116 服飾とレシピ



 集会を終えた後、シンは一部の村人、そして元無法者達を伴い向かった場所は……


「ここです」


「おーおー、旧道をこんな所まで魔獣と会わずにこれるとはのー」


「ほんとだの~」


 案内した先は、ゴブリンと戦った場所であった。シンは辺りを注意深く観察する。


 ……今は不穏な空気は感じない。

 だけど、あの時も最初はそうだった……


「警戒しててくれ」


「分かりました」


 元無法者達と言葉を交わし、辺りを見回した後、戦った場所に目を向ける。


 あれから雨も降ったし風が強い日もあった。

 だが、俺の足跡も、あの気味の悪い生物の痕跡も……

 何もない……


「……」


「シン君」


「は、はい」


「実はの、シン君が芋の心配は無いと言った時の、もしかしてこの放置された畑の事を言っておるのかと思っておったがの」


「気づいてたんですね」


「うん…… だがの、人の手が長い間入っておらんからのぅ、ここの芋が使えるかどうか……」


「ではさっそく奥の方を掘ってみましょう」


 村に残った元無法者達を見張りにして、村人とシンは雑草が生い茂る畑の奥へと入って行く。

 旧街道沿いから近い範囲は、たまに通る者達に既に掘られている。

 芋の蔓も背の高い雑草も見当らないその場所は、シンがゴブリンと戦った所である。


「さすがに奥は雑草が多いの」


「そうだの。ちいと手間がかかるのこりゃ」


 村人とシンは、最初に不要な雑草を片付けていく。

 すると……


「お、蔓だの。葉もしっかりあるの」


「こっちもだの。意外とあるの」


 村人は、雑草を切り開いて奥へ奥へと進む者と、その後に芋を掘って行く者に分かれる。


「おぅ!? あった、あったのう」


「ほう~、雑草で陽が当たらんのに意外と数が付いておるの」


「こっちもだの! けっこうあるの!」


「ほんとほんと、形はあんたみたいにだいぶ悪いけど、量はありそうだね」


「わしの何処の形が悪いというんだの母ちゃん? まだあの事を根に持って……」


 ふふ……


 夫婦のやり取りを聞いたシンは笑っていた。


 シンは命のやり取りの最中に、奥の雑草の中に芋の蔓が見えていたのを見逃してはいなかった。後日シャリィに頼んで、放置された畑に芋があるのか既に調べて貰っていたのだ。


「うーん…… ちょっとこの形だと、味が心配だのう」


「そうだの…… この畑の芋は、皆が山や道端で探す野生の原種とは違うからの。自然任せでどこまで……」


 心配する村人達に、シンが声をかける。


「味が多少悪くても、心配ありません」


「おっ、何か考えておるんだの」


「では掘って掘って掘りまくろうかの」


「馬鹿、全部掘ってどうするのよ! 管理してもっと増やすに決まってるでしょ」


「……すまん、母ちゃん」


「シン君! 取りあえず今日使う分だけぐらいでええかの?」


「そうですね、そうしましょう」


「じゃあの、残って雑草を片付ける者と、シン君と芋を持って帰る者に分かれるの」


「はーい! あたしはシン君と芋を持って帰りまーす」


「母ちゃん!? わしが悪かったから、もう許してくれのー」



 ……この人、いったい何をしたんだろう?



 その頃、プロダハウンでは……


「よいしょ、よいしょ」


「うっ、けっこう重い」


「下の部屋にある中での、一番メンテが必要無さそうな魔法機を選んできたがの」


 ……魔法機。


「これが重いやつでの。悪いのユウ君」


「いいえ、全然大丈夫です!」


「手伝うぺぇよ、ユウ君」


「うん」


 ロス達職人一行と、フォワを覗くピカワン達は、スタジオ下に置かれている服飾の為の魔法機を一台運んでいた。

 その為、スタジオで振付けを考えていたユウとナナは、中断して手伝っている。

 ユウは初めて見る魔法機に感動してずっと笑顔を浮かべていたが、ナナは二人きりの時間を邪魔されたと感じ、いささか不機嫌であった。


「うわー、凄いな~。これが魔法で動くんですね!?」


 ユウは瞳をキラキラと輝かせている。


「分解してるでの、組み立てんといかんがの」


「ナナ、そっちを持ってくれんかの?」


 ロスにそう声をかけられても、ナナは不機嫌そうな表情で動かない。


「ナナ?」


「……分かったっぺぇ」


 ん? どうかしたんかの?


