23 魔法
イプリモ支部から外に出ると、シンがガイストンを倒したリングが無くなっており、拳闘を見ていると思っていたシンの姿も無かった。
シャリィさんはピカルさんの店、いや、今はシャリィさんとシンの店の方に向かって歩き出したので、僕も無言でついて行くと、何やら大人数の話声が聞こえて来た。
店の裏側の広場に、シンが戦ったリングと同じような六角形のリングがあり、そこでゴツい男達がボクシング、いや、拳闘の練習をしていた。
シンは、そこいる皆と一緒に高笑いしたり、ゴツい男達に対して拳闘のアドバイスをしているみたいで、シンの周囲には人だかりができていた。
男達もシンも、今の僕とは違い、かなり楽しそうだ……
シンは僕らの方に目を向けた。どうやら気づいたようだ。
「おっ、シャリィ、ユウ! お前ら何処行ってたんだよ!?」
本気か? 本気で聞いてるのか……
シンは男達と二言三言話すと、こちらに歩いて来た。
「おぃ、知ってたか? さっきハゲてたピカルとかいう奴いたじゃん、あいつはこの町の拳闘協会の会長で、この店の経営者だったらしいぞ」
それも本気で言っているのか?
「どっかで見た事あると思ったんだよなぁ」
シンは興味の無い事を、直ぐに忘れる癖があった。
「……」 「……」
ピカルさんの事を思い出せて良かったね。僕はそれどころじゃないけど……
はぁ~、コレットちゃんに合わせる顔がない。
後でまた会えると良いなって思ってたけど、無理だよ。
こんな僕が、コレットちゃんに会う資格なんてないよ……
とにかく、今も罪悪感でいっぱいだ……
「あっ、そうか! お前ら講習行ってたんだっけ?」
そちらも思い出していただけましたか……
「えっと、シャリィ…… すまないけど頼めるかな?」
シンは少し遠慮がちに、シャリィに話しかけた。
「どうした?」
「さっき、3人で儲けは分けるって行ってたけど、今少し貰っていいか?」
「あぁ、かまわない。いくら欲しい?」
……金が無くなってその都度貰ってたら、お小遣い貰ってるみたいで嫌だな。
少しだけと言ってはみたが、一度で全額貰い、自分で管理したいところだ。
しかし、この世界のお金は紙幣ではなく硬貨みたいだから、沢山貰うと重そうだし音も凄そうだ……
朝の食事代はいくらだったかな、忘れちまった。
えーと、さっきコレットと飲んだジュースの様な物は確か、1杯200シロンとかだったな。
そうなると、この世界のキャバクラが、元の世界のキャバクラと同じような場所だとして……
だいたい5万、いや10万シロンは欲しいな……
うーん、もしも足りなかったら、大変だから、やはり全額貰っておくべきかな。
シャリィは悩んでいるシンを見て口を開く。
「……すまない。実は講習を兼ねて、二人に私がこの世界の基本的な事を教えようと思っていたが、邪魔が入ってしまった」
「ん? 他にも人が来たのか?」
「あぁ、冒険者ギルドの職員の頼みで、断っても良かったのだが……」
正規の手続きを踏んだので別に隠す必要もなく承諾したが、ユウには悪い事をしたな……
「場所を変えよう」
「はいよ」
シンは返事をしたが、ユウは無言で頷いた。
「元気ねーなユウ。何かあったのか?」
「だ、大丈夫です」
「そうか……」
大丈夫そうには見えないけどな……
コレットの事、誤解が無いよう先に伝えようと思ってたけど、今は辞めておいた方が良さそうだな……
元気のない僕を見て、シンの笑顔が消え、真剣な表情になったような気がした。
「皆、またなー」
「もう帰るのか? もっと教えてくれよー」
「ははは、悪い悪い。時間空いたら、またくるよー」
「絶対だぞ」 「シン、俺らはいつもここで練習しているから、夜遅く以外なら来れば必ず誰かいるはずだ。いつでも来てくれ」
「あぁ、分かったよー」
シンはそう返事をすると、男達は名残惜しそな表情を浮かべていた。
……もうこの世界の人達と仲良くなっている。
やっぱりシンのコミュ力は凄い。
僕にもシンみたいなコミュ力があれば、さっきも……
「シャリィ、どこ行くんだ?」
「宿屋に戻る」
宿屋かぁ…… うん? そう言えば、この世界はラブホ無いのかな? 無いのなら造れば稼げるんじゃないかな?
