168 ウース
生い茂る木々が作り出す薄暗いトンネルの先に、3人が目指していたウースの姿が見えていた。
「見えた……」
「カカカカァ、あれか……」
「えぇ。あれが、ウースね」
「カーカカカァ、噂では素朴な村だと聞いていたけど、とてもそうは思えない見た目だ」
硫黄の刺激臭が空気を満たし、その中を進む3人の瞳に映る素朴な石造りの石壁は、本来の石の色とは違い、まるで毒の実のような不気味なまだら模様に変色していた。
「そうね。そもそも素朴な村がある場所じゃないわ」
「カカカカァ、違いない」
「シュシュね~、さんざん待たされておまけに馬で来たから、魔力は漏れるぐらいあるよ~」
「カーカカカカァ、やる気満々だぜ。どうするグレース」
「さっき言った通り、相手が仕掛けてきたら遠慮しなくていいわ」
「それまで、我慢するよシュシュは~」
シュシュはそう口にしながらも、獲物を前にした猛獣のように舌なめずりをした。
息を詰まらせるような硫黄臭の中、3人の女性は異様な色を帯びた石壁へと馬を進める。
さてと、
馬の蹄の音とともに石造りの外壁が迫り、濃い硫黄の靄の向こうに門と人影が見えてきた。
「……誰かいるよぅ」
シュシュに言われるまでもなく、二人も気づいていた。
3人…… こちらの数と同じね。
「気をつけてね」
「カーカカカカァ、誰に言ってんだか」
「お願い……」
お願いだからぁ、さっさと仕掛けてきてねぇ~。
馬の速度を抑えながら、彼女たちは慎重に前進を続けた。その時、グレースの視界に、かつて一度だけ目にした特別な装いの人物の姿が浮かび上がった。
あ、あの服……
グレースは周囲への警戒を完全に忘れ、その人物の姿に視線を釘付けにした。
……やはり、間違いない。
その人物が纏う衣装は、紛れもなく獣人族の国の一つである、ガート国から遣わされた特使のものだった。気高い装いと人物の顔を確認した瞬間、グレースは反射的に馬から飛び降り、地面に膝をつき深々と頭を下げた。予期せぬ行動に困惑の表情を浮かべるシュシュとバイオレットに向かって、グレースは切迫した声で指示を出す。
「あなたたちも早く膝をついて」
状況が飲み込めないまま、戸惑いの色を隠せない二人は、言われるがまま馬から降りて平伏した。
静寂の中、一人の人物の足音が次第に近づいてくる。その人物は三人の前で静かに歩みを止め、穏やかな声で語りかけた。
「やぁ、お嬢様方。こんな
口を開いたその人物は、猫のような柔らかな印象の顔立ちが特徴的で、頭頂部近くに生える獣の耳、時折覗く鋭い犬歯が、獣人としての証を見せている。正装に身を包んでいるため毛は見えないが、長い尾が背後でゆったりと揺れていた。
「はい」
グレースは緊張と驚きから、いつもより高い声で返事をした。
「ところで、ウースにどのようなご用件でお越しになられましたかな?」
この声といい、間違いない。このお方は…… けど、どうして、どうしてここに……
「私は冒険者ギルドイプリモ支部所属、Bランクのグレース・ベインと申します」
グレースの名を聞いて、特使が反応する。
「やはりそうでしたか。一度お会いした事がありますね」
「……はい」
私を覚えている……
「確かグレースさんは、ディアンジェロ殿とお会いした時にそばにおりましたよね」
その名を聞いて、バイオレットは内心で笑みを漏らす。
カーカカカカァ、残念だったなシュシュ。この名を出されたら、お終いだー。
チッ……
シュシュの心に苛立ちが走った。
「はい、その通りでございます。特使様とは2年前に、お会い致しております」
「膝をつく必要はありません。立ちなさい」
「はい」
三人は目を伏せたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ない、私が話の腰を折ってしまいましたね」
「いえ、とんでもありません。後ろの二人は、シュシュ・メンル」
名をグレースが告げると、シュシュは軽く会釈をした。
「もう一人はバイオレット・ソントでございます」
バイオレットも、シュシュに続いて会釈をした。
「こちらの二人は、この村出身のシン・ウース君と、ユウ・ウース君の同期になります」
「おぉ、シンとユウの」
「……失礼でございますが、ご存じでいらっしゃいますか?」
「勿論、子供の頃から存じております」
「そうでございますか……」
カーカカカカァ、特使にそう言われたら、何も言い返せないな。
「後ろの二人はユウ君と一緒に冒険者の講習を受けまして、三人はとても仲が良く、
カカカカァ、俺はパンツ見せただけだ。
「ほう」
「元々知人であった私どもは、人探しの依頼を承りまして、この近辺まで参っておりました」
「ふむ」