「ロスよ」


 スピワンがロスに声をかける。


「何処へ運ぼうかの?」


「うーん、それだがの……」


 かつてロス達が使用していた服飾組合の製作所は、現在小麦の精製の為に使われており、その場所を空けるのは容易ではない。


「場所ですか? それならこの下はどうですか?」


「だけどの、下の舞台は皆が練習に使うの?」


「舞台には置かずに、観客席の所に置けば問題ないかと思います」


 ユウの瞳は、相変わらずキラキラと輝いている。


 スタジオで練習して、空いた時間は魔法機の見学が出来るって、こんな素晴らしい環境は他にはない!

 何としてもここに置いて貰わないと!


「ロス、ユウ君がこう言ってくれとるがの、どうするの?」


「う~ん……」


 お願い! お願い! うんと言ってくださいロスさん!


「じゃあ、取りあえずになるかもしれんがの、お言葉に甘えようかの」


「やったぁー!」


 ユウは大きな声を上げて喜ぶ。


「おっ、おう。驚いたがの」


「どうやらユウ君は服飾に興味があるみたいだの?」


「そうみたいだの。それならここにずっと残ってもらって、服飾の職人になってくれんかの?」


 不機嫌だったナナは、その言葉を聞いて表情が変化する。 



 それ…… 良い考えっぺぇねぇ……



「ジージ、これ何処に運ぶっペぇ?」


「お? 下の階だがの……」


「ちょっと待てのナナちゃん、それは一人では無理だの。フルちゃんじゃあるまいしの」


 その言葉で、スタジオにいる老人達から笑い声が漏れる。


「ふふふ」


「あははは。あの子なら確かにの、一人でも運べそうだの」


「ぐははは」


「ふふふふ」


 笑う職人達に反して、ピカワン達に笑顔はない。


「じいちゃんたち……」


「うん? どうしたピカワン?」


「その名前を出すでねぇっぺぇ」


「そうっぺぇ、出すなっぺぇ」


「んん? どうしての?」


「フルは前から噂してたら、突然現れるっぺぇから……」


「はははは、そんなの偶然だのー。はははは」


 スピワンが高笑いをしているその時、ドアの方から突如声が聞こえてきた。



「ねぇ、呼んだ~?」



 そう言って現れたのは、まさしくフルであった。


「ほらー、言った通りだっぺぇぁ!!」


「おっ、おう!? 本当に現れたの!?」


 フルは集まって居る者達を睨みつける。


「あんた達、もしかして悪口言ってたの?」


「……まっ、まさかのー! のう、ロス!?」


「そうだのー、村の誇りのフルちゃんを、悪く言うたりするわけないの」

 

「……ふーん。で、あんた達、何処へ行こうとしてるの?」


 フルと老人達が会話をしている最中、ピカワン達はこっそりと階段を降りてプロダハウンから逃げ出そうとしていた。


「どっ、どこにも行ってないっぺぇ……」


「しっ、下の階の掃除っぺぇ」


「それなら……」


 ピカワンに近付くフル。


 張り手が飛んでくると思ったピカワンは咄嗟に身構える。


「あたいも手伝うよ」

  

 そう言うと、フルは階段を降りて行った。


「ふぅ~、怖かったっぺぇ」


 ピカツーがそう口にすると、他の少年達も頷き同意する。



 フル…… なんか雰囲気が変わったっペぇ……



 ピカワンだけは、そう思っていた。




 

 モリスの食堂に、シンは掘ったばかりの芋を持って帰って来ていた。


「モリス」


「なーに?」


「随分いろいろな調理道具が増えてるね?」


「これはシャリィ様が今日の為に用意してくれたの」


「へぇ~、手動の物が多いね」


 この調理道具は、シンがあらかじめ頼んでおり、様々な物を既に準備していた。

 

