129 プロローグ


 アルスが襲われた一報を聞いたドロゲンは、病院に駆け込む。


「爺さーん! どこだー!? 爺さーん!」


「ちょっと! 静かにして下さい! ここを何処だと思っているんですか!?」


「爺さんは!? 爺さんは何処だ!」


「じ…… どちら様の事ですか?」


「アルスだよ! 服飾組合長のアルス!」


「……」


「何処だよ!? 早く教えてくれ!」


「ご家族の方ですか?」


「そうだ! 俺は息子みたいなもんだよ」


「……教えることは出来ません」


「はぁ!? どうしてだよ!」


「みたいなものでは教える事は出来ません。警備の方から誰にも教えるなと、そう強く言われていますので。さっきまで居た組合の方々にも、帰って頂きましたので、あなたもお引き取り下さい」


「みんなも…… せめて、せめて無事かだけでも、教えてくれよ!」


「お引き取りを…… しつこいと、警備を呼びますよ」


 この時、少し離れた所に立っていた警備とドロゲンの目が合う。


「うっ……」


 ドロゲンは仕方なく病院を後にした。

 服飾組合長という地位ある者を襲った加害者が、組に所属している若者という事が分かり、警備は厳重な警戒を敷いていた。


 爺さん…… まだ何も親孝行してないだろ俺。

 頼む、頼むよ、死なないでくれ。頼むから……


 コンクス組関係者に襲われたアルスは、全身を40ヵ所以上刺されてはいたが、一命を取り留めていた。

 その理由は2つ。

 一つは秘書のメルゾが、昼食の弁当を忘れたお陰であった。

 メルゾの夫、ドバルの職業は警備官の幹部。

 あの若者を不審に思ったドバルは、嫁であるメルゾの悲鳴で組合長室に駆けつけ、魔法を使い若者を拘束した。

 そして、アルスの出血を止める為、素早くハイレンを施したのだ。

 運良くドバルが居合わせた事と、もう一つの理由とは……


「大変です! 今しがた、組合長が襲われたそうです!」


「何!? 襲われた? 誰にだ? いや、それよりも組合長は!?」


「それが、全身を滅多刺しにされたと聞きましたが、生死までは……」


「滅多刺し……」


「はい。組合長が運ばれているのを見た職員が何人もおりまして、その者たちの話では、治療の為に脱がされた服からは血が滴り落ちていて、身体には……」


「……どうした?」


「刺し傷の跡は…… 見えていた部分だけでも、10や20どころではなかったと…… そう、言ってました……」


「……ゴクッ」


 この理事は、恐怖で喉を鳴らした。


 アルスを襲った黒幕は、ヌンゲの裏に居る者であると、殆どの理事や組合関係者は既に理解していた。

 そう、異常に多い刺し傷は、その組合員たちへのメッセージ。

 あの若者は、出来るだけインパクトのある殺害方法で、アルスを殺そうとしていたのだ。

 その為、強く刺す事よりも、数に重きをおいていた。50ヵ所近いその刺し傷の殆どが浅く、致命傷では無かった為、かろうじて命を留める事が出来たのであった。

 だが、アルスの命を奪うことは出来なかったとはいえ、その目的の大半は達成する。

 服飾組合長のアルスが襲われた話は報道関係にも大きく取り上げられ、町中に広がるのに時間を要さなかった。


「どうしますトルペさん……」


「……ヌンゲに、ヌンゲに連絡を取れ。私が組合側に寝返ったなどと噂が舞っているが、事実無根だと、そう伝えろ」


「……はい」

 

 ヌンゲの元へ、直ぐにトルペとラビラから連絡が届く。


 ……コンクスの命令通り、今は寝返った者達を何事も無かったかのように迎え入れてやる。だが、決して忘れた訳ではない! いつか必ず、報いを受けさせてやる!


 それにしても…… やはり暴力ヤクザというものは恐ろしい。

 この短時間で、状況を一変させるとは……

 暴力それが、私に向けられない様、コンクスに言われた事を、全力で取り組まないといけない。

 

 事件があった事で、ヌンゲが追放されるはずだった理事会は延期となり、代わりに、理事会が開催される予定であった13時頃から、コンクスが望んだ通りイドエの物に似た新しい下着が、店頭で販売されるのであった。


「そこのお姉さん、お母さん、新作だよー。見て行きなー。ちょっとちょっとちょっと、そこのお父さん! 嫁でも愛人でも、どちらにでもいいからこの素晴らしい下着をプレゼントしてあげたらどうだい!? 夜の営みが、楽しくなるよー! さぁ、みなさん。今日この日からこの時間からこの店から! この下着の伝説が始まるんだ! 新しい時代の目撃者になってみないか!?」