「ユウ君とシン君のお育ちになった村を一目拝見したく、また、一夜の宿をお願いできればと存じましてこちらに」
「そうでしたか。ここまで大変な道のりでしたでしょう」
この時グレースは、はいかいいえ、どちらで返事をするのか迷っていた。
「……はい」
「お疲れでしょう、どうぞ村の中へ。馬はこの者たちに預けてくだされ」
「恐縮でございます」
特使と一緒に居た者に手綱を手渡そうとした時、グレースの馬が嫌がるそぶりを見せた。
「ブルルルー」
馬は首を大きく振り、後ずさりしようとする。
「落ち着いて」
グレースが声をかけても、馬は嫌がり頭を振っている。
「ブルルルーブルー」
手を焼くグレースに代わりに、特使のそばに立っていた者が馬をなだめる。獣人特有の耳が、ピクピクと可愛く動いている。
「大丈夫ソゥ~。落ちつくソゥ~」
アリッシュは手綱を手に取り、優しく引き寄せて馬の顔を撫でた。すると、グレースの馬は次第に大人しくなった。
「いい子だソゥ~」
「すみません。普段は落ち着いた馬なんですけど」
アリッシュは首を横に振り、親しみを込めた声で答えた。
「気にするなソゥ~。毒にやられて気がたってるだけソゥ~」
その様子を見ていた特使が、静かに促す。
「では、参りましょうか」
「はい」
特使と三人が村に入っていくのを、アリッシュは馬の顔を撫でながら、もう一人の者と一緒に見ている。長い尾をゆっくりと揺らしながら。
「フススス、弱そうな奴らだ」
「やめとけソゥ~。聞こえるソゥ~」
「はん!」
その者は、アリッシュにさとされても、反抗するかのように鼻で笑った。
「こいつら良い馬だソゥ~」
「聞こえたところでだよ」
アリッシュはその態度に、意地悪そうに微笑んだ。
「ドイド……」
「なんだ?」
アリッシュの猫のような縦長の瞳孔が細まる。
「お前もガーソンのとこに行きたいソゥ~?」
その言葉に渋々と肩をすくめ、ドイドは尾をバタバタと振った。
「……はぃはぃ。あのブスたちがいなくなるまで大人しくしているよ」
ブス? あたいにはそう見えないソゥ~。それに…… あのグレースって奴は、弱くはないソゥ~。
アリッシュはザラザラとした長い舌で、舌なめずりをした。
その頃イドエでは、門に立っているカンスに、ヘルが長時間に渡って愚痴を聞かせていた。
「ったくよー、なんでお前みたいな弱い奴に…… 納得いかねぇーよ」
さっきから何回も同じ事ばっかりでごじゃる。
さっきから何回も同じ事を……
ごじゃると相方は、同じ事を思っていた。
「もうー、いい加減そろそろ機嫌直してよ」
「もう? それにいい加減って何だよ! あたしがうざいのか!?」
正直うざいでごじゃる……
そうだ、うざいんだよ。
「言っておくけど、べ、べつに、いじけてるわけじゃないからな!」
いじけているでごじゃるよ。
いや、いじけてるだろ……
いじけてるよね……
ごじゃる、相方、カンスの三人は、同じことを思っていた。
「とにかく、ヘルは夜の門番にそなえて、今はゆっくり休まないと」
「はいはい、シャリィ様に稽古をつけてもらった人は、いうことが違いますねぇ」
「いやいやいや、普通のこと言っただけだよ。休んだ方がいいって」
「くっそー、あたしに命令するな!」
むちゃくちゃでごじゃるね……
カンスは突然、ヘルにヘッドロックをされた。ごじゃるが間に入ろうとするが、カンスの笑い声が聞こえて動きを止めた。
「あはははは、痛いよ」
良かった、本気じゃないでごじゃるね。
「むぎぎぎぎぎー、笑って余裕見せやがってぇ! くっそ、覚えてろよ!」
ヘルはカンスを離すと、ようやく宿へと戻っていった。
「大丈夫でごじゃるか?」
「あ、うん。全然大丈夫です」
ふふ、あんなヘル初めて見た。
カンスは遠くを見るような目で、村を眺めている。
僕だけじゃなくて、ヘルまでもがあんなに感情をあらわにしてしまうなんて…… ここは、とても不思議な村だね。
馬を預けた3人は、特使と共に村の中に入っていた。
……門から近い家の外壁は、まるで毒の実みたいだった石壁と同じ色ね。
そう思っている事に気付いたのか、特使が説明を始める。
「門から近いこの場所は、石壁と同じように地中から吹き出す煙に晒されておりましてね。今はもう、人は住んでおりません」
「そうなのですね」
「年々噴出が増えておりましてな。自然の驚異には抗えません」
「はい」
3人は村の中を見渡すが、まだ村人を誰も見ていない。
「特使様」
特使は足を止め、振り向いた。
「ん?」
「失礼でございますが、特使様はなぜこの村にご滞在されているのでしょうか?」
特使は穏やかな表情を浮かべて答えた。
「うむ、この村の村長とは昔からの付き合いでしてね。近くに来る度に立ち寄っておりまする。長年通っているうちに居心地の良さを感じ、今では第二の故郷だと、そう思っています」