 魔法の器具もあるみたいだけど、俺はその使い方が分からない。出来るだけ手動の物を頼んでいたけど、問題はないみたいだ。


「シン君」


「はい」


「この芋をどうするの?」


「まずは普通に洗って汚れを落としましょう」


「そうだの」


 食堂には数十人が集まっており、全員が作業を手伝う。


「フォワ~」


 酒の抜けたフォワもその場におり、ジュリと並んで仲良く一緒に芋を洗っている。


 全ての芋を洗い終えると、その中の一つを手に取り、まな板に置く。


「綺麗に洗った芋を、皮ごとこれぐらいの厚みで輪切りにします」


 そう言うと、芋を包丁で切った。


「……」


 切った芋の断面を見たシンの手が止まる。


「うーん、やっぱりのう」


「どうしたんだの?」


 シンの切った芋を見る事の出来ない後ろの者が尋ねた。


「この芋はスジだらけで、良くないの……」


 芋の断面は明らかに異様であった。


「……そうですね、他の芋も切ってみましょう」


 かごの中から無作為に洗った芋を取り、再びまな板にのせて切る。


「あ~、これもだの…… 虫にも食われておるの」


「……」


 まだ二つしか切っていないが、恐らく高い確率でこの様な芋ばかりであろうと見ている者達はそう感じていた。


「どんな料理になるのか分からんけどの、これだとかなり味も食感も落ちると思うがの……」


 確かにな…… ここまでスジが多いと、糸のような食感が気になって、味どころではない……


「どうするのシン君?」


 シンはまな板の上に置かれている芋を見つめながら考える。

 そして……


「では…… 全部の芋を真ん中で切ってみて、スジの多いのとそうでないのに分けましょう」


「そうだの。取りあえず全部調べてみようかの。皆手伝ってくれの」


「うん」


「フォワ~」


 言われた通り、全員で芋を真っ二つに切っていく。


「おっ、これは良い芋だの」


「こっちはスジだらけだの」


「うーん、殆どの芋にスジが多いね」


 残念ながら今日収穫した芋の8割は、スジが多いか、酷く虫に食われていた。 


「これは…… どうするかの……」


「そうですね…… 一度蒸しましょう」


「蒸すんかの? 最初に言ってた油はどうするんかの?」


「それは…… 蒸した後で」


 ……後で?




  

 プロダハウンの一階では、ロス達が魔法機の組み立てをしていた。


「これはどこですか?」


 ユウの手には、アーチ状の細い木の板が数本握られている。


「ユウ君、それはの……」


「あー、それはわしにくれのー」


「はい、どうぞ!」


「悪いのぅ」

 

「いいえー」


 早く、少しでも早く組み立てて貰って、是が非でも魔法を見てみたい!



 数十分後、一台の服飾魔法機が組み上がる。



 こっ、これが…… 服飾の為の魔法機……



 魔法機の全体的な素材の殆どは木であるが、その形は初めて見る物であった。

 

 大きくて丸い空洞があって、スカスカだけど、まるで宇宙船のコクピットみたい……

 うーん、良く分からないけど、シンプルな所と複雑な所に分かれている。

 たぶん魔法石は…… あそこと…… それと、あそこにもセットするのかな!? そして素材は…… あそこかな?


「ロス……」


「うん?」


「頼むでの」


 ロスがスピワンに視線を向けると、他の老人達もロスを見ていた。


「……分かったの。では、わしが座らせてもらうの……」


「ああ、頼むの……」


 皆が見守る中、ロスが組み立てた魔法機に座ると、ユウの感情が高ぶる。



 うわー、いよいよかな!? ドキドキしてきちゃった!



 自分の祖父が職人だったことは知っていたが、実際に見た事のないナナは、感慨深い気持ちで見ている。



 ジージ……



 スピワンが布に包まれた魔法石を二つ取り出し、魔法機にセットする。


 うん! やっぱり僕の思っていた所に置いている! ウヒヒヒ。


 魔法石に続き、素材もセットする。


 うんうん! 糸を、素材をセットする位置も僕の予想通りだ! ウヒッ!

 あっ、そっちにも素材を…… なるほど……


「スー…… スー……」


 セットした魔法石に両手を置いたロスは、大きく、そしてゆっくりと深呼吸をした。

 そして……



「コルセ!」



 そう口にすると、素材の糸がまるで命を宿したかのように、あらゆる方向から中心に向けて動き出す。


 なっ、なんということだ…… 

 あ、ああ、ああああ!?

