78 再考
「お願いします」
忙しい中時間を作り、連日地区長達の家を訪問し協力を求めるレティシアだが、会う事すら叶わなずにいた。
「……申し訳ないの~、何回来てもらっても、会いたくないって言ってるもんでの」
頭を下げてまで懇願しているレティシアだったが、その行為は無下にされる。
「……村長さん」
「はい……」
「前から良く頑張っておるの」
「……」
「それに村長さんは、あの人の孫だからの、
「……はい。皆様がこの村を愛してやまないのは承知しております。ですから……」
レティシアの言葉は遮られる。
「冒険者がの…… 冒険者が絡んでおるのが、問題なのかもしれんの……」
「それは……」
「
「ロスさん、聞いてください。あの方々は……」
再びレティシアの言葉は遮られる。
「その冒険者の所に通わされておる孫もの、最近イライラしたり、落ち込んだりしての、普段と違って情緒が不安定になっておる気がするがの……」
「……」
「孫はの…… 村の為とはいえ、孫は巻き込んで欲しくないの…… あたしからのお願いじゃ……」
ナナの祖母は、祖父と同じ心配をしており、俯いているレティシアに目を向けながらドアを閉めた。
レティシアがヨコキに頼んでいる件に関しては順調に進んでいる。しかし、村人からの協力はいまだに得られないでいる。
本来無法者でありながら、この村に残り警備をしている者達や、ヨコキの様に村人ではない者達が協力的で、元々の村人達が非協力的なこの状況は、皮肉な話である。
どうすれば…… いったいどうすれば……
項垂れ、その場を動けずにいるレティシアを、ナナの祖父、ドリュー・ロスはカーテンの隙間から見ていた。
「……」
「今回で訪ねてくるのは何回目だったかの? 話を聞くぐらいの時間を取ってやっても良いと思うがの……」
ナナの祖母は、夫にしみじみと語りかけた。
「……話は十分聞いた。これ以上聞いても、意味は無いの」
「そうかの……」
「それよりもナナはまた冒険者に呼び出されておるんかの?」
「今日は遊びに行く言うてたよ、リンちゃんの所へ」
「そうか……」
わしも頑固だのよく言われるがの、ナナも相当なもんだからのぅ……
ナナを手懐けるのは、わし以上に無理だの~。
「ナナ~」
「なんだっぺぇ?」
「なんか暇っぺぇ~。あのキモい奴のとこに行かなくていいのは楽だっぺぇけど、急に休みになっても暇だっぺぇなぁ~」
「そうっぺぇねぇ…… ピカワン達はあのシンとかいう奴に懐いてしまったぺぇし、うちらはする事無くて確かに暇っペぇ~」
二人は当てもなく村の中をぶらぶら歩いている。
「それにしても……」
「なんだっぺぇリン?」
「村の雰囲気が変わったっぺぇ~」
ナナは辺りを見回す。
「まぁ、
「だっぺぁ~。これから村はどうなるっぺぇ?」
「……わからんっぺぇ」
その質問で、ナナは少し俯いて神妙な表情に変化していた。
「暇っぺぇなぁ~。ピカワンの所にでも行ってみるっぺぇナナ?」
「……」
「ナナ!?」
「ん!? なんだっぺぇ?」
「……ピカワンの所でも行くっペぇか?」
「う、うん。行くっペぇ」
……じいちゃんは冒険者を毛嫌いしているから、絶対に協力はしないっペぇ。
うちだって、アイドルとかいう意味の分からないものをやらされるのは、絶対に嫌だっぺぇ……
うちは、うちは…… そんなのじゃなくて……
シンを撃退したユウとシャリィは、昼食もとらずスタジオで練習を続けていた。
「シャリィさん! さっきも言いましたが、そこは右手を上げると同時に左の足先は外に向けて下さい」
「すまない……」
「最初からいきましょう!」
スイッチの入ったユウはまるで…… 別人だ……
「いきますよー」
「あぁ」
その頃、二人に追い出されたシンは、モリスの店で昼食をとっていた。
「はぁ~」
食事をしながらため息をするシンを、ピカワン達は不思議そうに見ている。
「フォワ~……」
「またため息したっぺぇよ~。朝はテンションが高かったのに、今度はどうしたっぺぇ? 昨日は出来なかった口から色々な音を出すやつ、本当に教えてくれるっぺぇぁ? ピカワン聞いてくるっペぇ」
「……分かったっぺぇ」
テーブルに肘をついて、ため息をついているシンの元へ、ピカワンは近づいていく。
