113 良い店


 ピカワンとピカツーが野外劇場のすぐ近くでシンと会う。


「どうだ、居たか?」


「はぁはぁ、居なかったっペぇ」


フォワ……  いったい何処へ?


「まぁ大丈夫っペぇよ。門番さんが外に出てないって言ってたっペぇから」


「そうか…… それなら……」


「たぶんフルが帰って来たのをおら達よりも早く知って、何処かに隠れているっペぇ」


 確かに…… それかもな……


「腹減ったっペぇ……」


「……よーし、取りあえずここで皆を待ってから食堂へ行こうか?」


「そうするっペぇ」



  

 プロダハウンでは……


 うーん…… ちょっと、やり辛いというかなんというか……


 ユウがチラチラと視線を向けるその先には、フルと父親が、まるでユウの一挙手一投足まで見逃さないかのようにジッと観察していた。


 プルちゃんやクルちゃんではなく、どうして僕を見ているのかな……


 父親が戻って来たこともあり、クルとプルの二人に、帰って家族水入らずの時間を過ごす様に提案したのだが、父親がそれを拒否し、練習を見学したいと言い出したのだ。

 いつもの様に稽古をしていたユウだが、身長が2メートルを超える父親と、それに匹敵するかのようなフルの存在感を無視する事は出来ず、スタジオはいつもと様子が違っていた。


「今何時……」


 ユウは二人の目を盗んで、小さな声で何度も何度も時間を確認していた。


「あ~、そろそろお昼だね~」


 時間を偶然知ったかのような声を上げるが、その様子は実にわざとらしかった。


「もうそんな時間っぺぇ?」


「うん! そうだね、皆で昼食に」


「そうっぺぇねぇ」


「あの~、プルちゃんとクルちゃんはどうします? おうちに戻って、お父さんと一緒に食事を……」


 その時、父親が口を開く。


「気を使わせて悪いのう」


「い、いいえ」


 父親の声で、ユウは明らかに怯えている。


 良い感じの人だけど、身体が大きいのと、声が少し怖いかな……


「ユウ君だったの?」


「は、はい、僕はユウ・ウースです」


「わしの事は、アンドと呼んでくれの」


「アンドさん! 分かりました」


「アンドでええの。オスオにも会いたいからの、わしらも店に行くとしよう」


「うん。あたい、あの店は久しぶりだから嬉しい」


「クルクルクル、じゃあ家族みんなを呼んでくるよ~」


「そうだの。戻った報告も兼ねてわしが呼んでくるからの、皆は先に行っといてくれの」


「うん!」


「さぁ、クル行くよー」


「うん! クルクル~」


 一人戸締りをしているユウにナナが声をかける。


「うちも手伝うっペぇ」


「あ、先に皆と行ってていいのに」


「いいから手伝うっペぇ」


「……うん、ありがとう」


 フルは出て行くときに、二人をチラ見する。



 ふ~ん、あのナナがねぇ……


   

 口元を緩ませて、スタジオを後にした。   




「モリスさーん、今日も沢山食べると思いますけどお願いします」


 ドアを開けて入ってきたシンがそう告げるが、モリスの表情がいつもと違うのに気付く。


「あれ、モリスさん、どうしました?」


 落ち着かない様子のモリスが答える。


「あの~、奥で……」


「え?」


 陽の光が届かない暗い奥の席にシンが目を向けると、そこには…… 


「フォワーフォワ、フォワフォワフォワフォワフォワ(女なんてな、男の気持ちは分からないんだ)」


「……それは、逆も同じであろう」

       

