143 命名


 シンが起きてから数時間後。


「うーん…… ううぅ」


 あああ、駄目だー。こんなのじゃ、だめだ…… 駄目なんだー。


 うなされていたユウは、一瞬身体がガクっと揺れたような気がして薄っすらと目を開ける。


 あっ、もう朝!? おきなきゃ!


 寝ぼけながら急いで上半身を起こすと、掛け布団代わりになっていた複数の紙がベッドから床にヒラヒラと落ちてゆく。


「あっ」


 それに気付いたユウは、急いでかき集める。


「えーと、どれだったかな……」


 拾い上げて手にした紙に、次々と目を通してゆく。


「あれ…… ない! 確か昨日書いたはずなのに、ない!? 嘘だよね。まさか夢だったなんて事はないと思うけど」


 再び床に降りたユウは、膝と手をついてベッドの下を覗き込む。


「あー、こんなところにまで」


 手を伸ばして、やっと指先の触れたその一枚の紙を、指で上手に挟み手にすると、先ほどよりも丁寧に目を通す。


「そう…… そう、これだ……」


 良かった…… 夢じゃなかったんだ。


 ユウは手にした一枚の紙を、感慨深げに見つめている。


「……うん。うんうん! ねぇ、シン!」


 隣のベッドに目を向けるが、そこには既にシンの姿は無い。


 って、もういないのか……


「今何時?」


 まだ7時前かぁ…… 

 いや、ゆっくりなんてしていられない。

 たぶんシンはプロダハウンに居るはずだ。僕も急ごう。


 ユウの思った通り、その頃シンはプロダハウンに居た。

 ロスを始め、朝の早い老人達は、既に下着を制作している。さらに舞台上には、振付師のエレ・ビシャンを始め、演劇に関わる者全員が既に来ていた。


「シン君、ここの動き何ですけど……」

「あー、そこはこういう感じで」

「なるほど、繋がっている訳か……」


 それにしても…… 

 

 この時シンは、少し驚いていた。


「昨日の今日なのに、もうほぼ完璧じゃないですか?」


「ふふふ」

「むふふ」


 舞台上に居る者達は、思わず笑みを浮かべる。


「少し張り切り過ぎかな?」 


「いえ、そんな事はないですけど」


「まぁ、気付いていると思うけど、睡眠時間を削ってというか……」


「やっぱり」


「あー、けど、心配はしなくていいからね」

「そうですよシン君」

「そうそう、これは決して無理をしている訳では無くて、身体が…… 身体と心が、求めているんですよ」


 その言葉を聞いたシンは、薄っすらと微笑む。


「それに……」


 ラペスが近寄って来て、シンの耳元で呟く。


「私たちはロスさんより若いですからね、負けてられないです」


 その言葉を聞いてシンがさらに微笑むと、ラペスが大きな声で笑う。


「あははははは」

「くふふふ、聞こえなかったけど、なんて言ったかだいたい分かる」 


「フフ、分かりました。だけど本当に」


「分かってるって。無理はしないから」

「ではさっそくシン君に見てチェックして貰いましょう」

「そうしましょう。数時間後にはヨコキの店の子みんなも来ますから」


 見えないように幕を下ろした舞台のすぐ下では、真剣な表情の中にも、楽しそうに魔法機を操作する老人達の姿があった。  

 



 目を覚まして身なりを整えたユウは、宿から繋がっているドアを開けて食堂に入る。


「ユウさんおはございます」


「あ、ジュリちゃん。おは…… え?」


 ジュリの傍らに立っている子供を見て驚く。

 子供も少し怯えた表情でユウを見ている。


「あれ? この子は……」


「つるつるはね」


 つるつる?


「昨日来たの」


「昨日?」


 来たって事は村内じゃなくて、別の村か町からかな? そうなると、もしかして親戚?


