16 魔法石



「うぅ、う~ん」




 僕は目が覚めると、力いっぱい背伸びをした。




 昨日は快適な寝具のお陰でぐっすりと眠れた。




 暗くしすぎると逆に眠れないというあいつのわがままを聞いて、照明を点けたままだったけど、自分がいつ眠りに落ちたのか覚えてないほどだ。




 この照明、まだ点いているよ。 燃料は何なのだろう?




 一晩中点けていたから宿の人に怒られないかな……






 それにしても清潔な寝具と部屋だ。




 その点では元の世界のホテルと比べても何ら遜色ない。




 昨夜、僕らはこれからもシャリィさんと行動を共にする事が決まったけど、シャリィさんが別の世界から来た僕達をどうしたいのか今は全く分からない……


 だけど、他に頼る人も居ないし、僕に特別なスキルがある訳じゃない。


 納得して付いて行かないと、シャリィさんに失礼だ……








 向かいのベッドに目をやるとあいつは静かに寝ている。




 昨夜は突然シャリィさんにあんな事しようとしたり、コレットちゃんを……




 駄目だ、思い出して快適な朝が不快になる。






 ……シャリィさんは僕らに、照明の点け方やドアの鍵、それにトイレについても教えてくれた。




 トイレは1階にあり、元の世界より遥かに快適で、排泄した後、魔法で近くの肥溜めに転送され、畑の肥料に使用しているらしい。




 なのでトイレ特有の匂いはほぼしなかった。




 そればかりか、終わった後に「フータ」と唱えるとお尻が綺麗になって拭く必要がない。




 僕は、あれほど魔法を使いたがっていたのに、初めての魔法がお尻を綺麗にしてくれる魔法だなんて、正直嬉しさが半減だった……




 ただ、僕にも魔法が使えるのは確認できたので、そこは安心した。




 トイレの転送魔法を使って、人を転送できないのか疑問に思ったけど、使えるなら昨日も転送で戻ればいいはずだ……




 部屋の鍵は鍵言葉と言い、色々な場所で使われているらしい。




 一度取っ手を掴み鍵言葉を決めて、あとは鍵さえ持っていれば部屋の中の何処に居ても鍵言葉だけで開閉ができ、取っ手を掴んでいる必要はない。


 だけど、逆に廊下側からは取っ手を掴んで言う必要があるらしい。




ドアの鍵で不思議に思ったのは、あいつは取っ手を握って「あ、開かない」が最初の言葉だった。




 それなのに、開閉の言葉は開けゴマになっていた。




 どういう基準で後者の方になったのだろう……






 照明は指輪をしたまま「ベナァ」と唱えればつけたり消したりできると教えてもらった。そして少し暗くや、少し明るくと言えば調節もできる。




 他の部屋などの照明が連動して点いたり消えたりしないのかと聞くと、設定が出来るようになっているので大丈夫だと教えて貰った。 


 だけど、それならシャリィさんは僕らの部屋の照明をどうして点けることが出来たのだろう?




 色々不思議なことだらけで悩みが尽きない……






 今何時ぐらいなんだろっと思っていたらドアをノックする音が聞こえた。




「起きているか? 準備できたら荷物を持って隣の酒場にきてくれ。鍵は受付で返すように」




「はーい、分かりました」




 ぐっすり寝てるとこを悪いけど、起こさないといけないな。




「朝ですよ。起きてください」




「あぁ、ありがとう。起きてるよ」




 そう言うとパチっと目が開いた。




 いったいいつから起きていたのだろう?




