115 影響


 ガーシュウィンがシンに協力を伝えた二日後……


 その旨は村中に広まり、村人は更なる活気に溢れていた。


「Sランクのシャリィ様だけじゃなくての、あのガーシュウィンさんまでもがイドエの為に手を貸してくれるとはのー」


「そうだの、光栄だのー。出稼ぎに送られた者達も、ぞくぞくと戻って来ておるしの」


「ああー、こんな日が続くとはのぅ」


 老人達は皆、感慨深い気持になっている。


「今日はシン君と村長さんからのぅ、集まってくれと言われておるからの」


「と、いうことは……」


「いうことは?」


「そりゃ、わしらの出番ということだの~」


「そりゃ本当かの!? コリモンの奴等はの、スピワンの孫達に色々手ほどきをしていると聞いていたからの~、悔しゅうて悔しゅうての~」


 その言葉を聞いた他の者達は大声で笑い始める。


「ぶはははは」


「がははは」


「悔しがる必要は無いのー。ええ事じゃないかの」


「楽団の奴等だけ抜け駆けしおってのー、わしの出番はまだかまだかと、今か今かと待ち侘びておったんだの」


「まだかまだか? 今か今か? そりゃ待ち侘びとった気持ちが出ておるのー」


 再び笑い始める老人達。


「ぶっはははは」


「ふふ、むふふふ」


「ぐははは。よーし、集まりにわしも行くぞ!」


「呼ばれてなくても、わしも行くの!」


 皆、職人の血が騒いでおるのう。 


 だがの……


 その為にはの、まだまだ大きな山が立ちふさがっておるのう……

 シン君は、それをどうやって乗り越えるつもりなんだの……


 ロスは空を見上げた。



 ここ数日間、予定よりも早く出稼ぎの者達の大多数がイドエに戻って来ていた。

 その理由は、現在のイドエの話を聞いた出稼ぎの者達が、村に言われた順番を待つこと無く、我先にと戻り始めていたからだ。

 その為、ピカワンもフォワも、他の少年少女達も久しぶりに両親との再会を果たしていた。


「ピカワン! ピカツー!」


「あー、帰ってきたっペぇ!」


「来たっペぇ来たっペぇ! あー、母ちゃんも居るっペぇ!」


「ふふ、その変な話し方も、懐かしくて心地良いの」


「ほんとだね…… ねぇ、あたし達、毎日ここで生活してもいいんだよね……」


 両親は微笑みながらも、目に涙を浮かべていた。



「フォワー! フォワー!」 


「帰ったぞフォワ! って、相変わらず何言っているのか全然分からんのぅ」


「フォワフォワフォワフォワ!」


「うん。だがの、喜んでくれているのは分かるのぅ」


「フォ~ワ~」


「……って、どうしたんだの、その腫れた顔は?」


「フォワ~、フォワフォワフォワフォワ!」


 うーん、さっぱり分からんの……



 いつもの練習を休みにして、少年少女達は家族水入らずの時間をゆっくりと過ごす。

 その為、ガーシュウィンの視察は先送りになったのだが、その事をシンが伝えに行った時、ガーシュウィンはベッドで横になり、あまり反応をみせなかった。

 もし、いつもの様に練習が行われたとしても、見に来ていたのか、定かではない。




 バリーとシャリィは、村に戻る者達の安全を守る為、昼夜問わず街道の監視をしている。

 村に残った元無法者達も駆り出されていたが、更に猫の手を借りたい状況で、あの者までもが秘密裏にその任についていた。


「ガルルルル」


「は~い、異常なーし」


 って、どうして僕まで縁もゆかりもない村人を守らないといけないの!?