「そうでございましたか」
「はい」
「説明して頂き恐縮です」
特使は首を振り、さらに加えた。
「ゴブリンが騒ぐ気配を感じて
驚いた。噂には聞いていたけど、獣人族の視力がここまで優れているとは…… まっ、この話が本当ならばだけどね。
「お出迎えありがとうございます」
グレースの言葉に、特使は笑顔を向けた。そして、しばらく歩いた後、3人は特使の案内で一軒の家に入る。
「特使様、ここは?」
「この村で客人を迎えることが出来るのはこの宿のみです。今日はここでゆっくりしていきなされ。グレースさんはディアンジェロ殿の知り合いゆえ、ここでの滞在費用は全て私にお任せください」
「誠にありがとうございます。では、御言葉に甘えさせて頂きます」
「おーい」
特使が宿の中に向けて声をかけると、女性の声が聞こえる。
「なんでぇ?」
「お客様ですよ」
「えー!? 客!? 待ちよって、直ぐいくき」
その言葉を聞いて、特使は笑顔を見せている。
「私は村長宅におりますゆえ、何か用がある時は訪ねてきてください」
「はい」
「場所は今から来る者が知っておりますゆえ」
「ありがとうございます」
グレースは特使に会釈をした。それを見ていたバイオレットもシュシュも同じように頭を下げた。
特使が去ってゆくと同時に、宿の中から少女が勢いよく出て来た。
「どぅも~、あたしはマヤっていうがよ。よくこんな陸の孤島と言われる村まで来てくれたね~。ありがとうやき。何にもない村やけんど、精一杯おもてなしするきね、何日でも好きなばぁ、ゆっくりしていってや」
凄いなまりね……
「ありがとうございます、マヤさん。私はグレースといいます。こちらがバイオレット」
「よろしくな!」
声を出したバイオレットに、マヤは笑顔を向けた。
「こちらがシュシュです」
シュシュは不機嫌な表情をしており、笑みを向けるマヤと目も合わせようともしない。
「お若いですね。おいくつかしら?」
「あたし? 16歳やき」
「あら、シュシュと一つ違いね」
マヤが笑顔を向けても、シュシュの視線は虚へと漂うばかりだった。
「それでは、今日一晩だけお世話になります」
「あら、一晩だけかえ?」
ディアンジェロ様のお名前を出された以上、長居は出来ないわ。
「何日でもおってかまんのに。んじゃあ、さっそく部屋に案内するきね。みんな同じ部屋がいい? それとも個室にする~?」
「では、同じ部屋でお願いします」
「そしたらね、二階になるきね」
この時、マヤが何かに気付く。
「あんれ? シュシュちゃん、袖が破けちゅーやか? どうしたが?」
シュシュは問いかけに答えようとはせず、代わりにグレースが口を開いた。
「さっきゴブリンに襲われまして、その時に」
「あー、そうやったがかえ。ちょっと待ちよってよ」
そう言うと、マヤは奥に走っていき、何かを持って直ぐに戻って来た。
「ほら、これどうで? 絶対に似合うと思うで」
そう言って、シュシュに服を差し出した。
「これあげるきね。早よ、着てみいやぁ」
あら、既にお見通しってわけね……
マヤが手に持っている服を見て、グレースはそう思っていた。
黙ってマヤの差し出した服を見ていたシュシュは、ゆっくりと服に手を伸ばし、その場で着替え始めた。
「ねぇ! 言うた通りやろ? 見た目が可愛いから、絶対似合うと思うたちや」
事実、その服はシュシュに似合っており、表情と声には出さないが、シュシュも気に入っていた。
「良かったわね、シュシュ。あ、私は部屋を見て、そのあとマヤさんとお話をするから、二人は村を見て回ってきたら?」
「あ、それやったらね、何にも無い言うたけんど、この村には温泉があるがよ。入るがは後でもいいけど、先に見てきたら?」
「おー、温泉があんのかい!? それは楽しみだー、カーッカカカカカ」
「そうなんですね。本当に楽しみ」
温泉と聞き喜ぶバイオレット。そして話を合わすグレースと違い、シュシュはまだ不機嫌な表情を浮かべている。
「じゃ、いってらっしゃい」
グレースは、偵察に行くように促す。
「カーッカカカカ、分かった分かった、せっかっくだもんなー、行ってくるぜー。ほら、シュシュも行くぜ」
シュシュはグレースを一瞥した後、無言でバイオレットについていった。
困った子だわ。ぎりぎり制御をしているみたいね……
その頃、セッティモから遠く離れた森の中では、姿の見えぬ追跡劇が繰り広げられていた。ロルガレとラコスの二人は、名前も性別も分からない追跡者の動きを冷静に分析していた。
追手は時に私たちの不安を煽るように接近し、また時に安心させるように遠ざかる。そしてまた、絶妙な距離感で追い立てる。この揺さぶりの技術は、明らかに卓越した追跡者ね。