しかも、オーナーになれば自分で使い放題……か…… フフフフ。
「すまないが、一部屋頼む」
「シャリィ様、お早いですね」
「あぁ、連れの者が具合悪くて。一部屋でいい」
「では4人部屋で宜しいですか?」
「あぁ、頼む」
ユウ、具合悪そうだもんな…… 何があったんだ……
部屋の鍵言葉は俺に決めろと言うので、指輪をつけ、開けゴマにして部屋に入った。
4人部屋だけあってかなり広く、テーブルセットもある。俺らは荷物を置き、とりあえず椅子に座った。
「最初に教えておけば良かったのだが、シューラの登録が最優先だったのでな」
昨日の今日だからな、色々時間が足りてないから仕方がない。歩きながらする話でもないしな……
「まず先ほどシンから話があったが、通貨についてだ」
そう言ってインベントリから数十枚の硬貨をテーブルの上に出した。
「まずは鉄貨、これ1枚で10シロンだ。この鉄貨10枚で銅貨1枚と同額で100シロンになる。
そして銅貨10枚で銀貨1枚と同額、1000シロン。
銀貨10枚は金貨1枚と同額、1万シロン。
金貨10枚で白金貨1枚と同額、10万シロンだ。
この硬貨は、この世界の大抵の場所で通用する」
元の世界の紙幣が硬貨に変わっただけ…… これは覚えやすくて簡単だ。
しかし綺麗な硬貨だな。どれもこれもピカピカだ。
んんん!? ……けっこう覚えないといけない事多いな。
シンは数字に弱かった。
「二人も食したパンやスープ、シチューの値段だが、パンはだいたい60シロン~500シロンぐらいだ。スープやシチューは300~1500シロンぐらい。王都の店などではもっと高い所もある」
「ふむふむ」
返事はしておこう、使ってればそのうち覚えるさ。
「今朝渡したバニ石とビンツ石、あれは何処の店で買っても1つ500シロンだ。
魔石の値段は決まっていて、安くも高くも売ることはできない」
あらら、宿のおねえさんに安いねって言っちゃった……
「魔石の値段は誰が決めているのですか?」
やっとまともにしゃべりやがったか…… 後で何があったのか聞いてみよう。
「教会だ」
教会……
「魔石に限らず、一般的な魔道具など魔法に関わる物、この通貨も全て教会が製作、管理している」
一般的……
「……あとで話すつもりだったが、先に魔法の話をしようか?」
ははは、ユウの元気が戻りそうな話だな。
えっ!? 魔法の話!?
「シャリィさん、是非お願いします!」
おぉ!? ユウが急に大きい声を出すからびっくりした。
「では、シンも良く聞く様に」
「あぁ、分かった」
大事な話っぽいな……
「魔法の源は魔力。そして魔力の源は魔素だ」
魔素! 異世界もののラノベや漫画でよく耳にする言葉だ!
「魔素は目には見えないが、この世界の何処にでも存在している」
うんうん!
「そして、魔素は人の体内にも存在する」
うんうん!
「そして、人は体内にある魔素を魔力に変換し、それを溜め込むことが出来る」
うんうん!
「それが魔力数値と呼ばれ、二人も先ほど測定したはずだ」
「はい、しました!」
おぅ、ユウ声でかっ!?
「この魔力数値は魔法を使用する際に非常に重要だ。単純に数値が多いほど、より多く、そして強い魔法を使用することが出来る」
つまり、戦う時に有利になるってことだ!
ふふふふ、それが僕には平均の3倍もあるんだ。凄いぞ、凄いぞ!
「シン、ここまでは理解したか?」
俺だけに聞くって、ユウとの態度が違いすぎるからかな。
この話でユウほどテンションは上がらないなぁ俺。
「あぁ、大丈夫だ。続けてくれ」
「シンとユウに馴染みのあるピカルとコレットで説明しよう。仮に魔力数値は二人共100として」
コ、コレットちゃん!?
「ピカルは1度に最大100の魔力を使い、炎系の魔法で攻撃をすることが出来る。それに対して、コレットは1度に最大50の魔力でしか炎系の魔法を使うことしか出来ない」
……り、理由は何なのだろう。
「人には誰しも得手不得手がある。そしてそれは、魔法にも色濃く反映される。この場合単純にピカルが炎系魔法が得意だと考えてくれて良い」
うんうん! なるほどなるほど! だけどそれなら……
「シャリィさん、それってコレットちゃんはピカルさんに永遠に勝てないって事ですか?」
「あぁ、数値だけで判断するならそう言う事になる。同時に炎系の魔法を撃ち合うだけなら、コレットは必ず負ける。そう言っても過言ではない」
くっそー! よくもコレットちゃんを! あのハゲェ、いつか僕が倒してやる!
「だが、今朝見たシンの戦いを思い出してみよう」
ガイストンさんとのボクシング……
「単純に身体の大きさを魔力数値に、力を魔法の威力に置き換え、炎系の魔法はパンチとして考えてみよう」
「そ、それなら……」
「そう、シンは絶対に勝てなかったはずだ。なのに、シンは勝利した」
「……」
「シンは勝つために自分が何をすべきか分かっていた」
それは……経験とかかな…… シンがあの時ガイストンさんのパンチを避けた。つまり防御もしている…… 様々な要因が……
……会った時から、シャリィが俺に気があると経験則が語り掛けている。
ガイストンを倒した時の俺を見て更に惚れ直してるな。
身持ちは硬そうな女だが、今日にでもあの柔らかそうなケツぐらいなら触れるかもしれない。ふふふ、あとで試してみるか……
「魔法の戦闘も同じだ。必ずしも魔力数値が多く、強い魔法を使える方が勝つと言う事ではない」
ぁぁぁあああぁ! かっこいい! まさに、魔法の異世界だ!