 しかも姿は見られるなとか、きっしょいハゲには気配すら感じさせるなとか……


「やだやだ……」


 ゼロアスは地面にしゃがみ込み、落ちている石を拾い木に向かって投げ始めるが、一発も狙った木に当たらない。


「このっ! 当たれよ!」


「クルルルルル」


 心なしか、連れている魔獣たちが哀しげな表情をしている。


 何度投げも当たらず、手の届く範囲に石が無くなり投げるのをやめた。


「はぁ~、帰りたい…… ウースに帰りたーい」



 そして、ゼロアスの他にも……


「じゃいじゃいじゃい! おまん、イドエの者かの?」


「はい? は、はい……」


「安心せい。冒険者で護衛じゃい!」


「えっ!? ではあなたが噂に聞いたシャリィ様ですかの?」


「じゃい!? 馬鹿ぁ、シャリィは女だぞ! 見てみぃ、どこがあんなにナイスバディじゃい!?」


 そう言ってポーズをとる。


「……失礼しましたの。では、バリーさんですかの?」


「じゃいじゃい!? どこがハゲておるんだ!? 見てみぃ!」


 そう言って頭を向ける。


「ふさふさですの……」


 ハゲてはないけど、べたべだでフケが引っ付いてて汚いの……


「じゃいじゃい! 二度とあんなキモハゲと一緒にすなっ」


「はぁ……」


 どうやらバリーという人は、ハゲてるみたいだの……


 イドエに戻る村人を見つけては、安全な所まで誘導するだけの楽な仕事じゃい……

 だいぶ物足りんが、これでしばらくは酒池肉林じゃい!


「じゃいじゃい!」




 村長宅に村人達が集まろうとしていた頃、先に到着していたシンはレティシアに呼ばれる。


「シンさん」


「はい」


「あのー、実は……」


「どうしました?」 


「私に反対の立場をとっていた職員ですが……」


「……」



 その頃ユウは、スタジオで一人、空いた時間に振付を考えていた。


 うーん、クダミサの振付なら完璧だけど、僕の詩がついたシンの曲には、合わないような気がするんだよね。

 それに、せっかくなら全てオリジナルにしたいけど……


 ユウは目を閉じて、何度も何度もバリーの歌う曲を聴き返していた。




「謝罪をしてきたんですか?」


「ええ、謝罪といいますか、今後私達の邪魔はしない事を約束するので、今まで通り村に置いて欲しいと……」


「そうですか……」


「全員では無いのですが、殆どの者がそう言ってきまして……」


 反村長派の職員の心変わりに、ガーシュウィンの名が大きく関わっているのはタイミング的にも間違いはない。

 その影響力を、シンは早々と感じていた。


「それと……」


「はい」


「その中の一人が唐突に、戻ってきた人達の物資も問題ないと」


 やはり、そうか…… つまりそいつらは……


「まるで誰かに伝えろと言われてかの様に…… シンさん、これってもしかして……」


「ええ、多分そうでしょう」


 その時……


「シン君、村長さん、来たからの」


「おー、シン君。もう来てたんだの」


 シンは老人達に笑みを向けて軽く頷く。


「あっ、皆さん。どうぞ、どうぞこちらへおかけ下さい」 


「悪いのう村長さん。うーん、これじゃ椅子が足らないかもしれんの」


「え、そうなのですか?」


「皆気合が入っておってのぉ、戻って来た者達にはわしらから説明しておるんだがの、それでもシン君や村長さんの話を直接聞きたいと言っておっての。兎に角、沢山来る予定だの」


「では椅子をもっと増やします」


「わしらも手伝うからの」


「そうだのそうだの」


 全員が椅子を取りに行く中、シンは一人でその場に佇んでいた。



 ヨコキさん…… 




 

「と、言う訳でございまして、村長の私は、イドエに服飾組合の復活を切に願います」


 その言葉で、歓声と拍手が響いた。


「おぉー」


「うぅぅぅ」


「こんな喜ばしい時に、何を泣いておるのー」


「いや、つい…… 嬉しくての……」


「組合の資金につきましては、村から一時的にお貸しするという事で、以前のように独立性を保てると思います」


 この時、レティシアの視線は、一人の老人に向けられていた。

 その老人も、レティシアを見ている。


「ロスさん……」

 