 糸が!? 糸が、まるで…… まるで沢山の生き物みたいに……


 魔法で糸を操るロスの目は、半分程しか開いておらず、みるみると形を成してゆく物を目視しているのか定かではない。


 なんだろうこの感覚は!? ロスさんから? いや魔法機からなのか、何か圧の様なものを感じる……


 ユウは驚愕の表情を浮かべてロスと魔法機を見ていた。


 

うん、ロスよ、見事だの……


 スピワンは、衰えを知らないロスの魔法技術に関心していた。



 これ…… 本当にジージがやっているの……


 凄いっぺぇ…… 


 何だっペぇこれ……


 ナナも、それに少年達も、あっけにとられ見ている。  


 形を成してきた物は複雑に回転し、まるで全ての方向から何者かが確認している様である。

 魔法機が動きを開始して約5分。

 子供サイズで、片手だけの手袋が出来上がった。


「ふぅー、ふぅー」


 作り終えたロスは、肩で息をしている。


「見事だのロス!」


「ほんとだの! こんな長いブランクがありながらの、本当に見事だの!」


 職人たちはロスを褒めたたえる。


「ふぅー。いやいや、こんなのに時間がかかり過ぎだの。それに、流石に久しぶり過ぎて疲れたの」


「何十年ぶりだと思っとるのかの、時間は気にせんでええ。直ぐに昔みたいに出来るようになるの」


「それならええがの。それで、どうだの出来は?」


 スピワンが手袋を手に取り確認する。


「うん、うんうん! しっかり目も詰まっておるし、網違いも無い。形のバランスも良いの~」


「わしにも見せてくれの」


「わしもわしも!」


 職人達は興奮して、我先にと手袋に手を伸ばす。

 そんな職人達を、スピワンが制止する。


「皆待て待て」


「うん? どうしたの?」


「先にの、ユウ君に見て貰おうの」


「そっ、そうだの。わしとしたことが興奮しての」


「そうだの。わしもつい」


 スピワンがユウの前に立ち、ロスの作った手袋を手渡す。


「ユウ君、これがわしらの服飾魔法技術だの。見てくれの」


「……はい!」


 受け取ったユウは、そっと指で摘んで感触を確かめる。


 やっ、柔らかい…… それに、凄くきめ細かくて…… 

 うっ、美しい……

 まさか…… この世界で、ここまでの質の物を作れるなんて……

 この手袋は、僕達の世界に匹敵する…… いや、それ以上のものを感じる……


 この時ユウは、ある事を突然思い出す。



 あの河原で…… シャリィさんがシンの作業着を見た時驚いていたけど…… けど、この手袋は…… 同じぐらいの…… それ以上の……



「……」



 皆の視線が、自分に向けられている事に気付いたユウは、素直な感想を述べる。


「す、凄いです! 手触りが良くて、柔らかくて…… こんなの、見た事無いです!」


 その言葉で、職人達は微笑む。


 あっ、そうだ!


「ナナちゃん!」


「……」


「どうぞ」


 手袋を作りあげたロスの孫、ナナに手渡す。

 受け取ったナナは、丁寧に丁寧に手袋に触る。


 ……柔らかい。それに形も凄く綺麗…… これをジージが……

 

 ナナはロスを見つめる。

 目を合わしたロスは、照れくさそうに笑う。


「ふっ」


 そんなロスを見て、ナナは笑顔を浮かべる。


 ジージ……



「ナナァ、おらにも見せるっぺぇ!」


 我慢の限界がきたピカワンが、ナナの持っている手袋を強引に取る。


「あー、やわらけー、凄い手触りだっペぇー」


「ピカワン、おらにも貸すっぺぇ」


「次はおらっぺぇ!」


「いや…… わしも見たいんだがの……」


「まぁ、わしらは我慢するかの」


「そうだの。見てみぃ」


「ん?」


「わしらには、孫達の笑顔で…… 十分だの……」


 職人達は、笑みを浮かべて少年達を見ていた。





「シン君、半分ぐらいは蒸したがの」


「ありがとうございます。それでは、蒸しあがったスジの多い芋だけをほぐしましょう」


「ほぐすんかの……」


「こうやって、熱ぅ!?」


「大丈夫かの?」


「大丈夫です。こうやって皮をはいで、スジの多い所をほぐして、スジの少ない部分は細かくしないで、大きく形を残して」


「ふーん、なるほどの……」


「スジが無い芋は、ほぐさずそのまま置いといてください。熱いので、ほぐすのは冷めてからでいいので」


「わしは手の皮が厚いからの、平気だの」


「わしもだ」


「フォワー!」


「じゃあ、ほぐすのは男に任せて、あたし達は蒸すのを続けようか?」


「うん、そうだね」


「あ、それとほぐしたのをすりつぶして貰えますか?」


「はーい。じゃあ、あんたとあんたはすりつぶしてね」


「はーい」


 皆はもくもくと自分の役割を進め、無論シンも、誰よりも多くの熱い芋の皮を剥ぎ、ほぐしている。

 そんなシンを、オスオは見ていた。


 ……芋を運んできた時も、洗っている時もそうだったがの、口で指図ずるだけではなく、自分が一番働いておるの。


 オスオはモリスとジュリに目を向ける。


 二人とも、そして村の連中も、好感を持つわけだの……

 

