49 イプリモ
外に出ると昨日買った馬2頭と馬車が停まっていた。
「なんひゃー、このれけーひまは!?」
だぶん、何だこのでけー馬はと言っているのだろう。
シャリィさんはシンをお姫様抱っこで持ち上げ馬車に乗せようとした。
「やだぁー」
シンが女の子のような声を出したその瞬間!
「叩き落とそうか?」
シャリィさん、こっわぁ……
「すみません……」
馬車にはシンのために布団の様な物が敷いてあり、その他にもタルや木箱などが沢山載っている。
僕と一緒に買い物をしていた時には、この様な物を買っていなかった。
それにしても、意外と量が多い……
インベントリに入りきらなかったのかな?
「あっ!? いけない、忘れるところだった」
「どうした?」
「ピカルさんに渡したい物があって」
「あー、そうだそうだ、あぶねー、俺も忘れてたー」
「たぶん店は開いている。ピカルは居るか分からないが、他の者はいるはずだ」
「分かりました、直ぐ行ってきます」
「ユウ、頼むなー、ほんとわりぃー」
「大丈夫です、行ってきまーす」
僕は小走りでピカルさんの店に向かった。
どうやらシャリィさんの言う通り、すでに店はオープンしているみたいだ。
「すみませーん」
「おぅ、誰だ? あ、ユウ君か、どうしたんじゃ?」
ピカルさんだ! ちょうど良かった。
「あのー、シンに頼まれてこれを」
「ん、何じゃこれは?」
「昨日の夜に、拳闘の練習方法をシンに聞いて、僕が書き止めておきました。どうぞ」
……律儀な奴じゃな、重傷のくせに。
しかも、魔法じゃなく手書きか!?
よく石筆を持っていたもんじゃ。
……シン、それにユウ君、ありがとう。
「そうか、それはご苦労じゃ」
「はい! では、ピカルさんお元気で」
「……んぁ」
僕が外に出ようとドアの取っ手を掴むと同時に声がかかった。
「ちょっ待てよ!」
「はい?」
「そこにあるバニ石とビンツ石を、箱ごと持っていけ」
「えっ……」
「いいんじゃ、持っていけ」
「……分かりました。ありがとうございます」
「ふん、借りを作るのが嫌なだけじゃ」
ふふ、ピカルさん……
何か、ちょっとシンに似てるよね。
バニ石とビンツ石が沢山入った木箱を両手で持つと、ピカルさんがわざわざドアを開けてくれた。
「シンも喜びます」
「ふん、教えてる途中で居なくなりおってから。それはユウ君への餞別じゃ」
ふふふ、さっき借りが何とかって言ってたくせに、やっぱり似てる。
「はい、ありがとうございます」
「何度も礼を言わんでいいんじゃ、早く行け」
「はい、ピカルさん。お身体に気を付けてくださいね、また会いましょう。さようなら」
また…… 会いましょう……か……
「お待たせしましたー」
「おぅ、ユウありがとう。渡せたか?」
「はい、ピカルさんいましたよ」
「そうか良かったぁ。ありがとうなユウ。ところでその箱は?」
「餞別だそうです。バニ石とビンツ石を二箱もいただきました」
「ほぅー、あのケチなピカルが餞別を……」
「えっ、ケチなの?」
「あぁ、あの男はケチで有名だ」
そうなんだ……
新しいグローブやヘッドギア、そしてマウスピースの提案をした時、全員の分を自費で作るとか言っていたけど、よほど拳闘が好きなんだな。
「そっかぁ……」
シンは感慨深い表情をした。
「大切に使わせてもらおうぜ」
「そうですね」
「では、行こうか。ユウは前でも後ろでも好きな方に乗って良い」
「はい。じゃあ後ろに乗ります」
「分かった」
本当は前に乗って前方の景色を楽しみたかったけど、ケガをして後ろにしか乗れないシンと一緒に、後ろの景色を見たいと思った。
「出発する」
シャリィさんがそう言うとゆっくり馬車が動き出した。