 レティシアが呼んだその名で、集まっていた者達は一瞬で静まり返る。



「……お願いします」


「いや…… わしは……」


 何かを言おうとしたロスに、レティシアが言葉を被せる。


「服飾組合長は、あなたしか…… いません」


 見詰め合うレティシアとロス。


 一度目を伏せたロスは、ゆっくりと周囲の人々を見回す。


 かつて共に戦った者達は、澄んだ瞳でロスを見つめ、中でもスピワンは小さく頷く。


「……」


 ロスは俯いて考えた後、椅子から立ち上がった。


「……わしでよければ、力にならせてくれの」


 その言葉で、自然と歓声が響き始める。


「その言葉をまっとったの!」


「ロス、また頼むのー!」


 ロスの瞳から涙が溢れ頬を伝う。

 その涙を拭うことなく、集まっている者一人一人に視線を向けた。


 シンは微笑みを浮かべてその様子を見ていたが、心の中ではヨコキの事を考えていた。



 場が落ち着いて来た頃に、レティシアがシンの名を呼ぶ。


「それではシンさん、お願いします」


 呼ばれたシンは、気持ちを切り替え、椅子から立ちあがって口を開く。


「俺を見るのを初めての方もおられると思ういますが、名前だけ紹介させて頂きます。俺はシン・ウースです」


 初めてシンを見た者達から、少々ざわめきが起こる。


「あれがシン・ウースか……」


「Sランク冒険者のシューラで、今回の指揮をとっておるそうだの」


「あら~、良い男」


「ねっ、可愛い顔してるよね~」


 ざわめきが収まると説明を始める。


「それでは、これからの流れを俺の方から簡単ではありますが、説明させて頂きます」


 集まって居る者達は、目を輝かせてシンを見つめている。


「皆さんも既にご存じだと思いますが、あのヴィセト・ガーシュウィンさんが、俺達に手を貸していただける事になりました」


「おー、聞いておるのー」


「しかし驚いたがの、シン君が説得したんかの?」


「流石だの」


「本当かの?」


「らしいぞ」


 中には知らない者もいた。


「その辺りの事は、また後日説明いたします」


「うむ」


「分かったの」


「兎に角今はガーシュウィンさんがこの村に協力してくれるという事を、そして、この村がやろうとしている事を、広く伝える必要があります」


「そうだの、そうだの」


「そうする事によって、村外から協力したいと言う者が出て来るかもしれんの」


「ロスさん」


 シンはロスの名を呼んだ。 


「今現在この村に、服飾に必要な魔法石と素材は、どのくらい残っているのでしょうか?」


「……そうだの。20年前、わしらが圧力をかけられた時、魔法石は手に入らなくなり、既に村にあった魔法石で凌いでおったの。服飾を辞めざる得なくなった時、余っていた魔法石も根こそぎ教会に返却をさせられたの」


「そういえば、そうだったの……」


 集まっていた者達の大多数が肩を落とす。


「だがの、プロダハウンに僅かだが、ほんの僅かだがの、残っておったの、素材も魔法石もの」


 その場所は、スタジオにあるもう一つのドアから降りた部屋。

 スピワンとそれを確認していた一部の老人達は目を合わすが、笑顔はない。

 つまり、それほど少ないという事であった。


「そうですか、では現状その素材と魔法石で僅かでも服飾が出来るという事ですね?」


「そういうことだがの、さっきも言ったがの、本当に僅かなんだの」


「ロスよ、どれぐらいなんだの?」


 心配になった一人の老人が思わず口を開いた。


「魔法石に関しては具体的な数字は出せないがの、素材の量からいうと……」


 ロスの言葉を待つ者達は静まり返る。


「作る物にもよるがの…… 恐らく、三桁作るのは無理だの……」



 ……だいぶ少ないのう。


 魔法石次第では、素材も余るかもしれんの…… つまり、それよりも更に少なるということだの……


 そんな量ではとてもじゃないがの、イドエの看板を再び上げる事はできんの……



 一人の老人が、立ち上がって発言する。



「その辺りはの、シン君達が何とかしてくれるんだの?」


 その言葉で、他の老人達も続く。


「わしもそう思って安心しておったがの、違うのかの?」


「シャリィ様が魔法石はなんとかしてくれると思っておったがの?」


 老人達の意見を一通り聞いたシンが答える。


「その事については、俺に考えがありますが、それは後日に」



 後日…… うーん、大事な所なんだがの…… 

 

 その考えを、今聞きたいけどの……



「今は僅かでも、服飾が出来る事が重要です」


「どういう事かの?」


「さあのー、分からんの~」


「素材は何とかなるかもしれんがの、魔法石が無ければ、わしらの腕があっても、どうする事も出来んの……」


 一人の老人が、そう呟いた。


 そう、最大の問題はそこだの…… 服飾に必要な魔法石は、この村に裏で入って来ておる生活魔法石とは訳が違うの。

 わしらは元より、味方をしているシン君達にも、教会は魔法石を卸す訳無いの。

 例えば、この村に関わりのない者を利用して、少しばかりを手に入れる事ぐらいの策ならわしも思いつくがの、この村に流れておるのが分かれば、直ぐに対応されるだろうの。それに、関わった者は、最悪死罪という大きな大きなリスクがあるの……

 つまり、教会が協力をしてくれん限り、イドエに服飾の復活は無いの。

 考えがあるというとるがの、シン君はその高い頂をいったいどうやって…… のぅ……


「で、シン君。わしらは何を作ればええのかの?」


「それは……」

 



     