「おぅ、おはよう」




「おはようございます。シャリィさんが支度して昨日の酒場に来てくれって」




「うん、聞こえてたよ。五分待ってくれ」




 そういうと背伸びをしたり、上半身を左右に回転させたり軽く運動を始めた。




「顔洗って歯を磨きたいな~」




「そうですよね」




「下に降りて受付で聞いてみるか?」




「……はい」




 部屋には小さな個室が別にあるだけで洗面所などはない。




 昨夜、シャリィさんから出来るだけ他の人と話をするなと言われたけど、洗面所を聞くぐらいなら問題ないだろう。




 僕らは昨日買った布に水袋の水を沁み込ませて、それで顔を拭いた。


 そして、服を着替えてから荷物を持ち、部屋を出て階段を下りて行った。




「やっぱジャブジャブと顔を洗いたいよな?」




「そうですね……」




 受付には昨日の中年男性の奥さんであろうか、女性が居たので鍵の指輪を返却した。




「おねえさん、顔洗いたいけど綺麗な水出るとこある?」




「ウフフフフ」




 どうやらおねえさんと言われたのが嬉しかったみたいだ、笑っている。




「バニ石せきは持ってないのかい?」




「……あー、落としちゃってね」




「一つ500シロンだよ」




「ほんと、安いな~。けど後で買うね、先にメシ食ってくるよ」




「はいはい」




 あいつは小走りで酒場に向かい僕も直ぐに追いかけた。




「バニ石ってなんだよ?」




「わ、分かりません」




「シャリィに聞くか」




「はい」




 やはりこの世界の常識を覚えるまで他人と話さない方がいいのかもしれない。




 酒場に通じているドアを通ると、昨日と同じテーブルにシャリィさんが一人で座っていた。




「おはよう」




「おはようございます」




「あぁ、おはよう。昨夜は良く眠れたか?」




「シャリィが隣に居なかったから全然眠れなかったよ」




 また出たよ……




 それに嘘つけ、さっきまでグッスリ寝ていただろ。




「今晩から俺とシャリィは同じ部屋、ユウは一人部屋でどうだ?」




「……また昨日みたいに動けなくなりたいのか?」




「あっ、忘れてた!? 魔法があるんだった」




 やっぱりシンはおじいちゃんだ。すぐ忘れる。






 ……実は昨日、シャリィさんの提案で、僕はあいつの事をシンと呼び、シンは僕の事をユウと呼び合うことにした。




 僕やシンの苗字はこの世界では聞かない苗字だけど、名前なら大丈夫だという事で決まった。




 まだ一度も口に出してないけど、心の中から徐々にシンと呼ぶのに慣れておこう。






「シャリィさん」




「どうしたユウ?」




「さっき宿屋の人にバニ石をどうとかって言われて」




「……すまない、昨晩説明をするのを忘れていた様だ」




「……いえ」




 目の前の二人が別の世界からやって来たなんて話をされて、冷静でいられる訳もない。色々忘れても当然だし、それに僕達はこの世界の知識に関して、赤ん坊にも等しい。


 シャリィさんは、これから僕達に沢山の事を教えないといけない……


 その苦労を考えると、本当に申し訳なく思う。




「バニ石とは、生活魔法石の類たぐいで、その中でも主要な魔法石がそのバニ石とあとビンツ石だ。ピカルの店にも置いていたので見かけているはずだ」




 そういえば、木箱に入った石があった。あの石の事かな?




「ピカルって誰だっけ?」




 それって石以前の話だよ……




 あれだけ笑ったのに忘れてるのか?




 おじいちゃん撤回、こいつ……いや、シンは病気です。




 あれ? シャリィさんが今一瞬笑ったように見えた。




 いや、笑ったというより呆れているな……




「石には魔法が込められていて、バニ石は身体や服などを洗える。ビンツ石は乾かすためだ。身体の部位を指定して、その部分だけを洗ったり、乾かすことも出来る」




「へぇ~、口の中だけとか指定出来るの?」




「そうだ」




 だから歯ブラシ売ってなかったのか……




「便利な石だね~」






 凄い、正に生活魔法だ!




 だからこの世界の人達は清潔なんだ。




「ほっ、他にも沢山あるんですよね?」




 僕は興奮していて、身を乗り出して問いかけていた。


 ふふ、ユウは昨晩より興奮してねーか?


「フッ、あぁ。この店を見ても分かると思うが、非常に清潔だ。プイ石という掃除のための石もある。二人にはバルバ石も必要だな」




 バルバ!? かっこいい名前だ。


 いったい何に使用する石なんだろ……




「えーと、どうやって使うんだ?」




「バニ石は正式名称をバニエラ石と言う。なので石を握ってバニエラと唱える。ビンツ石はビンツと唱えればいい」




「簡単だな、誰でも使えるのか?」




 簡単とか言ってるけど、忘れちゃいそう……




「あぁ、誰でも使える」




「ふ~ん、あとで買いに行ってやってみようぜって……」






 金持ってないじゃん俺ら……






「買わなくても私の手持ちがある。食後に渡そう」




「まぢか!? 世話になるな、本当にありがとう」




 シンが素直に感謝している…… 何か企んでないよな。




「ありがとうございますシャリィさん」




 お礼を言うと、シャリィさんは僕を見て微笑んでくれてた。






「ところで、注文はどうする?」




「そうだな、俺は肉と野菜と米を食べたい」




 朝から肉……




「僕は昨日コレットちゃんが食べてたスープとパンをお願いします」




「……米というものは聞いた事がない、肉料理と野菜スープだけでいいか?」




「ま、ま、まぢか……ショックだ。この世界は米がないのか……仕方がない、俺もパンをくれ」




 これには僕も激しく同意だ。




 ご飯を食べられないなんて、日本人なら殆どの人が残念がるだろう。




 シャリィさんが手をあげると、昨日のアミラちゃんとは違うウエイトレスさんが来てくれた。




「なぁ、今日の予定は?」




「そうだな、この後はギルドに行き、二人共私のシューラになってもらう」




 ギルド!? そうだった、昨晩冒険者ギルドに行くとか言っていたな。








 ふふふふ、きたよ、きたよ、きたよぉ!




