「やったー、ありがとうおにいちゃん」


 女の子はぴょんぴょんと跳ねながら母親の隣に行き脚に抱き着いた。

 少女は仕事が終わる嬉しさより、病気の母親が早く家に帰れる、その喜びで胸がいっぱいだった。


「ちょうどお花欲しかったんだよ、いくらだい?」


「あ、あの5千シロンになります」


 シンは、鞄の中にある先ほどシャリィに貰ったシロンを入れた小袋を取り出し、母親にその小袋ごと渡す。

 受け取った母親が、口の紐を解き小袋の中身を確認すると、直ぐに白金貨と金貨が数枚見えた。

 驚いた母親は声を失い、薄暗い裏路地で見間違いではないかと何度も確認をする。


「じゃあこの花束貰っていくね」


 シンはそう言い、花束を両手で抱え、来た道を戻ろうと歩き始めた。


「ありがとうおにいちゃん」


 お礼を言いながら大きく手を振る少女。


 その声に反応して振り返り、少女に向けウインクをした後、小走りで去って行く。


「あのー、多すぎます」


 母親はあまりの金額の多さに我を忘れていたが、走り去って行くシンを見て急ぎそう声をかけた。


「いいからいいから。えーと、何だっけ? あ~、チップだよ、チップ」


 シンの言葉に、瞳を潤ませる母親。


「どうしたのお母さん」


 少女は、様子のおかしい母親を心配する。


「うぅぅぅ」


 大金を渡したシンに何か裏がある訳ではない。

 善意から袋ごと渡してくれたのだろうと理解し、娘の前であったが母親は涙をこらえる事が出来なかった。


「お母さん、大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


 涙を拭い娘を抱きしめる母親。そして少女も力いっぱい母親を抱きしめていた……


 少し離れた場所からシンを監視していた人物は、その一部始終を見ていた。



「ふ~ん……」



 先ほどの人通りの多い所に戻ってきたシン。


 最初の作戦通り花を持っていれば不審者とは思われにくいけど、この量はな……あはははは。

 あっ、そうだ! 俺、シロンを全部渡しちゃったからあの店はまた今度だな。

 となると、この花束どーすっかな……

 

 シンはすぐ前を歩いていた女性に声をかける。


「そこのおねーさん、どうかこの花束を貰っていただけませんか?」


「えっ、私?」


 シンから突然声を掛けられた女性は、驚きの表情を浮かべている。


「そうだよ~。いや~、おねーさんがさ、凄く素敵な人だから、花をプレゼントしたくなってね」


 そう言うと、驚いていた女性の表情は一瞬で笑顔に変わった。


「うふふふ、じゃあ頂こうかしら」


「どうぞどうぞ」


 シンから花束を受け取り、花の匂いを嗅いだ後、言葉ではなくシンの目を見つめ笑顔をお返しして去って行った。


 その女性を見送りながら、シンは満足そうな表情を浮かべている。



 その後も、そうやって30万シロンを使って買った花束を、惜しげもなく道行く女性に次々と配りはじめた。


 結局、1つを残して全ての花束を同じように配ってしまった。

 シンの表情には後悔の念など無く、ずっと笑顔だ。


 まぁ、これで明日からの生活費が無くなった訳だが、金なんて仕事すれば稼げる。

 この健康な身体がある限り、金なんてどうでもいい。


 って、えらそうな事を言ってるけど、ここは元の世界じゃないからな~。

 シャリィに頼るのは嫌だし……


 また拳闘で稼ぐか!?


 いや~、無理だろうな。

 この町で1番強い奴を瞬殺してしまった俺の賭けは、もう成立しないだろう……


 さてと、どうすっかな~……


 そうだ! ピカルだ! 

 確か、この町の拳闘協会の会長って聞いた。

 それなら顔も広いはずだ!

 仕事を紹介してもらおう。


 シンはシャリィのシューラとなり、冒険者ギルドから仕事を貰える立場だが、ユウとは違いそんな事を知り得なかった。


「良し! 善は急げだ!」


 1つだけ残した花束を持って、来た道を走って戻って行く。

 

 しかし、先程までシンの後をつけていた人物の姿は、そこには無かった。




 ハァハァハァ、よしよし、この店だな。まだ開いていて良かった。


「ちーす、いる?」


「誰だ? お前か……何の用だ!?」


 ……うーん、このハゲとはあまり良好な関係とは言い難いからな……


 まぁ、それは俺のせいだから、こちらから仕事くれとか言い出しにくい。

 できれば空気読んで察してくれないかな……



 なんだこいつ、花束なんか持ってモジモジしやがって……


 ハッ!? まさかこいつ、だ、だ、男色か!?


 あっ、あれか…… もしかして好きな子を虐めるタイプか!?

 

 それなら昨日の事は納得がいく。

 初対面でわしに一目惚れしてしまって、それでハゲハゲからかってきたのか……


 いやいや、ちょっ待てよ!

 わしはノーマルだぞ。

 し、しかし、こいつにはあの拳闘の技を教えて欲しい。

 ここで適当にあしらうと、教えてくれないかもしれない。

 次の対抗戦で勝つためにも、あの技は必要だ!

 困ったぞ、さぁどーする、どーする!?


「あ、あの~」


「ちょまてよ」


「ん?」


「分かったから、お前の気持ちは分かった」


 おっ! 察してくれたのか!? なかなか勘の良いハゲだな……


「俺さ、何でもやるからさ」


「いや、何でもと言われてもだな……」


「体力もあるし、それなりに技術テクニックもあるからさ」


「ひぃー、ま、ま、まぁ落ち着け。なっ、落ち着こう」


「できれば今から直ぐにでもいいんだ俺は!」


「いや、だからなっ。こ、ここは店だし、いつ客が来るかわからないしな」


「じゃあ店が閉まるまで何時間でも待つよ」


「じ、時間の問題じゃないかな~うん」


 ……やっぱここは頭を下げないとダメか。


「ピカルさん、お願いします!」


「うん、ねっ。そんな王族にするみたいに頭を下げられてもだな、わしは経験がないもんでな」


 経験…… 何言ってんだこいつ?

 うん? このハゲなんで頬赤らめて困っているんだ……


 えっ!? まっ、まさかこいつ俺の事をホモと思っているんじゃ……

 シャリィに渡そうと思って残しておいた花束が裏目にでやがったか。

 やばいやばいやばい、とりあえず店を出るか!


 シンはそそくさと走って店を後にした。



 ふぅ~、フラれたと思って出ていきやがった。

 どうするよ、シャリィに相談してみるか……



 しまった、誤解を解かずにそのまま出てきてしまった。

 ていうか、ピカル野郎、勘違いしてその気になってただろ?


「やばいなありゃ!」


 シンは店の裏に行き、拳闘の練習場にも寄ってみたが、誰も居なかった。


 はぁ~、これでもう他に当ては無い。つまり、シャリィに相談しないといけない訳か……

 30万シロンも貰っておいて、1、2時間で全部使いましたでは道理は通らないだろうな……


 困ったぞう、本当に困ったぞう……



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