「ここはこうやって、こうだよね…… うーん、こんな感じでいいのかな? 自分で踊っても、良いのかどうなのか、いまいち判断しかねる……」  


 ユウが一人で悩んでいたその時、スタジオのドアがゆっくりと開く。


「一人っペぇ?」


「うわぁぁぁぁあああー」 


 急に後ろから声を掛けられ、驚いたユウが悲鳴を上げた。


「ぷっ、ぷはははははは」


「なっ、ナナちゃん!?」


「そうっぺぇ。驚きすぎだっペぇ、あはははは」


「いや、ちょっと……」


 誰も来るはずがないと思っていたし、それに足音が全然聞こえなかったから、本当に驚いちゃった。


「ナナちゃん、お父さんとお母さんとは?」


「もう十分堪能したっペぇ」


「そ、そうなの?」


「うん。それに二人共、ジージと一緒にシン君の集まりに行ったっペぇ」


「そうなんだ」


「ユウ君は行かないっペぇ?」


「うん、僕は僕でやる事があってね」


 ナナはユウを見つめる。


「じゃあ…… うちは暇だから手伝うっペぇ」


「え?」


「どうして驚くっペぇ、迷惑っぺぇ?」


「迷惑だなんて…… 逆に凄く助かります」


「正直で良いっペぇねぇ。それで……」


「え?」


「どうすれば良いっペぇ?」


「あっ、うん! こういう動きだけど、自分でしてても良いのか悪いのか分からなくて……」


「こうっぺぇ?」


「うん、そうそう!」


「あっ、もう少しこうしてみて」


「こうっぺね」


「そう!」


 うーん、最初のより後の方が動きとしては可愛いな。


「うん! 可愛い!」


「ええっ!?」


「その動き可愛いよね? だけどもう少し、指先にまで気を使ってみよう」


「あ…… う、うん」


 可愛いって、うちの事じゃないっペぇね。 

 ……紛らわしい。


 この時ナナは、勘違いさせるような事を口にしたユウに少し怒っていた。

 だが、その表情は明るい。





 村長宅では、シンの話が続いていた。


「今説明した物を、残っている素材と魔法石で作れるだけ作って貰いたいです」


 シンの話を聞き、集まっている者達はあっけに取られていた。


「残された貴重な最後の魔法石と素材で、そんな物を作るのかの……」


「そんな物を作って、何になるというのかの…… のう!?」


「わしに聞くなの…… 分からんからの」


「詳しいデザインは、後日打ち合わせをしましょう」


 大多数の者達がポカンと呆けている中、ロスだけは大きな声で返事をする。


「了解だの! シン君、打ち合わせは無論のことのぅ、製作の時も立ち会って詳しく説明を頼むでの!」


 ロスも他の者と同じでその真意は分からなかったが、シンへの信用は揺るがない。


「あー、そうだの! シン君が言った通りの物を作ってやるからの! のう皆!」


 スピワンもロスの後に続いた。


「そうだのそうだの、驚く物を作ってやるからの!」


「わしらの魔法技術の高さで、シン君が腰を抜かすのが今から楽しみだの~」


「そうだの~」


 シンは微笑みを浮かべて、職人達を見ていた。

 そして……


「モリスさん、オスオさん」


「はい」


「なんだの?」


 シンはこの場にモリスとその夫のオスオも呼んでいた。

 ジュリには留守番を頼んだのだが、村の治安が改善されたといっても幼い女の子を一人にするのは不安である。

 そこで、偶然家族で食堂に現れた者に、一緒に留守番を頼んでいた。


「この料理の味の決め手は、最後にお酒を少し入れるの。あれ、ここに置いていたお酒は?」


「……」 


「あれれ? あー!?」


「フォワ?」


「またお酒飲んでる!?」


「フォ~ワ~」


「食べたい料理を出してあげてって言われたけど、お酒は駄目だよ」


「フォーワ~」


 この時フォワは、固い事言うなと言っていた。  


「もう…… フルさんがここに来た時、大変だったのに」


 フォワがガーシュウィンと酒を飲んでいたあの日、後から現れたフルを見て驚いたフォワは、酒も入っていた事もあって間髪入れずフルに飛び掛かった。

 だが、カウンターで顔に張り手を喰らい、当然の如く返り討ちに会っていたのだった。


「駄目!」


 ジュリは抵抗するフォワの手を掴む。


「フォワ……」


 酒を取り上げられたフォワは、悲しげな表情を浮かべていた。





「モリスさんの他にも、料理を生業なりわいとしていた方々は、今からいう話を聞いてください」


 ……いったい、わしらには何を作れと言うんだの?