 


「よーしシン君、だいぶ出来たがの」


「はい。では衣の方を作りますので、皆さん俺のやり方を真似て下さい」


 コロモ……


「この小麦粉は、村長さんにお願いして、一番細かい物を用意して頂きました」


 そう言って、小麦粉を見せる。


「確かに細かいの」


「これをふるい・・・にかけて、さらさらにします」


 ふむふむ、ここまではパンを作る時と同じだの……


 シンはふるった小麦粉を皆に見せる。


「これを二つに分けて、片方に油を入れます」


「油?」


「はい」


 話を聞いていた者達は驚く。


「いや、確か水で溶くって言ってたと思うがの?」


「はい、水はこの後に」


 後に? 水と油と小麦粉を混ぜるのかの? 意味が分からんの……


 小麦粉を油で溶くなんて、聞いた事ないね……



 この時シンが取った手法は、卵も不要で、更に素人でも簡単にさくさくの天ぷらが作れるというやり方であった。



「油と小麦粉を混ぜて、こんな感じにします」


 そう言って、油で団子状になった小麦粉を見せる。


「ほう……」


 集まっている者達は、シンの真似をして衣を作っている。



 見た目は悪いの…… これを食べるのかの?



「ここに水を入れて再び溶きます」


 シンの真似をして、皆も水を入れて溶き始める。


「……ほう、良い感じに水が馴染んでおるの」


 だがの、かなりゆるいの…… パン作りとは比べ物にならんぐらい水が多いの……


 これに芋を潜らせるのか……


「モリスさん、鍋に火をお願いします」


「ええ、分かりました」


 その様子を見た者達から心配の声が上がる。


「ねぇねぇ、あんなに沢山の油を入れた鍋を火にかけて大丈夫なのかね?」


「ほんとほんと、燃えたりしないのかね?」


 シンは油を暖めている間にほぐした芋を手に取る。


「このスジの除けて細かくほぐして潰して貰った部分は、手に取って、こうやって伸ばして……」


 シンは芋を掌に伸ばしていく。


「今は皆さんに見える様に、掌に伸ばしてますが、まな板とかの上でも大丈夫ですので、自分がやりやすいと思うやり方でどうぞ」


「ふむふむ」


「伸ばした芋の真ん中に、この形が残っている芋をのせて、包みます」


 外側は伸ばした芋、内側は形が残っている芋……

 同じ芋なのに、食感に差を作り芋で芋を包む…… なかなか面白いの。そして、考えておるの……


「わしらもやってみるかの」


「お願いします」


 ここに集まって居る者達は、料理をたしなむ者ばかりで、簡単に作業を進めていく。

 だが、フォワは上手く出来ず、中の形ある芋が外に飛び出していた。そんなフォワに、ジュリが優しく教える。


「こうだよフォワ君」


「フォワ~」



 次にシンは、そうやって形を整えた芋に、先ほど分けていたもう一つの小麦粉をまぶしていく。



 うん? 水で溶いた小麦粉を付ける前に小麦粉を付ける? 何の意味があるんかいの? あらら、芋が真っ白になったの……


「ここでの注意は、あまりつけ過ぎない事です」


「ふむふむ」


「つけ過ぎて色が濃い所は、形を崩さない様に軽くはたいてください」


 はたく…… こうかの……


「シン君」


「はい」


「これは何の為につけとるんかの?」


「水と油で溶いた小麦粉に潜らす前に、これ打ち粉と言いますが、これをする事によって食材に残っている水分を吸収して、この水で溶いた物が均一になり、仕上がりが良くなります」