「シン」
「……」
「シン!?」
「え? ピカワンどうした?」
「……どうしたって、それはこっちの台詞っぺぇよ」
「ん? なにが?」
「今日は本当に変だっペぇ。このやり取りも少し前にしたっぺーよ。大丈夫だっペぇか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
……そうは見えないっぺぇけど。
「皆、色々な音を出すのを教えて貰えるのを楽しみにしてるっぺぇよ」
「よーし、午後は半分掃除、それが終わったらな」
その言葉を聞いたピカワンは笑顔を見せる。
「分かったっペぇ。皆、シンは大丈夫だっペぇ、午後の掃除終わったら、教えてくれるっペぇよー」
「やったぺぇ~」
「フォワ!」
フフフ。シャリィのメイド姿を見られなかったのは、本当に残念だったが、気持ちを切り替えないとな……
それに、本来の目的は達成しているようだったし……
「シャリィさん、動きにもっと表現力を出して下さい! 鏡を見て僕と自分の動きをチェックして!」
「……こうか?」
「そうです、そうです、さっきより良くなっています」
フッ……
汗をかき、一心不乱にダンスを教えるユウの表情にも自然と笑顔が戻る。
ユウの変化に笑顔を見せたシャリィだが、心では、それ以外の感情も現れていた。
「……」
「おーい、ヨコキいるか?」
「誰だい?」
「俺だ俺」
「あー、あんたかい。何の用だい?」
「何の用ってお前…… カルンが荷物をまとめてたから聞けば、奴の店を買い取ったそうじゃねーか?」
「そうさ」
「いったい何を考えてやがる?」
「何をって、分かるだろ? この村と心中するのさ」
「おいおい、お前ほどの者が何を言っている? あの娘達が居れば、村から貰うだけ貰って、ここじゃなくても好きな所に行ってまた商売出来るだろう? それなのに何の裏があるんだよ!?」
「だから裏も何も、さっき言っただろ。この村に残って従うのさ。だから出て行く奴の店も在庫もルートもあたしが買うよ」
「……」
ヨコキを訪ねて来た者は、納得のいかない表情をしている。
「はぁ~」
ヨコキは大きなため息をついた。
「……人に言うんじゃないよ」
「おっ!? やっぱり裏があるんじゃねーか! 教えろよ!」
「こっちきな」
ヨコキは辺りをキョロキョロと見回し、その者の耳元でヒソヒソと話を始める。
「あたし達が貰う日1500シロンだけどさ」
「うん」
「あの金はこの村から出ていないのさ」
「え~、じゃあ誰が出しているんだよ?」
「あの冒険者さ」
「冒険者が!?」
「声がでかいよ! 何の為にあたしが加齢臭のするお前の耳に近付いたと思ってるんだい!」
「おっ、おお、すまない」
俺は加齢臭がするのか……
「つまり、そういうことさ。この村は
「冒険者が…… お前はそれに従うつもりなのかよ?」
「そうさ~、幸いあたしの
「傷…… 脛の傷の事か……」
男は俯き、深く考え始めた。
それをヨコキはまるで観察するかの様にジッと見ている。
そして……
「あんたは大丈夫なのかい?」
「ん?」
「傷さ、どれほどものもんなんだい?」
傷…… 俺は貴族の奥さんに手を出して、その夫に殺されそうになりこの村に流れ着いた。
あの貴族は蛇のように粘着質で、未だに俺を探していると聞いている…… このまま村に残っていれば、俺の素性がバレてしまい、貴族の機嫌取りの為に俺を引き渡すかもしれない……
それに、村の金だと思っていたが、考えてみればこの村にそんな予算はない。ヨコキの言っている通り、冒険者が出している確率は高い。
Sランク冒険者の金なんて受け取れば、その見返りに何を要求されるか分かったもんじゃない…… このまま村に居れば、へたをしたら罪を理由に貯えている金目当てで殺される…… そんな事にならないとは言えない。それなら、まだ金を受け取っていない今なら……
「ヨコキ」
「なんだい?」
「俺の店も買い取ってくれるか?」
貯えもあるし、金さえあれば、またどこかでやり直せる。
「……」
「……どうした?」
「カルンの店を買っちまったからね~。正直あんたの店もルートも必要ないのさ」
「そう言わずに頼む~、いくらでもいいからよ~」