 異世界といえばギルドだよ、冒険者ギルド!




 うぅ、元の世界では絶対にありえない僕の夢の一つが叶う。




 しがない掃除の仕事しかできなかった僕が、まさか異世界で冒険者になれるなんて……




 嬉しくて涙が出てきちゃった。




「どうしたユウ?」




「す、すいませんシャリィさん。ギルドに行くのが楽しみでつい」




「フフフ、そうか」






 ん? シャリィさんさっきシューラとか言ってたよね?


 ギルドに行って、僕達の冒険者登録をするのじゃないのかな……






「シャリィ、そのチューなんとかって何だ?」




 そう、チューじゃないけど、シンそれだ。僕も引っかかっていた。




「私が二人に冒険者たるものを直々に教える」




 シンは僕の方を見た。




「弟子みたいなものか?」




「……はい、そんな感じっぽいですね」




 うーん、もしかしてそれって冒険者とは違うのかな?




「おー、料理が来たぞ!」








 あぁ、何て良い匂いなんだ。


 昨夜のコレットちゃんのスープは、肉の代わりに団子が入っていた。


 他に入っている野菜は、小さめにカットされてるけど、昨日食べたシチューと同じみたいだ。




 ……あの河原での2日間で食べ物の大切さが身に染みた。


 元の世界に居たらまず感じることはなかっただろう。




 飲み物も昨日と同じく水だけど、川で飲んでいた水と同じぐらい美味しい。


 因みに、この町では水は無料だと教えて貰った。


 他の町では水が有料の所もあるらしい。




 僕はスプーンを手に取り、スープを一口飲んでみた。




 うぉ! 美味しい!!




 独特な匂いはあるけど、イノシシ肉のシチューより美味しい!




 昨日もコレ頼んどけばよかったかも。




 あいつの肉料理は……




 んんん~!? 実物を初めて見た、漫画肉だ!




 骨が両側から突き出て、真ん中にこんもり肉がついている!


 これは美味しそうだ。




 僕も次の機会に頼んでみようかな……




「こんな肉、子供の頃にアニメでしか見た事ないよ。うめー」




「アニメ?」




「えーと、子供が読む本みたいな感じです」




「絵本のことか?」




「そうです」




 絵本あるみたいだ。




 何か聞かれた時は、とりあえず答えてみてそれが通じなかったら今みたいに説明に入る感じでいいかな……




 食事も終わりくつろいでいると、シャリィさんがインベントリからバニ石とビンツ石を2個ずつ、合計4個出してくれた。




 石の色は全体的にグレーで、二つとも同じだけど、所々に結晶のようなもが入っている。




 バニ石は濃い青色、ビンツ石は薄い水色だ。




 バニ石もビンツ石も全身なら10回ぐらい使用出来ると教えて貰った。




 もしかして、使うごとにこの結晶のような部分が減って行くのかな?




「バルバ石は持ち合わせがないので後で買っておく」




「すみませんシャリィさん」 「ほんと助かるよ、ありがとう」




 うーん、今日のシンは素直だな。逆のその素直が怖い……




 ……何か、性格が日によって違うような感じがする。






 シンは魔法石を指で突っついたり、転がしたりした後、一つの魔法石を手に取った。




「へぇ~、こんな石っころがね~。何て唱えるんだっけ?」




 ほらみろ、もう忘れてるじゃん。




「バニエラとビンツです」




「そうそう、バニエラだったな」




 あいつは石を握ったままバニエラと言ってしまった。




 すると水の竜巻のようなものが現れ、シンを包み込みこんだ!




「ブオォォ、ばんだごで~?」




 ひ、ひぇ~、シンが、シンが水に食べられている!




 数十秒後、水の竜巻は床に飛び散った。




 勿論、シンが腰かけていた椅子と床は水浸しだ。




「……この水、何処から現れたんだ?」




「プッ、ククク」




 シャリィさんが笑い始めた。




「フフフ、今の…… フフ、今の様に部位を指定しないと、自動的に全身になる。覚えておくと良い。フフフフフ」






「なーにやってるんですかぁ!?」




 ウェイトレスさんが急いで飛んできて、左手をかざして「プイイレ」と唱えた。




 すると左手をかざした1mぐらい先の空間に水や埃が吸い込まれている! 