 酒を飲みながら語り合っているガーシュウィンと、フォワの姿があった。


 フォワ…… それに、ガーシュウィンさん……


「あの~、私は止めたのですけど、主人が、お酒を出してしまって……」


 モリスのその声は、オスオに聞こえていた。


「ぶるはっはははは、わしなんて、8歳から飲んでおったの! ぶるっははははは!」


 オスオを見ていたモリスがシンに謝罪する。


「すみません」


「い、いえ、それは良いんですけど……」


 どうしてガーシュウィンさんが……


「あー、フォワが居たっペぇ!!」


「本当っぺぇ! 何してるっぺぇフォワ!? おら達ずっと探してたっぺーよ!」


 その声にフォワが反応する。


「フォワ~?」


 フォワの様子が違うのに、ピカワン達は直ぐに気付いた。


「あーーー、飲んでるっペぇーね!?」


「フォワ~」


「酒は駄目って、シンに言われてたっペぇ!」


「フォワ~」


 食堂は大騒ぎになるが、シンが制止する。


「皆! ちょっと待ってくれ」


「うん?」


「フォワ~?」


「すまないが、静かに頼む」


 今まで見た事も無いシンの表情に驚いたピカワン達は、何かを察して口を閉じた。


 ゆっくりと奥のテーブルに歩を進め、ガーシュウィンの横で歩みを止める。


「ガーシュウィンさん……」


 うっかり名を口にしてしまったシンだが、ガーシュウィンは怒りもせずシンを見つめ、椅子に座る様に促す。


「……」


 椅子に座ったシンに目を向けず、テーブルを見つめながら口を開く。


「結論から言う」


「……はい」


「私の名を使う事を……」


「……」



「許そう」



 ガーシュウィンのその言葉で、シンは一瞬目を見開く。


「ありがとうございます」


「フォワ?」


 ガーシュウィンは視線をシンに向ける。


「その変わり……」


「はい」


「私に話した事を、必ず成し遂げると約束しろ」


「……はい、必ず。約束します」


 二人の視線は、タニアが現れるまで絡み合っていた。


「はい、おまたせ~フォワ君」


 シンは軽くタニアを見る。


「フォワ~」

 

「美味しそうに飲むね~」


「フォワフォワ~」


「こちらの方は、おかわりはいりませんか?」


「……貰おうか」


「はーい、じゃあ同じのを持ってきます」


 タニアはシンに目を向ける。


「注文どうします?」


「シチューとパンをお願いします」


「はーい」


 厨房へ向かったタニアは、注文を通した後、具合が良くないと伝えその場を後にする。

 シンはそんなタニアの言動を気にしていた。


 食堂から外に出たタニアは、周囲を気にした後、走り出す。


 ハァハァハァハァ、今なら、まだ間に合うかも!?

