114 発想の転換



 ここはセッティモにある農業ギルド……


「ヤンゾ」


「マイマスター……」


 ヤンゾは膝を折る。


「お前は今回のガーシュウィンの件、いかに読む?」


「はい…… 従来であればイドエがどう足掻こうとも、大衆は呆れ失笑し、支持を得るなど不可能でございました」


「……」


「裏でSランク冒険者が糸を引いていると知った時は、正直驚きましたが、調べたところ奴等には当然の如くギルドの後ろ盾がありませんでした」


「うむ」


「ですが、あのヴィセト・ガーシュウィンが手を貸すとなれば、話は変じます」


「……」


「ガーシュウィンの名の元、手を貸す有力者達が現れるかもしれません。それほどの名声の持ち主です」


「だろうな…… それで、領主様に動きは?」


「……今のところは、何もございません。恐らくですが」


 ここでサブマスター、ザラ・チョゴが膝を折り、ヤンゾを遮って発言する。


「マイマスター。領主様にお変わりはございません。ガーシュウィンの件は既に耳に入っておられますが、相変わらずイドエには無関心です」


「くっ……」


 ヤンゾはチョゴに視線を向ける。


 セッティモ支部、農業ギルドマスターのデボウ・ズシンは椅子から立ち上がり、窓から外を眺める。


「チョゴ、それは確実であろうな?」


「領主様に仕えておる者からの情報ですので、確実でございます」


 そう答えたチョゴはヤンゾに視線を向け、ほくそ笑む。


 くっ、こいつ……


 チョゴの言葉を聞いたズシンは、しばらくの間無言になる。

 そして……



「私達は私利私欲の為に、イドエで金を得ている訳では無い。無論領主様にも税を納めておる」


「はい」


「それは皆も承知であろう」


「はい、それはもう」


 サブマスターや幹部達は頷く。


「私達が権力ちからを得れば、私のギルドに関わる者全てが裕福となり幸せを享受する」


「……」


「私達が今以上の地位を築く為には、これからもイドエから生み出される資金は無くてはならないものだ」


 その言葉を聞いたチョゴが口を開く。


「マイマスター。そもそも無粋な者を使い、内部からかき乱すだけでは、効果は表れておりませんし、これから先の見通しも不透明です」



 くっ、何故知っている!? 



「そこで……」


「……」


「私に任せて頂ければ、Sランク冒険者とて早急に排除し、元のイドエに戻してみせます」


 くぅ……


 ヤンゾの右手は、怒りから震えている。 


「申せ」


 皆の視線が、チョゴに注がれる。


「目には目、歯には歯」


「……」


「そして、冒険者には、冒険者を……」


 発言の意図を察した他のサブマスターや幹部からどよめきが起こる。



あの・・者達を雇います」


 

 得意気に話しおって! 私とて、その程度の事は考えていた!


 ヤンゾは苦虫を噛み潰したような表情をする。



「ざわざわ」


「それでは大変な事に……」


 ざわめきが収まらない中、ズシンが口を開く。


「チョゴ」


「はい」


「それでは当然のことながら、イドエが戦場になるぞ」


「はい。それでこそ、反抗する者達に強い意志を示せるかと」


 ズシンが少し思案するような表情を見せた瞬間、ヤンゾが発言する。

 

「お待ちくださいマイマスター」


 ズシンは頷き、発言を許す。


「仮にも今イドエに手を貸している者は、Sランク冒険者だという事を忘れてはなりません」


「ふん、ひよっているのかヤンゾ」


 チョゴのその言葉に、ヤンゾは直ぐに言い返す。


「まだ途中だ! 口を出すな!」


「はははは、興奮するな」


 チョゴはヤンゾの怒りを笑い飛ばす。


「……ヤンゾ、続けろ」


「はい、マイマスター。あの・・者達が圧倒できるのなら問題はありませんが、イドエに手を貸している者にギルドの後ろ盾が無いといっても、孤立無援という訳ではございません。事実、既にAランク冒険者が合流しております」


