77 ペテン
「ウヒッシシシシ」
掃除をする手を止めてはいないが、怪しく、不気味に笑うシンを、ピカワン達は不思議そうに見ていた。
「フォワ~?」
「今日のシンはおかしいっぺぇ……」
「そうっぺぇ、そうっぺぇ。さっきからニヤニヤしたり、ソワソワして時間を何回も確認してるっぺぇーよ」
「気味悪いからピカワン聞いてみるっペぇよ」
……そうっぺぇね。
「ンフフフフ」
「シン」
「フフフ」
ピカワンが呼びかけても何の反応もせず、不気味に笑っている。
「シン!」
「ん? どうしたんだピカワン?」
大きな声で呼ぶと、やっと返事をした。
「どうしたもこうしたも、今日のシンは変だっペぇ」
「あ~、変というかな、ちょっと楽しみな事があってさ」
「なんだっぺぇ? おら達にも関係あるっぺぇ?」
「うーん、遠い感じでならあるかな~」
……良く分からんっペぇ。
「今何時だ? あー、もう10時50分かぁ!?」
もぅ?
「はい、皆聞いてくれ、午前の仕事は終わりだ!」
まだ11時にすらになってないっペぇ~よ……
「ちょっと早いけど、モリスさんの食堂も準備できていると思うから、皆メシを食べに行ってくれ、午後は13時からな」
「おぉー、もうメシ食っていいぺぇか?」
「やったっぺぇ~」
他の少年達とは違い、ピカワンとフォワは少し驚いたような表情でシンを見ている。
「あれ? ピカワンとフォワはいかないの?」
「……シンも行くっペ?」
「俺? いや、俺は少し用事があってだな。ンフフフフ」
一人で笑うシンを見て、ピカワンもフォワもポカンと口を開けている。
「兎に角、後で俺も行くから先にメシ食ってゆっくりしててくれ」
「分かったっペぇ……」
「フォワ~」
二人はシンの言動が気になって仕方なかったが、言われた通りモリスの食堂へと向かった。
そして、一人残っていたシンは……
「ンフフフ、シャリィ~、
「シャリィさん、まずは僕を見ていて下さい」
「……分かった」
「ヴォーチェの再生をお願いします」
シャリィが何やら呟くと再びヴォーチェから下ってなんぼが流れ始める。
元の世界では、クダミサ親衛隊No3、通称オッピィ。
そして、青い恒星と呼ばれた男……
その青い恒星の耳に音楽が聴こえた瞬間、彼はユウ・ウースではなく、オッピィに生まれ変わり踊りだす。
「むっ……」
シャリィが思わず声を出してしまうほど、ユウとは思えないキレのある動き。
「……」
その後、無言で見詰めるシャリィの前で、ユウは狂った様に踊り続ける。
……そう、この踊りだ! クダミサの為に、そして仲間と共に踊っていたこの踊りだ!
ユウは踊りながら、ここ数日の間に無くしていた何かを取り戻している。
「そぅ~~~~~、そりゃ!」
ユウが掛け声を発した瞬間、シャリィの身体が一瞬ビクッと強張る。
「……」
直ぐに身体の緊張をほぐしたシャリィは、最後までユウの動きに釘付けになっていた。
「ハァハァハァハァ」
あー、気持ちいい~…… 最高だ……
「ハァハァ、いかがでしたシャリィさん!?」
「……そうだな、動きの激しさに少々驚いた」
動き? 出来れば曲を褒めて欲しいけど、やはりシンの言う通り、音楽は通用しないのかもしれない……
だけど、
「シャリィさん、ヴォーチェから流れる音楽を、ゆっくり再生できますか?」
「……いや、そのような事は出来ない」
「そうですか……」
と、なると……
「では、僕がゆっくり口で音を出して踊りますので、覚えるつもりで見ていて下さい」
「……分かった」
ユウは、深呼吸をした後、ゆっくりと構える。
そして……
「う・う・ぅ・ぅ・ぅ・ぅ・ぅ~~お・り・ゃ~」
掛け声とダンスを1/3ほどのスピードにしている。
「……」
通常のスピードなら4分ほどの曲であったが、3倍の12分という時間をかけて、ユウのダンスは終わった。
「ハァハア、次はシャリィさんも一緒にお願いします」
ユウがそう告げると、シャリィは階段側のドアを開け、一度出て行ってしまった。
「えっ!? シャ、シャリィさん……」
ドアの向こう側で何やら動きを感じたユウは、少しの間無言で待っている事に決める。
……いったい何をしているのだろう?