 取りに来る前に、あの情報も……


「タニアさん何処行くでごじゃるか?」


 走って来たタニアに、門番が声をかける。


「芋探しよ、芋! 大人気なんだから、困っちゃうね~」


「了解でごじゃる。魔獣は居なくなったでごじゃるが、気を付けるでごじゃるよ」 


「はーい、ありがとうね~」


 村の外に出て旧街道を走るタニアを、ゼロアスが鬱蒼とした森の中から見ていた。


 ……ふん、あんな女どうでもいいけど、取りに来る奴と遊びたいな~。

 あいつなら、僕の暇つぶしの相手になりそうなんだけど……


「グルルルルル」


「あーよしよし、お腹減ったの?」


「ガルル」


「せっかく肉が付き始めたからね、もっといっぱい食べたいよね。だけど聞いて、僕も色々我慢してるから、皆も我慢我慢」


「ウルルル」


 魔獣の頭を撫でながらため息をつく。


「はぁ~」


 ゼロアスは、セッティモの方角に目を向けた。


「だってね、もうシャリィに怒られたくないんだ~」





 そしてこの日の夜には、今尚語り継がれる天才舞台監督、ヴィセト・ガーシュウィンが、イドエに、シン達に協力すると関係先に知れ渡っていた。



 農業ギルド……



「ヤンゾ様」


「……」


「いかがいたしましょう?」


 ヤンゾは自宅の窓から庭の景色を眺めている。


「マスターは?」


「はい、恐らくまだかと……」


「直ぐに連絡をとれ」


「はい」


みなを集めて、早急に協議をしたいと……」


「はい」


「領主様の動きも忘れずに調べておけ」


「はい」


 返事をした後、ヤンゾの付き人は静かにドアを閉め、下って行く。


 名声を欲しいままにした天才舞台監督、ヴィセト・ガーシュウィン…… 


 ヤンゾは壁一面を埋め尽くしている本棚に歩いて行き、そして、数千冊はあろうかという本の中から、数冊を 指でなぞる。 


「……」


 このガーシュウィンが、まさかイドエに居たとは…… しかし、何故あの者がイドエに手を貸すのだ……

 突然行方をくらまし、一切世に出る事の無かったあの者が何故……

 シン・ウース…… お前はどの様な手を使ってガーシュウィンの協力を得たのだ……

 お前達の真の目的は、一体何なのだ……

 

 ……読み間違えれば、私達もただではすむまい。


「フッ、どうやら…… ハゲた見た目とは違い、なかなか優れている様だな。シン・ウースよ」 


 ヤンゾは修復されて、飾られている剣に自然と目を向けていた。




 その頃、モリスの宿では……


「ねぇシン」


「うん?」


「フォワ君の反応には驚いたね」


 シンは吹き出してしまう。


「プッ、ああ、まさかフルちゃんを見た途端飛び掛かるなんてな」


「うん。怒ったフルさんを、アンドさんが来るまで、シンが一人で止めてたからね」


「ピカワンに聞いたけどフォワはあの時、先手必勝って喚いていたらしいぞ」


「ふふふっ、何それ? 久しぶりに会ったっていうのに」


「なー、居ないから探してたら、ガーシュウィンさんと酒を飲んでいるしさ」


「ふふふ、本当だよね。だけど……」


「うん? どうした?」


 ユウの笑顔はゆっくりと消える。


「ズモウにも、驚いちゃったね」


「……そうだな。拳闘もそうだし、ズモウも相撲とほぼ一緒だもんな」


「……他にもあるのかな?」


「ん~、あると思うよ。世界が違っても、人の考える事なんて似たり寄ったりなんだろうな。俺達の世界でも、交流も無い大昔から、同じ様な文化もあったみたいだし」


「……うん、そうだね。もっと知りたいね、この世界の事を」


「……急ぐ必要は無いさ」


「そうかな?」


「あぁ…… それよりも、明日は朝からガーシュウィンさんがユウの所に見に行くって言ってたぞ」


「えっ!? 本当に?」


 シンは頷く。


 それは…… 正直凄いプレッシャーだ!


 午後からはフルさんとお父さんだけではなく、家族全員で見に来てたから、余計にプレッシャーを感じていたのに……

 だけど、この村の為なのは勿論、この世界にもアイドルの素晴らしさを広く知って貰いたい。その為には、まずはこの村の人、そしてガーシュウィンさんの認識を変えて見せる!

 

「うん!」 


 目を輝かせているユウを、シンは微笑を浮かべて見ていた。




 イドエから遠く遠く離れた森の中に、自然に溶け込んでいる一軒の家がポツンと建っている。

 その室内には…… 

 

「スーリン様」


「……」


「新しい報告が届いております」


 男はテーブルの上に、数枚の魔法紙を丁寧に置く。

 その魔法紙を手に取ったスーリンは、目を通し始める。

 その魔法紙には、ヴィセト・ガーシュウィンの名が刻まれている。


「……」


 文字を追う瞳は一瞬停止するが、直ぐに読み流してゆく。

 全てに目を通し終え、手から離れた魔法紙は空中に溶け込んで行くかのように消滅した。


「下がってよい」


「はい!」  

    

 その者が部屋から下がると、椅子に座っていたスーリンは立ち上がり、一冊の本を手に取り表紙を見つめる。


 一度絡み合った糸は、簡単にはほどけない…… 人の運命とは、実に不思議なものだ。


「そうであろう、ヴィセト・ガーシュウィンよ……」  

 

 

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