「そうなんだね」


「何にしますか?」


「うーんとね、何かスープとパンを一つ下さい」


「はーい。ハンボワンでいいですか?」


「うん、いいよ」


「行こ」


 注文を聞いて後、つるつるにそう声をかけ、厨房に向かうジュリをユウは見ている。


 ……いつもより元気というか、喜んでいるというか、親戚の子が来てくれて、よほど嬉しいんだねジュリちゃん。

 

 席に座ったユウは、料理が来るまでの間、鞄から紙を取り出してジッと見つめる。


 これで…… これで良いのか分からないけど……

 いや、自分で決めたのに、そんなあいまいな気持ちでは駄目だ。

 自信を持って、シンに伝えよう。



 数十分後……


 まだ早い気もするけど、そろそろユウ達みんなが来るかも…… 

 

「皆さん、そろそろ時間なので終わりにしましょう」


「いや~、良い汗かいた~」

「ほんとですね~」

 

 それにしても、シンさんから頼まれたこれは……

 実に面白い動きだ。


 ラペスはシンを見つめる。


 ……シンさんは冒険者だ。それも、ただの冒険者ではない。世界に数人しかいないSランク冒険者、そのシューラ……

 まだ若いのに、恐らく世界中を見て回っているのだろう。

 これはいったい、何処の国のものなのか聞いてみたい。


 ラペスは好奇心を抑える事が出来なかった。


「シンさん」


「はい、なんでしょうか?」


「これは、何処の国で流行っているものなんですか?」


 その質問を耳にした周囲の者達は、一斉にシンを見る。


「あ、えーと…… 何処だったかな~。まぁ、あの~」


 歯切れの悪いシンを見て、先にラペスが口を開く。


「もしかして、ゲルツウォンツ王国でしょうか?」


「うん、そうですね。元はそんな感じですかね。それにオリジナル的な演出と言いますか……」


「ほう」


 流石Sランクのシューラ。冒険者でありながら、様々なものに長けているという訳か……


 そう納得する者もいれば、歯切れの悪いシンの返事に僅かだが疑念を抱く者も居た。

 だが、再びイドエを陽のあたる場所にしようとしているのは疑いようもなく、そう信じている者達は、その点についてあまり深く考える事はなかった。


 そんな時、ユウがプロダハウンにやって来た。


「おはようございまーす」


 ユウの挨拶に気付いたスピワンが声をかける。


「おっ、ユウ君! おはようだの。魔法機が動いておるが見ていくかの?」


「良いんですか? 是非是非。いや……」


「うん? どうしたんかの?」


「シ、シンは居ますか? 先にシンに少し用事が……」


「あー、舞台におるでの。後でいつでも見に来てええからの」


「ありがとうございます!」


 ユウは作業の邪魔をしては悪いと思い、仕切りのある場所を歩き、袖から舞台に入って行く。


「あ、すいません。シンはいますか?」


「シン君、ユウ君が来てますよー」


「はーい」


 ユウの元に反対側の舞台袖からシンが歩いて来て、そのまま一緒に階段のある通路に出る。


「おっ! もしかして」


「……うん」


 ユウの輝く瞳を見たシンは、直ぐに察する。


「決まったの?」

 

「うん! 聞いてくれる? あのね、グループ名は」


「ちょっちょっちょっと」


「え?」


 突然制止されて驚いているユウの瞳を、シンは見つめている。


「最初に聞かせるのは、俺じゃないよ」


「……」


 そう口にしたちょうどその時、入り口から声が聞えて来た。


「おはようっぺぇ」

「クルクルクル~」

「あー、風が強くて髪がボサボサだっぺぇ」


 え、みんな…… まだだいぶ早いのに……


 その声に反応し、入口の方に目を向けていたユウは、再びシンに視線を戻す。


「なっ」


「……うん! 分かったよ。みんなー、おはよう」


「あ、ユウ君もう来てたっペぇ~」

「ユウ君が来る前に練習しようって言ってたのに、あたし達が遅かったっぺぇ~」

「クルクル~」

「おはようございます」


 毎朝繰り返されるいつもの光景だが、この日のユウには、何故だか少々違って見えていた。


「さぁ、スタジオに行こう。みんなに報告がありまーす。さぁさぁ」


 そう言ってせかした後、ユウは先に階段を上ってゆく。


「なんだっぺなんだっぺ?」

「クルクル!?」

「ねぇねぇ、もしかして」

「うん! 私たちが頑張っているから、もしかして苺を買ってきてくれているとか?」

「クルクル!!??」

「嘘!? 苺食べたーい!」


 うん!? 何故か背中に凄い圧のようなものを感じるけど…… 

 あっ!? もしかして僕…… イフトを感じれるようになったのかな!? この世界に来てだいぶたつからね。もうそろそろ感じても良い頃だよね!?