「フィツァ、この者たちの動きは……」
「えぇ、私たちは誘導されているわね」
動きと規模からして、どうやらヘルゴンではない。賞金稼ぎってところかしら……
「待ち伏せでしょうか?」
「そうね……」
「それなら常套手段ですが、逆に追って来る者を始末しますか?」
「それには、気付くのが遅かったようね」
「……」
「奴ら、急激に距離を詰めてきているわ」
確かに……
「恐らくこの辺りで戦闘になれば、待ち伏せしている連中も駆けつけて来るでしょう」
「いかがいたしましょうか……」
「逃げの一手よ」
……ヘルゴンのフィツァ、そしてその部下として仕えてきた私たちが、何者とも知れぬ
ラコスは静かに目を伏せた。彼の胸の内では、教会に忠誠を誓い、ヘルゴンの一員として過ごした日々の記憶が深い痛みとなって去来していた。しかし、ロルガレの判断は間違っていない。一隊員の自分以上に、かつてフィツァの地位にあったロルガレにとって、この決断は口にするのも耐え難いはず。
「方向はこちらよ。強化魔法で一直線に逃げるわ。もし何者かが立ちふさがったとしても、その時は戦闘は避けてとにかく……」
「……はい」
決断は即座に行動へと移された。地を蹴る足音が、森の静寂を突き破る。木々の間を縫うように、二人は疾走していく。追手の予想を上回る速度で一直線に。
ビレイとルトパは、ロルガレの行動に、ほぼ同時に気付いた。
「奴ら、強化で逆方向に逃げていってるぞ!」
「分かってる! 追うわよ! この距離ならゴヒュたちも直ぐに気付いて追って来るはず。戦闘に持ち込んで、時間を稼ぐ」
「分かったぁ!」
ま、まさか、ヘルゴンのフィツァともあろう者が、逃げの一手を選択するなんて。もしかして別人……
二人は直ぐに強化魔法で追いかけたが、距離は縮まるどころか逆に広がり、逃げられてしまった。
私たちは決して倒れない。この身が泥にまみれ、地を這い、虫けらのように這い進むことになろうとも、必ずやカピティーンの復讐を果たすまでは……
バイオレットとシュシュの二人は、村の中をブラブラと歩いている。
「なーんだこの村~、特使がいて驚いたけど、人もいないし、店が一つもない。本当に辺鄙な所だ。なぁシュシュ」
シュシュは無言を貫き、バイオレットの問いかけを完全に無視した。
「ん~、まぁ気持ちは俺も分かるぜ。途中でゴブリンは襲って来るし、村はいかにもって場所だしよ、絶対に何か起こると期待してただろ? それが、とんだ拍子抜けだぁ~。服のプレゼントには少々驚いたけど」
不穏な空気の中、シュシュの唇から微かな呟きが漏れ出た。
「……ぶつぶつぶつ」
「あ~、なんて?」
「今日こそ……」
「……」
「何日も何日も待たされて、今日こそ殺れると思ったのに…… シュシュね、この村に着くまで、ずっとずっと大人しく我慢してきたよぅ。それなのに、それなのにぃ」
「まぁ、ガート国の特使がいて、
バイオレットの高笑いが耳障りに響き、僅かに残っていた理性の糸が切れてしまい、抑えていた本心が噴き出す。
「殺してやる……」
「ん?」
「まずはあの特使を殺す。そしてそのあと村の奴らを皆殺しにすればいいのよ。そうすれば誰がやったかなんて分かんない。シュシュたちが来た時は、その後だったって事にすればいい」
シュシュはバイオレットに視線を向けた。
「よねぇ~」
狂気を帯びた笑みが、シュシュの整った顔立ちを歪ませていく。その異常な変貌を、バイオレットは見つめていた。
「はぁ~、シュシュ。俺はお前のことが嫌いじゃないぜ。だけどいい加減にしとけ。まーたグレースに怒られるぞ。分かってるだろ? あいつを怒らせれば、どうなるかってことぐらい……」
「……」
もういい…… もういい。こうなれば、やっぱりグレースを殺るしかない。あのうざいグレースさえいなくなれば、ここの連中を…… いえ、以前のように自分の好きな時に好きなだけ…… もう抑えきれない。このまま住居区から離れて、まずは
そう決心しかけたその時、バイオレットが何かを見つけた。
「おい、見ろよ」
視線の先には、一人の老婆がこちらを見て佇んでいた。シュシュは一旦気持ちを抑えて、バイオレットと二人で老婆に近付いてゆく。
「よぅ、婆さん」
バイオレットが挨拶しても、老婆は何も応えず、ただ二人を見据えるばかりだった。
なんだか怪しいなこの婆さん……
バイオレットが老婆に気を取られ、無防備な姿を見せた瞬間、シュシュの心に再び殺意が湧き上がろうとしたその時!?
「えーーー?」
突如として老婆は両手を大きく耳に添え、まるで遠くからの声を必死に聞き取ろうとするような仕草を見せた。
ま、まさか、俺のあいさつに、今頃反応したのか!?