疑問を抱いていたその時、ドアがゆっくりと開いた。
「えっ!? シャリィさん!?」
なんと、シャリィはドアの向こう側でメイド服に着替えていたのだった。
……めっ、目の錯覚じゃないよね!? シャリィさんが…… メイド服を……
なんという事だ…… 妖艶な美しさを感じる…… 素敵だ……
「……そう、ジロジロ見るな」
て、照れている、あのシャリィさんが…… も、も、萌えっ!!
「……」
いや、萌えてる場合じゃない。どうしてメイド服に着替えたのかな……
戸惑っているユウの態度を見たシャリィが口を開く。
「……なるほど、私はおちょくられたようだな」
「えっ!?」
昨日……
「……一つ条件がある」
「おっ!? 何でも言ってくれ!」
「それは、お前は絶対に見に来るな」
「はっ!? 何言ってるの? 俺もユウのアドバイザーとしてだな……」
「なら、この話は無しだ」
「……いや、ちょっと待て!?」
こいつ、多少なりともアイドルの事を理解している感じだな……
「……」
シャリィは無言でシンにプレッシャーを与えるかの様な目で見ている。
「はぁ~、はいはい、分かったよ。見に行きませんよ」
「……良かろう、ならばユウに協力する」
「……あぁ、頼むよ」
「他には?」
他にはか…… 取り急ぎはそれだけだけど……
この時シンは何かを思いつき、心で笑った。
「そうそう、言い忘れていた。シャリィが物を出し入れする魔法」
「……インベントリのことか?」
「そこにさ、メイド服って入っている? いや、無いのならモリスさんに貸してもらうからいいけど」
「……入っているが、それがどうした?」
メイド服入ってんのかよ!? いったい何に使ってたんだ!?
こいつまさか夜な夜なコスプレとかしているんじゃないよな……
「……で?」
「あっ、あぁ、実はな、アイドルというのは厳格な儀式の様なもので、形を重視してる」
「だから?」
「ユウはスペシャリストだから、その辺りには厳しくてな~」
「……」
「だが、残念ながらこの世界にはアイドルの儀式用の服は存在しない」
「……」
「今から作る訳にも行かないし、なので、その服に一番近いメイド服を代わりに使おうと思っていたんだ。だからシャリィも……」
シャリィは再びドアを閉めた。
ドアの向こう側でシャリィがもぞもぞと動いているのがユウには分かった。
あ~、もしかして……
ドアを開けたシャリィは、いつもの出で立ちに戻っていた。
やっぱり、着替えちゃったのか…… 残念……
だけど、少しでもシャリィさんのメイド服姿を見れたなんて、世界中で、恐らく僕だけだ……
もしかして、これも僕にやる気を起こさせる為にシンが……
ふふふ、うん! 十分やる気が出たよ! ありがとうシン!
無論、シンにそんな考えはなく、自分が楽しみたかっただけである。
「さぁ、シャリィさん、一緒に行きますよ! いいですか?」
「あぁ……」
「ウッシシシシ、今頃シャリィはメイド服で踊っているのかな?」
シンはシャリィとの約束を破り、プロダハウンの直ぐそばまで来ていた。
……さてと、いくらユウと踊りの練習中とはいえ、この世界の最高ランクの冒険者だ。正面から行く訳にもいくまい……
正面を避け、プロダハウンの敷地外を歩いて裏に回った。
ここの茂みを突破すれば…… ほら!?
そこには、ちょうどスタジオの窓の下にある木が見えている。
……ふふふ、ふぁはははは、あーははははははっ!