 ……そこまで言うのなら、どれ、少しだけ見てみるか。


 シンのデザインに似せて作られたこの下着は、この日だけで20に近い店舗で売り出され、翌日には50店舗まで規模を増やす。そして、全ての店で完売してしまうのであった。


 ククククク、シノギを潰された気分はどうだ……

 さぁ、来るんだ。Sランク冒険者よ。


「私を、私を楽しませろ!」



 ユウは今日も朝から、キャミィに付きっ切りでダンスを教えている。

 終始表情の冴えないユウを見て、ナナはある決心をする。

 

 ブレイには悪いっぺぇけど、うちが……

 

 昼食時、ユウをはじめ全員が食堂へ向かう。

 まだ皆と馴染めていないキャミィは、いつもなら最後尾を歩いているのだが、この日はさらに後ろを、ナナが歩いている。

 ナナはキャミィに背後から近付き、服を軽くツンツンと引っ張る。

 それに気付いて立ち止まるキャミィに、ナナは小声で話しかける。


「このまま止まるっぺぇ。話があるっペぇ」 


「……うん」


 気付かれないようにしばらく立ち止まり、みんなとの距離を空けると、道から逸れて人の居ない所まで移動した。


「あ、あの…… 話って……」


「……あんたがブレイの彼女なのは知ってるっぺぇけど、正直に言わせて貰うっぺぇ」


「……なに」


「辞めてくれないっぺぇか」


「……」


 キャミィは、返事も出来ず黙ってしまう。 


「あんたも、本当は辞めたいっぺぇ。やる気が無い時があったのは、知ってるっぺぇ」


「……」


「昨日、セッティモで売ったイモテンは、大盛況だって聞いたっペぇ?」


「……うん、聞いた」


「次に頑張るのは、うち達だっぺぇ」


「……」


「うちの言いたい事は、分かるっペぇ?」


「邪魔になってる。そう言いたいの……」


「……そうっぺぇ。あんたは邪魔だっぺぇ。分かってるっぺぇなら……」


 話はこのまま自分の思う通りになって終わる。ナナはこの時、そう思っていた。

 だが……


「……辞めたくない」


 本人も辞めたがっていると思っていたナナは、キャミィのその言葉にイラつき、本気で声を荒げる。


「分かってるの!?」


「何が……」


「ただダンスを覚えるだけないのよ! ゆくゆくは舞台で人前に立つのよ!」


「……知ってる」


「あんたは、舞台に立つべきじゃない!」


「どうして……」


「村中のみんなが、みんなが知ってるっぺぇ。あんたが最近まで何の仕事をしてたか、その前も何をしてたか、みんな知ってるっぺぇ!」


「……」

 

「そんなあんたに、ユウ君の邪魔をして欲しくないの!」


「……」


「だから、辞めてくれない!? 村から出て行けとまでは言わないから。それだけで、それだけでいいから!」  


 俯いて考え込むキャミィが出した答えは……


「……嫌だ。辞めない」


 その返事を聞いて、ナナの視線が鋭くなる。


「ねぇ、どう言えば分かるの? 邪魔だから辞めてくれって言ってるの」


「……辞めない」


「お願いだから…… うちを、うちをこれ以上怒らせないで。辞めて、今直ぐに」


「……だからいやだ。絶対に、辞めない」


「……」


 二人の少女は、どちらも引き下がらない。

 それには、もっともな理由がある。

 それは…… 二人とも、愛する人のためだからだ。

 

 魔法石の転売の件を、ヨコキが正直に打ち明けてくれた事で、キャミィは人から言われるまでもなく、自分の立場を理解していた。

 母親代わりのヨコキと、愛しているブレイが信じているシンに言われてここに来ていたキャミィは、アイドルこれをする事が、ブレイと一緒に居られる事だと信じ、自分なりに必死になって取り組んでいた。

 だが、生まれつきのセンスのなさは、どうしようもない。

 ダンスが下手で、物覚えも悪いのであった。


「……口で言っても、分からないのね」


「……」


 ナナの目がさらに鋭くなり、キャミィに向かって飛び掛かろうとしたその時!?