予想外の反応に、シュシュは呆れと軽蔑を滲ませた溜め息をついた。
はぁー、このババァ……
「婆さん、家はこの辺りかい?」
バイオレットの問いかけに、老婆はまたしても反応しない。
もしかして……
まさか……
再び声をかけてから15秒後……
「えーーー?」
やっぱりか……
やはり……
バイオレットとシュシュは、同じ事を思っていた。
「ふん、ふふ」
呆れて小さな声で笑うシュシュに、バイオレットが視線を向けたその時、背後からグレースの声が聞こえてくる。
「おまたせ」
チッ、もう来たか……
「どう?」
「会ったのはこの婆さんだけだ。けど耳が遠いし動作が遅くて、まだ会話が成立していない」
グレースは鋭い眼差しで、老婆の全身を観察するように見つめた。
ふーん、怪しい感じはしないわね。ごく普通のお婆さんに見えるけど……
「では、別の場所に行きましょう」
「そうするか」
その場を離れる前、グレースは礼儀正しく老婆に別れの挨拶を告げた。
「お婆さん、それでは失礼いたします」
その場を離れて歩き始めた3人の背後から、老婆の遅れた返事が追いかけるように響いた。
「えーーー?」
その声を聞いた3人は、思わず声を出して笑ってしまう。
「ウフフフ、確かに遅いわね」
「カカカカカァ」
「プゥ」
去りゆく三人の姿を、老婆は一変した鋭い眼光で射抜くように見つめ続けた。その眼差しは、先ほどまでのぼんやりとした様子からは想像もつかない鋭さを帯びていた。
「グレース」
「何かしら?」
「そっちはどうだった?」
「うーん、あのマヤって子は普通の子ね。私たちが泊まる宿も部屋も、怪しい感じはなかったわ」
「そっかぁ」
この時グレースは、抑えきれない衝動を押し殺しているシュシュの様子が、手に取るように分かっていた。
「シュシュ」
「……なに?」
シュシュは変わらず不機嫌そうに返事をする。
「あなたはすぐ表情に出ちゃうから駄目よ」
「……」
シュシュは黙ったまま歩き続ける。
「分かっているわね? ディアンジェロ様のお名前があの特使の口から出た以上、この村で私たちは問題を起こせない」
「カカカカァ、俺も言ったんだぜ」
「逆にディアンジェロ様の名が出たということは、私たちの安全も保障されたようなものよ」
安全…… そんなの、いらないから。
「ほら~、そんな顔しないで。ここが終われば、時間をあげるから」
「……本当?」
シュシュの表情が変化してゆく。
「仕方ないでしょ。苦しそうだもの」
「絶対に、本当?」
まるで子供のように目を輝かせながら確認する。
「約束するわ」
「じゃあ、みんなで温泉入ろうよぉ~」
「はいはい、そうしましょう」
「カーカカカカカァー、切り替えが早いぜ」
バイオレットの高笑いが、村に響き渡った。
「しかし、人がいなさ過ぎだなこの村~」
バイオレットは両手を後頭部に組みながらそう口にした。
「そうねって、あら。良いタイミングで、まばらだけど人影が見えてきたわね」
三人の進行方向には、数十人の人影か見えていた。その光景を見て、先ほどまで上機嫌だったシュシュの目が再び危険な色を帯び始めていた。グレースはそれに気付いていたが、敢えて何も言わずにいた。
まるで血肉を見つめる魔獣だわ。ほんと、困った子ね。
目に映った村人たちは、それぞれの仕事に身を入れている様子だった。
数人の男性が家の外壁の修繕作業に取り組んでおり、石を積み直す音が響いている。その横では別の村人が、煙で変色した壁を丁寧に洗い流していた。その他にも、庭先の畑で野菜の収穫をしている女性もいる。
作業に魔法を使っていないようね……
「こんにちは~」
グレースは軽く会釈をして声をかけた。
「ん? あら~、これは綺麗な人やにゃ~。この村じゃ、見た事ないきね。何処から来たがで?」
作業をしていた中年の男性が、にやけた顔で振り返った。
「イプリモからです」
「イプリモ? なんか聞いた事あるけど、それよりそこは、みんなあんたらみたいな美人ばっかりながかえ?」
男は作業の手を完全に止めて、その視線はあからさまに、グレースの姿を舐めるように見つめていた。
「あら、お上手ですね」
「いやいや、本心やきねぇ~。良かったら結婚せんかえ?」
男は照れ臭そうに頭を掻きながらそう口にした。その大胆な物言いに、バイオレットが高らかに笑う。
「カーカカカカァ、オヤジおもしれーなー」
「お前、嫁おるやんけ」
近くで作業していた別の男性が、呆れた声で突っ込みを入れる。
「バラすなや! いけそうやったのにぃ~」
その台詞で、シュシュが笑う。
「フフ。グレース、軽くみられているみたいだよぉ~」