シンは敷かれていた布団で横になっている。
僕は後ろから街中を眺めていた……
アロッサリアのウェイトレスさん達が、外まで出て来てくれて見送ってくれている……
あー、宿屋の主人さんに、奥さんまでも……
異世界に来て初めての街……
僕とシンは、この街でシャリィさんのシューラとなり、そして冒険者となった。
生活魔法だけど、初めて魔法を使ったのもこの街。
それに、少しだけだったけど、コレットちゃんとデートしたのもこの街。
……最後に少しだけでも会いたかったな。
涙がこぼれそうになったけど、一生懸命我慢をした。
「まってぇー、シャリィさん待ってー」
そう声がする方を見ると、アミラさんが走って馬車を追いかけてきてた。
「ドォー、ドォードォ」
シャリィさんが馬を止めると、アミラさんが馬車に追いついた。
シンは這いずって移動してきた。
「アミラ!?」
息を整えているアミラさんの表情は、今にも泣きだそうだった。
二人っきりにしてあげないと……
そう思い、前の席で馬を操作しているシャリィさんの隣に移動した。
アミラ……こんな朝早くにわざわざ見送りに来てくれたのか……
「シン君、これ持ってて」
「これは?」
渡されたのはビー玉の様な丸い魔法石だった。
「ヴォーチェ。私の声が入っているの。握って私の名前を言えば、いつでも聞こえてくるからね」
「……ありがとうアミラ。大切にするからな」
「うん」
「俺からも何か……」
って、俺の私物は何もないよ……
そうだ!
シンは這いずって、先ほどユウがピカルから貰って来た、バニ石とビンツ石が沢山入った箱を1箱アミラに差し出した。
「すまない、今はこんな物しか渡せないけど使ってくれ」
「うん、ありがとう。大切に使うね」
アミラは魔法石の入った箱を胸で抱きしめた。
「元気でなアミラ」
「うん、シン君も元気でね」
アミラはそっと近づき、全ての想いを唇にのせシンにキスをした。
二人の唇が離れた瞬間、馬車は動き出す。
涙を流し見送るアミラを、シンは無言で見つめていた。
馬車はゆっくりと門をくぐり、街の外へと出ていく。
シンの目に門番達が見えてくる。
ガイストンにロウズ、そしてシンに拳闘を教えて貰った者達が並んで立っていた。
一番最後に目に入ったのは、ミラーだった。その傍らには、リアナも立っている。
ミラーはシンを見て静かに二度ほど頷いた。
シンもそれに答え頷き返す。
「シ、シーン!」
シンの名を大声で叫んだミラーは、職務のために持っていた槍を放り投げ、リラックスさせた両手を自らの顎の横に置き、ファイティンポーズを取り、身体を左右に振り始めた。
そして右足で地面を蹴り、その力を膝から腰へ、そして背中から右肩、肘へと伝え、鋭いパンチを空に向け放った!
その見事なパンチを見たシンから笑みが零れる。
シンは、握った状態の左拳を彼らに向け、縦にし、親指だけを上に立てた。
この世界では馴染みの無いジェスチャーだったが、シンを見送っていた者達は、何かを感じ取っていた。
「シン……ありがとう……」
人目も憚らず子供の様に涙を流すミラーに、リアナがそっと寄り添う。
二人は手を握り、馬車を見送った
大きな門が小さく、小さくなって行く。シンは門が見えなくなるまで片時も目を離す事は無かった。
後ろを振り返りシンを見ていると、僕の目から、自然と涙が流れていた。
シャリィさんが、僕の頭を優しく撫でてくれた……
静かになったのう。シン達が出て行ったか……
うん? 歩いてくるのウェイトレスのアミラか。
……なるほど、そういう関係じゃったのか。可愛そうに泣いとるじゃないか。
あれ? なんでうちの店の箱を持っとるんじゃ?