 んんん? 水分を吸収する? また水で溶いた小麦粉に入れるのに水分を吸収と言われてもの……

 申し訳ないがの、意味が分からんの……


 その時、モリスから声がかかる。


「シンさん、そろそろ油が」


「はい、ありがとうございます。皆さん、良く見ていてください」


 シンは鍋の前に立ち、先ほど作った衣を数滴鍋で温めた油に垂らす。

 すると、底まで沈んだ後、しばらくして上がってきた。


「これだとまだ温度が低いので、もう少し待ちます」


「ほうほう…… それの動きで温度が分かるんだの……」


「フォワ~」


 よく分からないが、フォワは感心していた。

 この時の油の温度は約160度。


「わしは見えんがの」


「あ、すみません。前の人は一度後ろの人と場所を代わってあげてください」


 全員に同じ現象を見せた後、温度の上がった油に再び数滴垂らす。


「おー、今度は底まで落ちずに直ぐに上がってきたの」


「ほんとだのー」


 この時の油の温度は、およそ190度。


 モリスに火を調節して貰い、全員が見終わった後、溶いた小麦粉の中に形を作っていた芋を潜らせると、素早く油の中に入れる。


「ジュ~ジュジュジュ~、パチパチパチィン」


 辺りに、何とも言えない心地よい音が響く。


「……なんか美味そうな音だの!?」


「わしも同じ事を思っておったの……」


「フォワ~」


「わしはまた見えんがの?」


「すみません。これが終わったら直ぐに同じ事をしますので、今見えない人は待っててください」


 油に投入した芋は、一旦沈んで行くが、ゆっくりと浮かんでくるのだが、最初よりも音が大きくなる。


「ジュー、ジュージュー」


「おぉう、シン君、これは大丈夫かの?」


 ……一旦蒸したせいで芋の水分が多い。打ち粉ではあまり意味をなしてないかも…… そのせいで、必要以上に油が跳ねている。

 次は芋の水分を一旦拭いてから…… いや、時間を置いて少しだけ・・・・乾かしてから揚げるか……


 その時、跳ねた油が一番前で見ていたフォワの顔にとんだ。


「フォワーーーー!!!」


 この時フォワは、あつーーーーっと言っていた。



 衣をつけた芋が浮かび上がったと同時に、シンは芋天を取り出して網の上に置く。

 本来なら浮かんでからもしばらく待つのが常識だが、中の芋は先に蒸しており、火が通っているので外の衣に火が通った時点で芋を取り出したのだ。


 これでいい、中の水分はわざと全部飛ばさない。


「取りあえず、これで芋天の出来上がりです」

 

「おおぉー、これがイモテン……」


 皆の視線が、網の上に置かれている芋天にそそがれる。


 一度蒸しているから、火の通りは問題ない。高い温度で短く揚げて、外側の食感を重視してみたけど……

 俺の想像通りなら、中は……


「このように網の上にしばらく置いて、不要な油を落とします。では、モリスさん」


「え?」


 驚いているモリスにシンは笑顔を向ける。


「モリスさんが代表して食べてみてください」


「私が?」 


 笑顔で自分を見つめるシンを見て、モリスは芋天に手を伸ばす。


「かなり熱いので、気を付けて下さいね」


「は、はい」


 返事をしたモリスが芋天にゆっくりと手を伸ばしたその時……

 フォワが先に芋天を奪い取る。


「あ!? 私の…… イモ、テ、ン……」


「フォワ~」


 フォワはそう言うと、芋天にかじりつく。


「サクサクパリパリン」 


「フォワ!?」


 ほふほふと口を動かしながら芋天をかみしめるフォワ。

 それを見ている者達の喉が鳴る。


「ゴクリ」


「おうおう、食べている時の音が良いの~」


「ほんとだね」


「どうなんだのフォワ?」


「ほふほふほふ、サクサク」


「……」


 全員が目を閉じながら芋天を食しているフォワの言葉を待っている。  


「ゴクン」


 飲み込んだフォワの発した言葉とは……


「……フォワ~、フォワフォワフォワフォワ~」



 ……いや、何言っているのか全然分からんからの~。



 ジュリ以外の全員がそう思っていた。


「フォワ~、フォワフォワフォワ~」


「えーい、これではらちがあかないの! シン君、もっと作ってくれの」


「はい、では直ぐに」


 シンは直ぐに数個の芋天を揚げた。


「では、代表してモリスさんと、オスオさんもどうぞ」


「はい……」


「おう……」


 返事をしたモリスとオスオが芋天に手を伸ばしたその時、またしてもフォワが横取りをしようと手を伸ばすが、それを察していたシンがフォワの手を素早く掴んで止めた。


「フォワ~」


 この時フォワは、悲しんでいた。


 モリスとオスオは手に取った芋天をゆっくりと口に運ぶ。


「パリパリサクサクン」


 むむぅ!? この外側の食感…… 歯ごたえを感じるが直ぐに砕けるこの感触! 実に心地よいのぅ!