「やめて!」


 そう声をかけたのは……


「ナナちゃん、お願いだから、やめて……」


 ……ユウ君。いつから、いつからそこに居たの……


「キャミィちゃんは、何も悪くない。一生懸命、ダンスを覚えようとしてくれている」


「……」 「……」


 ナナとキャミィは、無言で俯いている。


「悪いのは、ぼ……」


「違う! 悪いのはシンだよ!」


 ナナはユウの言葉に被せて、喚く様にそう言葉を発し、さらに続ける。


「ユウ君は悪くない。途中から急にこの子を寄こしたシンが悪い! ユウ君は悪くないもん!」


 ナナの言葉を静かに聞いているユウが、口をゆっくりと開く。


「シンは…… シンは悪くない」


「……」


「僕が、ぜんぜん成長しないから……」


「……」


「最初ナナちゃん達と出会った時、全然仲良く出来なくて、情けない僕のせいで、それであんな事になって……」


「……」


「けど、それからは気持ちが通じ合えるようになって」


「……」


「僕は…… 僕はそれで人として、アイドルを作る者として、成長したと思っていた」


「してるよ。最初会った時と、全然違うもん。ユウ君は、成長してる……」


「ありがとう。そう思ってくれて……」


「……」


「だけど、キャミィちゃんが来るようになって、実は、僕もずっとシンのせいにしてたんだ」


「事実そうだよ、シンのせいだ!」


「それは違う。これは、シンとかキャミィちゃんは関係なくて、僕の問題なんだ」


「……」


「結局僕は、ただ過信してただけなんだ。自分が変わったと思って、過信してたんだ。

 他人ひとのせいにするのが一番簡単で、またシンのせいにして、同じ間違いを僕はしていた。

 新たな問題が起きたら、直ぐに、直ぐにそうやって逃げようとして、全然成長していない。

 そしてその結果、ナナちゃんを巻き込んでしまった」


「……」


「ナナちゃん」


 ユウに呼ばれて、ナナは俯いていた顔をゆっくりと

上げる。


「キャミィちゃん」


 キャミィも、同じ様に顔を上げる。


「ごめんなさい」

 

 ユウは、二人に深々と頭を下げて謝罪した。

 

 この世界では馴染みのない謝り方であったが、そんなユウを見て二人は、言い合いをした事を後悔していた。


 ナナは、再び無言で俯く。


「ナナちゃん……」


 そんなナナを呼んだのは、キャミィ。

 ナナはゆっくりと、キャミィに目を向ける。

 

「この村に居たい。ブレイと一緒に居たい。だから…… 辞めたくない。頑張るから、もっと頑張るから……」


「……」


 その言葉を聞いたナナは、再び俯く。


「ナナちゃん」


 自分の名を呼んだユウに、俯いたまま少しだけ目を向ける。


「僕の為に、ありがとう」


「……」


 無言のナナに、ユウは優しく言葉をかける。


「お昼、食べに行こう。ねっ……」


「……うん」


 消え入りそうな声で、かろうじてナナは返事をした。

 

 この時、もしユウが優しく声を掛けなければ、ナナは長い時間ここに一人で佇んでいたであろう。 


「キャミィちゃんも、行こう」


「……はい」


 そして、以前のユウなら、どうして良いのか分からず、二人に声をかけることなく、一人でこの場を後にしていただろう。 

 

 食堂へ向かって歩く三人を、シンが見ていた。


 ユウ…… 


 その姿が見えなくなるまで、ずっと見ていた。




 

 同じ頃、古びたドアを強引に開ける者がいる。


「バキッ、ギギッ」


「誰だ!?」


「フォンワ~」


「……ノックぐらいしろ」


「フォワフォワフォワー」


 ……土産?


「フォワ」


 昼食と一緒にセッティモで買った髪飾りを、ガーシュウィンに渡す。


 女性物の髪飾り…… 


「フン! こんな物、私が付けるはずなかろう!」


「フォワ?」


「……と、言いたいところではあるが、貧困生活を送っているお前からの土産。ありがたく貰っておこう」


「フォワフォワフォワフォワ」


 この時フォワは、拾った金だけどなと言ってた。


「ふん、金の出所は何処でも良い。どうだ、似合うか?」


「……フォワフォワ」


「気持ち悪いだと!? 自分が買って来たくせに、なんだその言い草は!」


「フォワ~」


「ふん…… 少し入って行くか? 今日は誰かと話したい気分だ」


「フォワー」


 招かれたフォワは、ガーシュウィンが最後の楽しみに残していた芋天を、フォワフォワ残すのか? と、言い、指で摘んで食べるのであった。

 

 わっ、私の…… 最後のイモテンを……



 


 セッティモで類似の下着が売られ始めて数時間後、アルスの事件と共にそれらはシャリィの耳に届く。


「じゃいじゃいじゃい! 俺様が前によがらせた・・・・・看護師からの情報では、命は取り留めておるらしいぞ」


「そうか……」


「やったのはコンクス組の、若頭とこの若いもんじゃい。ちょうど警備が居合わせるとは、じゃいじゃい! 運が良いじゃい!」


「……」


「どうするんじゃい?」


「……情報通りまだ生きているのなら、組合長の警護を頼む」


「じゃいじゃい! まかせろじゃい!」


 うほ~、これでまた酒池肉林じゃい! もっと大きく荒れろ、荒れろじゃい!