「ふん、たかが1名だろうに」


「チョゴ……」


「失礼しました、マイマスター」


 チョゴは口を閉じる。


「1名でも加担する者が居れば、他にもと警戒するのは至極当然かと思えます」



 ……ふん、臆しおって。

 雇われた者達が戦うのであって、私達がイドエに赴くのではないというのに。

 例え失敗しても、村人の決心は揺らぐだろう。その時に内部から切り崩せば良いだけの話だ。



「マイマスター、そこで私からの新しい提案ですが……」


「……申してみよ」


「いっそ……」


 そう口にしたヤンゾは黙ってしまい、集まって居る者達はざわつく。


「どうしたのだ?」


「黙ってしまったぞ?」

 

 ズシンが話を続けるように促す。

 

「……ヤンゾ」


「はい。いっそ…… 奴等に便乗するのも手かと」



 ヤンゾのその発言で、先ほどよりも更にざわめき立つ。



「協力するというのか!?」


「そんな事したら、イドエの者達が調子に乗って、小麦の値段を上げて来るぞ」


「そうだそうだ。我々が価格を操作できる強みを、自ら失なう事になるかもしれぬ」


「イドエに手を貸す…… そんな事をしたら、領主様に反旗を翻したと取られるかもしれんぞ」


「今の体制が潰されるかもしれんな」



 ヤンゾはこの時、己の発言を悔いていた。



 くっ、チョゴへの怒りから、思わず逆の立場をとってしまったが、どうする…… この後を、いったいどうする…… 考えろ、考えるんだ!



「ヤンゾ」


「はい」


「続けろ」


「はっ、はい」


 ヤンゾはゆっくりと話を続ける。


「Sランク冒険者だけではなく、あの伝説の舞台監督までもがイドエに付くというのなら、いっその事、我々も加担してイドエの復興に手を貸し、えんではなくえんを結ぶのも手かと……」


「……」


「無論、領主様の動向を伺いながらですが、ガーシュウィンの名によって復興を果たせば、イドエというブランドは大きく飛躍することでしょう。それこそ、演劇の題材になり、広く世に知れ渡り支持を集める可能性があります」


「……」


「そうなれば、イドエの小麦の値段は今以上に跳ね上がります」


 ズシンに言われ口を閉じていたチョゴがたまらず発言する。


「ふん! それはあくまで成功すればの話であろう!?」


「その通り、成功した話をしている」


「では仮にそうなった時、イドエ奴等が利益を求めてくれば一体どう対応するのだ!? お前の言う様なブランド力をイドエが身に着ければ、当然発言力も増す! そうなれば、我々が風下に回る可能性もあるのだぞ! それなら尚更今のうちに叩くのが正解であろう!」


「マイマスター」


 ヤンゾはズシンを見つめる。


「続けろ……」


「イドエは小麦に興味を示しておりません」


「何をいうか!? 奴等に残された唯一の産業だぞ! 復活するには、小麦の値を上げるのがどれ程重要か分かっているだろう!?」


「うむ……」


「私自らイドエまで赴き調べた所、奴等は小麦以外の新しい物を生み出そうとしております」


 ヤンゾは自らそう発言しているが、確信している訳では無い。


「はん!? そんなものが、突然空から降ってくるとでも思っておるのか!?」


「恐らくガーシュウィンは、その話を聞き船に乗り込んだものだと思われます」


「……なるほど、辻褄は合う。あのガーシュウィンが納得するほどのものが、イドエで生まれようとしているというのだな」


「はい」


 マスターの同調により、ヤンゾは胸を撫で下ろす。


「でたらめを言うなヤンゾ! ではそれは何だと言うのだ!? 言ってみろ!」


「チョゴ……」


「失礼を…… マイマスター」


 チョゴは再び口を閉じる。


「ヤンゾ、申してみよ」


「はい。当然、ガーシュウィンが絡むのであれば、それは演劇です」


「はっ!? はははははは、演劇だと!? 何処の劇団があの・・イドエに手を貸すというのだ!? 以前にイドエに手を貸した劇団がどうなったのか、今でも語り継がれているだろう! いくら名声を欲しいままにしたガーシュウィンの名があっても、奴は偏屈で嫌われ者だったらしいではないか! そんな者に、いったい誰が手を貸すというのだ!? と、言いたい所ではありますが、マイマスター」