 それで中の食感は外とは真逆で、しっとりとしておるの!?

 中には蒸した時の水分を、わざと残したのかの?

 外側はサクサクパリパリで、中はしっとり…… それにまだまだもう一つ!?

 真ん中の芋の塊は、また違う食感だの!? スープに入れた時の、慣れ親しんだ食感に似ておるの…… これは…… 楽しめるのぅ。


「どうですかオスオさん?」


「うん! 美味い!! これは素晴らしく食感が良い! あれほどの油に入れたのに、油臭くもないの!」


「モリスさん」


「凄い…… これ凄いです! 初めてですこんな食感!」


 それを聞いた他の者達が、我先に芋天を揚げようとする。


「オスオ、ちょっと寄ってくれの!」


「あたしが先だよ!」


「フォ、フォワー!?」


 一番前に居たフォワが潰されそうになっている。


「皆さん、落ち着いてください。今の材料は、水分が多いので揚げるのが難しいので俺がやります」


「おっ、そうかの……」


「じゃあお願い。あたしも早く食べてみたい!」


「順番に並んで、作っている芋天を俺に渡して下さい。この鍋の大きさなら、一度に……」


 水分が多くて油が跳ねるから5個ぐらいにしておくか……


「5個ぐらいなら揚げられますので、直ぐに全員分出来上がります」


 その場に居た者は、シンの言葉を聞いて直ぐに並び始めた。


「はい、どうぞ。熱いから、気を付けて」


 シンは次に揚がった芋天を、ジュリに渡す。

 ジュリはシンの目を見つめた後、照れ臭そうにして芋天を口に運ぶ。


「サクサクサク」


「……おっ、美味しいー」


 ジュリの言葉に、シンは笑顔で返事をする。


 そして、次々と揚がった芋天を、皆が頬張ってゆく。

 フォワだけは何度も何度も…… そして、シン自らも食す。


 ……うん、思っていた通り、かなり良い食感だ。

 スジを取り除き、ペーストに近い状態の物で形が残っている部分を包んで揚げる。

 外の衣はサクサクパリパリ、中はふんわりしっとりとした食感。 これは成功だ……

 改良するなら、芋の水分に気を付けて、油の温度を下げて中まで揚げるのもいいかもな。 

 だけど……

 放置された畑で取れた物だからか、この芋特有の甘みと風味をそれほど感じない…… この芋は天ぷらとの相性が悪いのかもしれない……

 

「うぉー、これは何個でも食べれるの!」


「美味しい!」


「外側だけでもいけるの!」


 皆は初めての食感で気に入ってくれているみたいだけど、もっとこの芋の良さを出さないと……


 そう思っていた時、モリスが口を開く。


「シンさん」


「はい」


「凄く美味しいのですが、気になる事がありまして……」


「この芋本来の甘みと風味が出ていないですよね」


「ええ、そうですそうです。凄く食感が良くて、沢山食べられそうなんですけど……」


「ちょっと待ってくださいね」


「……はい」


 シンは急いで新しい芋天を揚げる。


「モリスさん、これを食べてみてください」


 モリスに差し出されたのは、見た目は全く同じ芋天。

 その芋天を口にしたモリスの目が大きく見開く。


「お、美味しい!」


 驚いた表情で、シンを見つめる。


「これって、何をどうしたのですか?」


「塩ですよ、塩」

 