……あのバータレ! わしがせっかくあげた餞別を……
「ふっ、ふふふ、あはははは、あっははははははは」
シン、ユウ君、また、また必ず会おうな。
さてと、さっそくこの紙に書かれている練習をやらせてみようかのう。
冒険者ギルド、イプリモ支部
……もう出発した頃か。
これでしばらくはシャリィと会わなくて済むが、厄介ごとは持ち込んでくるだろうな。
一応報告だけはしておくか……
シンが這いずって布団に戻ってきたタイミングで、涙を拭いて僕も前の席から後ろに移動した。
「いてててて」
少し動いただけでも痛いくせに、さっきはそんな素振りを全然見せていなかった。
僕は経験した事無いけど、心は、心は痛みを超える事が出来るんだねシン……
旅は順調で街が見えなくなって既に30分ぐらいたった。
ぼんやりと後ろの景色を見ていると、シャリィさん誰かと話をしているようにな気がした。
馬車の前の方から馬の肥爪の音が聞こえてきて、その音が、だんだんと後ろに下がって来る。
音のする方を見ていると、馬のお尻が見え始める。
その馬に乗っていたのは……
「やっほーやっほー」
「コ、コレットちゃん!」
「コレットじゃん!」
「そうだよー、僕だよー。なになに? 二人共僕が見送りに来ないから淋しかった? 泣いてたでしょー?」
そう言い、手綱を持って走っている馬車に飛び乗ってきた。
「ああ、泣きまくってたよ」
もぅ、もぅ会えないと思っていたから、我慢するのは無理だ……
「ううぅ、ひっくひっく。うわーん」
「ユウ……」
「ユウ君……」
僕は大声で泣いた。泣く事以外何も考える事が出来なかった。
どれぐらいの間泣いていたか分からないけど、シンが柔らかい布を僕に渡してくれ、その布で涙を拭いた。
涙は止まったけど、顔を上げるのが恥ずかしくて、僕は下を向いていた。
「ユウ、コレットにお別れを言わないといけないんじゃないか?」
「……うん」
シンの後押しで顔を上げ、コレットちゃんを見詰めると、悲しい顔をしていた。
まただ、またやってしまった。
コレットちゃんも僕等との別れを悲しんでくれているのに、僕だけ馬鹿みたいに泣いてしまって……
シンの言う通りだ。せめてちゃんと、ちゃんと伝えないと……
「コレットちゃん、本当にありがとう。僕、僕ね、コレットちゃんやイプリモの街の人皆が驚く様なりっぱな冒険者になって、また必ず戻ってくるから。コレットちゃんに会いにくるよ」
笑みを浮かべ、ユウの決心を聞くシンとシャリィ。
コレットは……
「ふーん、そうなんだ。だけどそれは無理かなぁ」
……そうだよね、弓矢も満足にとばせず、喧嘩を売られても黙っていることしか出来ない、そんな情けない僕の言う事なんて信じられないよね。
「だって……だって僕の方がもっともっと凄い冒険者になって、先に二人を迎えに行くからね。だから~、その時は、二人を僕のシューラにしてあげる」
「コ、コレットちゃん……」
「フッ」
シャリィは優しく微笑んでいる。
「オッス! その時は、肩を揉ませていただきますマスター!」
「だからー、前に言ったよね。シン君は駄目! ユウ君にならいいの~」
「ぷっ、ぷははははは。いててて」
「ふふふ、ふふふふ」
コレットの言葉で、皆が笑顔になる。
「シン君、ユウ君、その時を楽しみに待っててくださいねー」
そう言って、僕達にウインクをしたコレットちゃんの笑顔を、僕は一生忘れる事はないだろう。
「では、僕は今からお仕事に戻りまーす。皆元気でねー」
「あぁ、ありがとう。コレットも元気でな」
馬に飛び乗り、イプリモに向けて走らせ始める。
「コレットちゃん、ありがとう! 元気でねー。ありがとうー」
僕は、コレットちゃんが見えなくなったあとも、大きく、大きく何度も手を振っていた。
馬の腹に
さようなら、ユウ君、シャリィ、お兄ちゃん……
絶対に…… 絶対に……
死なないで……
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