シュシュは無邪気な笑みを浮かべていた。
カーカカカカァ。シュシュの奴、グレースを馬鹿にしてやがる。
「あの~、すみませんが」
「ん?」
「つかぬことをお聞きしますが、ユウ君とシン君をご存じでしょうか?」
「あー、あんたらぁ、シンとユウの知り合いかえ?」
「え、えぇ」
「そりゃたまるか~。シンは手が早いき、もうあれと寝たがやないかえ?」
シンとユウの二人が、この村の出身ではないと疑っていたグレースにとって、その返事は意外だった。
「カーカカカカァ。本当に面白いオヤジだぜ」
「勿論知っちゅうでぇ。ほら、そこに見える家がそうよ」
三人は中年の男性が指差した方に視線を向けた。
「あの角のがシンの家よ。んで隣が、ユウの家よ」
三人の視線の先には、壁が変色したボロボロの家が映っていた。その姿は、まるで時間が止まったかのように寂しげだった。
あれが、二人の家…… その奥には……
グレースの目には、二人の家の奥にある鍛冶屋も映っていた。
「もしかして、今は誰も住んでいないのですか?」
グレースの問いに男は答えた。
「あー、誰も住んでないきね。あいつらは孤児やきね」
……マヤさんに少しだけ聞いた話と同じね。
「こんな環境の村やき、シンの父親は魔獣に襲われて、母親は硫黄の毒で病気になって死んだがよ。ユウの母親は魔獣にやられて、父親は病気よ。まぁ珍しいことやないがよ」
「と、もうしますと?」
「あの二人だけやないきね。この村は代々早死にの家系ばっかりやきね」
「……そうですか」
グレースの声には、懐疑が滲んでいた。
「それやき、両親どころか祖父母もおらんがよ」
「違う違う、逆よ逆」
突然、別の男性が口を挟んだ。
「はぁ? 何が逆で?」
「シンの父親のワイアットが病気で、ユウの父親のレオがが魔獣よ」
「そんな細かい事はどうでもええわや」
「あら、両方魔獣やったかにゃ? それか両方病気か? 最近歳のせいか記憶がよ」
「だから、どっちでもかまんきぃ! 話の腰を折るなや」
バイオレットは心の中で笑っていた。
おもしれぇ……
「兎に角、二人とも両親は死んだがよ」
随分都合が良いわね……
「あいつら二人とも、いつかこんな村を出て行くから言うて、昔から方言じゃない言葉を練習してしゃべるようにしたりして、ほんま気持ち悪かったき」
「おい、失礼やき」
すみません、気持ち悪い言葉使いで……
カカカカァ、そりゃすまない。
グレースとバイオレットは、同じ事を思っていた。
「ところで、おねえちゃんらぁ」
「はい?」
グレースが丁寧に返すと、男は少し身を乗り出すようにして尋ねた。
「今からどこ行きよったがで?」
「温泉があるとお聞きしましたので、見に行っております」
「なにぃ!? 温泉だ!?」
「……はい」
男の迫力に、グレースは返事が少し遅れた。
「そりゃいかん!」
温泉に何か不都合なものでもあるのかしら……
グレースの瞳に、鋭い光が宿る。
「こんな美人が三人も温泉に入りよったら、村中の男が覗きに来るき!!」
なぜかグレースの右足がツルッと滑り、あわや転びそうになったところで踏みとどまった。
「コ、コホン」
グレースは誤魔化すかのように咳ばらいをした。
「なんせ普段は、ババァとブスばっかりやきね!」
男の大声に、作業をしていた仲間が呆れた様子で突っ込みを入れる。
「それ、お前の嫁さんやろが」
「はぁ!? お前、うちの嫁さんに殺さるぞ! けんどまぁ、そうやにゃ……」
男は一度は否定しかけたが、直ぐに肯定した。
「カーカカカカァ、腹痛ぇ」
「まぁそれやったら本来の姿に戻って、わしが警備しちゃおきね!」
突然、男は胸を張るように姿勢を正した。
「え…… 本職は警備なのですか?」
グレースの声には、明らかな驚きが混じっていた。
「そうでぇ。わしゃ、この村の警備司令やきね」
ただの変態オヤジかと思ってたわ……
なかなかの役職じゃねーか。ただの変態オヤジかと思ってたぜ。カカカカカァー。
「私たちは冒険者ですので、警備は大丈夫です」
「え!?」
「そりゃ断られるわにゃ~」
そう突っ込まれても、男は怯まない。
「こんな美人が冒険者!? わしゃー、警備に生まれんと、魔獣に生まれて三人から寄ってたかって駆除されたかったちや!」
「カーカカカカカァ。警備に生まれたってなんだよー。だ、駄目だ、俺のツボだこのオヤジ。カカカカカカァ」
バイオレットの笑い声が、まるで鐘のように村中に響いていた。
この後、グレースたちは温泉を見に行かず、代わりにシンとユウについて地元の人々から話を集めて回った。しかし、聞き取った証言には不自然な点は見当たらなかった。さらなる調査を望んでいたものの、ディアンジェロの名前が出たことで、それ以上は控えざるを得なかった。