俺の職業なんだ? 言ってみろ!?
そう、鳶だ! 俺は鳶の職人だ。 木に音も立てずに上るなど、造作もない事だ、フフフフ!
シンは物思いに老けながらも、登る木の下にまで移動してきていた。
これを登れば、メイド服のシャリィを……
……恐らくそう遠くない未来に俺はシャリィとベッドインするだろう。
その時のアイテムの一つとして、何が何でもメイド服を見ておかないといけない。
「……シャリィ、メイド服似合っていたぞ」
「えー、やだ、どこから見ていたの!?」
「ふふ、俺に見られていたのが恥ずかしいのか、そんなに頬を赤く染めて……」
「……うん、恥ずかしい」
「今から、もっと恥ずかしい目にあわせてやるよ」
「あっ、やだ、駄目……」
「ムッフフフフ、何て事になるんだろうな~。さてと……」
シンは、既に木に登っていた。
そして、首を伸ばし開いている窓から中を覗くが……
あれ? 休憩中か? 誰も居ないじゃねーか?
そう思っていたその時……
「降りて来い」
「えっ!?」
下を見ると、シャリィがシンを見上げており、その隣には、ユウも立っている。
「あっ……えーと……」
「降りて来ないのなら、魔法で叩き落とすぞ」
「シャリィさん、まっ、魔法ですか!?」
ユウ!? なに目をキラキラさせてんだよ!?
「あー、待ってくれ、今降りるから……」
木から降りたシンは、少し俯き、上目遣いでシャリィを見ている。
「何から話をしようか?」
「……」
「覚えているか?」
シャリィさん怒っている……
「見に来るなと約束をしていたはずだが?」
「そっ、その~、上手くいっているのか心配になって……」
「ほう、心配ね……」
「……」
言い返されたシンは黙っている。
「ユウに聞いたが、アイドルの儀式にメイド服を着るなんて行いは無いらしいな……」
「えっ!? そっ、そうだっけかな~? たぶんあれだ! 地域によって違うのかもしれない。俺の地域ではそうだったような……」
地域!? なっ、なんという苦しい言い訳……
「シン、素直に魔法をくらった方が良いよ」
「いっ、いや待てい! ユウは何で笑顔なんだよ! 魔法の罰を促すんじゃねーよ」
「結局は嘘だったのだな」
「……」
シャリィさんにそう問われたシンは、無言で俯いたが!?
「……ん!? んっ、んっ!?」
うん? どうしたのだろう?
「ふ、ふっ! ふははは、あははは、ひゃはははは」
なんと、シンは急に大声で笑い始めた。
「シン! 失礼だよ、シャリィさんに怒られている時に笑うなんて!」
「ちっ、ちがっあはははは、うひゃやや、やっやめて、やめてぇ!」
えっ!? もしかして?
そう思いシャリィさんを見ると、シンに向け手を翳していた。
まさか!? こっ、これも魔法!?
「やっ、やっめっ! わるっ、わるかった、おおおれがぁあははははは、ごめん~あははははは。くすぐらないでぇーー、じぬぅー、じんじゃう、やめてぇえああはははは」
「……ふふふ、ふふ、ふふははははは」
シャリィの魔法で笑いもだえるシンを見て、ユウも大声で笑い始める。
結局シンはこの後も3分ほど笑い続けた。
シャリィさんのこの魔法を、率直に恐ろしいと僕は感じていた……
「じゃあこの金額でいいね!?」
「はぁ~、もうちょっと色を付けて欲しいけど、分かったよ」
「あんたはかしこいよ、1番先だからね。後の連中にはこの金額は出せないからね」
「……そうだな。しかし、いざとなるとこんな村でも淋しいもんだな」
「なんだい、あんたらしくない」
「ははは…… ちょうど明日、運び屋がくるから紹介するよ。分かっていると思うけど、あいつらへの支払いが遅れると……」
「あ~、そんなこと分かっているさ~」
ヨコキの宿に来ていた男は金を受け取り帰って行った。
……まずは一人。
このまま順調に事が運べばいいけどね~……
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