「シャリィ!」


「どうした?」


「今回は報酬の一部を、新しい下着で払ってくれ! じゃい!」 


「……」


「偽物をちょっと見たが、興味があるんじゃい!」


「……」


「そんな目で見るな! じゃいじゃい!」


 まさか、自分で着用す…… いや、想像する必要は無い。


「良いだろう」


「じゃいじゃい!」


 あれは絶対売れるじゃい! 直ぐに手に入らなくなるんじゃい! それを女どもにプレゼントすれば、さらに俺様の人気があがる。じゃいじゃい!



   

 スタジオでは、変わらずユウがキャミィにダンスを教えている。


「そうそう、朝よりも全然上達しているよキャミィちゃん


「うん」


 そんな二人を、ナナが見ていた。

 そして……


「ユウ君」


「うん? どうしたのナナちゃん?」


「リン達に、振付を教えてあげて」


「え? それはナナちゃんが……」


 ナナの瞳から、何かを感じ取ったユウは承諾する。


「うん。分かったよ」


「……」


 ユウは二人の元を離れ、リンたちの所に向かう。

 

「……キャミィ」


「……なに?」


「さっきは、ごめんなさい」


「……ううん。ダンス全然できなくて、ごめんなさい」


「……大丈夫っぺぇ!」


「え?」


「今日から、うちが教えるから大丈夫っぺぇ! 絶対ユウ君より、教えるのはうちの方が上手いっぺぇから、心配するでねぇっぺぇ!」


「……うん! お願い!」


「さっそくやるっぺぇ」


「うん!」


 ユウは二人に背中を向けたまま、ずっとずっと、笑みを浮かべていた。




 イドエに戻ったシャリィは、セッティモで起きている全てをシンに報告した。 


「そういう事だ」


「そうか…… 芋天だけではなく、下着までも・・・・・こんなに早く……」


 シャリィは、そう呟くシンを見詰めている。    


「それは…… 好都合だ」


 シンは、笑みを浮かべてそう口にした。


「……」


芋天エサを見せて来たから、一応と思って今朝早くから門番の数を10名まで増やして、バリーにも頼んでいたけど、ヨコキさんの宿の馴染み客以外誰も来ていない。それに、怪しい者も滞在していない」


「……」


「この村のシノギに手を出せば、俺達と揉めることは分かっているだろう。それなら、俺達の耳に入る前に、この村に若い衆兵隊を置いておくのが筋だ。だけど、誰も送ってこないという事は、既にこの村に潜入者が滞在している。それか……」


「……」


「俺達をセッティモに呼び寄せようとしている。揉める相手は、Sランク冒険者とその仲間…… つまり、地の利と数の力を少しでも生かして、迎え撃つつもりだろう」


「だろうな……」


「それにしても、どうやらそのコンクスとか言う奴は、ただの・・・ヤクザではなく、生粋の・・・ヤクザのようだ」


「……」


「相手が誰であろうと、揉めてなんぼ・・・、そう思っている」


 いや、この世界に数人しか居ないSランク冒険者だからこそ、あえて揉めたかったのかもしれない。

 もしそうなら、落としどころも既に用意しているはずだ……


「……フフッ」


 シンはこの時、その落としどころが自分の想像通りなら面白いと思って笑ってしまう。


「……で、私は?」


「恐らくいないと思うけど、一応村にコンクス組の潜入者が居ないか洗ってくれるか?」


「居たら村から排除するのか?」


「あぁ、追い出してくれ。ただし、情報を流す奴らはそのままでいい。それが終われば今までと変わらず、ユウと村人を守る事を最優先で」


「分かった」


「ああっと、その組合長に」


「心配するな。すでに警護を頼んである」


「そうか。ありがとう」


 去ってゆくシャリィを見送った後、シンはセッティモの方角を見つめる。

   

 あとは…… あとは頼むよ。ルカソール若頭


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る