 興奮して勝手な発言を繰り返すチョゴに、それでもズシンは許可を与える。


「……申せ」


「確かにガーシュウィンの名の元、不埒な奴等が集まる可能性は捨てきれません」


「……」


「ですので、尚更今のうちに知らしめることが必要かと……」


 その意見に、ヤンゾが直ぐに反応する。


「マイマスター。私達が手を下さなくても、失敗すれば、奴等は自滅いたします」


 その言葉で、チョゴは歯を食いしばる。


 ぐっ、ぐぐ……

 

「勝敗の見えない争いは起こさず、傍観すれば良いのではないでしょうか? 先程手を貸すと申しましたが、傍観するのも、手を貸したのと同等の意味を持つと思われます」


 ヤンゾは話しながら、己の意見を修正する。


「……」


「それに、いくら領主様が無関心であれ、敷地内・・・で私達が先導して争いを起こすのは、避けたい所であります」


「……確かに」


「私が用意した反乱分子の梯子を外し、今はあくまで中立の立場で傍観し、どちらに転んでも乗り込めるようにしておくのが、ガーシュウィンが現れた今となっては、一番の策ではないかと……」


 ズシンは顎に手を付け、深く思案している。


「奴等が小麦に興味が無いのを、どう証明する?」


 マスターの言う通りだ、そんな証明はできはしまい! 


「証明は難しい所でありますが……」


 ふっ、それみろ!


「先ほども申しましたが、成功してブランド力が増せば、イドエの小麦の値は跳ね上がります」


「……」


「そうなれば、言い値で交渉しても、我々の利益は下がることは無く、今までと変わらないでしょう」


「……」


「いえ、それどころか……」


「……」


「ブランドによって、増す可能性すらあります」 


 ざわめきが起こり始める。


「確かにそうかもしれない……」


「それなら、どちらに転ぼうとも我々に損はない」


「むしろ、成功した方が良いのでは!?」


 ズシンは目を閉じて、思案している。

 その時、ヤンゾが再び発言する。


「イドエが失敗して、Sランク冒険者を盾に小麦の値を交渉してくるのであれば、その時こそは……」


「……」


「ただ、失敗した場合、冒険者の姿も無いものと思われますが……」


 思案していたズシンが口を開こうとしたその時、チョゴが先に口を開く。


「お待ちくださいマイマスター」


「……」


「二兎を追うものは……」


 そう言ったチョゴの言葉をヤンゾが遮る。


「マイマスター、追いはしません。一兎を待つのみであります」


 ヤンゾを見つめるズシンの出した答えは…… 



「……そうだな。イドエの件は引き続きヤンゾ、お前に一任する」



「おぉー」


  