 そう思っていたユウであったが、ただ単にナナ達の苺に対する情熱を感じていただけであった。




「ヒューーー。ザザザァー」


 強風によって大きく揺られている木々が、まるで砂浜に打ち寄せる波の様な音を奏でている。

 そんな中、イドエを一望できる小高い丘に、数匹の魔獣と共にゼロアスが立っていた。

 

 ……ここからはイドエが良く見える。特にあの劇場がね。だけど木が重なっているし距離もだいぶあるから、いくらあのハゲでも僕に気付くことは無い。


 野外劇場で早朝から練習をしているピカワン達に目を向ける。 


「はぁ…… あんな事して何が楽しいのか分からないけど、はいはい、今日も異常はありませーん」 

 

 昨晩きのうは怒られずに済んだけど、あー早く…… 早く終わらないかな~。

 終わったら、僕をパシリにしたあのレリスを、真っ先に殺しに行きたい……


 レリスに恋焦がれるゼロアスの異様なイフトは、まるで周囲の木々と同じ様に強風で揺らいでいるようにみえた。


「ビューーー」


 そのイフトを感じ取った数匹の魔獣は、ゼロアスに対し頭を垂れ、まるで平伏すかのような姿勢をとる。




 先にスタジオに着いたユウは、入ってきた少女一人一人に、丁寧に目を向ける。 


「なっ、なんんだか様子がおかしいっぺぇ?」

「うんうん」

「ク、クルクル?」


 息をゆっくり長く吸い込んだ後、ユウは最初にナナの名を口にする。


「……ナナちゃん」

「はい?」


「リンちゃん」

「な、なんだっぺぇ?」


「クルちゃん」

「クルクル?」


「プルちゃん」

「はい」


「パルちゃん」

「え……」


「キャロちゃん」

「……」


「キャミィちゃん」

「はい?」


 ユウは深く心に刻み込むかの様に、7人の少女の名を口にして、感慨深げな表情をする。

 少女達はそんなユウを見ていたが、ナナはある事が気になっていた。


 ……あれ? 階段に……


 そう思い、ドアの方を振り向くナナだったが、ユウの声に反応して再び前を見る。


「7人は一つです」


「一つ?」

「なんだっぺ急に?」


「つまり7人は、家族でもあり、仲間でもあり、時にはライバルでもあり、そして、一つのアイドルグループ」


 ……そういう意味っペぇかぁ。急におかしな事を言うっぺぇから、頭がおかしくなったのかと思ったっペぇ。


 納得したリンと他の少女達は、ユウの話に耳を傾ける。


「そのみんなのアイドルグループの名前を、今から発表します!」


「クルクル~」

「わぁー、苺じゃなかったっぺぇけど、楽しみだっペぇ!」

「うんうん! 聞きたい聞きたい」


 ナナ、リン、クル、プル、パル、キャロ、キャミィ、そして今から名前を発表するユウまで、全員の胸がときめく。 



「グループの名前は……」


 少女達は息をのむ。


 

「名前は…… ファーストアイドル」



「……ファーストアイドル」


 ユウの後に続き、ナナが呟くように口にした。 


 僕とシンはこの世界の言葉を理解して、そして自然に話す事も出来る。だけど、相手にどういう風に伝わっているのか、そのニュアンスまでは正直分からない時がある。

 そう、このファーストという言葉が、いったいどういう風に…… もしかすると、全く理解できない言葉なのかもしれない。


 この時ユウは、激しい動悸を感じていた。


「ファ……」


 うっ!?


「ファーストっぺぇぁ……」

「ファーストアイドル、クルクル」

「ファースト……」


 少女達は次々とその名を口にする。


「しゃ、しゃ……」


 何かを口にするリンに、ユウは注目する。


 リ、リンちゃん……


「しゃれてるっぺぇ!」


 え!?


「ほっ、本当!?」


 険しかったユウの表情は、一気に笑顔へ変わる。


「うん! 最初とか始まりって意味だっペぇ?」


「そう! その通りだよリンちゃん!」


「まるで貴族の様にしゃれた言い方だっペぇ!」


 良かった! どうやらピッタリのニュアンスだったみたいだ!