 先ほどの話を聞いていたオスオは、不安を抱いていた。


「皆様には、是非作って頂きたい料理があります」


「それは何だの?」


「それは……」


 オスオとモリスだけではなく、ここに集まっている全員が息を呑む。



「芋天です」



 ……イモテ?


 なんだのそれは?


 初めて聞く料理名に、どよめきが起きる。

 

「うん? 知ってるかの?」


「いや、知らんのー」


 オスオが口を開く。


「シン君」


「はい、オスオさん」


「その料理は、どんな料理なのかの?」


「芋と小麦粉を使った料理です」



 ……芋と小麦粉。



「どうやって作るんかの?」

   

「簡単に説明すると、芋を水で溶いた小麦粉で潜らせ、油で揚げます」


 芋と小麦粉を油で揚げる…… 


「知っておるかの?」


「うーん、知らんの~」



 皆のこの反応…… やはり少なくとも、この辺りに天ぷらは無いようだ……



 オスオが再びシンに質問をする。


「それを作って、いったいどうするんだの?」



「芋天を作って、イドエの新しい名物にします」



 新しい名物に……


 ここで一人の者が立ち上がって口を開く。


「ちょっとええかの?」


「どうぞ」


「わしの名はジィエンというがの、村に帰って来たばかりなんだがの」


「はい」


「村には今、名物で売り出すほど、芋があるんかいの?」


 その通りだの…… 芋は昔ほどないの。

 多少なら手に入るがの、小麦と違って、数はありゃせんの……

 戻って来た者達を使って今から栽培しても、収穫まではかなりの月日がかかるの……


「その心配は、しばらくは大丈夫かと……」


 シンはそう言って笑みを浮かべた後、話を続ける。


「それともう一つ」


「ざわざわ」


「なんだの?」


 皆は再び息を呑む。


 

「ランゲを改良します」



 またしても、どよめきが起きる。

 

「ランゲを?」


「はい、この村の小麦を使って、さまざまなランゲ作りに挑戦します」


 さまざまな…… か。つまり一つではないということだの……

 それはイモテンとかいうのと違って、ランゲの改良は手探りということかの……


「まずは料理と服飾で新しい名物を生み出し、そして、ガーシュウィンさんの名声を使わせてもらい、来たる日にイドエに人を呼び寄せます」


 なるほどの…… シン君は料理とわしらに頼んだ服飾でイドエ復活の兆しを作ろうとしておるのだの。

 そして今は、おまけというにはあまりにも大きすぎるガーシュウィンさんの名声まであるの。

 だがの、ガーシュウィンさんは突発的に沸いた話だったからの……

 つまり、もしガーシュウィンさんが居なくても、十分に人を呼びよせられる計算が出来る物だということだの……


 ロスはそう考えていた。 


「シン君、わしからも皆に伝えたい事があるのでええかの?」


「どうぞ」


 ロスは椅子から立ち上がり、再び大きな声を出す。


「ええか、皆! 兎に角今は、シン君に言われた事をせいいっぱいやろうの」

 

 当然現時点では、シンの言葉を疑う者が大多数であったのだが……


「疑念なんぞは必要ないの! 言われた事を、このイドエの為に、息子や娘、孫の未来の為に! そして、ずっと、ずっとこの村の事を一途に考えてくれていた……」


 ロスはレティシアを見つめる。


「村長さんの為にの……」


 その言葉を聞いたレティシアの瞳が潤む。


「皆! 分かったかのう!?」   


 かつてこの村をまとめたロスの言葉で、集まっていた者達は奮い立つ。


「おぉー! 分かったの! わしもやるからの」


「シン君とやら、わしは料理も服飾もできんがの、何か出来る事はあるかの?」


「息子から通訳を通してあなたの事は聞いておるからの。わしも信用するからの! フォーワァァアー」


 フォワの父親は雄たけびを上げた。


「あたしは明日から何をすれば良いのか、教えてくれの」


「あんた可愛いよね~。もう、ほんとたまらん! 旦那捨てるから、あたしと一緒にならない? ねっ、ねっ!?」


「わしを捨てるって、かぁちゃん、何を言っておるんかの!? まだ昔のあの事を根に持っておるんかの!? 素っ裸になって、ブリッジしながら何度も謝ったではないか!」



 そんな謝り方が、この世界にはあるのか……


 シンはそう思っていた。



 使命感に燃えた村人達の叫びを聞いたレティシアの視線は、自然とシンに向けられ微笑む。

 この時、レティシア自身も気付いていなかったある感情が、芽生え始めていた。

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