「シャリィさん! ま、ま魔法を、もっと
いや、興奮しすぎて魔法って言えてないよユウ。 アホウって……くぅっ。
ユウは……二人共真剣だ。笑ったりしたら悪いよな。我慢しないと……
「……フッ、フフ」
いや、お前が笑うのかよシャリィ!
「そ、それでは続ける」
誤魔化してる……
「魔法を使用する方法は二つある。制限と、そして習得だ」
制限と習得……
シャリィが更に詳しい説明に入ると、ユウの目が大きく輝きはじめた。
「制限では、魔石や魔道具、他には装備品などに込められている魔法を、唱える事で発動させ使用する。そして使える回数が、大まかに決まっている」
唱える事がトリガーになっているのか! そして回数が! うんうん!
「習得とは、特別な魔石や魔道具
おぉ! そうかぁ、分かったぞ! 講習の時にグレースさんが、僕の机に落ちた鼻血を綺麗に掃除したけど、あれは習得している魔法だったのか!
だから唱えなくてもいきなり魔法を使えたんだ!!
逆に鼻血を止めた魔法は、唱えていたから制限だったって事か!
はぁぁぁぁ、凄い凄い凄い! やっぱり異世界は凄い!
ユウは呼吸が荒くなり、身を乗り出している。
ユウ、興奮しすぎだろ。魔法オタクだな~。
「フフフ、ユウは魔法に興味があるようだな」
「も、勿論ですよ! 魔法を使うのは、子供の頃からの夢の一つです」
「フフ、そうか。なら、もう叶ったな」
「いえ……、まだフータでお尻を綺麗にしただけですので……」
ユウは頬を赤く染め照れ臭そうにそう答えた。
魔法の話で急接近してねーかこの二人?
美女と
「今朝渡したバニ石やビンツ石、ここの鍵言葉や、照明、そしてフータ」
「いや~」
フータに反応して照れるユウ。
「それらも全て制限魔法だ。例えば、ビンツ石の様に手に握っていたり、フータの様に身体の何処かに触れていたり、宿の鍵言葉や、照明などは、指輪を装備している事も発動条件の一つとなる。そして、これらには魔法だけではなく、少ないが魔力も込められている」
なるほど! これが例外か…… 自分の魔力は必要ない。
……いや、待てよ。と、言う事は……
「シャリィさん、少ない魔力と言いましたが、魔石などに沢山魔力を込める事は出来ますか?」
けど、それが出来れば、個人の魔力数値など関係ない。わざわざ数値を測る必要も無いし、数値が大きいからと言って驚く必要も無い。つまり……
「……ユウの予想通り出来ない」
「僕の考えている事……」
「あぁ、何となくだがな」
うっわ~、心で通じてるじゃん……
俺は二人ほど真剣じゃないから、ユウの考えている事は全然分からなかったけどね~。
……っていうか、もしかして俺邪魔者じゃね?
「つまり、魔石などに膨大な魔力を込める事が出来れば、己の魔力を使用せず強い攻撃魔法が使えると考えていたのだろう」
「そうです、そうです!」 「……」
「それなら個人の魔力数値に意味が無くなると」
「その通りですシャリィさん!」 「……」
「フフ、残念ながらと言うべきか、そこまで魔法技術は進んでいない」
ま、ま、魔法技術!? つまり、魔法スキル!
「素敵な……」
ん? 何が素敵なんだユウ? まさか、シャリィに告白するつもりか!?
「魔法技術…… 素敵な言葉ですね~」
「……」
……うん、俺はここに居ない方がいいな。
なんか、この二人怖い……
「フフフ、生活魔法などは使用する魔力数が非常に少ない。数値で表すと、1にも満たないものも多々ある」
「そうなのですね」
「ただ、生活魔法以外の魔法に関しては、技術進歩は昔からほぼ変化はない」
解読するのが難しいとか…… そんな理由かな……
「生活魔法は、世界の人々が少しでも楽に暮らせるようにと、教会が創り出した魔法技術のたまものだ」
……行ってみたい! 見てみたい、その
「なので、習得後も購入することで、教会に対して敬意を表している者も多い」
「うんうん! りっぱな行いですね!」
あぁ~、話を聞いているだけで幸せだ~。
よしよし、しっかり復習しておかないとね。
魔法石などは教会がこの世界の人の為に創り出している。
そして、魔法は制限と習得でしか使えないっとね。
「……」
制限と習得…… 変だぞ……
……それならシンは、シンはどうして河原で炎の魔法を創り出すことが出来たのだろう!?
制限と習得でしか魔法は使用できないってさっきシャリィさんが言っていたのに……
ま、まさか…… まさかシンは!?
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