「クルクル! クル気に入ったよー」

「あー、クル可愛い。クルが気に入ったなら、お姉ちゃんも気に入ったよ~」

「うん、それにかっこいい」

「うんうん! 響きも良いよね!」


 そこまで…… よし! よしよし!


 ユウは心の中で、ガッツポーズを繰り返した。


 声を上げる他の少女達と違い、今まで黙っていたキャミィが口を開く。


「つまり私たちはこの国…… いいえ、世界で始めてのアイドルグループ……」


「そう! そうなんだよキャミィちゃん」 

  

 色々…… 色々考えたんだ。最初はこの世界に因んだ名前が良いかもって思っていたけど、けど…… そう、紛れもなく君たちは…… みんなはこの世界で最初のアイドルグループなんだ! 

 だからこの名前しかない! そう思ったんだ!


 ……ファーストアイドル。

 良い名前だよ、ユウ。


 どうしても気になって階段で盗み聞きをしていたシンは、口元に笑みを浮かべた後、そっと静かにその場を離れていった。


 うん? 誰か階段にいた様な気がしたっぺぇけど、気のせいだったっペぇ。

  

 この時ナナだけは、なんとなくシンの存在に気付いていた。


 あーー、本当に良かったぁ、みんな気に入ってくれて。


 安堵の表情を浮かべ、ほっと胸を撫でおろしたユウは、思わず笑い声が漏れてしまう。


「フフフフ」


 それと僕の鞄には、もう一つみんなが喜んでくれる物が入っていまーす! 

 けど、それは完成してからのお楽しみって事にしよう。うん!


 グループ名をこっそりと聞いていたシンは、プロダハウンを後にして野外劇場に向かう。


 その理由は…… 


 ユウと同じで、既に考えていたピカワン達のチーム名を、伝えに行くためである。


「あー、シンだっぺぇ!」

「フォワ~、フォワフォワフォワ~」

「今日はゆっくりしていくのかって言ってるっペぇ」

「シン! おらのを聴いてくれっぺぇ! 上手になったっぺぇーよ!」


「あぁ、もちろん聴かせてくれ。その前に……」


「なんだっぺぇ?」


「みんなのチーム名を考えて来たんだ」


「チーム名!?」

「フォワ? フォワフォワフォワフォワ!!」

「本当か? 早く教えろって言ってるっぺぇ」

「かっこいい名前っぺぇか!?」

「おー、急にドキドキしてきたっぺぇよ」


 シンは笑みを浮かべてピカワン達を見ている。


「あくまで提案だから、気に入らなければ……」


「フォワフォワフォワ!!」

「いいから早く教えろって言ってるっペぇ」

「そうだっぺぇ!」


「ふふ、分かったよ。チーム名は……」


「ドキドキドキ」

「フォワ~」


「ルーチェっていうのはどうだ?」


「ルーチェ?」

「フォワフォワ?」

「何だそれって言ってるっペぇ」

「シン、それってどういう意味だっペ?」


「これは俺の国の言葉で、光とか、輝きっていう意味なんだ」 


「光……」

「フォワ~」

「輝きっぺぇかぁ!?」

「つまり、おら達は輝いているっペぇ!」

「そういう事だっぺぇね」


 数人の少年達は胸を張る。


「村長さんからこの野外劇場の名は、星の道だと教えて貰ってさ」


「星の道……」


「暗い夜空で星が輝いているのは、まぁ難しい事は置いといて、要は光なんだよ」


「フォワフォワ~」

「知ってたって言ってるっぺぇけど、ぜってぇ嘘だっペぇ」

「フォワ!!」


「フフ、つまりこの星の道も、光がないと輝かない」


 その言葉を聞いて、ピカワンが興奮気味に口を開く。


「それって、おら達が居ないと、この劇場は暗いままだって言いたいぺぇか!?」


「あぁ、その通りだ。それで光ってそのまま名付けても、ひねりが足りないかなと思ってさ」


「それでシンの国の言葉にしたっぺぇか!?」


「まっ、まーな」

 

 本当はイタリア語なんだけど…… 


「うぉー! 理由を知ったら凄くかっこいいっぺぇ!」

「フォワ~フォワフォワ」

「まぁまぁかなって言ってるっぺぇけど、本当は気に入ってるっぺぇ」

「おら達は今日からルーチェだっぺぇ!」


 コリモンは歓喜するピカワン達を見ている。


 ……この子達がおらんとこの劇場は暗いままとはのぅ、上手く例えたのシン君。

 実際この20年あまり、あれほど輝かしかったこの劇場が、一度も光を浴びていないからの……

 だがの、ルーチェ…… 良い響きだがの、一度も聞いた事がないの。シン君はいったい、どこの国で生まれたんかの?