どうやら、二人がウース出身である可能性は高いようね。でも、すべての話が完璧すぎる。まるで誰かが綿密に設定を作り上げたみたいに…… でも、少なくともガート国の特使がこの村に滞在しているという事実が分かっただけでも、ここまで来た価値はあったわ。
グレースは、これ以上の調査を諦めた。
数時間後、夕暮れが深まるにつれ、岩間から立ち上る湯気がより白く際立ち始めた。月が雲間から姿を現し、自然の岩組みに囲まれた露天風呂をほのかな光で照らしている。静寂の中で聞こえるのは、岩を伝う温泉の静かな水音だけだった。毒を栄養として育つ植物が異様な彩りを添え、葉の隙間からこぼれる淡い光が幻想的な雰囲気を醸し出している。
岩と木で造られた脱衣所で、グレースは静かに服と下着を脱ぎ始める。脱いだ服は綺麗に畳み、知的な印象を与える眼鏡を最後に外すと、服の上に丁寧に乗せた。
バイオレットは豪快に服を脱ぎさり、脱いだ服と下着を一ヵ所に投げ捨てた。脱衣所から出て月明かりに照らされたその身体は、まるで彫刻のように整っていた。
そんな二人を少し離れた場所から見つめるシュシュは、二人が脱衣所から出たタイミングで服を脱ぎ始める。幼さが残るスタイルのシュシュは、用意していた布を身体に纏ってから脱衣所を後にした。
温泉の心地よい湯加減が、彼女たちの心と身体をゆっくりとほぐしていった。
「はぁ~、良いお湯だわ~。見て、真っ白よお湯が」
「カァー、確かに良い湯だ。しかも貸し切りかぁ、たまんねぇ。なぁ、シュシュ」
「ふぅ~、お湯につかるなんて、いつぶりかなぁ……」
それぞれの声には、普段は見せない穏やかな安らぎが溢れていた。温かな湯に身を委ねることで、まるで警戒心まで溶かされていくかのようであった。
「しかしシュシュの胸は小さいなー、カーッカカカ」
「ふん、大きければよいってものじゃないよぉ。この形と色艶を見てぇ~」
「まぁ確かに乳輪と乳首は良い色してやがる。けどグレースの胸は色艶形、それに大きさまで完璧だぜ。ほれもっと見せてやれよグレース」
「やめなさい。そんなものを競ってもしかたないでしょ」
湯けむりの中で交わされる和やかな会話は、長くは続かなかった。
「……誰か脱衣所にいるわよ」
「カカカカァ、だな」
湯気の向こうで、長い尾が揺れる人影がゆっくりと近づいてきた。
「お邪魔するソゥ~」
湯面に足を伸ばしたアリッシュは、三人に柔らかな笑みを向けた。温度を確かめるためにそっと湯に足を入れ、尻尾がピクピクと動く様子は、まるで子猫のような愛らしさだった。
「さきほどは馬を預かって頂いて、ありがとうございます」
「気にするなソゥ~。あの三頭は、かしこくて良い馬ソゥ~。アチチチ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
肩まで湯につかったアリッシュの周りの水面を、シュシュはまるで睨みつけるかのような目で見つめている。
それは、獣人が湯に浸かれば大量の抜け毛が浮く、そんな偏見がシュシュの視線の奥に潜んでいた。
「シュシュは先にあがりまーす」
微笑みを浮かべたまま、シュシュは素早く湯から上がると、脱衣所に向かっていった。
「ふぅ~、獣人族とは同じ風呂に入れないみたいソウ~」
アリッシュの言葉に、いなくなったシュシュの代わりに、グレースが慌てて声を上げた。
「申し訳ございません。慣れぬ温泉ゆえ、のぼせてしまったのだと思います」
「別に気にしてないソゥ~」
気まずい空気を和らげようと、グレースは話題を変えた。
「あの~、特使様の護衛の方でしょうか?」
アリッシュは湯の中で尻尾を小さく揺らしながら答えた。
「そうだソゥ~。
「まぁ、そうなのですね~」
グレースは表面上にこやかに会話をするが、アリッシュが現れてからバイオレットは口を開いていない。
カーカカカカァ。この獣人、中々の雰囲気を持ってるぜ。シュシュが出ていったのは、差別だけじゃない。こいつといると、せっかく抑えた血が騒ぐからだ。カーッカカカカ。てなわけで、俺も先に出るか。
「あー、のぼせたのぼせた。先に宿に戻ってるぜ」
アリッシュの視線を避けるように、バイオレットは脱衣所へと向かった。
「……重ね重ね、申し訳ありません」
「気にするなソゥ~。あ~、良い湯だソゥ~」
「……えぇ、とても良いお湯ですね」
アリッシュとグレースは、満天の星空を見上げた。
次の日の早朝……
「特使様、大変お世話になりました」
「いえいえ、何もおかまいできませんで」