 まるで掃除機の吸い込み口が空中に現れた感じだ。




 これがプイ石かな? 実に便利だ。




「ほらぁー立って。そこのドアから外に出て!」




 シンはすいませんと言い、水を垂らしながらドアへと歩いて行く。




 その後をプイ石を使い、滴り落ちている水を吸いながらウェイトレスさんが付いていく。




「フフフ」 「ぷっ、あはははは」




 それにはシャリィさんも僕も笑ってしまった。




 僕も席を立ち外に出ると、びしょ濡れのシンが立っていた。




「まいったな、乾かすのは何て言うんだっけ?」




「ビンツだったと思いますよ」




「あっ、石を置いてきてしまった」




「ありますよ」




「おぉ、ありがとう気がきくな。ビンツゥー」




 シンがビンツ石を握ってそう唱えると、足元から風がくるくると円を描き、ゆっくりと上へとあがっていく。




 頭上まで上がると風は消えた。




 まるで、シンが小さい竜巻の中に入っているみたいだった。




「おぉ、乾いたぞー。すげーなこれ! 靴まで乾いてらぁ!」




 あいつが大声で喚くものだから、通行人がクスクスと笑っていく。




 何処の田舎から出て来たのだろうと言う声が聞こえた。




 あとでシャリィさんに聞いてみたけど、これらの石は田舎の方では入手し辛らい所もあり、そういう場所ではお風呂や洗濯、掃除も魔法を使わず行っているそうだ。




 つまりシンは、田舎者と間違われたのだ。




 そして、僕はシンを見て通行人とは別の意味で笑っていた。




「ふふふっ、ふふふふふふふ」




「どうした? 何を笑っている?」




「か、髪が。ふふっふふふ」




「髪? 髪がどうした?」




 シンは酒場の窓ガラスに近づき、自分の姿を見た。




「なっ! なんだー、この髪型!?」




 そう、竜巻のような風で乾いたシンの髪の毛は、まるで……漫画によく見るウンコみたいな形になっていた!




「ぶーっ! ふふふふふ」




「ソフトクリームじゃんこれ~」




 いや、どうみてもウンコです、ウンコ!




 シンは手クシで必死になって髪型を直していた。




 いや、笑っているけど、他人事じゃない。


 僕もあんな髪型になっちゃうんだよね。




 シャリィさんに頼んで、クシを買わないと……






 店内に戻るとウェイトレスさんがキッと睨んできたが、シンがウインクするとフッと口元が緩み笑みを浮かべた。




 しょうがないな~って感じで笑ってるのかな? 




 怒っているウェイトレスを一瞬で笑わせるなんて……


 僕からすると、流石としか言いようがない。




 しかし、リアルでウインクする人とか初めて見たよ。






 テーブルにつくとシャリィさんに、荷物を置いて外に出た事を咎められた。




 治安の良い日本で生まれ育った僕らは、この世界で覚えることは多そうだ。




 これからもシャリィさんに迷惑かけそうだな……




「さて、ギルドに行く前に言っておくことがある」




「うん」 「はい」




「身元の事だが、二人ともウース出身と言ってくれ」




「うっす!」 「……はい」




 うわ~、オヤジギャグだよ……






「二人の歳はいくつだ?」




「いくつに見えるかな?」 「僕は20歳です、シンは22歳です」




「お前言うなよな~、この会話からベッドに入るまで持っていけるのに~」




 ふん、邪魔して悪かったな!




 昨晩決めたとはいえ、初めてシンって呼んだ……




 もしかしたら怒られるかと思ったけど、サラっと流してくれた。






「歳は本当の事を言っていい。あと名前はシンとユウだけでいい」




「うっす!」 「分かりました」




 まだ言ってる……




 もしかして、僕かシャリィさんが笑うまで言い続けるつもりかな?




 しかたない、僕が笑ってやるか。




「うっすって。あは、あははは……」




「では、行くぞ」




「はいよー」 「はい!」




 やっぱりだ、僕が笑うとうっすって言わなくなった。


 疲れるな~。




 だけど、むふふふ。ギルドだ、今から冒険者ギルドに行けるのだ!




 この世界にきてまだ数日だけど、何週間もたったように感じる。




 1日1日が凄く濃い。






「いくらだ?」






 僕らの朝食代を払うシャリィさんを見て、申し訳ない気持ちになった。




 たぶん、シンも同じ気持ちだろう。表情がさえない……




 早くこの世界に馴染んで、シャリィさんに出来る限りの恩返しをしたい。




 僕は、そう決心した。




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