 ふん、僕の気も知らないで、楽しそうにしちゃって……

 あの馬鹿…… 何故だか分からないけど、あいつを見ていると、ほんと癇に障る。

 ……あの時、助けなきゃよかった。

 

 みんなと一緒に笑っているシンを、丘の頂上からゼロアスが見ている。 



「シン君、ここにおったかの」 


 誰かが野外劇場を訪ねて来てシンを呼ぶ。

 その声に反応して振り向くと、そこにはマテオ・ヒンスが立っていた。


「あ、じいちゃん!」


 自分の祖父を見て、ケイレブが思わず声をあげる。


「わざわざすみません、俺を探してたんですよね?」


「気にせんでええからの。それで、決まったかの?」

 

「はい! 決まりました!」


「ではの、打ち合わせしようかの」


「はい! 行きましょう」


「あー、またシンはどっか行くっぺぇかぁ」

「まだ聴かせてないっぺーよ」

「フォワフォワフォワ」

「シンは忙しいっペぇから、仕方ないっペぇ」


「悪いな、後で必ず戻って来るからさ」


「分かったっペぇ」

「フォワ~」


「皆さんすみません、後をお願いします」


 コリモン達にそう言ってその場を後にしようとシンを、コリモンが呼び止める。


「ああっと、シン君」


「はい?」


「ほれ、頼まれていた物だの」


「あー、ありがとうございます」


 コリモンから何かを受け取ったシンは、ヒンスと共に野外劇場を後にする。


 ふん、どうして…… どうして僕が、あんなやつを……


 ゼロアスはシンの姿が見えなくなると、魔獣と共にその場を離れていった。



 シンを探していたマテオ・ヒンスと広報の者と、共に村長邸に向かう途中、シンは一人ユウを呼びに行く為プロダハウンへ行く。


「誰か来たっぺぇ」


 ナナの言葉を聞いて耳を澄ます少女達。


「コンコン」


「入るけどいいかな?」


 あっ、あの声は!? シンの声だっペぇ!


 リンは手ぐしで髪を整え始める。

 

「あ、シンだよね? どうぞ」


 ドアを開けて、シンがスタジオに入って来る。


 キャッ、今日もかっこいいっぺぇ。


「悪いけど、少しユウを借りるね」


「え? 僕?」


「すまないけど、打ち合わせに一緒に来てくれる?」


「あ、うん。いいけど。じゃあナナちゃん」


「なんだっぺ?」


「後を……」


「まかしとくっぺ」


「うん、じゃあちょっと行って来るね」


 シンとユウはスタジオを後にし、階段を下りてゆく。

 

「シン」


「うん?」


「あのね、グループ名だけどね」


「うんうん」


「ファーストアイドルっていう名にしたんだ」


「ファースト…… 良い名だな」


「本当!?」


「あぁ、ピッタリじゃないか」


「うん、そうなんだよ! どういうニュアンスで伝わるか心配してたけど、どうやら大丈夫みたい」


「なら問題ないな」


「うん!」


 笑顔で階段を下りるシンは、一拍置いてから口を開く。


「ユウ」


「うん?」


「本当に、良い名だよ」


 改めて褒めてくれたその言葉を、ユウは噛み締める。


「……うん」


 出口に向かう途中、振付師のエレ・ビシャンとシンの視線が合うと、ビシャンが何やら目配せをする。

 すると、シンはユウに気付かれない様に小さく頷く。

 ユウとシンの二人がプロダハウンから出てゆくのを確認したビシャンは、演出家のネル・フラソと共にスタジオに入っていった。シンから手渡さた魔法石を持って。


 あれ? あの二人は…… いったいどうしたっぺぇ?


 突然の訪問に驚いた少女達は、エレとネルの二人を見つめる。


「あのー実は、シン君から頼まれて」


 え? いったい、何をだっぺぇ……

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