「気をつけて行くソゥ~」
「またいつでも来てちや~」
見送りには特使をはじめ、アリッシュとドイド、そして宿屋のマヤが来ていた。
「それでは、失礼いたします」
3人は、来た時と同じ一本道を、馬で去っていった。
見送った三人の姿が遠ざかり、やがて視界から消えても、誰もその場から動こうとはしない。みんなが同じ方向を見つめたまま、静かにいつまでも立ち尽くしていたのだ。だが、マヤが突然口を開き、沈黙をやぶる。
「なーにが、あたしらぁを皆殺しにするだぁ? やってみろや糞ブスどもが」
「おいおいおい、誰がマヤに告げ口したんだ? しばらく怒りっぱなしになるぞ」
マヤも特使も、3人が居なくなると、本来の自分に戻っていた。
「あー、むかつく。今からでも追いかけて殺してやりたいき」
「キシシシシ、やめとけソゥ~。シャリィに怒られるソゥ~」
「まさか戻ってきたりせんでね、あいつら? 最初に言うちょくきね。次見たら、あたしは我慢できんで」
「まぁ、大丈夫だろう。特使の俺がいるかぎりな」
「はん! 何が特使でぇ。いつまでも調子こくなや」
「マヤこっわ」
「さてと、あたいはガーソンとガンデたちを呼んでくるソゥ~」
「俺も行くよ。あいつら絶対いじけてるぞ」
「キシシシシ、違いないソゥ~」
ウースには昨日と同じ、強い風が吹いていた。
グレース、バイオレット、シュシュがウースから去って二日後……
「ほらぁ~、もっともっとぉ、一生懸命お腰を振ってぇ~」
街道から森の奥へ続く道の途中に止められた馬車の前で、腕と上半身を木に縛り付けられた男は、必死で腰を振っていた。
「あん、い、いぃわぁ、シュシュ気持ちいい~」
「ハァハァハァ」
「ねぇ、どうかなぁ? シュシュの中は気持ちいい?」
「ばぁ、はい」
多数の切り傷を負わされ、血を流しながら腰を振る男は、涙を浮かべながら馬車に視線を向ける。その中には、妻と幼い子供が乗っていた。
「あー、そろそろ、あんあん。そろそろ出してぇ~。シュシュのアソコに、いっぱい出してぇ~」
このままでは殺される。自分だけではなく、愛する妻と幼い子供までもが。
そう感じていた男は、恐怖と屈辱に震える心を押し殺し、命じられた通りに従うしかなかった。木に縛り付けられ、ほとんど動きの取れない体で、それでも男は必死に動きを速めていく。愛する者たちを守るため、今はただ、やみくもに腰を振る事しかできなかった。快感など微塵も感じていないが、妻と子への愛で男は射精する。
「あー、シュシュいっちゃう、いっちゃうよー」
「うっ、うぅぅ」
木に縛り付けられたまま、うなだれて荒い息を続けている男の前で、シュシュは絶頂の余韻に浸るように、その場に横たわっていた。
男の下半身に視線を向けた後、シュシュは膝をついて手で持つと、ゆっくりと口に含んだ。まるで砂漠で見つけた最後の一滴の水を惜しむように、シュシュは丁寧に舐め続ける。
その様子を、妻は馬車の中から、子供を抱きしめる腕が小刻みに震えながら見つめていた。
ごくりと喉を鳴らして全てを舐め終えたシュシュは、満足げに唇を舐めながら男の目を見つめていた。
「お願いします。妻と子供だけは…… お願いだぁ、頼むからぁー」
懇願する男を見つめながら、シュシュはゆっくりと立ち上がり、マヤからもらった服を整えた。そして、冷たく光る瞳を馬車の中の妻と幼い子供へと向けた。舌なめずりをしながら……
いつも通り、商品を積んた一台の馬車が、街道を進んでいた。御者は退屈そうに手綱を握り、馬はゆっくりと一定の速度で歩を進めていた。周りの森からは小鳥のさえずりが聞こえ、穏やかな空気が流れていた。
「へぁ~、今日ものどかだね~」
そこに突然、右手の森の中から激しい音が響いてきた。
「なっ、なんだ!?」
木々が激しく揺れ、何かが猛スピードでこちらに向かってくる気配を感じたのだ。御者が手綱を引き締め、馬車が徐々にスピードを落とした次の瞬間!? 森の中の細道から悪夢のような光景が飛び出してきた。
一頭の馬が、血走った目で前を見据えながら、燃え上がる馬車を引きずって現れたのだ。真っ白な泡を口から吹き散らし、荒い息遣いを響かせながら、まるで狂ったように首を振り乱していた。
「うわああああ、なんだよーー!?」
狂乱した馬は、凄まじい勢いで駆け抜け、燃える馬車を引きずりながら街道を突っ走っていった。
妻と幼い子の死体を乗せたまま……
ベリウス オタクとヤンキーが異世界に行くとだいたいこんな感じになった いすぱる @isuparu
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