「……」
「頼むよ~」
懇願する男をヨコキは見ている。
「はぁ~、あんたとは長い付き合いだからね」
「それじゃー、買ってくれるのか?」
「いっても、餞別分…… これだけしか出せないよ」
ヨコキはそう言いながら、男の掌に指で数字を書いた。
「いい、それでいいよ! あんな冒険者が支配する村なんかに居られない。金さえ貰えば、俺も直ぐに出て行くよ」
「ちょいと! 直ぐに行かれちゃあたしが困る。あんたの店に品を卸している奴とあたしを繋げてからにしな。分かったね?」
「あー、分かった。さっそく俺も荷物をまとめに帰るよ。じゃあな」
「あんたー、さっきの話を誰にもするんじゃないよ! 金は繋いだ後に払うからね」
「あー、分かったよー」
男は返事をしながらヨコキの宿を後にした。
……ふん、あんたは絶対に誰かに話す。口の軽さは計算済みさ~。
さてと、次は…… ポンテ辺りがあたしを訪ねて来るだろうね~。
……村の金なら兎も角、あの冒険者様の金はそうそうに受け取れないよね~、うひひひ。
ったく、あの小娘も上手い手を考えたものだね~。
いや、考えたのはたぶん
あたしも寝首を掻かれないようにしないとね。
ヨコキの笑みは、止まった。
「もっと喉を鳴らす感じでやってみな」
「ヴィーヴィーヴィー」
「そうそう、そんな感じだ」
「う~ん、難しいっぺぇ。それに、自分ではどんな感じに聞こえているのか分からないっペぇ」
複雑な音は面白がっているが、あまり気に入ってないみたいだな……
皆シンプルな音を好んでいる……
明日はシャリィにヴォーチェを何個か借りてこないとな…… 時間の関係でシャリィ任せだったけど、今夜中にヴォーチェの使い方を覚えておこう。
「フォワ~、フォフォワ~」
「……いつもと一緒だっペぇ、なんにも変わってないっペぇ」
「フォワ!?」
「シンみたいに出来ていると思ってたっペぇ?」
「フォワ~」
「……プッ、プププ」
「フォワ!?」
レンとフォワは言い争い始めたが、シンも他の者達も二人を見て笑っていた。
その状況を、ナナとリンは少し離れた場所から見ていた。
「変な音を口から出して何してるっぺぇあいつら? でも、なんか…… 楽しそうっぺぇねぇ、こっちは…… ねぇナナ」
「……」
少し強い風が吹く中、髪をなびかせながらナナはハシャぐシン達を複雑な心境で見ていた。
彼女は繊細で、仲間や村を大切に思い、劣悪な環境で育ったのにも関わらず正義感もある。
いや、イドエで育ったからこそ芽生えた正義感なのかもしれない。
今、楽しそうに笑うピカワン達を見て、自分の気持ちに従うべきなのか迷っていた。
「フォワ!」
とある町の冒険者ギルド支部で、シンやユウにも顔なじみの者が受付嬢と話をしている。
「はい、確かに確認致しました。依頼完了です」
「……ふぅ~、以外に時間がかかってしまったわね~」
「そんな~、バリー様の仕事ぶりは若い冒険者の鏡ですよ」
「あら、褒めてくれちゃって~。ついでに良い男でも紹介してくれない?」
「うふふ、私が紹介して欲しいぐらいですよ~」
「あら? こんなに可愛いのに一人なのね~」
「そうなのですよ~。私の何処がいけないのか…… ねぇ、バリー様、何処だと思いますか? こんなにも可愛くてプロポーションも抜群で、凄く優しくて丁寧に尽くすし、それにね、ベッドでも色々なオリジナルなスペシャル技を持っているのよ! それなのに、どうして男が出来ないのかな~」
そのズケズケとものを申すとこじゃないかしら……
バリーは汗をかいていた。
「ところでバリー様、次のご予定はございますか? もしよろしければ……」
変わり身早いわね…… そんなとこも駄目なのかも……
「あ~、ごめんなさい。ちょっと予定が入ってるの~」
「そうなのですね、残念です。どちらからの依頼ですか?」
「会いに行くのよ」
「え?」
「良い男にね」
「あらっ……」
ギルド支部から出て歩いているバリーは不敵な笑みを浮かべた。
「うふ、やっと再会できるわ~、まさか浮気なんてしてないわよね? 待っててねシンちゃん…… あとユウちゃんも」
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