 一同から、どよめきが巻き起こる。


「ありがとうございます、引き続き精進いたします」



 ……ふぅー、感情に身を任せていらぬことを口走ってしまったが、なんとか、なんとか乗り切った。

 これで今まで通り、私が第一位だ。

 残念だったな、チョゴよ……


 ヤンゾはチョゴをチラ見する。


 この時チョゴは、両手を強く握って歯を食いしばり、ぶるぶると身体を震わしていた。


「急を要した協議はこれで終わる」


 そう言い残し、ズシンは部屋を後にした。

 ドアが閉まると、ヤンゾの周囲には直ぐに人だかりができる。

 対してチョゴの周りには、数人程度の幹部が集まっているだけであった。


「ヤンゾ様、これでどちらに転んでも、私達は安泰ですな! いや~お見事です」


「うんうん、マスターも納得していましたね」


「これで間違いなく、次のマスターの座はあなたに……」


 そう口にした幹部のハゲた頭をジッと見つめるヤンゾ。


 私の大切な剣を破壊したお前を、結果的に庇ってやったのだ…… 

 私にとって、最高の結果を示せ。良いな、シン・ウースよ。


「ありゃりゃ、いつもより光ってますかね私のハゲ頭は? こりゃ失礼しやした」


「い、いや、そんなつもりで見ていた訳では……」


 ハゲた幹部は、恐縮した表情でハゲ頭を撫でまわしていた。


 だがなシン・ウースよ。私が手を引いても、まだまだイドエは茨の道のりだ。

 これから起こり得るであろう一番の問題を、お前は一体どうするつもりなのだ……





「ねぇシン」


「うん?」


「レティシアさんに反対している職員の人達って」


「……」


「いったい何が目的なんだろうね?」


「……」


「だってさ、無法者が居た時より、昔のイドエに戻った方が絶対に良いと思うんだけどね」


「……そうだな」


「だよねー、どうしてかな?」


「普通ならば、村長さんのしようとしている事で、自分の富や権力を失うのが嫌なのさ」


「やっぱり、それなのかな……」


 ユウは何かを考える様な表情を浮かべる。

 そんなユウを見て、シンは口を開く。


「世の中には……」


「え?」


「1に1を足せば2って事にも、文句を付ける奴がいるのさ」


「……どういうこと?」


「どんなに正しくて、大部分の人が賛成する事でも、損得に関わらずこれといって信念も無いのにただやみくもに反対する奴等がいるってことさ」


 反対している職員に中にもそんな人が居るって事かな?

 確かに元の世界でそんな面倒な人が居た様な…… って、それって僕に言わせると、殆どがヤンキーの人達ってイメージなんだけど……


「だけど……」


「え? だけど?」


「逆の奴も居るって事さ」


「……逆?」


「あぁ」


 ……逆? つまり、多数派に賛成する人ってこと? それは普通な事だと思うけど…… いったいどういう意味なのかな?


 

 世界が違っても、何処の組織だろうが、人が人である限り、必ずいる。

 そういう奴が……    





 セッティモのある建物では……

 


「コンコン」


「……入れ」


「失礼します、ブラッズベリン様」


「……」


「着任早々申し訳ありませんが、イドエで新たな動きが……」

 

「……イドエ」


「はい。これに目を通して頂ければ…… では、失礼いたします」


 机に魔法紙を置くと、持ってきた者は部屋を後にし、閉めたドアを見ている。



 フン、野心の塊の若造が、こんな田舎町に飛ばされた早々に、ご近所がトラブルの真っ最中とは付いてないねぇ。

 場所が場所だけに、下手に手出しでもしようものなら今度は何処に飛ばされるやら…… 

 まぁ、何もしやしないと思うが、大人しくしてる事だ。それなら俺の仕事も減るから、目をかけてやってもいいってもんだよ、若造さん。



 魔法紙を持ってきた者は、部屋の前から離れて行った。 

 

  

 イドエ……


 窓から外を見ていたブラッズベリンは、ゆっくりと歩いて来て、魔法紙を取り上げる。



 これは……



 一枚一枚丁寧に読み終えると、机に魔法紙を置いた。



 ……フフフフフ


「フハハハハハハ」


 机に両手を突いたブラッズベリンは、突然大きな声で笑い始めた。



 フフッ、やはり私は、この程度で終わる者ではない。

 ……運命が、そう、言っている。



「フハハハハハ、ファハハハハハハハ」



 魔法紙は、ゆっくりと消滅していく。

 ブラッズベリンの笑い声と共に……


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