 そう言って、塩の置かれている皿を見せる。


「これでさっきより芋の本来の甘みを感じますよね?」


「ええ、全然違います。感じます感じます」


 そう言って、シンに笑顔を向ける。


 シンは再び鍋の前に立ち、今度は塩とは違う物を芋にまぶして揚げる。


「モリスさん、これもお願いします」


「はい」


 シンから渡された芋天を口に含む。


「……こっ、これ!?」


 モリスは感想を伝える事を後回しにして、無我夢中で食す。


「美味しい! 美味しいこのイモテン!」


 シンが芋にまぶした物の正体…… それは、砂糖であった。


 イドエ周辺で手に入る甘味調味料は、元の世界の砂糖の甘さには及ばないが、それでも十分甘身を感じる事が出来る。

 シンは塩で芋本来の甘みとうま味を感じさせるだけではなく、砂糖を使って芋天をスイーツに変えようと考えていたのだ。

 だが、この方法にはいくつかの問題が生じる。

 それは、砂糖を使った場合、芋天の販売価格はどうしても高くなってしまう。

 希少な砂糖を安定して仕入れられる保証が無い。 

 そして、芋本来の味が損なわれる事であった。


 砂糖入りの芋天を食べたオスオが口を開く。


「美味いのこれは! わしが出稼ぎに行っとった町にはの、甘い芋のスイーツがあったんだの」


「……」


「だけどこれは油で揚げておるから、食感がまるで別物だの」


 そう、シンはただのスイートポテトなら、似た様な物が存在しているだろうと考えていた。

 だからこそ、芋天に拘ったのだ。

 そして、シンは更にもう一つ用意していた物に衣をつけて鍋に入れた。

 先ほどよりも、温度を落とした油に……


「ジュ~、ジューパチパチパチ」


 鍋を覗き込んだオスオが口を開く。


「……シン君、それは!?」


「ええ、この村の名産のハーブです」


 ハーブを油で…… どうなるんかの?


 この村で採れる高級ハーブは、村人の口に入ることなく、農業ギルドが買い取っている。

 だが、見た目や、香りが薄く出来の悪いハーブなら、この村や周辺にも沢山ある。


 シンはその出来の悪いハーブを揚げていたのだ。


「どうぞ皆さん。塩は振らずに、そのまま食べてみてください」


 集まって居る者達は、言われた通りハーブの天ぷらを口に運ぶ。


「おうおうおう!? さっくさくだのこりゃ!!」


「本当! パリパリして、しかも出来が悪い癖にハーブの風味が強さをましてないかい? シン君、この料理ってうちの旦那以外なら何揚げても美味しくなるんじゃないの!?」


「母ちゃん、わしも揚げたら美味くなるからの! たぶん」 


「こりゃええのー」


 全員が高評価である。


「芋天は数個セットで販売して、その中にこのハーブを揚げたものを一つ入れておいて、アクセントにするつもりです」


「なるほどの~」


「いや、これだけでも絶対売れると思うがの~」


「凄いのシン君は! これは考えておるの~」


「フォーワ~~」 


 フォワはまるで自分の事のように胸を張り、そうだろと言っていた。


「どうしてこんなにサクサクするんかの?」


「油で食材の水分をとばしているからです」


「なるほどの~。面白い料理だの~」


「ふむふむ」


「シン君、芋も時間かければ中までさくさくになるのかの?」


「そこまで揚げた事が無いので分からないですけど、今は蒸したのを使ってますが、生の芋の場合はほくほくになります」


「ほくほく…… それも食べてみたいの~」


 そうだな…… 中心の形が残っている芋は、蒸した物よりそっちの芋の方が明らかに食感が変わって良いかもしれない……

 生を使うと中まで火が通るまでにしっとり感が失われてしまう。

 それなら面倒だけど、先に揚げておくか。

 生から揚げた芋を、蒸したペーストの芋で包み衣をつけて揚げる。

 うん、これがベストかも知れない……


 皆の表情が明るい中、オスオは一人不安そうな表情でシンに話しかける。

 

「シン君……」


「はい」


「これは間違いなく十分人を集める事が出来る物だと思うがの……」


「ええ、俺もそう思ってます」


「だがの……」


「……」


「かつてのランゲみたいにの……」


「……」


「真似をされたら、終わりだの……」


 オスオのその言葉に、直ぐに返事をせず間をおく。


「そうですね…… それも……」


 何かを答えようとしたシンは、途中で言葉を止めた。


「しかし、こりゃ美味いの!」


「ええ、凄く美味しい! あたしこのハーブあまり好きじゃなかったのに、これなら100でも200でも食べれるわ!」


「ハーブも美味いがの、わしは断然イモテンだの! 塩でも砂糖でも、あの畑の芋をわし一人で全部食べれそうだの!」



「フォーワー?」


 フォワは砂糖入りの芋天を食べるジュリに美味しい? と聞いている。


「うん、美味しい」


 笑顔で答えるジュリを見て、フォワも満面の笑みを浮かべる。



 何故…… 何故途中で言葉を止めたんかのシン君は…… 何か策がありそうな感じはするがの。

 しかしの…… 真似を防ぐなんての、そんな手段が本当にあるのかの……

   


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